第96話 確認
第95話のおさらい
静一はパトカーに乗り、刑事と事件現場の高台に向かう。
現場ではすでに多くの警官がしげるの捜索を行っていた。
しげるを突き落としたのはどこなのかと刑事に訊ねられ、静一は柵の前に歩き出す。
「このあたり…だと思う」
別の刑事が毛糸の帽子が入った透明な袋を掲げて、見覚えがあるかと静一に問う。
微笑を浮かべて、自分のものだと答える静一。
静一は刑事から、しげるがどのあたりまで落ちたのかと問われ、あの下の方まで落ちたと柵の外を指さす。
スコップを地面に突き立てて、必死にしげるを探している様子を、静一はぼんやりと見つめていた。
しげるが落ちたのはどのあたりかという問いに静一は答えず、ただただ虚ろな目で空を飛ぶ鳥を見ていた。
その時、一人の警官が雪に埋もれたしげるを発見する。
周囲の警官たちが集まっていったその中心に、雪に右半身が埋もれたしげるの姿がある。
間もなく、雪からしげるの顔全体が掘り起こされる。
しげるは目を開き、両腕を前に突き出して硬直していた。
しげるの目はちょうど静一をじっと見つめている。
「ねこさんだ……」
静一にはそんなしげるの姿が、猫の死骸と重なって見えていた。
刑事たちに連れられ、その場を後にしようとしていた静一はしげるに向けて呟く。
「ねこさん ばいばい」
第96話 確認
取り調べ
静子の事件の時の事情聴取の時と同じ刑事が、静一を取り調べしている。
しげるは本当に一人で静一の家に来たのかと問われ、静一は答える。
「ああ…うん…一人で来たん…歩って…」
「しげる君は何て言ったん?」
刑事が続けて質問する
「…山へ…行こうって……」
静一は俯き加減で、訥々と話し続ける。
「僕は、家に入んなよって言ったんさ。」
「でもしげちゃんは一人で歩き出しちゃって……僕は…ほっとけないから…後を追って……」
刑事から、しげる君はどんな様子だったかと問われて、静一は何も答えず、鉄格子越しの空を見つめる。
「静一君。どうした?」
静一は微かに口元を綻ばせる。
「みて。そと…まっしろ…」
静一をじっと見つめる刑事。
取り調べ室のドアがノックされる。
「係長。」
眼鏡でスーツの男が刑事を部屋の外に誘導する。
係長は静一を一瞥して、部屋の外に出る。
部屋に暫しの沈黙。
静一は机の上に出した自分の手を見るともなしに見つめている。
やがてドアを開けて係長が入って来る。
席に座り、一つため息をつくと、意を決した様子で静一を見据える。
「静一君。病院で確認された……しげる君は亡くなった。」
「………………そっか……」
刑事に視線を送る静一。
「じゃあ…しげちゃんは、死んじゃってたん?」
「………………そうだ。」
「………………そっか………」
微かに、しかし明らかに穏やかな表情になる静一。
「ちゃんと………死んだんだ……よかった……ちゃんと死ねて………」
調書を記述していた刑事が、初めて静一に視線を向ける。
係長は静一を真っ直ぐ見つめて、それはどういう意味かと訊ねる。
「お母さんの代わりに静一君がやり遂げたってこと?」
静一はぽかんとした表情で係長に視線を向けていた。
やがて、ちがう、と一言。
「代わりじゃない…僕が…思ってるん。」
「もう…ママのせいにはしない。」
「わかるよ僕。なんで死んじゃってるんか。」
「僕が死ねって思ってたから。ずーっと…店ずーっと…」
「僕のせい。僕が殺したくて殺したん。よかった……。」
刑事は話し続ける静一にいつしか憐憫の表情を向けていた。
「ちゃんと……死んだんだ……よかった……」
蝶
夜。
警察署内の宿直責任者室に通された静一は、奥の畳が敷かれた和屋で女性警官と正座で向き合っていた。
その様子を、二人と数メートルの距離を空けたところで、二人の刑事が立って見守っている。
「長い聴取で疲れた? 大丈夫?」
気付かう女性警察職員。
「今日はここで寝てね。」
そして女性警察職員は静一に、お腹がすいていないのか、何か食べるかと問う。
しかし静一は視線を伏せて何も答えない。
「お弁当がいい? それともおにぎりがいいかな?」
女性警察職員は微笑を浮かべて静一に呼びかける。
静一は一瞬の間を置いてから答える。
「じゃあ、おにぎりでいい。」
横向きで布団に入り、静一はぼんやりと目を空けて暗闇を見つめていた。
暗い空間で、横でなっている静一の身体に無数の蝶がとまっていく。
目を閉じ、眠る静一の口に一匹の蝶が侵入していく。
感想
取り返しがつかない
やはりしげるは亡くなってしまっていた……。
静一が突き落とした結果だから、法律に詳しくないから確かなことは言えないけど、これって殺人罪でしょ……。傷害致死? というのか?
