第10話
第9話のおさらい
森の中の開けた場所で仰向けに倒れているしげるとその傍らに跪き必死に声をかけ続けている叔母を発見した静子と静一。
二人の姿に気付いた叔母に呼び寄せられ、促されるままに静一と静子はしげるに声をかける。
静一は、心配そうにしげるの様子を覗き込む。
静一が涙を浮かべてしげるの名を呼ぶと、虚ろだった目が僅かに開き、静一を見る。
しげるを覗き込むように見ていた静子も声をかける。
「しげちゃん。」
「痛い?」
静一は、虚ろな目で虚空を見つめ、苦しそうに呼吸をしているしげるに、こんな目に合わせた張本人である静子が堂々と声をかけているのを異様に感じていた。
静子はまるで観察するような冷静な目でしげるを見ている。
目を見開き静子を見る静一。
その時、遠くから声が聞こえて来たかと思うとレスキュー隊を引き連れてしげるの父たちが戻ってきていた。
必死に父やレスキューを呼ぶ叔母。
レスキューが到着し、しげるを取り囲んで意識や怪我の程度の確認をしている。
しげるは、さっき静一や静子を見た時の目元の力は無くなっており、虚ろな目で中空を見続けている。
緊張感のあるしげるの救助作業が続く中、静一は静子に目を移す。
すると、静子は天を仰ぐようにしてため息を一つつき、涙を流して静一を見るのだった。
救助のヘリコプターの音がけたたましくなっていく。
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しげるがヘリコプターから降りてきた担架に載せられ、救助されていく。
![血の轍 第10話 救助ヘリ](https://creative-seeker.com/wp-content/uploads/2017/07/chi10_01.png)
病院。
祖父母やしげるの父、静子達は病院の待合室でしげるの手術が終わるのを待っている。
「9回の裏桐生高校の攻撃です。」
テレビでは高校野球の中継が放映されている。
「あーっと抜けた! ランナー走る! ホームイン! 同点です!」
待合室に響くのは実況の声と歓声のみ。
重苦しい雰囲気の中、誰も喋らずに、じっとしげるの処置が終わるのを待ち続けている。
![血の轍 第10話 一同](https://creative-seeker.com/wp-content/uploads/2017/07/chi10_02.png)
しげるをこんな目に合わせた張本人である静子もまた静かにソファに座っている。
目を伏せてじっと座っている静一は、叔母が立ち上がることで生じた物音に反応して視線を上げる。
廊下の奥から看護婦がガラガラとストレッチャーを転がして来る。
![血の轍 第10話 しげる](https://creative-seeker.com/wp-content/uploads/2017/07/chi10_03.png)
ストレッチャーの上では頭を厚く包帯で処置され、鼻には管が通したしげるが目を閉じている。
「しげる!! 大丈夫!?」
叔母がしげるに向かって声をかける。
待っていた面々がしげるの元へ寄っていく。
静一は、大人たちの後ろから覗き込むようにして見ている。
「大丈夫ですよ。」
看護師が続ける。
「手術は終わりましたから。」
しげるは目を閉じ、僅かに口を開いて寝ている。
![血の轍 第10話 しげる](https://creative-seeker.com/wp-content/uploads/2017/07/chi10_04.png)
ああ…ありがとうございます! と叔母が感謝している様子を静一はじっと見ている。
![血の轍 第10話 静子](https://creative-seeker.com/wp-content/uploads/2017/07/chi10_05.png)
静子は無表情で、しげるを見ている。
「先生からお話がありますから、みなさんこちらへ…」
看護師に促されるままに診察室へと移動する一同。
急性硬膜下血腫
「えー…」
椅子に座っている医師が、同じく椅子に座っている叔母や祖父母、その後ろで立っている一郎、静子、静一達を前に話始める。
「手術の方は無事終わりました。」
ありがとうございます先生! としげるの父。
本当に…ありがとうございます、と叔母。
「あの…しげるは、大丈夫ですよね…?」
医師はすぐには答えない。
![血の轍 第10話 医師](https://creative-seeker.com/wp-content/uploads/2017/07/chi10_06.png)
「これが、術前のしげるくんの脳のCTです。」
こちらを見てください、と脳のCT写真に差し棒の先で差す。
「頭蓋骨の陥没によって、急性硬膜下血腫を生じていました。」
静一は目を見開く。
「その他にもいくつか大きな血種が…」
「これを取り除く手術を…」
「頭蓋内圧の亢進を防ぐため…」
「脳圧降下薬を注射して…」
先生は、大丈夫なのかという叔母の質問に直接答えず、淡々と術前からの状況を説明する。
静一の頬に汗が生じる。
(静ちゃん!)
