第21話 対面
※前話”20話”のあらすじのみ。第21話はスペリオール発売後に後日追記予定。
目次
第20話のおさらい
一郎に向けて私の家などどこにも無い、消えたい、別れたい、と淡々と続ける静子。
その様子を居間の外から窓越しに見つめる静一は、二人から目を離す事が出来ない。
一郎や、その親族に対してあまりにも絶望的な想いを発露していく静子に、一郎は戸惑う。
そして、怒りを露わにして居間を出てゆく。
後に残された静子は、ひとしきり泣いた後、ブツブツと何かを呟き始める。
ただ黙って、静子の様子を見つめている静一は、静子の異常性を目の当たりにする。
静子は赤子をあやすような行動を始め、見えない赤子に笑いかける。
歯を剥き出しにした、かつて見たことがないような静子の表情を窓越しに凝視して戦慄する静一。
見てはいけないものを見てしまったように静一は後ずさりし、その場に立ち尽くす。
そして、玄関へと砂利を踏みしめて歩いていく。
玄関先に止めた車の前で煙草を吸う一郎が、静一の姿を見つける。
そして、しげるのお見舞いの為と静一を病院へと誘う。
「まっまっまっまっまっまっ」
静一が答えようとする前に、先読みして二人で行こう、と笑う一郎。
静一は素直に車に乗り込み、車が発進する。
助手席の窓から自宅を見つめる静一は、先ほど見た静子の異様な表情、その口元を思い出し、自身のワイシャツの胸の辺りを掴む。
第21話 対面
入室
助手席に静一を乗せて、一郎は車を走らせる
車が病院に到着する。
エレベーターで5階に下りる二人。
「静一。」
先導する父が後ろを歩く静一に声をかける。
静一は一郎の顔を見つめる。
「静一は…ずっとしげるを見てないから、びっくりするかもしれないけど…」
一郎は穏やかに、しかしどこか力無く、静一に告げる。
「ちゃんと…お見舞いしてやってくれな。」
ここだ、と一郎はしげるの病室”509号室”の前で呟く。
静一は一郎の背越しに病室のドアを見るともなく見つめる。
一郎がドアをノックすると病室の中から、はーい、と声が聞こえる。
ゆっくりとスライド式のドアを開けていく。
窓際のベットの傍らに座る伯母が入室者を見つめる。
「姉ちゃん、静一も来たよ。」
一郎が口元に笑顔を作りながら病室へと歩を進めて行く。
その背について行く静一。
伯母がイスから立ち上がる。
「静ちゃん! 来てくれたん!」
ありがとねぇ、と笑顔で静一を迎える伯母。
そして、ベッドで寝ているしげるの布団に両手で触れながら呼びかける。
「しげる。ほら静ちゃん来てくれたんよ!」
一郎と静一の側からはちょうどカーテンで隠れていてしげるの顔は見えない。
伯母は笑顔で静一に、どうぞ、入って入って、と促す。
しげる
「しげる、来たよ。」
一郎がカーテンを避けてしげるの顔を見ながら挨拶をする。
静一も一郎に続いてしげるの顔を見る。
そこには、どろんと虚ろな両方の瞳が力なく左右に散り、口をぽかんと開けたしげるがいる。
頭に包帯を巻き、鼻からチューブを出している。
伯母はしげるの軽く握られた手を両手で持っている。
静一は呆然と、そんなしげるの顔を見つめる。
「ほらしげる。」
しげるの手をとったまま、伯母がしげるに向かって声をかける。
「わかるかい?」
一郎は、いくらかこの前より顔色が良いね、と声をかける。
伯母は一郎の言葉に、うん、と明るく返事をする。
「そうなんさ 顔色よくなって。」
名前を呼ぶとたまに首をかしげる気がする、と伯母はしげるの手を両手で握ったまま一郎を見つめる。
「だから聞こえてるんだと思うんさ。」
静一の口から溢れた”罪悪感”
「あ、静ちゃん!」
伯母が笑顔で静一に声をかける。
「おかし食べるかい? たくさんあるから! アハハハ!」
静一は、呆然とした様子で伯母から差し出されたお菓子の入った箱を両手で受け取り、箱を一瞥する。
「もう学校はじまったん?」
