血の轍 最新第75話僕は僕のものネタバレを含む感想と考察。

第75話 僕は僕のもの

第74話のおさらい

静一はしげるが崖から落ちた日についての証言を続けていた。

話は、頂上に到着してみんなで弁当を食べるところにさしかかる。
輪になっている親戚から自分と母は外れていたと証言したところで刑事から、それはどうしてか考えた事はあるかと質問が入る。

思わぬ質問を受け、静一はたどたどしい口調ながらも答える。
「ママが…かわいそう…だから。」

刑事は、さきほど静一がみじめだと言ったお母さんのことが好きか、そしてお母さんに、何かされたのかと問いかける。

 

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「何か…ひどいこと。静一君をおびえさせるような。」

静一は目を逸らしてそれを否定する。

刑事に謝罪され、静一はしげると探検に向かったと証言を続ける。
その間、脳裏では果たして自分は静子のことが本当に好きなのかと自問自答していた。

話はいよいよ、しげるが崖のふちに立った時の話に差し掛かる。
蝶がたくさん飛んでいた、しげるが景色を見に来いと誘ってきた、それを断ったと詳細を話していき、ついに、そこに静子が来たと続ける。

片足立ちになってバランスを崩したしげるに静子が駆け寄る。

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しかし静一の証言はそこで止まってしまう。
刑事から先を促されても、静一は刑事から目を逸らして、そこからはわからないと答える。

刑事は静一を諭すように話し始める。
「いいかい。君は一人の人間なんだよ。」

「お母さんとは別の、一人の人間だ。」

「君が感じた事、思った事、それはみんな君のものだ。」

 

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「何でもいい。言ってごらん。」

静一は刑事の言葉に明らかに心を動かされていた。
「……僕の…感じた事…は……僕の……もの……僕は…僕の…もの…?」
両手で自身の目を覆う。
「…僕…僕が…見た…のは…ママは…しげちゃんのところへ、走って行って…しげちゃんを、抱きとめて、ママは…ママ…は……」
天を仰ぐ静一。
「しげちゃんを、突き飛ばしました。」

第74話の詳細は上記リンクをクリックしてくださいね。

 

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第75話 僕は僕のもの

動機不明

「静一君。」
刑事が取調室から出る静一を呼び止める。
「ありがとう。正直に話してくれて。また聞かせてな。」
そして刑事は、そうそう、と思い出したように呟くと、メリークリスマスと声をかけるのだった。

警察署の玄関に戻った静一を出迎えたのは一郎と、もう一人の見慣れない女性だった。
女性は静子の弁護を担当する弁護士の岩倉と名乗り、車で話そうと静一に呼びかける。

運転席に座った一郎は深いため息を一つ吐く。
「……これから、どうなりますか…」

後部座席に座っている静一からは一郎がどんな表情をしているのかわからない。

 

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岩倉弁護士は静子は現在警察の取り調べを受けており、淡々と話をしていると説明を始める。
静子は自分がしげるを突き落としたことは認めていたが、動機については「わからない」や「なんとなく」といったように、はっきりとは答えていないのだという。

なんとなく、と一郎が呟く。
「…会えないんですか。静子には……」

「はい。今は弁護人以外会うことはできません。」

一郎はどうしようもない気持ちを抑えるように、自身の頭を抱えるようにして、がしがしと無造作にかく。

 

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岩倉弁護士の視線

その間も岩倉弁護士は淡々と今後の見通しについて説明を続ける。
「明日にも検察に送致されることになるかと思います。その後20日間の勾留ということになるかと。」
「その間に現場検証など証拠集めが行われます。その後起訴されるかどうかが決まります。」

一郎が、実刑になるんですか、とかろうじて平静を保ちつつ訊ねる様子を、静一は後部座席からじっと見つめていた。

岩倉弁護士は、そうならないよう最善を尽くします、と答えたあと静一に視線を送る。
「静一君。さっき刑事さんにどんなお話をした?」

一郎と岩倉弁護士が静一の答えを待つ中、僕は、と静一が切り出す。
「僕は…僕が……見たことを、話した。」

 

