血の轍 最新第71話空ネタバレを含む感想と考察。伯母夫婦に連行され、静子がいなくなった家で静一は何を思う。

血の轍 第7集

第71話 空

第70話のおさらい

静子は土下座の形で完治に頭を押さえられたまま、しかし謝罪は一切せずに警察へ行くことを主張する。

憤慨する完治。
あくまで謝罪を要求するが、それでも静子は一向にその意に従わない。

静一は伯母に羽交い絞めにされたままその光景を見ていた。
静子は土下座の姿勢のまま、謝罪への拒否を示すかのようにカッと目を見開いている。

伯母は静一の羽交い絞めを解き、静子の前に歩み出て夫へ警察への連行を呼びかけるのだった。
 

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完治に両腕の自由を奪われ、無理やり立たされる静子。

その時、完治に殴られて柱に背を預けていた郎が待ったをかける。
少しだけ静子と二人で話させて欲しいと伯母夫婦に訴え出るが、静子はそれを拒否する。
「離婚して。私はもう、戻らないから。」

そう言い放った静子の表情に揺るがぬ決意を見た一郎は、まともに二の句を継ぐことも出来ず、みるみる表情が歪んでいく。

伯母夫婦により連行されていく静子。

玄関まで続く廊下の途中で、静一が静子の脚に縋りつく。

静子は振り向いて、静一の顔を見つめる。

泣きながら必死に母を行かせまいとする静一に、伯母夫婦は憐れむような視線を向けていた。

 

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「……静一。ママはいなくなるから。パパと…二人でがんばって。」

ぶんぶんと頭を横に振る静一。

静子は静一の顔にそっと触れながら、ごめんね、と謝罪する。
「静ちゃんに、嘘つかせて。もう……嘘つかなくていいから。」

「ごめんね。たくさん…ひどいことして。たくさん……たくさん……」

「静ちゃんの…好きに…生きてって……」
静子の謝罪は続く。
「こんなこと…したくないのにって…なんで…しちゃうんだろうって…」

 

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「もう…私……静ちゃんを…離すから…つかまるの………やめるから……もう…好きにしていいよ。」

「静ちゃんの…好きに…生きてって…私…いなくなる…から…」
静子の目から大粒の涙が溢れる。
「いいママになれなくて…ごめんね…」

静子の涙を顔に受けながら、静一もまた静子を見上げて泣いていた。

「じゃあね…」
抱きしめ合う二人。

静一は泣き続けていた。

第70話の詳細は上記リンクをクリックしてくださいね。

 

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第71話 空

追いかける

後部座席に静子を乗せた伯母夫婦の車が発進する。

静一は玄関先に立って呆然とそれを見送っていた。

ゆっくりと長部家から離れていく車。
リアガラス越しに静子の後頭部が見えて静一は思わず車に向けて駆けだす。

必死に車を追いかける静一。
しかし伯父は静一を無視し、速度を緩めない。

広い道に出てもなお、静一は泣きながら車を追いかけていた。

しかし車と静一の距離は容赦なく開いていき、やがて静一は立ち止まる。
息を切らして、静子を乗せた車を見送る静一。

 

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「静一!」
静一に声をかけたのは、車に乗って来ていた一郎だった。
「パパ…行ってくるから。警察に。」

「静一は家で待ってな。」

静一は涙を拭いもせず、一郎をじっと見つめる。

「大丈夫だから。心配すんな。」
憔悴した表情に無理やり笑顔を浮かべる一郎。
「静一はいい子だ。男の子だもんな。待ってるんだぞ…!」

 

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帰宅

静一は、一郎が運転する車は走り去っていくのを、呆然と立ち尽くして見送っていたが、おもむろに踵を返して自宅への道を歩き出す。

ぼうっとした、ほぼ放心したような状態で自宅へ向かう静一。

自宅に到着し、玄関のドアを開ける。当然ながら誰の気配もない。
散らかった廊下を見つめてから、家の中に入っていく。

そして静一は台所、先ほどまで伯母夫婦と両親と一緒にいた、散らかった居間を順番に確認していく。

 

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二階に上がり、両親の部屋のドアを開ける。
床に敷かれているのは乱れた寝具。
枕に静子の長い髪が一本残っている。

そしてようやく自室に入る静一。
ベッドに座り、背負っていたリュックを下ろすと、窓から見える空を見上げる。
「すーーーーーっ」
空を仰ぎながら唇を尖らせ、長く息を吸う。
「ふぅーーーーーっ……」
俯きながら、吸った息を長く吐き出す。

「はあ…」
静一の表情からは先ほどまでの険がとれていた。
緩んだ表情で、ため息を一つ吐く。

 

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感想

解放された静一

家とは安心できる場所であるべきだ。常に静子が待っていた家で、果たして静一はこれまで安心できていただろうか。
そう考えると、静一は静子のいなくなった家に、ようやく真の意味で帰宅できたのかもしれない。

最後の静一の表情は、まるで憑き物がとれたかのような表情に見えた。

悲しみに暮れるわけでも、放心して生気がなくなっているわけでもない。

ただただ、心底ほっとしている感じ。
まるで、弾き飛ぶ直前まで引き絞られ、張りつめていた弓の弦が、ゆっくりと脱力して緩んだかのようだ。
静子や吹石のことで精神的にぐちゃぐちゃの、まさに極限状態だったところから一気に脱したからな……。当然と言えば当然なのかもしれない。