伯母は満面の笑顔で静一に訊ねる。
静一は伯母をじっと見つめる。
一瞬の間を置いて、静一がゆっくりと口を開く。
「ふっ…ぐ…くっ」
中々言葉の出ない様子の静一を一郎と伯母が見つめる。
「く…くう…」
伯母の顔からは笑顔が消えている。
「うっ」
「うっうっうっうっ」
静一は身体を揺らしながら視線を下に向け、不自然に口を尖らせる。
「…うんっ!」
「どうしたん?」
伯母は穏やかな笑みを浮かべて、静一に優しく訊ねる。
「大丈夫? 静ちゃん。」
目を見開き、伯母の言葉をただ黙って聞く静一。
一郎は、最近うまく喋れないみたいだけど大したことはない、とだけ解説する。
伯母の顔から笑みが消える。
「あっ…」
お菓子の箱を両手で持った、先ほどと全く変わっていない姿勢のまま、静一は身体を揺らして必死に言葉を紡ぎ出そうとする。
「あっあっあっあっあっ…」
「ごっごっごっごっごっごっ…ごっ」
「ごめ…んなさ…いっ」
伯母の方向を向きつつも、微妙に視線を伯母と合わせないような角度で静一の瞳は固定されている。
そして、口を大きく開けて一生懸命発音しようとする。
「ふっ……ふっ! ざけってっ…くっ…」
「ちがう…ないっ…んじゃないです!」
ただただ必死に言葉を出そうとする静一。
しげるのどろんとした瞳も、表情も全く反応しない。
「ふっふっふっふっふっ! ふざけてっ!」
「あのっごっ! おお…おごっ…おっ…」
静一を包み込む伯母
「大丈夫じゃないがね!」
静一の言葉を遮ってその場に流れる空気を変えるように、助け舟を出すように、伯母が一郎に向けて一喝する。
そして、神妙な表情で静一の目をじっと見つめる。
「…静ちゃん。ごめんね。」
「しげるのことで…」
静一は目を見開いて伯母を見返す。
伯母の左手が静一の頭に向けてゆっくりと伸びていく。
「静ちゃんも、つらかったんだいね。」
伯母は静一の目を見つめながら、その頭にふわっと優しく左手を置く。
「ごめんね…」
「しげるがんばってるから。一生懸命…」
伯母は静一の頭に左手を載せたまま、優しく笑いかける。
「また一緒に遊んでくれるかい?」
呆然と伯母の目を見返してた静一の両目にみるみる涙が溢れていく。
「うぐ…うああああっ」
顔をくしゃくしゃにして泣く静一。
伯母は、堰を切ったように泣き続ける静一を心配そうに見つめて、右手を静一の左肩に回す。
そして、静一の頭頂部に自らの顔をつけるようにして軽く抱きしめる。
伯母に向けて軽くお辞儀するような姿勢で身体を預けて、ただただ泣き続ける静一。
その様子を一郎はじっと見つめている。
「一郎。」
静一から顔を離して一郎に視線を向ける伯母。
「もっと静ちゃん ちゃんと見てやんな。」
一郎は視線を下に向けて、うん、とだけ返事をする。
「静子さんは大丈夫なんかい?」
ぐずっていた静一は、完全に泣き止む。
一郎は伯母に見つめられたまま少し戸惑い気味に、うん、と言い、大丈夫だよ、と付け足すように続ける。
伯母は泣き止んだ静一に視線を移す。
「静ちゃん。ママにゆっといて。」
静一の目を覗き込むように見つめながら、柔らかく笑う伯母。
「おばちゃん何にも…気にしてないからねって。」
両目から頬に伝った涙を拭いもせず、静一はじっと伯母を見返す。
「ごめんなさいって。」
静一は再びしげるを見つめる。
感想
しげるの意識回復は絶望的か
しげるが意識を取り戻した時点で静子はお縄になるだろう。
しかし、今回久しぶりに見たしげるの姿はあまりにもショッキングなものだった。
画像は載せないです。今回の話のキモだから。
気になる方は是非、雑誌か単行本を手に取って欲しいと思う。
マジで衝撃的なので。
自分は読者として静一と同じ視点でこの血の轍の世界を見ているに過ぎないが、それでもしげるの登場シーンには滅茶苦茶ショックを受けた。
脳を損傷すると、人ってこんな風になっちゃうの……?
