第62話 発現
目次
第61話のおさらい
静子に起こされる静一。
静子はまるで恋人にするように静一に顔を間近に近づけて何を食べるか問いかける。
何でも作るという静子に、肉まんでいい、と答える静一。
静子は静一を抱きしめる。
しかし静一は静子をどけようとせず受け入れていた。
静子は静一に目玉焼きを提案する。
物が散乱した居間で、静一はご飯の上に半熟の目玉焼きを乗せて食べていた。
その様子をじっと見つめる静子。
静子が、おいしい? と問いかけ、うん、と穏やかに静一が答える。
二人は互いに笑みを浮かべて見つめ合う。
「このままずーっと、2人っきりで行こうね。ずーーーっと……」
静一はよりさらに口角を引き上げる。
ざわつく教室で、吹石は前の席の女の子と会話をしている。
静一はそんな吹石を見つめていた。
トイレに来た静一は、用を済ませて洗面台で手を洗う。
ふと顔を上げ、鏡に映った自分に向けて笑いかける。
そこに、突然現れたのは小倉たちだった。
「なーに鏡見つめて笑ってるん!? ナルシストかよ!」
髪をセットしてやると言って、小倉たちは静一の髪をイジリ始める。
髪を横分けにして、いいね、と盛り上がる小倉たち。
静一は呆然と鏡を見たまま、一切抵抗しない。ただ自分の髪型が小倉たちによって弄ばれるのを見ているだけだった。
静一の額を水が滴り落ちていく。
せっけんも使おうと悪乗りが始まる。
小倉は楽しそうに笑っていた。
静一には、そんな小倉の表情が、自分と静子を嘲笑ったしげるの表情と重なっていた。
「ばん!」
静一は妄想の中で、指で銃の形を作って撃つ真似をする。
顔はしげる、胴体は猫の異形の生物は顔から血を流して、虚ろな表情で血だまりで息絶えていた。
そのしげるらしき生物の隣には、同じく血を流し倒れている伯母。
伯母もまたしげると同様、顔以外は猫だった。
その後ろにも同じような生物の死体が続いていく。
その顔は、一郎、伯父、祖父、祖母、小倉たち……。
死体はまだまだその遥か後ろまで続いている。
静一の髪は、ついに小倉たちの手により完全に逆立てられていた。
それを鏡で見つめる静一の表情は徐々に引き攣り始めていた。
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第63話 発現
キレる
男子トイレで、小倉たちに絡まれた静一。
小倉たちはふざけて、静一の頭髪を洗面台でセットしていた。
セットできたぞ、と言って小倉は静一に鏡の中の自分を確認させ、感想を求める。
静一は目の前の鏡をじっと見つめていた。
静一の視界には、背後にいる小倉の姿はブレて霞んでしまっており、かろうじて人間の形を保っていた。
小倉はブレた姿で感想を早く言えと静一に迫る。
小倉たちにゆっくりと振り返る静一。
その視界に収まった比留間と酒井もまた、小倉と同様にブレている。
「3、2、1」
「どん!」
比留間と酒井も、あくまで静一に感想を言わせようとしている。
「ん?」
「ほら どうした?」
静一が自分たちを凝視したまま動きを止めている様子を少し不思議に感じつつも、小倉たちはあくまで静一にセットした髪の感想を言うように促すのだった
「おーさーべー」
小倉の一言に反応する静一。
静一の右拳が吸い込まれるように小倉の顔の中心に叩きこまれる。
殴打
パキッ
「うっ…」
小倉は顔を抑えて屈みこむ。
「うがあっ!」
静一はきょとんとした表情で拳を掲げていた。
「あ…めっ……目がっ…」
「え?」
比留間と酒井は、両手で顔を覆って悲痛な声を上げる小倉の様子にただただ呆気にとられていた。
「ううーっ」
小倉は苦しそうな呻き声を上げる。
一切取り乱すことなく小倉をじっと見つめていた静一は、顔を手で押さえて屈んでいた小倉の顔面目がけて膝蹴りを食らわす。
「ぎゃあっ」
小倉は悲鳴を上げ、両手で顔を覆ったまま尻もちをつくようにして後ろに倒れる。
「お…長部! やめろよ!」
