第65話 由衣子
第64話のおさらい
話し合いを終え廊下で小倉母子に謝罪する静子。
そして先生に、先程言ったことを考えて下さいと声をかける。
何のことかわからないという表情をした先生に吹石を別のクラスにする件だと真剣に語り掛ける。
「お願いします。静一は被害者なんです。」
先生は困ったような表情で、吹石さんの親御さんにも聞いてみますとお茶を濁す。
小倉の母親と話があるから、と先生に帰宅を促された静子と静一。
背後を振り返った静一は、先生と小倉母子が自分たちを内心でバカにしたような視線でじっと見つめているように見えていた。
帰宅途中、静一は静子に今日のことを謝罪する。
これからは気をつけな、と淡々と応じて、静子は、どうして殴ったのかと聞かれた時に答えたあの内容は何なのかと静一に問いかける。
「ママもね、おんなじ事考えてたん。」
静子は中学生くらいの時から現在にいたるまで静一が主張したようなことを思っていたと続ける。
寂しそうな笑みを浮かべて、気持ちがわかると静一。
静子は静一を寄り道に誘う。
高台に登った二人は家々の灯りを見下ろしていた。
微かに笑みを浮かべながら夜景を見る静子。
「へどが出らいね。この灯り全部ひとつひとつ家族が入ってて、いちいち生活して生きてるなんて。」
「私はずっと、こっち側でいい…って…思ってたんさ。」
そして静子は、静一が小さい頃も、よくここへ散歩しに2人で来ていたと続ける。
その記憶を覚えていると静一は涙を零して答える。
「わかんない。わかん…ないけど…哀しくって…」
「……そうだね。哀しいね…」
静一を抱きしめる静子。
そして静一は幼少期に道端で見た猫の死体を思い出す。
「……あの道…この近くだ…」
「小さい頃…猫の死体を一緒に見つけたあの道! あれこの近くだったいね!?」
顔を輝かせる静一とは違い、静子はきょとんとしていた。
静一はその場所に行ってみようと静子を誘うが、静子は冷たい表情で静一を見つめていた。
「……そうだっけ。それはママ忘れちゃったい。」
そして静子はさっさとその場を後にする。
遠ざかっていく静子を見つめて静一は、うん、と返事をするのだった。
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小倉の復讐
静子が静一の小倉との喧嘩の件で学校に呼ばれて一週間が経っていた。
朝、登校のために玄関を出た静一を見送る静子。
「行ってらっしゃい。気をつけてね。」
静一は白い息を吐きながら、行ってきます、と返して学校に向かう。
学校に到着し、教室までの廊下を歩く。
周りの生徒たちはもうじきやってくるクリスマスや冬休みの話題で盛り上がっていた。
教室に着いた静一に何人かのクラスメートの視線が集まる。
しかし静一は特に気にしていなかった。
何気なく吹石の席の方を見る静一。
吹石は机の上に組んだ腕の間に顔を埋めており、右のこめかみのあたりには絆創膏が貼ってある。
しかし静一は吹石に話しかけることもなく席に座ると、すぐに机の中にメモがあることに気付く。
そのメモには下手くそな絵で静一と吹石が抱き合って互いの名を呼びあっている様子が描かれており、さらにその下には、ジャマするやつはなぐる、とある。
静一はメモをぐしゃぐしゃに丸めて改めて辺りを見回す。
するとすぐに、腕を組み勝ち誇った様子で自分の方を見ている小倉と酒井、比留間に気付く。
すぐにメモが小倉の仕業だと気付く静一だが、特に反応することなく席に座り続けるのだった。
担任が教室に入ってきて、慌ただしく席につくクラスメートたち。
吹石の様子は変わらず、顔を腕に埋めたままだった。
失恋
昼休み、静一は教室を離れて人気の無い階段に座り、呆然としたまま時間の経過に身を任せていた。
階下から足音が聞こえて、そちらの方を確認する静一。
そこには吹石が背を向けて立っていた。
吹石は柵に腕を置き、一人で遠くの風景を見つめている。
静一は声をかけることもなく、しかし吹石から目を離せずにいた。
その手はいつしかぎゅっと握られている。
「吹石」
声をかけられ、振り向く吹石。
「ここにいたんか。」
眼鏡をかけた男子生徒が吹石に声をかけるのを、静一は呆然とした表情で見ていた。
「大丈夫? ケガ。」
「うん。」
わずかに笑みを浮かべて答える吹石。
「お父さんに、なぐられたん?」
男子生徒は続ける。
「ほんとに…許せねんな。長部。」
