第126話 拳
第125話のおさらい
静子が滞納していた家賃を肩代わりする約束を大家と交わしたことで、静一は静子を元のアパートに戻すことに成功する。
静子は自分を助けてくれた静一への感謝を示すべく、静一を自室に誘う。
誘われるがまま静子の部屋に入った静一に、静子はお茶を出してもてなす。
静子はふと、目の前の男性が静一であることを思いだし、ひさりぶりと挨拶をする。
その瞬間、激高する静一。静子の顔に熱いお茶をかけ、さらには怒りに任せて殴ろうと腕を振りかぶる。
第125話の詳細は上記リンクをクリックしてくださいね。第126話 拳
結局、静一は静子を殴ることはなかった。
なぜ自分が未だに苦しまなければならないのかという、絞り出すような静一の訴えに対して、静子は泣きながら謝るのみ。その姿は静一の目には少女に見えていた。
その姿に、直前までの静一の怒りが一気に静まっていくが、静子から、私を殺して、と言われ、静一は再び怒気を込めて、死ぬなら自分で死ねと顔を歪めながら吐き捨てる。
怯えた様子で、静一を見上げる少女の静子。
かつて恐怖の対象であった母の、弱々しく哀れな姿に、静一の怒気はみるみるうちに消沈していく。
そして静一は、約束通り家賃は払うが、もう二度と会わないと言って、玄関に向かう。
部屋を出る直前、静子の方を見ると、そこには白髪の老婆が泣いていた。
静子に対する怒りも、興味もいよいよ完全に失った静一は、部屋を出た。
今回の話はここまで。
前回は、まだ若い男性が、痴呆が入り始めた哀れな女性を殴ろうとするシーンで終わった。今回はその緊張感が最高潮となったシーンの続きからだったが、ひとまず静一が罪を重ねずに済んだのは良かった。
一言で言えば、静子は老い、静一は成長したということなのかなと思う。
もし怒りに任せて拳を振り下ろしていたら、最悪の事態もありえた。そんな終わり方はあまりにも悲し過ぎる……。
しかし今回の終わり方も中々きついものがあった。あれだけ恐れ、憎み続けて、しかし愛してもいたであろう対象が、あまりにも哀れな存在になってしまった。
かつて静一を公の場で堂々と自分の人生から切り捨て、自分の人生を生きるのだと意気揚々と宣言してみせた、あの不敵な静子の姿の名残は一切見られない。
目の前の哀れな女性とは、もう一切相手をする必要がないとはっきりと理解してしまった瞬間、静一はある意味、静子から解放されたということなんだろうと思った。
しかしそこに喜びはなく、ただ虚しさが残っただけ……。今回の静子は本当に、ただただ哀れのだった。少女の姿で泣き、静一に怯え、震えているのは見ていて心が痛かったし、本来の老母の姿だと、泣いている姿はさらに哀れさが際立った。
静子の姿が静一の目には、子供に見えているという描写は、ここまでのストーリーで完全に初めてだ。
ここまでの物語で、静一の認識において、静子の姿は時に実物よりも恐ろしく、時に美しく、時に神々しく、その姿を変えた。しかしそれらの変化の中に、子供の姿はなかった。
それは静一にとって、静子がそれほど弱いと感じているということだと思う。子供は簡単に支配できてしまう。静一は、静子をそう認識するようになったわけだ。
かと言って、それは静一にとって特別嬉しいものでもなかったと見える。今の静子にかつて自分を脅かした面影は一切なく、あまりにも弱い。でもそれを理解したところで、静一の心にはただ虚しさだけが残ったようだ。
「かつて自分は、こんな人を恐れ、怯えていたのか……」という感じなのかな。これは静一に限らず、誰もが大人になって、親に対して少なからず起こる視点及び感情の変化の一つだと思う。静一は静子と会う機会が20年以上無かったから、かつて自分を完全に支配した静子の幻影をいつまでも見続けていた。しかし現実の静子を見て、もうそれは起こらないのではないか。ポジティブな見方をすれば、これを機に静一は静子の呪縛から解き放たれ、これまでよりも前向きに、人生を楽しめるようになっていく可能性が出てきたのかなと思う。この日、静一は朝からずっと死のうとしていたけど、完全にタイミングを失ったというのもあり、ひとまず静一にはそのつもりが無くなった可能性は十分あると思う。
読んでいてふと思ったが、ひょっとしたら、静子の子供時代はこんな感じで親に泣きながら謝ることが多かったのだろうか……。
静子はかつて、自分は親から愛を受けたことがなかったと言った。それが果たして本当に親が静子を愛さなかったのか、それとも静子が望み、理想としていた形で愛を受けられなかったという意味なのか。
この漫画は静一以外の人物の回想シーンは無いし、静子から話を聞く機会もなさそうだから、おそらく今後も判別はつかないままなのだろう。
しかし静子もまた、静一と同様に子供の頃に親から何かしら心の傷を受けていたっぽいんだよなぁ。そして、静子もまた、静一の心に重大な傷を残した。
この連鎖が、タイトルの「血の轍」ということなのかな……。
つまり、もし静一が結婚して子供が生まれたら、この轍が続くということ? 虐待された人が親になって、子供に同じように虐待してしまう確率は、虐待されていない人に比べると高いと聞いたことがあるが……。
一つ言えるのは、子供は悪くないということ。静一は静子がしげるを崖から突き落とした後、警察からの事情聴取に正直に静子が落としたとは答えなかった。それは静子を守らなくてはという一心で、静一が自ら進んで行ったことだった。この行動は自分には責められない。だが結果的に、あの場面できちんと静子を告発できていれば、静一のその後の人生は、現在のような破滅的なものにはなっていなかっただろう。もちろんその場合も、母が捕まることによる心の傷は避けられなかっただろうが、静一がかつて受けてきた静子からの虐待に比べればまだマシだったのかなと思う。
静子の呪縛から逃れたことで、果たして静一は、これからどういう人生を歩むことになるのか。
以上、血の轍第126話のネタバレを含む感想と考察でした。
第127話に続きます。
あわせてよみたい
押見修造先生のおすすめ作品や経歴をなるべく詳細にまとめました。
血の轍第5集の詳細は以下をクリック。
血の轍第4集の詳細は以下をクリック。
血の轍第3集の詳細は以下をクリック。
血の轍第2集の詳細は以下をクリック。
血の轍第1集の詳細は以下をクリック。
コメントを残す