比留間と酒井が止めるのを振り払い、静一は小倉の腹に馬乗りになって右拳を彼の顔面に何度も打ちこんでいく。
打たれるたびに短く呻き声を上げる小倉。
「どいつもこいつも…どいつも…こいつも…」
「先生! 先生呼んでくるんべ!」
あまりにも執拗に殴打する静一の様子に、比留間と酒井は教師を呼ぶためにトイレを後にする。
「死んでるくせに…」
静一は小倉の顔面を右拳でを打ち続けながら、薄く笑う。
「みんな死んでるくせに……」
何度も殴りながら、静一は母がしげるを突き落とした日に見た光景を思い出していた。
青空、入道雲、一面に広がる山々の稜線、そして舞い踊る無数の蝶。
「こら!! 何やってんの!!」
静一は殴ろうとした手を静止して声のした方を見る。
「長部!」
トイレの入り口に立っていたのは担任教師だった。
「う…うぐっ」
小倉は泣いていた。
何度も殴られた顔は腫れ、鼻からは出血している。
「ひっ…う……」
行動の理由がわからない
静一は学校内の一室のパイプ椅子に座り、ぼーっと窓の外を見ていた。
視線を下に落とし、自分の右拳を見る。
右拳は小倉を殴ったことで傷ついていた。
ぼーっと拳を見つめていると、部屋の引き戸が開く。
「…長部。少しは反省した?」
担任教師はそう訪ねると、静一に近づいていく。
教師はもう少しで眼鏡の破片が眼球に刺さり失明するところだったと淡々と小倉の容態を説明する。
静一は傍らに立つ教師ではなく、正面に視線を固定したままだった。
教師は静一に厳しい視線を向けたまま、返答を待つ。
「…先生。」
静一が口を開く。
「僕は…どうしてなぐっちゃったんですかね?」
全く悪気がない、あどけない表情で教師に訊ねる。
一瞬驚いた後、教師は怒りに顔を歪める。
「…何言ってるん!? 自分のしたことだんべ!?」
教師は静一の対面に座り、今から小倉、小倉の母、そして静子がここにやって来ると告げるのだった。
「ちゃんと反省して…!」
しかし静一の表情には反省の色はおろか、一切の感情がなかった。
教師に呼ばれて学校にやってきた静子。
スリッパで学校の廊下をパタパタと音を立て歩いていく。
感想
静一の変貌
なんで殴ってしまったのか自分でもわからないという静一の先生に対しての発言は、きっと彼の心の底からの疑問だったと思う。
ひとつ、確実に言えることは、静一はストレスを受け過ぎということだ。
今回の静一の暴力は、これまで溜まったあらゆるストレスが絡みあい、噴出したという印象を受けた。
でもその後の静一の様子から、これで全てを出してスッキリしたとは到底考えられない。
依然、マグマは静一の内奥に煮え滾っている。
小倉たちにいつもいつもからかわれ続けたことで溜まったストレスが爆発したというより、それをきっかけに心の奥底に閉じ込めていた感情が奔流となって一部が決壊したという感じ。
およそ暴力などとは無縁に見える穏やかな少年が、まさかこんな変貌を遂げてしまうとは……。
物理的にクラスメートを傷つけている。
そして静一は、自覚がなくても既に心がズタズタになっている。
何度も書いているが、救いがなさすぎるよ……。
彼の人生がどうなってしまうのか心配でしょうがない。
正直、可哀そうで見てられない……。
でも読者のように静一のことを逐一見ているわけではない先生をはじめクラスメートたちは、単に静一がおかしくなったとしか思わない。
だから静一を取り巻く環境はより厳しさを増す一方だろう。
当たりが強くなるか、もしくは完全な無視か。
それは思春期の少年の心に濃い影を落とす。
静一を救えるのは……
もし静一の今回の暴力から何かを察することができるとすれば吹石だけなんだが……。
唯一の理解者になり得る人物を、静一は静子の信頼を取り戻すために仕方なくとは言え、手ひどい言葉と態度で遠ざけてしまった。
当初、吹石は静一に無視されても、静一に話しかけていた。
これは偉大な行動だと思う。
彼女の行動を、好きだからこそめげなかった、と結論するのは過小評価だ。
