第153話 静かな空
第152話のおさらい
吹石は夫の運転する車の助手席に乗っていた。
車は実家のあった地域に差し掛かり、吹石の頼みで二人は実家近辺を巡るのだった。
車を降り、懐かしい道を散歩していた吹石は、ふと長部家を見に行こうと思い立つ。
かつて家があったはずの場所には、雑草が生えるに任せた荒れた土地になっていた。
ここに何かあったのかと問う夫に、吹石は、中学生の頃好きだった男の子の家があったと答える。
なんにもなくなちゃったと寂しそうな表情の吹石に、夫は、その人は今何をしているのかと問いかける。
「……わかんない。生きてるか、死んでるかも。」
顔を上げる吹石。
「生きてるといいな。」
吹石は夫がもの言いたげにしている表情になっているのに気付き、ごめんごめんと謝りながら腕を組み、その場を後にするのだった。
その夜、吹石は夢で、老いて一人知らない町で生活する静一の様子を見ていた。
静一の横顔が穏やかであることを吹石は嬉しく思うのだった。
第153話
ついに最終回。最後まで描き切ったなぁ。押見先生にはおつかれさまです、ありがとうございましたと伝えたい。
初老になった静一が何に怯えることもなく、ただ穏やかに生きられるようになったというラスト。これは静一が救われたと受け取って良いのかなと思う。
そして前回の話で吹石が夢に見た静一は、彼の未来の姿だったようだ。
吹石は静一と思しき初老の男性が穏やかな横顔だったことをうれしく感じていた。
かつて好きだった、でも自分には関与できない部分で常に悶え苦しみ続けてきた可哀想な男の子が、今では穏やかな日々を生きており、これからも生きていくであろうと信じられる。それが吹石にはうれしかったのだろう。彼女の心には、静一の頃が心にずっと引っかかっていたに違いない。
静一は中学生の頃に人生を台無しになってしまい、その後、失敗したものの、一度は自死を決行したくらいにまで追い詰められていた壮絶な人生であったことには変わらない。それでも穏やかに暮らせる日々を掴むことは出来たというのは吹石ではなく、単なる一読者である自分にとっても感慨深い。静一の記憶の中の静子の顔がぼやけてしまい、今ではほぼ思い出せなくなっていたというのは、静子の記憶自体が風化しはじめているということだろう。やはり時間の経過により徐々に心の毒が抜けたのかなと思った。
静子の死を看取ったその夜に裸足のまま家を出た静一。その後、彼がどういう人生を送ったかはわからないが、少なくとも自死してはいなかったわけだ。
一郎が亡くなった際には、最後まで成し遂げられなかったものの、自分で自分の人生を終わらせるという選択肢を選び、実際に行動していたわけだから、その頃の状況と比べれば静一がどれほど立ち直ることが出来たのかが良くわかる。
結局のところ、静子の存在はどこまでいっても静一にとって毒で、でも完全に忘れたり無視したりは出来ない絆で結ばれた相手だったわけだ。せめて静子に反発できていたなら、少なくとも静一はもっとマシな人生になっていた可能性は高いと思う。不良化して自分を守るべきだった。でも自分のことを可愛がってくれる静子のことを突き放すような行動は静一には性格的に難しかったのかなと思う。
静一の人生が回復するきっかけになったのは、台風の夜に静子のアパートに泊まった時、彼女から聞いた昔話で静子のことをほんの少し知れたことだった。単純にただ物理的に離れるだけでは心を癒すには足りなかったとことが、妙にリアリティを感じた。少なくとも静一は、ただ逃げるだけでは解決にはならず、静子と関わる、決着をつけることが必要だったわけだ。
一郎を亡くし、自死を考えていた静一がたまたま出た電話がきっかけで静子と再会したことは奇跡だった。
先生のこれまでの作品において最長の巻数になったこの血の轍という作品は、惡の華の終盤くらいから見られるようになった、セリフよりも絵や情景で見せていく、漫画ならでは表現をより突き詰めた作品だと思う。特に登場人物の心情やその動きを全て絵で表現していくという試みが野心的に感じた。正直これはどういうことなんだろうと解釈がいくつも生まれることもあったが、個人的にはそれが、より登場人物の心情をどうにか理解しようと物語にのめりこむ要素にもなっていた。
セリフは多くないので読み直すのにそこまで労力はいらない。ただ、精神的にはどっと疲れる。そんな負のエネルギーが充満した作品だと思う。最終回の展開次第ではどうしようもなく鬱な作品になっていたけど、最後の静一の姿の描写には、もうやってしまったことに対しては取り返しがつかないという事実は変わらないものの、このように穏やかな気持ちにはなれるということで、いくらかは救われた気持ちになった。1巻が出た頃は、そもそも最終回の予想自体が全くできなかった。そして、実際に最終回を迎えて、やはり穏やかな最終回になるとは思わなかった。
静一のこれまでの人生を振り返ると、良かったねとは中々言い難い。けど、この最終回で少しは報われたかな。
気になるのは最後の単行本に追加で何が追加されるか。単行本最終巻が出たら最後まで通読してみようと思う。
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