静一は視線をそらすことができない。
「吹石をこんな目に遭わせて。」
男子生徒はそう言うと、おもむろに吹石を抱き寄せる。
「オレが、吹石を守るよ。」
「佐々木…」
見つめ合う二人。
佐々木の顔が吹石に接近していく。
「あ…」
吹石が佐々木の唇を受け入れるのを目撃した静一は、失意の底に叩き落とされるのだった。
待ち伏せしていた伯母
チャイムが鳴り、下校を始める生徒たち。
静一はとぼとぼと校門を通り過ぎて、帰路を歩き始めていた。
道中、吹石を失った静一の視界にある風景は荒涼として禍々しいものと化していた。
ププッ
車のクラクションが鳴り、静一の横に停車する。
何事かと車を見つめる静一。
「静ちゃん!」
助手席の窓が開くと同時に運転席から静一に向けて声がかかる。
「今帰り?」
静一にそう訊ねたのは笑顔を浮かべた伯母だった。
「乗って行きなね! 送ってくよ!」
静一は伯母を見つめていたが、また帰路を歩こうとする。
「いや…いいです。」
「どうして!?」
全く引き下がらずに伯母は続ける。
「遠慮しないでいいがんね!」
伯母に視線を向ける静一。
「ほぉらぁ!」
伯母は静一に乗車するよう催促する。
感想
精神的なグロ
小倉の卑劣な仕返しにより静一と吹石の秘め事がクラス中に知れ渡ってしまった……。
小倉は嫌な奴だとは思っていたけど、まさかここまでのバカとは……。
吹石を巻き込むなよ。
中学生くらいの頃はこういうどうしようもないバカが普通にクラスに数人いたような気がする……。リアルだわ。
小倉の仕返しは吹石との関係に止めが刺されるきっかけになったことで、結果的に静一に大きなダメージを与えたと言える。
吹石が顔を殴られていた。どうやら父親にやられたらしい。
ひょっとして担任から吹石の父親に連絡がいったのだろうか?
父親から大目玉を食らったのと、静一とのことがバレてクラスメートから奇異の目で見られてしまい、さすがの吹石もグロッキー状態のようだ。
そしてついに、恐れていた事態が起こってしまったわけだ……。
弱り切った吹石を格好のタイミングでかっさらう男の登場……。
吹石が佐々木と呼んでいた男は、ひょっとしたら1巻の第1話、プールサイドで吹石にちょっかいだしてた奴かな?
※1話より
読み返してみると、当時はまだ何のストレスも抱えていない静一がここで吹石をからかって、二人の時間を見事に邪魔できたんだよ……。
そして吹石もまた静一に想いを寄せていたから、すぐに彼の元から離れて静一の方に駆け寄り、静一をおどかすというイチャイチャぶりだった。
しかし今回は、完全に1話の頃との対比になっている。
吹石と佐々木との心の接近を、静一は階段に隠れてただ見ているだけ……。
実に惨めだ……。
この漫画は1話の時点で色々と嫌な感じはしていた。小倉たちとの関係性も1話の頃からすでにいじめに発展しそうな雰囲気があって、つい最近その伏線が回収されたばかりだ。
しかし今回は連続で、そして個人的に最も回収して欲しくない伏線を拾ってきた……。なんでこんなに気分が落ち込むんだろう……。静一の自業自得のはずなのに……。
うーん。静一を静子の狂気からギリギリのところで守ってくれていた吹石との関係が静子の手によって楔を打たれ、さらに他の男によって完全に止めを刺される。精神的なグロさを感じるのは、吹石との別れが静一の意思じゃないからだろうな……。
これぞ押見作品。あー、キッツイ……。読んでてどんよりとした気分になった……。
両想いだったはずなのに、周りの環境によって引き裂かれてるのがその理由なんだと思う。
仮に静一が本人の意思の強さだけで吹石との関係を死守できるようなら、それは押見作品ではない。
熱さや爽やかさ、ロマンスなどとはほぼ対極にあって、どこまでも報われない。
静一が「これで静子との約束が守れる!」と強がりでもいいからサバサバしているならまだ救われる部分もあるのに、めちゃくちゃショック受けてるのがまたキツイ……。静一やっぱ全然吹石のこと嫌いじゃないじゃん。超好きじゃん。
いくら静子との約束を守るという彼なりの大義名分があったとはいえ、吹石への暴言は許されるものではないから自業自得ではある。
しかしそれにしても静一はあまりにも大きなものを失ってしまった。
この失恋は静一を大きく追い詰めたと思う。
両想いだった吹石を失った絶望感は、静一を今後さらに歪めていくだろう。