ビジュアル的にインパクトがあり過ぎる。
この、しげるのあまりにも衝撃的な姿に、真相を知る静一の胸中が一気に心配になった。
恐らく静子の犯行を黙秘した事による心的ストレスにより静一は吃音を発症した。
今回しげると対面し、伯母に謝罪の弁を述べる際の静一の吃音のひどさからもそれは明らかだと思う。
既に生活に支障が出始めているレベルだというのに、そこにさらにしげるや伯母が直面している現実を知り、静一は罪悪感でどうにかなってしまわないだろうか。
優しい伯母
伯母は、しげるが入院して以来全く見舞いに来ない静子と静一に対して全く敵対感情を見せず、静一に嫌味すら言うことは無かった。
それどころか静一が謝罪する言葉を真剣に聞き、その吃音症状を心配して一郎に静一に気を配れと指示までする。
そこには静一の事を心から心配する伯母の姿しかない。
第4話あたりを読むと伯母は静子に対して嫌がらせをする筆頭であり、読者にとっては悪印象しかない人物として描かれている。
しかし、今回の21話を読むとその印象を翻さずにいられないだろう。
このような姿になってしまったしげるの回復を信じ、笑顔を作る。
傍目から見ると絶望的ではないかと思われるような症状だが、親としては僅かでも希望がある限りは前向きに待つしかない。
医師が回復するかもしれないと言うなら、その未来に縋るしかないだろう。
親として出来る事が待つことしかできないならそうするのみだ。
親としては信じて待つしかない。
今回の伯母の明るく優しい姿勢に、どこか吹っ切れているような印象を覚えた。
幸い、自分の周りには、入院したしげると、その人に付き添う伯母といった境遇の方はいない。
にもかかわず、この伯母の描写がやけにリアルに感じた。
本当に何でだろう……。
すぐに退院できるような案件ではあったけど、昔、自分の祖父が入院した際、母が付き添った時もいつもよりも心なしか明るく優しいような感じがした。その時の印象を思い出した。
だから伯母の反応をリアルに感じたのかもしれない。
今回の叔母の対応こそ、静一が今一番必要としているものだと思う。
一郎は事の深刻さを理解していなかった。だから伯母は一郎に注意したのだろう。
やはり、こと子供に関しては女性の洞察力に男は敵わないのかもしれないな……。
「ごめんなさいって。」
伯母最後の一言は、これまで静子の事を追い詰めていた事を自覚し、反省しているから出た謝罪の言葉か。
これは、静子と伯母との間で、水面下で鍔迫り合いがあった事の証左なのか……。
しげるが入院した翌日、早速一郎に連れられる形で見舞いに出た静子だったが、忘れ物をして帰宅し、そこで吹石を発見。
ラブレターを見つけて取り乱し、静一とそれを破り捨てた後に部屋に入ってきた一郎に対してこれまで鬱積していた怒り、憎しみを剥き出しにして罵声を浴びせた。
一郎は、その際の静子の取り乱し様やセリフを伯母に伝えていたのか。
そして、静子の言葉から、自分が静子に対して行っていた事がどれだけ静子を追い詰めていたのかを知ったのだろうか。
それを受けての「ごめんなさい」という謝罪だとしか解釈出来なかった。
だから静子が来なくてもそれを怒るどころか謝罪するという心境に至ったのか。
だとすると、今回、伯母の静一に対する振る舞いも分かる気がする。
人間は真っ黒でもなく、真っ白でもない。
時と場合によって、白と黒の間でグラデーションが変わっていくだけなんだろう。
