第46話 発覚
第45話のおさらい
静子は一貫して、しげるは自ら落ちたのだと主張する。
しかし現場で静子の犯行を目撃していた静一は、涙を流しながら静子を視線で非難する
。
静一の頭の中には確かにあの日の記憶があった。
しげるを思いっきり崖下に向けて突き落とす静子。
その後まもなく聞こえてきた、ぎあッ、という悲鳴。
そして、自分の方に静子が振り返る。
その顔には恐怖も後悔もない。
いつか見たのと同じ、穏やかな表情だった。
静一は歯を食いしばり、静子に挑みかかるような視線を向ける。
そして静子は静一のその視線に込められた意味を理解していた。
静子はさめざめと泣きながら、自分が嘘をついていないと主張する。
憐れを誘う母の姿を前に、静一の目から戦意が喪失していく。
静子は静一が、静子がしげるを突き飛ばしたと思い込んで、悪者にしたかったのだと指摘する。
そして静一はしげるが入院する羽目になってしまったのは自分のせいだと自らを責めていたと続ける。
「優しいもんね。静ちゃんは。」
そんな静子の言葉を静一はじっと聞いていた。
静一はその持ち前の優しさから、ついには喋れなくなってしまった、と静子が続ける。
そして静一の目から流れる涙を人差し指でそっとすくい上げる。
自分は喋れなくなって、それを静子のせいにした。
おかしいのは静子であり、自分は悪くない。
静一の心を見透かしたかのようなセリフを呟く静子。
そして静子は吹石のようなはしたない子にすがるなんて、と言って、自分も静一と同様に辛かったのだと主張する。
自分の気持ちも、静一にだけにはわかってほしい。
そして、あの時の、本当のことを思い出してほしい。
その静子の言葉をきっかけに、静一の脳裏に再び映像が流れる。
それは崖の渕でバランスを崩したしげるに向けて彼を救うべく静子が走っていくが、静子が辿り着く前にしげるが落下してしまうというものだった。
「…え?」
これまでの自分の認識とは異なる記憶を見た静一が声を上げる。
「思い、出した?」
静子が静一に呼びかける。
”静子も自分も悪くない。”
そんな記憶を得た静一の表情にはうっすらと安堵の色が浮かぶのだった。
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第46話 発覚
攻守交替
「思い出して…くれたんね。」
静子は静一の頬に手を添えて、覗き込むようにして視線を合わせている。
静一も静子と同様に涙を流したまま静子を見つめ返していた。
「え…?」
自分の脳裏にある静子がしげるを突き落としたという記憶が徐々に侵食されていくことに戸惑う静一。
その記憶と置き換わったのは、静子が崖下に落ちていくしげるを助けようと駆けていくも、それが叶わなかったという光景だった。
静子は自らの胸に押し付けるようにして静一の頭を抱き締める。
「ごめんね。静ちゃん…」
「大丈夫だから。ママは大丈夫。もう…何も心配しないで。」
抵抗することなく抱かれるままだった静一は、軽く握った両手を静子の臀部に回して泣き始めるのだった。
静子は胸元で泣く静一をじっと抱きしめていた。
抱き締めたまま、泣き続ける静一にぽつりと言葉をかける。
「じゃあ今度は、静ちゃんのばん。」
泣くのを止め、目をカッと開く静一。
「どこにいたん? 何してたん? 昨日から…ずっと。」
静子は静一の両肩に手を置き、静一を見下ろしながら問いかける。
静子を見上げたまま硬直する静一。
「教えて。ママ…怒んないから。」
静子は静一があからさまに視線を逸らす様をじっと観察していた。
ん? と静一の答えを促す。
沈黙を保ったまま静子から目を逸らし続ける静一。
その様子から何かを察した静子は、静一に再び問う。
「吹石さんと、いたん?」
核心を抉るその一言を受けて、静一の表情が一気に強張る。
尋問
静子が何も言わずに立ち上がり、襖を開けて廊下を歩いていく。