静一のことを好きだったからこそ出来た行動だ。
彼女がどれだけ静一のことを真剣に考えていたかということでもある。
もしまだ吹石の心に静一への想いが一片でも残っていれば、静一に手を差し伸べてくれると思いたいが……。
それはさすがに希望的過ぎる見方なのか。
ここで吹石が静一にまた接触したとしても、静子に完全に囚われた心はもう吹石を反射的に拒否してしまうのではないだろうか……。
それに仮にまた静一と心通わせるようになったとして、それが静子にバレた際に、静子にきちんと反発できるとは思えない。
それはあまりに吹石が可哀そうだ。
……もうはっきり言って、詰み状態なんだよなぁ。
もし静一がこの地獄から解放される希望があるとしたら、しげるから全てを聞いた伯母が警察に通報し、静子が捕まることで物理的に静一から隔離されることくらいかな。
良くも悪くも普通の父である一郎が静一を救うために行動を起こす、なんてことは残念ながら静子が捕まるよりも可能性が低いんじゃないか。
一郎は静一が完全に静子に取り込まれており、自分の側には来ないことを知っている。
かと言ってそんな静一を説得する気概もないっぽいんだよな……。
いやー、どんなに考えても、こんな悲観的な見通ししか語れないとは……。
自分のオツムが鈍いだけかもしれないけど、ただただ疲れるわ……
そもそも前向きな話じゃないことは分かり切っているけど、最終的には何かが解決していて欲しいと思うのは甘いのだろうか。
ストレス受け過ぎ
そもそも1話の時点から小倉たちからちょっかいを出されていた。
母のしげるに対する犯行を黙秘し、そのストレスが原因で吃音を発症し、上手く話せないことでストレス増加。
二学期が始まってから、静一の吃音をネタに小倉たちからのからかいもひどくなる一方。
さらに母の精神状態も夏の犯行を境に徐々にバランスを崩していた。
挙句の果てには、静一の味方だった吹石は、母の激しい拒否により自ら望む形で別れを切り出さなければいけない始末……。
この物語は静一視点だからということもあるけど、あまりに静一の現実が過酷すぎる。
まだ中学二年生だから、親を見放して家を出られる年齢にはまだまだ遠い。
つまり逃げられないんだよな……。
それに惡の華の主人公の春日が感じていたように、物語の舞台が群馬という山に囲まれた地形であることも、精神的な圧迫感を促進しているかもしれない。
もちろん都会なら問題がなくなって即解決、というわけでもないけど、少なくともちょっと足を延ばせば色々なものに触れられるし、出会いもあるだろう。
静一が追い詰められすぎで読んでて苦しくなってくる。
母から学習した?
「死んでるくせに…」
前回の静一の心象風景を思い出す。
一面にずらりと並ぶ猫の死体。その顔は全て自分の知り合いたち……。
静一と静子の関係を邪魔する人物たちだから?
静一の視界にある小倉たちの姿がブレてしまって見えていないのは、もはや彼らを自分と同じ生きた人間として認識できていないということなのか。
小倉たちもまた、当然のように静一の心の中で猫の死体と化していた。
いや、自分にとって不都合な人間は生きた人間として認識しなくてもいい、ということを母の犯行に学んだのか。
小倉を殴りながら夏の山と舞う蝶を思い出しているということは、つまりそういうことだったりして……。
もしそうだったなら、とんでもないモンスターの誕生だ。
何か気に入らないことがあったら暴力を振るって黙らせればいい。
思春期にこんなおぞましい狂気を抱えてしまった少年のこの先が心配過ぎる……。
次号で静子が学校にやってくる。
対外的にはまともな態度の静子が、果たして静一が教師と小倉の母に責められるのを受けてどう反応するか。
これにはかなり興味がある。
次回が楽しみだ。
以上、血の轍第62話のネタバレを含む感想と考察でした。
第63話に続きます。
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