第66話 ドライブ
目次
第65話のおさらい
小倉との喧嘩の件から一週間が経過していた。
登校する静一に、行ってらっしゃいと声をかけて見送る静子。
静一は、行ってきます、と返事をして、学校に向かう。
教室に着いた静一は、何気なく吹石の席の方を見る。
吹石は机の上に腕を組み、そこに顔を伏せていた。
右のこめかみに絆創膏が貼られている。
吹石に声をかけることなく着席した静一は、机の中のメモに気付く。
そのメモには静一と吹石が抱き合って互いの名を呼びあっている様子が描かれていた。
その下には、ジャマするやつはなぐる、と書いてある。
メモをぐしゃぐしゃに丸めて改めて辺りを見回した静一は、勝ち誇った様子で自分の方を見ている小倉たちに気付く。
メモが小倉の仕業だと気付くも、静一は席に座り続ける。
担任が教室に入ってきても、吹石は机に突っ伏したまま動かない。
昼休みになり、静一は教室を離れて人気の無い階段に座っていた。
階下から足音が聞こえて、それが吹石の者だと確認する静一。
柵に腕を置き、一人で遠くの風景を見つめている吹石に静一は声もかけられずじっと見つめると眼鏡をかけた男子生徒が現れ吹石に声をかける。
静一はその様子を呆然として見ていた。
男子生徒は吹石のこめかみの傷を気遣うと、続けて静一に言及する。
「ほんとに…許せねんな。長部。吹石をこんな目に遭わせて。」
そう言っておもむろに吹石を抱き寄せる男子生徒。
「オレが、吹石を守るよ。」
「佐々木…」
静一は見つめ合う二人を前に完全に固まっていた。
佐々木の顔が吹石に接近していくのを為す術なく見つめている。
「あ…」
吹石が佐々木の唇を受け入れるのを目撃し、静一は失意の底にあった。
下校を始める生徒たちに交じって静一もとぼとぼと校門を出て、自宅に向けて歩き出す。
道中、静一の見ている風景は禍々しく変化していた。
ププッ
クラクションが鳴り、車が停車する。
車の方を見た静一は、伯母が運転手だと気付く。
伯母は静一に乗っていくように促すが、静一はそれをにべもなく断る。
「どうして!?」
しかし伯母は全く引き下がらない。
「遠慮しないでいいがんね!」
その迫力に思わず静一は伯母に視線を向ける。
「ほぉらぁ!」
静一に強く乗車を催促する伯母。
第66話 ドライブ
乗車
「乗っていきなね! ほらあ!」
伯母は笑顔で、頑なに乗車を拒否する静一に助手席に座るよう勧める。
「大丈夫よぉ! おばちゃん何にも怒ってないから!」
根負けした静一は無言で助手席に乗り込む。
車を発進させた伯母は、まるでジャブを打つように、他愛もない話題を静一に振り続けてる。
しかし静一はロクに答えず、車内はすぐに沈黙に包まれる。
少し車が走ったところで、静一は違和感に気付く。
「……あ…………こっち…?」
伯母の運転する車は、静一がいつも通っているのとは別の道に曲がっていた。
運転中の伯母は前を見たまま答える。
「ちょっと、寄り道して行こうか。」
「え?」
「大丈夫大丈夫。ちょっとだけね。」
車はどんどん静一の家に向かう順路から離れていく。
「おばちゃんね。静ちゃんに、聞きたい事があって来たん。」
静一は伯母を見つめる。
しげるの証言
「しげるね。すごく良くなったんさ。あのあと。」
前を見つめたまま、伯母は淡々と続ける。
「話してくれたん。あのときの山の上で何があったんか。」
「静ちゃんさ。静子さんはさ。こう言ってたいねえ?」
ハンドルを握る伯母の手で血管が主張している。
伯母は、しげるが一人で崖の上でふざけてバランス崩してしまったのを助けようと駆け寄ったが、間に合わず落ちてしまったという、あの夜の静子の証言を繰り返して、静一に確認してから続ける。
「でもさ、しげるは違うこと言ってたん。」
回復したしげるは、崖の上でふざけて、バランス崩してしまったら、静子が『危ない』と言って走ってきて一旦は抱きとめたものの、そのあとで、にっこり笑ってつきとばされたのだと伯母に訴えていたのだった。
