第74話 聴取2
第73話のおさらい
高崎警察署に到着し、一郎と共に署内に入っていく静一。
警察官に誘導され取調室に向かう静一に、一郎は、普通に話せばいい、大丈夫だからと声をかける。
取調室に通された静一は、刑事に言われた通り、7月28日の山登りの日ことを朝からひとつずつ話し始める。
朝は肉まんだったという静一に、良く覚えてるね、とツッコむ刑事。
それに対し、いつもそうだったから、と静一は答える。
山に向かう車中で、お母さんに変わった様子はあったかと訊ねられた静一は、なかったと思いますと返す。
山のふもとの駐車場でおじさん、おばさん、しげる君、おじいさん、おばあさんの親戚5人と会った刑事が確認し、静一はしげるが祖父の杖を貸してもらったのに対して自分は木の杖を渡されたと事実とは少し違った証言する。
それをどう思った? と刑事に問われ、いつもそんな感じだったのでと返す静一。
「”そんな感じ”って?」
それに対し静一は、しげちゃんの方が親戚の中でかわいがられている? と確認するように答える。
なるほど、と刑事。
「君はそう感じていたんだね。」
静一は刑事の反応を肯定し、お母さんもそれを感じていたと思うか? という質問にも素直にはいと答える。
静一は、みんなで山を登り、開けた場所で座って休憩したと証言を続ける。
そこでしげるが崖の淵に立ち、自分を呼んだと証言してから、喘ぐように口を大きく開き、静一の様子が明らかに変わり始める。
ひどい吃音交じりにしげるが自分にいつもいじわるをすると必死に証言する静一。
「でも…僕は………いつも……断れなかったから……」
そして、崖を覗き込んでいる自分をしげるが押した時、静子が自分を助けるために必死になって助けた話をし始める。
「ママは僕のこと、必死に助けて…それを…みんな笑った。過保護だいねぇって…パパも、一緒に笑ってた。ママも、ママ…も。僕のせいでママが笑われた。僕の………せいで…」
悲しそうな表情で証言を続ける静一を刑事は観察する。
「…でも…………でも…わからないふりをしてました。気付かないふりをしてました。見えてないふりをしてました。」
「何を?」
静一のさらに一段とひどくなった吃音に刑事や、調書を作成しているもう一人の刑事も驚いていた。
「マッ ママッ……ママッママッが、みっ、みっみっみっみっみっみっ、みじめ…な…こと…」
静一は今にも泣きだしそうな表情で答える。
刑事は静一を観察していた。
「みじめ…」
静一は自分が言った言葉が信じられない様子で呟く。
刑事は冷静に続きを促す。
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第74話 聴取2
刑事の質問
静一は証言を続ける。
頂上に到着し、親戚は輪になって弁当を食べていた。
しかし自分と母はその輪から外れていたと話したところで刑事が質問する。
「静一君。それはどうしてか、考えた事ある?」
「どうして君はいつもお母さんのそばにいたん? しげる君やみんなの方に行かずに?」
「どうして……」
呆然と呟く静一。
「それは…僕…が…いないと、………マッ…マッマッ、ママっは…ひとりぼっちだから…」
「ママが…かわいそう…だから。」
刑事は、さきほど静一がお母さんがみじめだと言ったことを持ち出し、そんなお母さんのことが好きかと問う。
「お母さんに、何かされたん?」
「……何か…って…?」
「何か…ひどいこと。静一君をおびえさせるような。」
静一は真っ直ぐ目線を向けて来る刑事から目を逸らす。
「………いいえ…ない…です…」
刑事はごめんと軽く謝罪し、話の続きを促す。
静一はしげるに誘われて嫌々ながら探検に向かったことを証言しながら、自分は静子のことが好きなのかを自問自答していた。
しげるが崖のふちに立った時の話を始める。
蝶がたくさん飛んでいたこと、しげるが景色を見に来いと誘ってきたこと、それを断ったと証言してから、そこに静子が来たと続ける。
「静ちゃん。何してるん?」
「しげちゃん。危ないよ。そんなところ立ったら。」
記憶の中のしげるは片足立ちになってふざけている。
「ばっかじゃねぇん!? ほんと過保護だいねえ!」
バランスを崩すしげる。
「しげちゃん!!」
静子が叫ぶ。
一人の人間
「それで……それ…で……」
黙ってしまった静一に、話の先を促す刑事。
刑事から目を逸らし、そこからわからないと静一は答える。
「静一君。」
静一は刑事の方を向く。
「いいかい。君は一人の人間なんだよ。」
「お母さんとは別の、一人の人間だ。」
「君が感じた事、思った事、それはみんな君のものだ。」
「何でもいい。言ってごらん。」
刑事の言葉に心動かされる静一。
「……僕の…感じた事…は……僕の……もの……僕は…僕の…もの…?」
静一は両手で自身の目を覆う。
そんな静一を刑事はじっと見つめている。
「…僕…僕が…見た…のは…」
「ママは…しげちゃんのところへ、走って行って…しげちゃんを、抱きとめて、ママは…ママ…は……」
静一は目を覆ったまま天を仰ぐ。
「しげちゃんを、突き飛ばしました。」
感想
静一の転機になるか
この刑事が鋭いのか。
それとも静子が既にしげるの犯行のことだけではなく静一に対する精神的な虐待まで(静子は虐待と思っていないが)色々と自供しているのか。
いや、静子の言葉の端々から静一に対する歪んだ愛情を感じ取った?