この表情は、つい先刻まで、伯父と伯母に連行されていく母の脚に泣きながら縋りついたり、走り去っていく車を追いかけていた人間のそれとは思えない。
名残は、今も頬に残る涙の跡だけ。

 

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「終わったのか……」とでも呟くより、ひとつため息を吐いたこの反応こそがリアルだ。

静一は静子に必死についていこうとしていたけど、これまでの話を追っていればわかるように、静一にとってその道は行けば行くほどその身を業火が焦がしていく、地獄へと至る道だったわけだ。

母との生活はあまりにも唐突に終わった。
だから静一自身はまだ自覚出来ていないのかもしれないけど、この表情はまず間違いなく毒親から完全に解放された、心底安心しきったからこその浮かぶ表情なのではないか。

 

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静一が家の中に誰もいないことを確認し、少なくとも今日中には帰っては来れないだろうと思ったかどうかはわからない。
しかし静子が連行されたことで、それ以前よりも遥かに彼女と顔を合わせる機会が激減したことは間違いない。もう無理に静子に合わせて自分を殺さなくても良い。もう静子を守る必要がない。

その安堵たるや、どのくらいのものなのだろう。

思えば、夏の山登りの時から顕著になっただけであって、おそらくそれ以前の周囲から過保護だと揶揄されているのを感じていた頃からずっと、静一の静子への想いは彼の精神に多大な負荷をかけ続けていた。

それが完全になくなったら、そりゃ当然ながらほっと溜息の一つも吐くわな。

 

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自分が静一の解放感に惹きつけられた理由

実は自分には、静子から解放された静一の心情に共感できる過去の体験がある。
自分語りうぜーと思わせてしまったら申し訳ない。読み飛ばして欲しい。

小学校低学年で父を亡くし、高学年になろうという頃に母が後に義父となる男を連れてきた。

この義父がどうしようもない体罰野郎で、高校生になるまでは学校から帰って玄関に奴の車があれば緊張したし、なければ心底安堵していた。今思い出しても息苦しくなる。
とにかく自分や弟を威圧し、意に添わなければ殴る。それが子供を健全に育てる唯一の方法なのだと信じて疑っていないようなクソ野郎だった。

 

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少年時代は奴が家の中にいる時はとにかく息苦しかった。
自分と奴が一緒に家にいる時は、ただひたすら息を潜めるように自室にいるか、友達の家に遊びに行って顔を合わせる時間を少なくしようと必死だった。
今思えばなんであんな奴に屈従していたのか……。
当時の自分は母が選んだ相手だったから、母が幸せならと思って耐えていたように思うが、それは自分に対する言い訳だったのか。反撃したとして、その後どうなるか怖かっただけではないか。今でももやもやする。

でも高校3年くらいになって徐々に奴が家にいる頻度が少なくなり、大学進学直前に別の女のところに逃げたという話を母から聞いた。

 

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クズじゃん! それなら最初から一緒にならないでくれよと口には出さないけど、まぁ、怒りが湧いたわ……。母には悪いけど。

そして同時にそれ以上に、これで小学校以来の息苦しさから解放されたんだなと心底安堵した。
割合でいえば奴への罵倒が2割、安堵が8割くらいだったと思う。
とにかくもう圧倒的に、これで安心して日々を過ごせるという安心感、解放感が自分の体を満たしたのを覚えている。

静一ほどではないが、似たような感情を味わったからこそ、静一のため息や表情に惹きつけられるように思う。

奴のことをクソ野郎と述懐できるのは大人になった今だからこそであって、当時は殴られる自分が悪いのだと思い、反抗するなど思いつきすらしなかった。
それを思い出すと、当時の自分に申し訳なくて今でもイライラする……。
クズ野郎に子供を教育する権利などない。

 

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今、過去に戻ったら奴をとりあえず奴をタコ殴りしてから絞め落とす。
中学生くらいの頃には既にそれが実現出来る程度のフィジカルは身に着けていたはずなのになぁ……。惜しいわ。

長くなったが、要するにタイプやケースは違えど毒親から解放された気持ちには共感できるということかな。

正確には静一は今後静子と顔を合わせる機会はあるだろうし、静子と一緒に住むかもしれないから自分のように完全に解放されたわけではないのかもしれない。

でも今回静一が、大切な母が警察に連行された後だというのに、自分がこんなにも安堵し切っている事の意味に気付けたなら、今後静子と親子として一線を引いて付き合っていくことも、一切静子と会えなくなったとしても、真っ直ぐ前を見て生きていけるんじゃないだろうか。

一郎と一緒なら全然問題なく生きていけると思う。

 

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静子がしげるをつき落としたことを自供したのは、自分がこの家から、親戚から解放されたかったからだ。
しかしそれが、結果的には静一のことを救ったとも言える。何ともやりきれない。

あとは、静子はなぜこんな毒親になってしまったのか。その理由や過程が気になる……。

それを静一が知ることで、また一つ母の呪縛から解放されるのではないかと期待したい。

以上、血の轍第71話のネタバレを含む感想と考察でした。

第72話に続きます。

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