伯母の話を無言で聞いていた静一は、いつしか伯母から視線を外し、俯いていた。
「静ちゃん。静ちゃん。静ちゃんは見てたんだいね? おばちゃんに本当のこと、教えてくれる?」
それまで黙って話を聞いていた静一。
大きく口を開くと怒気を込めた表情で伯母を睨みつけて答える。
「ママは嘘なんか、ついてない…!」
「本当に?」
伯母は静一の方に顔を向ける。
静一は伯母のその有無を言わせぬ迫力に呑まれていた。
直前までの怒気が急速にその顔から消えていく。
静一の記憶を刺激する伯母
伯母は過保護という言葉について、静一が心配だったから言っていたのだと話し始める。
「静子さんはおかしい。おかしかったんさずっと。」
「いつも静ちゃんにべったりくっついて。静ちゃんが何かしようとするたんびに、先回りして何でもやっちゃうん。」
「靴をはくのも、お菓子の袋開けるのも。ジュースのストロー刺すのも。」
「それにね。小さい頃、静ちゃんケガしてたん。」
伯母は静一に視線を向ける。
「3歳ぐらいんとき。ママに何かされたんじゃないん?」
その問いを受け、静一は幼い頃、静子と一緒に道端の猫の死骸に触れていた時のことを思い出していた。
猫の死骸に触れた静一の小さな右手に染みこんでいくように、じわと黒い模様が広がっていく。
静一は左手で右腕をぎゅっと握って震えていた。
ひとごろし親子
「大丈夫。おばちゃんが守ってあげる。」
伯母は静一の方に再び顔を向ける。
その表情は乗車前の笑顔など一切ない。
「だから。本当のこと。教えて。」
突如、静一が伯母の左腕を殴りつける。
「きゃ…」
伯母はハンドル操作から手が離せない。
「ぐう…ううう――っ」
静一は唸り声を上げながら何度も伯母を殴る。
「やめ…やめな!!」
「うるさい…うるさい!!!」
目と歯を剥いて叫ぶ静一。
後ろを走っている車からクラクションが聞こえる。
この状況についに伯母は我慢の限界に達する。
「やめなこの…ひとごろし親子っ!!」
伯母が車を停車させると、静一はすぐにドアを開けて外に飛び出して行く。
「こら!! 静一!!」
伯母は怒気を込めて叫ぶ。
しかしすでに静一の姿は伯母の車からは相当小さくなっていた。
静一は後ろを一切振り返ることなく、息を切らして、必死に逃げる。
感想
物語も佳境に入ったか?
しげる、完全に記憶取り戻してた……。
劇的な回復を遂げ、伯母に自分の身に何が起きたのか、何もかも洗いざらい話していた。
車の中で伯母が静一に告げた、しげるから聞いた静子の行動は全て静一が目撃したあの夏の真実だった。
しげるを突き落とす直前静子が笑っていたというのは初めての情報だけど、それ以外は全部否定しようがない事実。
伯母は本当に最後の最後、最終確認のために静一の前に出てきたんだ……。
淡々とした伯母の追及から逃げられなくなり、しげると伯母を突き飛ばしたあの夜のようにキレた静一。
車を運転している伯母の腕を殴るとか、伯母に事故を起こさせてまで口を封じようとしていたのか……。それともそこまで考えていたのではなく、ただたんにどんな結果が起こるか考えなしに殴っていたのか……。
ただ伯母は、静一があの夜に見せたような明らかに異常な反応から、もう完全に静子がクロだと判断したことだろう。
ひとごろし親子は伯母の本音だな(笑)。
随分な言葉だけど、でも無理もない。
殺人未遂を犯した犯罪者の母と、その犯行を庇おうとする息子だもの……。
もし自分が伯母の立場なら、これから静一を静子の家に送り届けて、静子に直接話を聞きに行く。
まず何よりも何故しげるを突き落としたのか、その理由を知りたいし、それを聞いた上で自首するように迫るだろう。罵声の一つも浴びせたいだろうし。
でも顔を見た途端に怒りで我を忘れて一発殴ってしまうかもしれないから、いきなり警察に告発するのもアリかな。
何にせよこの後の大まかな流れを予想すると、静子は捕まり、居辛くなった静一はあえなく他の土地に引っ越し……とかかな?