静一は、自身に笑いかけるしげるの顔を思い出す。
![血の轍 第10話 しげる](https://creative-seeker.com/wp-content/uploads/2017/07/chi10_08.png)
「しげるくんは呼びかけに応えない状態で意識障害があります。」
「このまま意識が戻らない可能性もあります…」
…え? え? と口から戸惑いが零れ、震えだす叔母。
左隣に立つ静子の様子を横目でそっと見る静一。
医師は、回復したとしても障害が残る可能性が高いと説明を続ける。
静子は視線を医師の方に向けたまま動かない。
「言語障害や半身のマヒです。」
静子の表情は冷静そのもの。
「我々も最善を尽くして…」
説明は続く。
聴取
廊下に出た一同。
「う…ううーっ…」
叔母が夫に縋りつく。
「どうして…しげるっ…」
泣いている叔母。
静一は俯き加減に廊下に視線を投じている。
一郎が静一に振り向くと、静一は腹部を両手で抱えるようにして、跪いていた。
![血の轍 第10話 静一](https://creative-seeker.com/wp-content/uploads/2017/07/chi10_09.png)
「静一! どうした!?」
一郎は静一の傍らに膝をつき、呼びかける。
静一は目を閉じ、はぁはぁ、と呼吸している。
静一の左肩に静子が手を置く。
「大丈夫? 向こうで休む?」
![血の轍 第10話 静子と静一](https://creative-seeker.com/wp-content/uploads/2017/07/chi10_10.png)
静子を横目で見る静一。
静子の表情からは何の感情も感じ取ることができない。
革靴が廊下を鳴らす。
「すみません。ちょっといいですか?」
静子と静一の背後にYシャツを着た男二人が立っている。
「高崎南警察署です。」
一同に向けて警察手帳を掲げる。
「お話 聞かせていただけますか。」
![血の轍 第10話 刑事](https://creative-seeker.com/wp-content/uploads/2017/07/chi10_11.png)
静一は警察を見ようと視線を背後に送ろうとする。
しげるが事故に遭った時そばにいたのは? と質問する刑事。
沈黙する一同。
「…はい。」
静子の声。
静一は廊下に視線を固定している。
「私です。私と息子…静一です。」
静子は静一の隣に座ったまま刑事と目を合わせて、はっきりと答える。
その時の状況を詳しく教えてください、と再び質問する刑事。
静子は表情を変えることなく、説明を始める。
![血の轍 第10話 静子](https://creative-seeker.com/wp-content/uploads/2017/07/chi10_12.png)
「…山頂のあたりで、みんなでお昼を食べていました。」
「しげちゃんと静一が2人で用を足しに行きまして、帰りが遅いので私が探しに行ったんです。」
「そうしたら…2人は崖の所にいました。」
祖父母と一郎は静子の説明をじっと聞いている。
「しげちゃんは崖の淵にいて、静一は離れていました。」
静一は呆然と廊下に視線を固定している。
叔母は夫の胸に顔を埋めて泣いている。
「だから私…しげちゃんに『危ないよ』って言ったんです。」
それで? と先を促す刑事。
「…しげちゃんは『大丈夫だよ』って…ふざけて片足で立って…」
「そしたらしげちゃんがよろけたんです。私は…あわててかけよったんですが…」
「おそ…」
一瞬静子が言葉に詰まる。
静一は静子に振り向いて、その様子をじっと見ている。
![血の轍 第10話 静一](https://creative-seeker.com/wp-content/uploads/2017/07/chi10_13.png)
「遅かった…」
静子は申し訳なさそうに、しかし確りと刑事を見て続ける。
「ごめんなさい…」
静一はそんな静子の様子を遠い目で見ている。
そこまで静子の説明を聞き、叔母が泣き声を上げる。
そうですか、と刑事が相槌を打つ。
「静一くん。」
刑事が廊下に跪く静一を見下ろすようにして問いかける。
「きみはその様子を見てたんだよね?」
「間違いない?」
静一は廊下に視線を投じて目を見開く。
先ほどから変わらず静一の右肩に乗せられている静子の左手。
![血の轍 第10話 静一](https://creative-seeker.com/wp-content/uploads/2017/07/chi10_14.png)
一瞬の間。
感想
やべぇ~。
何だろうこのリアリズム。
本当にあった話の詳細な再現みたい。
しかし、ドラマの再現では有り得ない巧みな表現だと思う。
これをそっくりそのままドラマでやってもここまで胸に迫る作品にはならないのではないか。
血の轍は話の筋立てとしては、物語としてそこまで特別なものとは言い難い。