これこそまさに人間という存在そのものではないか。
静一と静子との関係に新しい局面は訪れるのか
このあまりに衝撃的なしげるの現在の姿との対面、そして伯母の包み込むような優しさに触れて、果たして静一はこれまで通りに静子と接する事が出来るのか。
家を出る前に目撃した静子の一郎に対する告白の件もある。
あと、吹石から吃音は母のせいなのかと問われて脱兎の如く逃げたのもこの日一日の出来事なんだよなぁ。
静一は、そして静子は二人の幸せな世界の中に閉じこもり続ける事は決して出来ないだろう。
静子から距離をとろうとするのか、それとも逆により接近するのか。
しげるが負傷してから夏休みが終わるまでは静子と静一は病院に見舞いに行くことも無く、二人穏やかに生活していたと思う。
しかし、学校が始まって母以外とも接する機会が増えるようになることで、静一にも変化が生じて当然ではないだろうか。
静一に影響を与える一番の候補はやはり吹石だろう。
静一の様子がおかしい事に気付き、直感で母に関係していると見抜いた。
この日が始業式なので、学校はまだまだ二学期が始まったばかり。
不登校にならない限りは学校に生き続けるわけだ。
あと、同級生からからかわれて、イジメに発展する可能性もある。
今のところ希望よりも、ただただ恐ろしい展開しか想像出来ないな……。
以上、血の轍第21話のネタバレを含む感想と考察でした。
あわせてよみたい
押見修造先生のおすすめ作品や経歴をなるべく詳細にまとめました。
血の轍第3集の詳細は以下をクリック。
血の轍第2集の詳細は以下をクリック。
血の轍第1集の詳細は以下をクリック。
コメントは2回目になります。あくまで私の考えですが書かせて下さい。
静子は伯母たちが原因のように話していましたが、私は「静子の異様さ」の方が先にあり、伯母たちはその異様さをなんとか一般化させようとして形容したのが「過保護」という表現だったのだと思います。しげるが作中では嫌なガキとして描かれてるようですが、あれは過保護なのだ、とそれ以上追求して考えようとはせず違和感も飲み込む伯母たちに対して、しげるは違和感を持ち、それを心に従い子どもの好奇心確かめてしまったんだと思います。静子に助けられた時も彼女の「危ないよ」を肯定すると「静子の意見や思考が正しい」事になり、しげるは直感的に「静子は絶対的に間違ってる」部分があると確信してるため、「危なくない、こんなの平気、あんたが心配しすぎ」と過剰に否定したんだと思います。
静子からしたら、はっきりNOを言えるしげるは脅威でもあり、「こんなの危なくない」=「やってもいい」と自分から自分の倒し方を提示してしまった瞬間でもあるので、相手を肯定する事で相手を否定できるこの手段で相手に従い、自分のニーズも満たしたのだと思います。
静子の言い分て状況を隠れ蓑にしては居るけど、自分の意思では依存や問題行動をやめられない人の最もらしい言い訳に似ています。問題を抱えてる事自体認め用としないというか。我田引水してるというか。親戚家族に特筆すべき悪、という点は無いように思えました。吹石が心配という形で静一にアプローチしたのに対し、しげるは普段の日常会話に紛れ込ませアプローチしただけではないでしょうか。頻繁に静一の所に遊びに来たのも、なんとなくしげる親子があの空間に切り込みに入らないといけない気がしていたからとか。
コメントありがとうございます!