これでもう、完全に元の日常へは戻れなくなった。ただでさえ静子が捕まり、静一の日常は色を失いつつあった。
吹石との和解もあり、普通の人生に向けて軌道修正がきくはずだったのに、今度は静一自身が自ら自分の人生に止めを刺してしまった。
もう、決して取り返しがつかない。
しかしこれからも引き続き、静一は生きていく。
彼のこれからの人生はどうなっていってしまうのか……。
重大な少年犯罪の加害者はこんな感じで対応されるのか……と興味深く思った。押見先生の取材の賜物なのだろうけど、非常にリアルに感じる。
一夜を明かす場所として静一が通されたのは宿直責任者室という部屋だった。
部屋の名前はもちろん、間取りや部屋の雰囲気から、本来は罪を犯した人間を招いて良いような場所ではないのがわかる。ましてや静一は殺人と言う重大な罪を犯した犯人なのに、この対応。
静一に食事を勧めたお姉さんの口調も優しいし、やはりこれらの一連の対応は少年法に起因するのか?
静一はしげるが死んでしまったことを知り、きちんと死なすことが出来た、と喜んで見せる。
しかし自分は、彼のその姿からは、本心を語っているというよりもどこか投げやりな印象を受けた。
一応、静一の心の内ではしげるを死に至らしめたロジックがあるらしい。
いつも遊びに来ては、何かと自分のことをからかってくるしげるのことが嫌で、どうにかしたいと思っていた。
静子が代わりにしげるを排除しようとしてくれたが、本来は自分がやるべきことだったので、今度は自分がきちんと始末をつけた。
こんなところだろうか。残念ながら自分には、静一がここまでに至る細かい心の動きまで見逃さず、把握できているとは到底思えない。しかし全く見当外れではないだろうと思えるのは、今回静一が取り調べ担当の係長(多分、捜査係長(警部補?))に向けて言ったセリフがあるからだ。
係長からの、静子の代わりに静一がやり遂げたということか? という質問に対する静一の回答。
「僕が…思ってるん。もう…ママのせいにはしない。」
「わかるよ僕。なんで死んじゃってるんか。」
「僕が死ねって思ってたから。ずーっと…ずーっと…」
「僕のせい。僕が殺したくて殺したん。」
全く淀みなく、これらのセリフを穏やかな表情で言っているが、自分に言い聞かせているようにも見えてしまう。
彼自身は本心を述べているつもりなんだろうけど、これまで静一のことを見続けてきた読者としては、そうやって簡単に結論付けることに違和感があるんだよな……。
結局のところ、静子を庇っているということのかな? 静子が捕まって、最初は解放感を味わい、静子への想いを断ち切ったようにすら見えていた。
しかし実は決して静一の心から静子の影響が消えることはなかった。それどころか静子がかつて幼い自分を殺そうとしたことを思い出して以降、より強く静子に囚われるようになったとさえ感じる。
だから今回、静一は否定したが、実は静子を庇うために自分で作り上げた、しげるの死を願っている、という心の内を告白した?
この告白はその場で作ったものではない。静子が捕まって以降、静一が常に囚われていた思考の産物という感じがする。
「よかった……ちゃんと……死んだんだ……よかった……」
そう呟いた静一が心の底からほっとした様子に見えて、どうしてこうなってしまったのかと悲しくなる。
もしこれが本心ではなく、静子を慕う心や、彼女から受けた洗脳が解けていないことからくる思い込みだったら、それも不幸だ。いつかそれが解ける時が来たら、自分が引き起こした事態の重大さに、心の底から後悔することになる。
静子は
静子は静一がしげるを殺めてしまったことを知って、何を思うのだろうか。
収監されている場所で報告を聞くことになるんじゃないのか?
自分のことを守るためにやった、自分に対する静一なりの究極の愛情表現とでも受け取るのか。
それが「自分は愛されていない」と言い切った静子が、初めて自分が強く愛されていると感じた瞬間だった……とかだったら、あまりにも悲し過ぎる。
先に捕まった静子の方が外の世界に戻るのは早い。
でも、果たして後から出て来る静一を迎え入れるのか?
捕まる前の静子はもう一郎はもちろん、静一の前にも姿を現さないように思えた。
自分を取り巻く全ての環境から解放されたがっているように見えた。
果たしてこれから話はどう転んでいくのか。
以上、血の轍第96話のネタバレを含む感想と考察でした。
第97話に続きます。
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