第105話 ムダ
第105話のおさらい
3月14日。
起床後、静一は職員に付き添われ裁判所へ向かう。
コートを脱ぐように言われ、トレーナー姿でベンチの真ん中の席に座って待っていると、
続々と出席者が入室していく。
検察席の男性たちに続き入室するのは弁護士の江角だった。
そして、コツコツという足音と共に一郎が現れる。
一郎は静一に静子が来たことを告げる。
次の入室してきたのは静子だった。
静一は前を向いたまま、静子のことを気にかけていた。
静子は髪を短くして、ただ正面を見つめていた。
一郎が、静一に何か言ってやれば? と促すが、静子は前を向いたままニコリと微笑むのだった。
静一は母にを血走った眼向けていた。
参加者が全員集まり、起立、注目、礼と号令がかかる。
静一は、隣で頭を下げる母親の横顔を見つめていた。
着席すると、裁判長が開会を宣言する。
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審判開始
長部一家の真正面に座る裁判官の宣言で、静一の審判が始まる。
裁判官に名前を問われ、静一は答えようとする。
しかしかつて苦しんだ吃音がぶりかえしたように、言葉が出ない。
裁判官に促され、静一は目を血走らせて自分の名を述べる。
続いて訊ねられた生年月日も、何度もせんきゅうひゃくはちじゅう、というところまでしか言えずに最後まで言い切ることができなかったが、何度目かでようやく1981と答える。
裁判官から、調子が悪いなら言って欲しいと言われ、頷く静一。
そして裁判官は隣に座っているのがお父さんの一郎とお母さんの静子かと問う。
「……はい。」
視線を伏せ気味に答える一郎。
「はい。」
一方、静子は真正面を向いたまま全く感情を見せず、落ち着き払った様子で答える。
触法行為について審理すると宣言する裁判官。
静一に対して、答えたくなければ答えなくても良いが、答える以上は正直に話すようにと告げる。
そして裁判官は一つ咳払いをしてから、静一の犯行を読み上げる。
間違いありません、と、静一は裁判官を見ながら、はっきりと答える。
裁判官は、鑑別所でどんなことを考えたのかと静一に問いかける。
ママのことだけ
俯き、口をぱかっと開く静一。
静一が吃音のように言葉が上手く出ず、苦しそうにしている。しかし隣に座っている静子は、静一の様子を全く意に介さないどころか、むしろ冷めた目付きで前を向いたまま、自分の顔を掻いていた。
ママのことだと答えた静一に静子が視線を送る。
具体的には? と裁判官に問われ、ママが僕をどう思うかです、と静一。
さらに、しげるのことは考えたかと聞かれて、静一はいいえ、と答える。
静一はしげるが死んだことに関して何も思わないのかと問われ、吃音で一言を出すのに苦しんでいたが、無駄に、意味なく死んだと淀みなくはっきりと答える。
一瞬の間の後、裁判官は眉をひそめる。
そして、しげるが山から転落後、リハビリをして回復してきたことについて諭すように語ってから、静一に問いかける。
少し間を置いて、はい、と素直に答えた静一に裁判官は続けて自分の振る舞いについて問う。
呆然としたまま答えない静一。
その隣の静子はまるで眠るように、静かに目を閉じていた。
やめます
そして裁判官は、一郎と静子に質問を始める。
普段大人しかった静一が、山での事件の後にクラスメートに暴力を振るったことについて、思い当たる原因や、静一を見ていてどう感じたかと問われ、一郎は静一が優しい子だと、訥々と、しかし言葉を尽くして答える。
一郎の右隣に座っている静一は、神妙に一郎の言葉を聞いていた。
声を詰まらせる一郎。
突然静子が流れをぶった切るように口を開く。
静一は静子に横目を向ける。
裁判官を真正面から見据えて、静子は淡々と、母を辞めると迷いなく答える。
静一の目が一瞬で血走る。
感想
いや~、衝撃的だった。
親も親なら子も子、という感じ。
この場でこのあまりにも自分の気持ちに正直過ぎる言葉の応酬。静一と静子は裁判長的な人に向かって喋りつつも、しかし実は二人とも隣同士で座っているお互いに向けて言葉をぶつけ合っている。
しげるをムダ死にだと言ってのけた静一。母親を辞めると言った静子。
二人ともあまりにも自分の気持ちだけにしかフォーカスを当てていない。
確かにこの場は、嘘偽りを述べてはいけない場ではある。でも、そういう意味じゃないだろ……。
あまりにも被害者であるしげるのことがないがしろにされている。静一はもちろん、静子もしげるに対する配慮がゼロ。普通は言葉だけでもしげるに対する謝罪と反省を述べる。静子も同じで、自分の息子がこのような犯罪を犯したことに対して謝罪し、涙の一つも流す。
しかしこの二人はしげるなど完全無視。それどころか母子間で言葉を叩きつけ合っている始末だ。
もし伯母夫婦がこの場にいてこの異様な光景を見ていたら、怒りでどうにかなってしまうんじゃないか?
確かに静一はしげるのことなどろくに考えていなかった。収監後にひたすら考えていたのは、ほぼ静子のことだけだったのは確かだ。
そしてしげるの死をムダと言い切ったのも、静一の嘘偽りない正直な気持ちだったに違いない。静子の気持ちを自分に向かせるためだけに行った犯行だったのに、静子には全く響いていなかったのだから。
そして静子は、そんな静一の気持ちに気付いていたのかいないのか。
母親を辞めますというのは、一郎というよりは静一や、もっと言えば世間に向けた正直な言葉であり、宣言のように思える。
ひょっとしたら静子はこれまで、今の静一のように親からの愛を渇望していたのだろうか。
かつて静子が辿った道を、静一もまた辿っているということなのか?
静一は、静子の気持ちを自分に向かせたくて犯行を行った。
しかしそれが狙い通りにならず、しげるを殺めた意味がなかったということだと思う。
ここまで散々静一の苦しみを見てきたから、それはわかる。
静子の母親を辞めるという宣言も、思えば、これまで散々逃げ出したい的なことを言っていたから、唐突という印象は全くない。
母親を辞めるというのは、母親に課せられた社会的な意味での役割が嫌になったということなのか。それとも、ただ単に静一を見放しただけなのか。次以降の話で明らかになれば良いなと思う。
以上、血の轍第105話のネタバレを含む感想と考察でした。
第106話に続きます。
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