鋭い洞察ですね。思わず唸ってしまいました。
静子の異様さが先にあって、それに伯母達が反応した結果だったと……。
これまでの静子の言動を振り返った上で、今回の伯母の静一に向ける慈愛に満ちた態度や、特に最後に静子に謝ったことなど、それらの行動がスッキリと整合性がとれているように感じました。
静子と長部家の面々とで鍔迫り合いがあったのは静子の過去の発言からわかっていましたが、自分は恥ずかしながらまだ静子の視点から抜けきれず、長部家の面々がおかしいのだと無意識に思い込んでいました。恐ろしいですね。
前回の静子の狂っているようにも見える様子、そして今回の伯母の態度を比較すると、静子がおかしいと見る方が自然です。
めちゃくちゃぞわっときました。
今回、ただただしげるの表情がビジュアル的にあまりにもヤバ過ぎてショック受けてました。
そして、伯母から受けたこれまでとは違った印象に違和感を覚えていたのですが、コメント頂いた内容によりさらに追い打ちをかけられている気分です。
しげるの行動原理は考えて無かったです。
静子の助けを振り切ろうとして、本当にしげるはどうしようもない奴だと思っていた自分が単純過ぎますね。洞察が浅くて我ながら嫌になります。
確かに、子供のしげるが端的に静子にNOを突きつけられる存在だったのかもしれませんね。
そこに脅威を感じて静子がつい突き落としてしまった……。
ここまで話が進んだ今となっては、静一を守ろうとして突き落とした、というよりも静子自身の為である方が説得力を感じます。
これまで通り一郎の空気加減に憤りを感じるのですが、しかしこの物語の中では自分が一郎に一番感性が近いであろう事にすぐ気づいて恥ずかしくなりました。
多分、自分も一郎と同じく女性同士の水面下での争いがあっても気付かない、もしくは気づいてないフリをすると思います……。そもそも鈍いし……。
現状、伯母さんはしげるを静子に突き落とされた事で(その事実を知らないけど)、結果的に静子と相対する気力を失ってしまった、ということになると。
いよいよ静子と相対する人間がいなくなりそうですね。吹石以外には……。
>なんとなくしげる親子があの空間に切り込みに入らないといけない気がしていたから
自分ではとてもこの可能性に思い至りませんでした。
それが伯母の行動原理だったとしたら招いた結果が悲しすぎる……。
世間でこの作品を評価する上で使われるキーワードである”不穏さ”が1話から漂っているのは納得です。
静子の静一に対する近親相姦的な雰囲気だけではなく、自分以外の人間は敵であるという緊張感がこの作品に不穏さをもたらしていたのかもしれませんね。
色々と視点が変わりました。自分の視野の狭さを再確認しました……。
また何か気付いたことがあったら、お時間があったらで構いませんのでぜひ教えてくださいね。
はじめまして。
だいぶ前の記事に、長いコメントすみません。
私見ですが長所と短所は表裏一体なので、伯母さんはわるく言えば『無神経でズカズカ入ってくる人』だけどよく言えば『(自分が神経細かくないぶん)人に対してもおおらかで、世話焼きな優しさがある』のかと思いました。
逆に、神経細かくて人のテリトリーを犯さない気遣いができるけど、人のちょっとした馴れ馴れしさにすごく狭量に怒る人もいますし。その逆バージョンかなと。
伯母さん的には、本当に静子・静一親子と仲良しのつもりで悪気はなかったのかな?と思いました。
自分が裏がないから相手にも裏があるなんて考えず、「静子は笑って迎えてくた=歓迎されてる」と思っていた。
しげるが静一を突き飛ばした悪戯は、相当危険なものでしたがよくも悪くも大雑把母さんな伯母さんには「もう中学生なんだし、大丈夫よー(笑)」と思っていたとか。
しかし、しげるがああなったことで「全然大丈夫じゃなかった。静子さんの心配したとおり危なかった。」「大丈夫なんて軽く考えずあの時しげるをきつく叱っておけば、しげるは落ちなかった」
さらに事故から日数も経っており、回復を待つしかなく、しげるに付き添っている間に色々思うこともと思うので「しげるが悪戯した時に静子さんが止めず、静ちゃんがもっとよろけてたら…今こうなってたのは静ちゃん。」とも考えるかなと。
それがあっての「ごめんなさい」かと思ってました。
ごめんなさい、過保護なんて笑わずにあの時にしげるを叱ってればよかった。そしたら、もう一度崖でふざけたりしなかった、落ちなかった。
こうなってたのは静ちゃんだったかもしれないのに、あの時は甘く考えてた私のせい。静子さんのせいじゃないよ。
回復したら、子供達連れてまた遊ぼうね。
ぐらいの意味かと。
なんとなく、一郎は妻とのいざこざを伯母には話していないと思ってました。
しげるのことにプラスで心配させたくないとか、嫁ともめたうえに「しっかりしなさい!」って姉にまで叱られたくなかった疲れていた…とか。
いずれにせよ、伯母さんは良くも悪く大雑把だっただけで、悪い人じゃないと思いました。
わんたさん、コメントありがとうございます!