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「それはつまり、お母さんがしげる君を突き落としたって、言ったん?」

「………」
静一は岩倉弁護士の目を見つめ返しながら、はっきりと答える。
「はい。」

それを聞いた瞬間、岩倉弁護士の驚いた顔が、静一に対して同情しているような表情に変わる。
静一は彼女の視線から目を逸らさなかった。

ああっ、という悲鳴にも似た声と共に、勢いよくハンドルに突っ伏した一郎。

岩倉弁護士はその左肩に手を置く。
「……お気持ち、お察しします。」
そして動機が不明確であることと、証拠がなければ不起訴になる可能性も十分あると一郎を慰める言葉をかけると、静一に笑顔を向ける。
「静一君。がんばろうね。」

 

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自分に言い聞かせる

夜。

自室のベッドで眠る静一は、夢を見ていた。

自分の歩いていく道の先に、猫の死体を囲む静子と幼い頃の自分がいる。
二人は猫の死体に手を置いていた。死体にはハエがたかり始めている。
幼い自分の手、そして頬には血がついている。

静一は、静子が自分を見つめている事に気付く。
「ママは、みじめなん?」

「静ちゃん。静ちゃんはママのこと、本当は嫌いだったん?」
静子は涙を流しながら続ける。
「ママがいなくなるんが、嬉しいん?」

 

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静一はその表情、言葉を受けて一瞬泣きそうになりながらも、静子のことを吹っ切るように踵を返す。

その静一の背中に、静ちゃん、と静子が声をかける。
「静ちゃん。静ちゃん。」
その声を振り切るように、静一は静子から離れていく。
「待って…」

「ごめっ」
ベッドで目を覚ました静一。その目からは涙が零れていた。
「ん……」
激しく呼吸を続けていた静一はおもむろに起き上がり、呟く。
「僕は…僕のもの…」
自分に言い聞かせるように繰り返す。
「僕は、僕のもの。僕は僕のもの。」

(僕は僕のもの…)

 

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感想

静子の犯行は無意識

弁護士の岩倉曰く、静子は淡々と自分の罪を認める供述をしているという。

動機に関して、わからない、なんとなく、としか話していないというのは、個人的になんとなく予想出来ていた。
おそらく静一が生まれてから、……いや、一郎と結婚してからずっと静子の中で色々と積もり積もったものが、あの一瞬の内に行き場を見つけた結果なのではないかと自分は思っている。
自分が過去に書いたように、まさに「魔が差した」状態だ。
それは、気付けばしげるを崖から突き落としていた、という感じだろう。ほぼ無意識状態だったはずだ。

 

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静子は常日頃からしげるや伯母の命を狙っていたわけではない。むしろ表面上は良い親類を演じていた。
だが静子はそれが苦痛で仕方なかった。かといって、そこから抜け出すためには自分の意見を押し通さないわけにはいかない。つまり傷つくことを覚悟しなくてはならない。
静子にはその覚悟がなかった。そしてそれを自覚することでさらに自身の無力感、自己効力感の希薄さを自覚し、絶望をどんどん深めていったのではないだろうか。

しかしあの夏の日、そんな閉塞した状況を一変させられるかもしれないチャンスが訪れた。
静一以外に目撃者がおらず、崖のふちに立ってバランスを崩したしげるをただ突き落とすだけで転落させることができる。

つまりあの事件は、静子が日々の息苦しい生活の中で溜めていた鬱屈としたエネルギーが行き場を求めていたところに、ちょうど上記の状況が揃ったからこそ起こったのではないか。

もしそれらの内、一つでも条件を満たしていなかったら事件は起こらなかったと思う。

 

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ただそれが必ずしも良かったということにはならない。
その場合、静子は以前と同様に鬱々とフラストレーションを溜め続けていた。
それは親族との付き合いで生じているので、静子が伯母や祖父母を拒否したり、あるいは彼ら、彼女らが死なない限りは解放されない。