ここから話はどう展開するのだろう。
いよいよ物語も佳境に入っているのを感じる。
静子と離れられるとのは、静一にとっては人生を立て直すチャンスでもある。
希望のある終わり方になればいいんだけど、これまでに受けた心の傷が今後の静一の人生に暗い影を落とし続けそうで何ともやりきれない気持ちになる……。
封じ込めていた静一の記憶とは?
伯母が静子を過保護だと言っていたことに関して静一に率直に説明していた。
伯母から見た静子の静一に接する態度は、あまりにもおかしかったようだ。
確かにもう静一がそろそろ色々出来る年齢に成長しても、それでも何もかも静子が代わりにやってあげていたというのは過保護以外の何物でもない。
そんな静一が心配だった、とい伯母の言葉は決して嘘ではないだろう。
あまりに真剣にそれを静子に指摘するのは関係性をギクシャクしたものにする。
だからからかい半分、半ば冗談めかして注意していた……といったところか。
そして伯母から聞かされた、3歳くらいの頃、静一がケガをしていた、という情報。
伯母はそれが静子にやられたのではないかと疑っていた。
ケガといっても、まだそれがどの部位の、どんな傷なのかわからない。
だが、きっと伯母から見て、幼児が負うにはあまりにも違和感のある傷だったのだろう。
静一はその話を聞いた直後、思い出しかけたのか、それとも思い出したのか、自身の右腕の力こぶあたりを左手で掴む。
ケガをした部位はどうやら右腕だったようだ。
確かにケガをするにはちょっと珍しい場所だと思う。
一体静一は伯母から3歳の頃のケガについて聞かされたことをきっかけに、そこから静子のどんな記憶を思い出したのか。
言うことを聞かないから虐待を受けていたとかやめて欲しい。
いよいよ救いがなくなる……。
伯母の人柄
伯母は静一のことを心配していたという。
だから伯母がしげるとともに頻繁に長部家を訪れていたというのは、当時から静子と静一のことを気にかけていたということなのかもしれない。
1巻時点ではただたんに図々しく静子と静一の領域に踏み込む無神経な親戚くらいのイメージだったけど、徐々にそれは修正されていく。
イメージが変わりはじめたのは、崖から落ちたしげるを病院に運び込んだ後、長部一家を病院の玄関から送り出す時の伯母の様子だ。
「静子さんのせいじゃない、私のせいよ…」
「ごめんね静子さん。」
そして決定的だったのはしげるの病室に見舞いに来た静一と一郎を温かく迎え入れた伯母が描かれたことだ。
伯母は静一をしげるの病室で迎え入れてくれた通り、ちょっとお節介で、でもとても良い人だった……。
1巻の時点ではどうしても伯母としげるは嫌な感じに見えていたから、未だにその影響から逃れられていないが、ほぼそう結論しても良いと思う。
第一印象がどれだけ大事か改めて思い知る。
伯母としげるが未だにどこか嫌な感じに思えてしまうのは、この物語が二人に嫌悪を覚えている静一の視点を通じて描かれているからだ。
つまりまんまと押見先生の術中にはまっている。
何より今回、伯母が静一に自白を迫る姿に圧倒されてしまったのもあるかも……。
しげるを崖下に突き落としたんだから冷静ではいられないのは分かるけど、とんでもない圧力だわ。
傷つけられた息子の無念を晴らさんとする母の執念を感じる。
笑顔
突き落とされる直前のしげるが静子の顔を見て、「おばちゃん?」と呼びかけていた時、静子は笑っていたのだという。
静一に対して静子は背を向けていたため、その時の静子の表情はずっと謎だったが、ついに判明した。
しげるを突き落とした直後、静一に振り向いた時の静子は微笑を浮かべているが、しげるが見たのはこの表情だったのだろうか?
にっこり笑ったというからには、微笑よりはもっと大きく笑っていたのではないか。
1話の頃から静子の微笑は印象的だった。いよいよその意味が分かるのかな。
次号以降、どうなるんだろう。
伯母は逃げた静一を追いかけるのか?
それとも静子に自首を促しに長部家に向かうのか。
大きく話が動きそう……。楽しみ。
以上、血の轍第66話のネタバレを含む感想と考察でした。
第67話に続きます。
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