返信が遅れすみません。
まず、非常に明晰な洞察だなぁと思いました。
>長所と短所は表裏一体なので、伯母さんはわるく言えば『無神経でズカズカ入ってくる人』だけどよく言えば『(自分が神経細かくないぶん)人に対してもおおらかで、世話焼きな優しさがある』のかと思いました
いきなり、なるほどと思いました。
そして、この漫画が静一の視点から描かれていることと密接に関係があるのかな、とも……。
伯母さんが嫌な人に見えていた時は、静一は静子に逆らうようなことは考えておらず、自覚せぬままに支配下にあったように思います。
しかし静一は、静子が夏の山でしげるを突き落とす犯行の瞬間を以来、表面上は静子を守ろうとしていても、その心の内では静子への疑念が育ち続けていました。
つまり、一郎に連れられてお見舞いに行った際に会った伯母さんが、まるで憑き物がとれたような穏やかな態度で静一を迎え入れたのは、静一の見る目が変わったということでもあるのかな、と……。
わんたさんの仰るように、長所と短所は表裏一体。
しげるの落下前、静一は、伯母さんの負の側面にばかり強く反応していた静子に感応していたのかもしれませんね。
>自分が裏がないから相手にも裏があるなんて考えず、「静子は笑って迎えてくた=歓迎されてる」と思っていた。
納得できます。1巻の2話から伯母さんが出てきますが、その視点で読むと感じ方が違ってきますね。
伯母さんと静子とで、致命的に”合わない”ってことなんでしょうね。伯母さんは静子を受け入れてるけど、静子には無理だった。
ここらへんは結構多くの人に経験がある感覚のような気がします。
>しげるが静一を突き飛ばした悪戯は、相当危険なものでしたがよくも悪くも大雑把母さんな伯母さんには「もう中学生なんだし、大丈夫よー(笑)」と思っていたとか。
しげるの行為を咎めなかった伯母さんと、危ないと思っていた静子で捉え方に違いがあった。
やはり違いが感覚が大きすぎて、二人は致命的に合わなかったということですね。
>しげるが悪戯した時に静子さんが止めず、静ちゃんがもっとよろけてたら…今こうなってたのは静ちゃん。」とも考えるかなと。
>それがあっての「ごめんなさい」かと思ってました。
ここらへんにまでは全く想像が及びませんでした……!
なるほど。無理のない心の動きですね。お見舞いに来た静一に対し、伯母さんが迎え入れた穏やかな態度と違和感がありません。
>一郎は妻とのいざこざを伯母には話していないと思ってました。
>しげるのことにプラスで心配させたくないとか、嫁ともめたうえに「しっかりしなさい!」って姉にまで叱られたくなかった疲れていた…とか
一郎と伯母の病室でのやりとりから見える関係性から、非常に頷ける話です。
確かにお見舞いの前にあっちの世界に行ってしまった静子の姿を見てますし、激しく口論しましたからね……。
とはいえ、一郎は伯母に頭が全く上がらなそうだなとは思いました(笑)。
>いずれにせよ、伯母さんは良くも悪く大雑把だっただけで、悪い人じゃないと思いました。
同感です。1巻では静子の支配下にあった静一の目には悪い部分だけしか見えていなかったから、読者にも伯母に対する悪印象が先行したということでしょう。
非常に面白かったです。ありがとうございます!