静一は刑事の鋭い指摘にひどく動揺しながらも、ついには自分の見たことを正直に話した。
それはかつて病院で刑事に対してついた静子を守りたい一心でついた嘘ではなく、吹石家からの帰った日に静子によって捻じ曲げられた記憶でもない。
静子が崖のふちでバランスを崩したしげるを一旦は抱き留めて救ったものの、その後突き落とした、と1巻で描写されていた犯行そのままを証言した。
静一は刑事の言葉を受けて苦しそうにしている一方で、自分を苦しめていたものの正体に気付き、それを振り払おうとしているように見えた。
自分は母とは別の人間であり、長部静一という一人の人間であることに目覚めようとしている。
読者からしたら静子がしげるを突き落としたという真実はある意味当然の事として受け止められることなんだけど、この物語の世界では静一による真実の吐露は非常に大きな意味を持つ。
静一は被害者であるしげるを除けば、静子の犯行の唯一の目撃者だった。
今回の話で、犯行の目撃証言がとれたわけだ。これで静子の容疑が固まる。
刑事の鋭さ
あくまでイメージだが、取り調べとは対象となる人をよく観察し、疑い、その本質を見抜き、本音を語らせようという試みだと思う。
それを常日頃から繰り返している刑事には、静一の様子が明らかにおかしいと感じることは当然であり、その原因が静子にあるのではないかと勘づいたとしても全く不思議ではない。
むしろ業務上、経験してきた色々なケースの中に近いものがあったのかもしれない。
彼の静一に対する言葉は半分は静一から話を聞きだす為だけど、半分は母に支配されている静一を心配してのものであるように感じた。
刑事とのこの取り調べの時間、ひいては出会いが、静一にとっての転機になることを期待したいところだ。
前述したが、静一は刑事の「君は一人の人間」「感じたこと、思ったことはすべて君のもの」と言われたことは静一にとって得難い経験だったことだろう。
静子はもちろん、一郎もそう言い聞かせてやれなかったことが静一にとっての不幸だった。これは静一には責任はなく、運が大きく作用する事柄だと思う。
一郎は別に悪い人間じゃないんだけど、せめてもうちょっと静子や静一のことを見てあげらればな……。
まぁ、岡目八目なんて言葉もあるように、全く関わりのない他人だからこそ、この刑事のような適切な助言ができるということもあると思う。
刑事ではなく、一郎が静一の置かれた状況に気付いてあげて、そう言ってあげられたら良かったがそれはもう言ってもしょうがない。
今回の話の冒頭、静一が親戚の集まりで母と自分がいつも人の輪から外れていたと証言したことに対して、それはどうしてとすかさず訊ねた。
その質問は、自分がいないとママがひとりぼっちになるという答えだけではなく、ママがかわいそうだからという静一の抱いていた感情も引き出す。
そしてすかさず「そんなみじめなお母さんが好きか?」と追撃するだけにとどまらず、「お母さんに何かされたのか」とクリティカルな質問を続ける。
「お母さんに何かされた?」は、これまでこの刑事が静子と静一のような親子のケースを見てきた経験からこう訊ねたのだろうか。
ただ単に話をよく聞いているだけでは、この質問がスパッと出て来ないのではないだろうか
。
静一の話をよく聞いているだけでなく、やはり刑事として培ってきた人を見る目の鋭さが光っているように思った。
静一は、お母さんがみじめだと自分の正直な心を吐露したことも初めてなら、そんなお母さんのことが好きかと問われたことも初めてだったはずだ。
この経験は静一にとって新鮮だったことだろう。
彼の人生に良い影響を与えることを願う。
以上、血の轍第74話のネタバレを含む感想と考察でした。
第75話に続きます。
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