しかし、なぜ読んだ後にこれまで味わったことが無いようなざわついた気持ちになるのか。
こういう漫画、これまで読んだことがなかったかもしれない。
あえて言うならば、全くジャンルは異なるが花沢健吾先生のアイアムアヒーローの、あの丁寧な表現を髣髴とさせる。
アイアムアヒーローは1巻のラストまで一体どういう話になるのかがわからなかったが、リアリティの積み重ねによる世界観の構築と1巻ラストの爆発により圧倒的な面白さ、吸引力を持った。
これまで結構な数の漫画を読んできた自負があるけど、シンプルな筋書きでありながら、かなり前衛的で新鮮に感じる。
表情の表現がピカイチ。
静子はしげるを突き落とした直後に発狂したのかというくらいの恐慌状態を見せて以来、冷静になっている。
事件以前の日常の静子の様子とはやはり明らかに違う。
静子が言葉に詰まった後、静子を見る静一の目がたまらない。
どうしてそんなことを言うのか、そもそも何故しげるを突き落としたのか、という疑問で満ち溢れているような静一の視線。
そして、嘘をつき続ける覚悟を決めているんだな、という悍ましいの気持ちも感じられる。
しかし、多分静一は刑事に真実を告発したりしないだろう。
静一の肩に静子が手を置いた時、静一が即それを振り払うようだったらその展開は有り得ただろう。
しかし、しげるへの気持ち、正しい事をしたい、罪の意識から逃れたい、という静一の気持ちが静子への愛情を上回ることは無かった。
静一は自らの肩に置かれた静子の手を受け入れている。
静子への嫌悪感は無いか、もしくは生じているとしても行動として出るほどには致命的ではないのだろう。
ただ、今後、話が展開していって静一の中で罪の意識や静子への嫌悪感がこれ以上ないほどに肥大していった先に、長部一家の崩壊が待っているという可能性は十分に感じられる。
静一は間違いなく、母の凶行という真実を告発しない自分に罪の意識を感じている。
しかしそれ以上に母を愛している。刑務所に送りたくはない。
家族が崩壊するのを防ぐという保身というよりも、単純に母が好きな気持ちが勝っているように思う。
その相反する心から生じるストレスが静一を苦しめている。
平静を装う静子だが、前述した通り、事件前とは明らかにその様子は変化している。
しかしそれは静一と読者しか分からない。
そこに、意識を取り戻したしげるが加わる日は来るのだろうか。
その時が長部一家崩壊の日となるのか。
爆弾を抱えた静子と靜一に安寧の日は訪れるのか。
日常はどう変化するのか。それがどう描写されるのか、と興味は尽きない。
とりあえず、次の話で静一は刑事の質問にどう答えるのか。
もし正直に静子を告発したらマジで漫画史に残るよこれ。少なくとも自分の内には消せない傷が出来る(笑)。
あまりに予想外過ぎて。
見逃せない展開が続く。
ちなみに冒頭の高校野球中継で気になったので調べてみたが、群馬県の甲子園常連校となった桐生第一高校が初めて出場したのは実は平成5年で、以来平成20年までに9回出場してその内1回優勝しているという。
病院は群馬県内だと思うので県大会の様子が放映されていたのかもしれない。
しかし仮に作中が8月であるとすれば甲子園の様子が放映されていることになる。
2話でしげるが静一と遊んでいるゲーム機がスーパーファミコンであるところなどから推測するに、血の轍の作中は恐らくは平成5年、もしくは平成7年ではないかと思った。
スーパーファミコンからゲーム機における時代の寵児の座を奪い取ったプレイステーションが平成6年生まれなので、平成5年の出来事と自分は勝手に解釈している。
このあたりの時代設定がしっかりしているのも血の轍のリアルさの源泉だろう。
押見修造先生の並々ならぬ作り込み様が窺い知れる。
今後、もっと時代を特定するための材料も出てくるはず。その点も個人的にかなり楽しみだったりする。
以上、血の轍10話脳圧のネタバレ感想と考察でした。
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あわせてよみたい
押見修造先生のおすすめ作品や経歴をなるべく詳細にまとめました。
桐生高校は押見修造さんの母校で、桐生第一とは違います。公立の進学校ですが、甲子園に出場したこともあったと思います。
おお! 情報ありがとうございます!
桐生高校と桐生第一高校って違うんですね。
多分作中の時期に甲子園に出たであろう桐生第一高校の事だとばかり思ってました!
桐生高校の甲子園出場に関して検索かけてみたら何度も出ていますね!
昭和53年夏を境に甲子園に出場出来ていないので、いわゆる古豪であるようですが、押見先生としてはせめて漫画の中だけでも出してあげたかったのかもしれませんね。
高校野球ファンなんでしょうか。
別に押見先生の人柄を知っているわけではありませんが、何となくスポーツとか熱血とか青春とは一線を引いてそうな気がしてます。