押見先生すげー、って思いを新たにしました。
はじめまして。
分かりやすいまとめ、鋭い所見に唸らされ、本作を読み直しながらここまで拝見させていただきました。
本作は、精神病質的な人間からすると、静子の心情や心理のほうが想像しやすいという驚異の怪作と感じております。
健全な精神の方からすると、ぎょっとするかもしれませんが、今回の伯母さんの「気にしていないから」も、もし静子の立場で聞いたら憤りを覚えるものになるのではと想像します。
「気にしないで? 何を言っているの? 他に言うことがあるでしょう? 感謝しろ。そして今までのことを謝罪しろ。過保護だと言ったことを悔いて詫びろ。もう私を過保護とは言えないだろう。自分の息子がそんな状態になってさぞや大変だろうが自業自得だ。【私には突き落とすだけの理由があったのだからしょうがなかった】。そして【しげちゃんには落ちる理由があったのだからしょうがなかった】のだ。だから何もなかった。しげちゃんが落ちたというだけ。ただ落ちたというだけ」というふうに。
本当にぞっとするような思考回路です。
しかし、精神病質者の中でも静子に見る自己愛性サイコパスの場合、すべては自分が被害者で、周囲に追い詰められているという解釈です。
また、共感性にも欠きますので、同じ母という立場でありながら伯母さんへの共感が薄い描写が盛り込まれているのも納得ができます。
さらに、しげちゃんの様態を心から気遣うでもなく、夫の一郎に極めて歪んだアプローチをとっていることから、静子の関心は常に自分です。
一郎との諍いのシーンはまるで、思春期の娘が父親に歯向かうかのようだと感じました。
個人的に、本作に出てくる静子の「母の愛」は、実質「自己愛」以外の何物でもないと感じます。
自分が与えてほしかった、感じたかった愛情を、静子は母になった今も乞うているのではないかと思うのです。
欲しかった愛が与えられず、学ぶこともなかったため、静子の静一への愛し方は独善的で、健全とは言い難いものになっています。
彼女は愛し方を知らないまま、愛を与えなくてはいけない立場になったが、自分の愛が枯渇している(それどころか未だ欲している)のに与えられようはずもなく、本来愛を注がれるはずの静一が逆に搾取される、毒親家庭の悪循環が描かれています。
現在であれば、彼女には退行療法のようなセラピーが必要に思われます。
彼女が欲している愛情は、彼女の生い立ちの中からしか取り戻せないものである可能性が高く、だから今の静子にとっては、静一すらも本質的には「何の価値もない」のではないでしょうか。
彼女は本当のことを言っているのです。
しかしその本当のことは、外界の出来事ではなく、すべて彼女の内に起こっていることであるため、自分しか見ていない、自己愛性サイコパスになってしまうのです。
個人的に印象深いのは、静子と静一が買い物に行くシーンです。
静子が精神的に未成熟な象徴としてかわかりませんが若々しく描かれているせいもありますが、静子が興味のあるものを見て回る様子を有言で追従する静一を、親に見立てると、静子はこういう幼年時代をすごしていなかったのではないか?あるいは逆にこうして親の所有物のように扱われる立場だったのではないか?とも想像できました。
一部の治療が進んでいる精神病質者から見る【血の轍】は、自分の有り様に気付かされ、水を浴びせかけられるような体験になるのではと思います。
主様がおっしゃるように、押見修造作品として第一位と言いたくなる秀逸ですが、漫画と文学の中間としても唯一無二ですし、閉ざされた精神病質的な親子関係が蔓延する現代に一石を投じる作品になってほしいと期待している所存です。
また、本作と並行して、今後も主様のまとめと感想を楽しみにしております。
乱文・長文失礼いたしました。
葉隠さん、コメントありがとうございます!