山登りの日まで静子はその状況にずっと耐え続けていたが、果たしてその忍耐がいつまで続いていただろう。
全く終わりが見えない苦痛の日々がずっと続いていた場合、もしかしたらもっと凄惨な事件に発展していたかもしれない。もしくは静子が突然自殺していたかもしれない。

しげるを突き落とした直後、静子は自分がしでかしてしまったことの罪の重さを実感し、大いに嘆いていたように見えた。だが静子はすぐにしげるが勝手に落ちたことにして、自分の犯行に関してしらばっくれることを決める。
それはある意味では本作で彼女が見せた唯一と言っても良い「生きようとする意志」だったのではないか。もっと言えば、その時の静子からは生命力を感じた。

 

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だがしげるが運び込まれた病院に行ってからは、静子は冷静になる。
刑事に話をしようとする静一の肩に静子が手を置いたのは。自分の犯行を黙っておけよ、という意味だととれる一方で、逆に、見たままを好きなように、洗いざらい話しても良いと後押ししているようにも見える。

つまり病院に刑事が来た頃には、静子は既に捕まろうが捕まるまいが、もうどうでもよいという、非常に投げやりな感情だったのではないかと思う。

静子は日常が続くことが苦痛で仕方なく、終わらせたかった。
終業式の日やうどん屋で彼女が吐露した想いや、彼女の一連の行動に一貫した意味を見出そうとすると、そう考えざるを得ない。

しげるを突き落としたのは、追い詰められた静子の無意識の防衛本能か、もしくは何もかも終わらせたいという心の叫びだったのではないだろうか。

 

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静一は静子を吹っ切れるのか

弁護士から、刑事に何を話したと問われた静一は、自分が見たまま、つまり静子がしげるを突き落とした、と話したと答えた。

静一くらいの年齢ならば、その供述が容疑者である静子にとって都合が悪いことくらい分かっているはずだ。

しかし母の、いや長部家の味方である弁護士に対して冷静にそう答えた。
つまり弁護士の仕事が確実に困難になったことを意味しているのだが、その際に弁護士が見せた静一を見つめる表情には怒りはなかった。
本当のことなら仕方ない。あるいはもっと深読みすると、静一と静子の親子関係がうまくいっていないことを薄々と察して、同情しているようにも見える。

 

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静一は、自分が静子とは違う、一個の独立した人間であることを刑事から教わった。
それこそ、親である一郎や静子が本来静一にかけなければならなかった言葉だったのだろう。
今回の様に、静一が自身の考えや気持ちを主張できるようになったことには、確実に刑事からの影響がある。

以前、静一は吹石と付き合う日々により、静子の異常性を自覚して彼女を遠ざけようと試みたことがあった。
それは結果的に失敗に終わり、静子と、吹石との関係を終わらせるとほぼ強制的に約束を結ばされ、実際に別れる羽目に陥るという非常に手痛い反撃を食らってしまった。
その時はそこから立ち上がる術を失い、完全に静子の支配下に置かれてしまったが、今度は静子は留置場に隔離され、物理的に接点はないし、なにより静一の胸には刑事から教わった教えが宿っている。
以前とは条件が全く異なる。

 

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おそらく物的証拠は見つからないのではないか。
そうなると、静一の証言は非常に大きな意味を持つ。
静一の証言が決定打となり、静子は刑務所に収監される可能性がある。

一方で、物的証拠の不十分や、静子が心神耗弱にあると認定され、執行猶予がつくかもしれない。

その場合、懸念されるのは、帰宅した静子によって静一が元に戻されてしまうことだ。

せっかく刑事から自分は自分だと教わったのに、また静子からの支配を受け入れてしまうことは悲劇だと思う。

ラストの静一からは、もう自分は二度と静子に飲み込まれてなるものかという確かな意思を感じた。直前に見ていた夢の内容からも、まだ静子に対する想いは残している一方で、絶対に自分を譲らないという決意が伺える。

果たして静一は今度こそ、このまま静子を吹っ切ることが出来るのか。

以上、血の轍第75話のネタバレを含む感想と考察でした。

第76話に続きます。

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