その後、帰路につく静一の視界はまるで地獄の風景のようになっている。
あまりにおどろおどろしいその心象風景の中に呆然と立ち尽くす静一の様子から、彼の暗澹たる心の在り様が伝わってくるようではないか。
吹石という自分の味方がいなくなったことで、いよいよ静一はすがるものが静子だけになってしまった。吹石というバリアーを失った静一は今、寒風吹きすさぶ雪原で丸裸でいるようなものだろう。
静子が心から信頼できて安心を与えてくれる存在なら、静一の心はここまで荒れ果てることはない。
静一が絶望しているのは、静子が自分に安らぎを与えてくれる存在ではないと知っているから。
そもそも少し前までは吹石と一緒に静子から逃げ回っていたわけで、心の中では静子が自分を苦しめている原因であることははっきりと自覚しているはずだ。
静子に追い詰められていた静一の心を、吹石は救ってくれていた。
それがもう跡形もない。吹石との繋がりを断ち切られ孤独に陥ったことにより、静一はいよいよ本格的に地獄に足を踏み入れたと言えるだろう。
もう上がり目が一切感じられない。転げ落ちていくだけという感じ。
静子が捕まって全く別の土地で生きる、みたいなラストならギリギリ救いがあるのかな……。
静一VS伯母
そして学校を終えた静一を待ち伏せていた伯母の登場。
面白くなってきたぁ!!!
静一が吹石をとられたこと忘れるくらいヒートアップしてくれ(笑)。
しかし伯母は、顔は笑ってるけど目が全然笑ってなくて超怖いな。
しげるの病室に一郎と見舞いに行った時の伯母はやさしかったのに、今回の伯母から感じられるのは嫌な雰囲気ばかり。
ラストのコマ、静一を助手席に誘う「ほぉらぁ!」から、これでもかってくらい伯母の本気を感じる。絶対に静一を逃がさないという迫力が漲っている。
静子と静一が伯母の家を訪問してからまだ何日も経過していないはずだ。
静一が自分を突き飛ばして静子の気持ちを激しく代弁してきたあの夜から、一体伯母は何を考え、どんな行動をとっていたのだろう。
おそらくしげるに真相を問い質しても肝心なところがわからなかったから、その部分を静一の証言で埋めに来たという感じかな?
さすがに静子本人を問い詰めたところで吐くことはないと判断したのか。静子と顔を合わせ辛いだろうし、子供相手ならまだ心の余裕を保って接することもできるだろうし、御しやすいと判断したか。
今はまだ笑顔を保っているが、次回で伯母の本気、剥き出しの感情が見られるかもしれない。
あの夜は静子と静一にやられっぱなしだったけど、伯母はやられっぱなしで終わるような女性には見えないんだよなー。
ましてや息子がひどい目に遭った真相を特定するために、母親としてあらゆる手を尽くすであろうことは想像に難くない。
伯母がしげるを大切に想っているのは、伯母の献身的な介護の様子からよくわかる。
だからこそ静一は伯母の追及から逃げ切ることはできないと思う。
正直に自分の見たことを吐き出すことになるのか。それともあの夜のように伯母に牙を剥くのか。
子を傷つけられた母親の怖さを、静一は思い知ることになるのだろうか。
伯母にあらいざらい白状して、静子が捕まった方が静一のためになるんだけどなー……。
もう吹石との関係は戻らないだろうけど、静子のことで静一が抱えていたストレスはひとまず解放される。もちろん静子の犯行が近所に知れ渡るだろうから静一は他の土地に逃げる必要はあるだろうけど、そっちの方が静一の健全な成長に寄与するんじゃないかと思う。
吹石を失って絶望的な気持ちになったことで、静子のことも含めて何もかもがどうでもよくなって、あっさり真相を話すという可能性もあるんだよなあ。
そう考えると、狙ったわけではないにせよ、伯母はかなり良いタイミングで待ち伏せていたと思う。
果たしてこの伯母の行動はどんな結果に繋がっていくのか。
次回はマジで見逃せない。
以上、血の轍 第65話のネタバレを含む感想と考察でした。
第66話に続きます。
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押見修造先生のおすすめ作品や経歴をなるべく詳細にまとめました。
静一視点で、静子がしげるを突き落とすのを見ている場面が三次元だとこうなるのか……。映画の一場面を見ているような気分になった。
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