>精神病質的な人間からすると、静子の心情や心理のほうが想像しやすいという驚異の怪作
おお~。そうなんですね。自分は話が進むにつれて静子の見方が揺れてたりします……。
静子がしげるを突き落とす第6話に代表されるように、色々と静子の見方が変わって来るというのももちろんですが、このサイトに静子の気持ちも分かるかもしれない”といったコメントを頂くと、あまり一概に”静子がヤバイ、とばかり書くのもどうなのかなと思ってしまったり……。
でもしげるを突き落としたのは間違いなく犯罪行為なので、その時点で彼女はアウトなんですよね……。
>今回の伯母さんの「気にしていないから」も、もし静子の立場で聞いたら憤りを覚えるものになるのではと想像します
ちょっと分かる気がします。”しげちゃんが落ちたというだけ。ただ落ちたというだけ”。確かにこんな感じで居直りそうです。
というか、実際刑事を前にして見事にしらを切ってみせた静子の心中はこんな感じだったのかもしれませんね。
>共感性にも欠きますので、同じ母という立場でありながら伯母さんへの共感が薄い描写が盛り込まれているのも納得
考えてみれば同じ母親なんですよね。しかし事件後の伯母さんと静子の態度の変化が違い過ぎる……。
>しげちゃんの様態を心から気遣うでもなく、夫の一郎に極めて歪んだアプローチをとっていることから、静子の関心は常に自分
確かにそうですね。第16話でも第20話でも静子の一郎への態度はちょっと酷過ぎでした。
自分は一郎がそれまで静子の夫として、一番の味方として、親身になって上げていなかったそのツケだったのではないかと思っていましたが、それが本当なのかどうかはまだ答えが出ていないんですよね。
>一郎との諍いのシーンはまるで、思春期の娘が父親に歯向かうかのようだと感じました
これは非常に面白い見方ですね。やはり静子は人格形成期に何かあったのかもしれませんね。
>本来愛を注がれるはずの静一が逆に搾取される、毒親家庭の悪循環が描かれています。
>現在であれば、彼女には退行療法のようなセラピーが必要に思われます。
そちらの方面の学を修めておられるのでしょうか。それとも精神科医の方かな? 一文一文に非常に説得力があるのですが……(笑)。
>彼女が欲している愛情は、彼女の生い立ちの中からしか取り戻せないものである可能性が高く、だから今の静子にとっては、静静一すらも本質的には「何の価値もない」のではないでしょうか
第20話で静子が静一すら消したいと言っていた事ですよね。
これに関しては、何となく分かりそうで、でも物語の中で答えが出て来るまでは決して分からないだろうと感じていました。
でもこれが答えのような気がします。やはり彼女の心は成長の過程で歪んでいってますよね。
>静子はこういう幼年時代をすごしていなかったのではないか?あるいは逆にこうして親の所有物のように扱われる立場だったのではないか?
買い物のシーンに関しても深い洞察ですね。この辺りは静一が吃音を本格的に発症してしまった時期だったはずですが、静子が全く意に介していないのが読んでいて非常に不気味だった記憶があります。
そっかぁ。上手く表現できないのですが、静一自身に興味があったわけではなかったと考えれば当然なんでしょうね……。
>一部の治療が進んでいる精神病質者から見る【血の轍】は、自分の有り様に気付かされ、水を浴びせかけられるような体験になるのではと思います。
自己を客観視できるようになる。自分自身がまるで静子のようだったと思うようになるということでしょうか。
もし精神病に苦しむ人の治療に少しでも役立つとしたらとんでもない作品ですね。
>主様がおっしゃるように、押見修造作品として第一位と言いたくなる秀逸ですが、漫画と文学の中間としても唯一無二ですし、閉ざされた精神病質的な親子関係が蔓延する現代に一石を投じる作品になってほしいと期待している所存です。
静子が怖い、というだけの感想で終わるのは勿体ない作品ということですね。
漫画と文学の中間というのは同意です。別に文学に通じているわけではありませんが、この漫画は文学的な要素を多分に含んでいるんだろうなとは感じていたので……。
押見先生の描きたいものが葉隠さんの期待を上回ったらいいなぁ。
>また、本作と並行して、今後も主様のまとめと感想を楽しみにしております。
>乱文・長文失礼いたしました。
とんでもないことです。自分よりよっぽど深い考察の数々でいちいち頷きっぱなしでした。ありがとうございます。
また更新時にでも遊びに来てくださいね。