その様子を静一はただぼーっと見送っていた。
自身の心臓の鼓動を感じながら、静一は廊下に視線を固定して静子を待つ。
やがてとたとたと軽い足音が近づいてくる。
静子が居間の静一に姿を晒す。
静子は両手の指で静一の汚れたパンツを摘み、静一に見せつけるようにして立っていた。
静一はパンツを見て一気に凍り付く。
そして心臓の鼓動は先ほどよりも増していた。
「これ、何?」
静子の刺すような視線を受けて、思わず視線を逸らす静一。
「何?」
静子からの追い打ちに、静一はゆっくりと口を開く。
しかし中々言葉が出て来ない。
心音の拍動がさらに大きくなる。
口を開いたままだった静一は、やがて静子に正対して縮こまったような正座の体勢をとると、観念したように答え始める。
「…ふっ……吹石っ…と…いま……いました……」
静一はもはや静子の方に視線を向けることが出来ず、まるで頭頂を見せつけるかのように俯いていた。
それで? と静子が先を促す。
「……いっ…いっしょ…に、ベッベッベッ…ベッド…にはいっ…て…」
みるみるうちに静一の表情が歪んでいく。
「……ぐ…キッ…ス、キス…ッ…したら」
大粒の涙を流しながら必死に言葉を絞り出す静一。
「なんなんなん…何か出ちゃっ…出ちゃっでちゃっ……」
「ぼっぼっぼっぼっぼっぼっ」
「ぼく… ぼく…」
静一はそれ以上言葉に出来なかった。
静子は静一を見下ろしながらその告白をじっと聞いていたが、ぽそ、と小さく口を開く。
「きったない。」
感想
”きったない”
静子さん、そりゃないっすよ(笑)。
と、読んだ直後は反射的にそう思った。
でもよく考えれば、世の中の母親は、もし静子と同じ状況に置かれたならばやはり静子と同様のネガティブな感情を持つのではないだろうか。
さすがに静子のように、狼狽する息子に向かってあからさまな嫌悪感を示すまではいかないかもしれないが、息子が穢れてしまったという思いに囚われてもしょうがない状況だと思う。
”きったない”という、何もわかっていない中学二年生の繊細な心にはあまりに殺傷力のある暴言を吐いたことは、静子さん固有の異常性と捉えていいかもしれない。
しかしその根底にあるネガティブな感情には案外共感できる女性は多いのではないか。
何しろ静一は勝手にそうなったわけじゃない。
まだ中学二年生で幼さの残る可愛い息子を、よりによって静子が嫌っていた吹石によってそうさせられた。
吹石が局部に触れなかったにせよ、キスという肉体的接触によって発火したこと自体が静子には嫌悪の対象になっている。
息子が同年代の女の子の手によって大人の階段を一気に駆け上がったことに対してただ喜べという方が無理な話だろう。
すでに何人も男児を産み育てたような女性ならそのくらい達観した反応になるかもしれないけど、一人息子を大事に育ててきた母親には今回のようなケースでは一大事だと思う。
もし自分が静一だったらどんな感情になるかと思って考えてみたけど、一瞬で気持ちが冷えたのですぐに考えるのをやめたレベル。
そもそもパンツの染みを発見されたかもしれないと、ただ考えるだけで憂鬱になるのに、ましてやそれを目の前に突きつけられて、さらにそれが起こった状況まで根掘り葉掘り聞かれる。
それは完全に、思春期にある繊細な中学生には拷問でしかない。
静一は犯罪を犯した静子に対して色々葛藤がありつつも、とうとう嫌いにはなり切れなかった。
その愛する母親からこんなにも冷たく突き放した態度をとられたら、まず憔悴するのは間違いないと思う。
自分はこの家で生きていくしかないのに、今後の生活に対するぼんやりとした絶望とでもいうか。
これ、静子は今後静一に対してどんな態度をとっていくんだろう。
多分、これを契機にこれまでよりもさらに静一に対する支配を強めていくんだと思うけど……。
思い出してみる
静一がおそらくは人生で初めてパンツに染みを作った時のシーンを改めて読んで、自分の時はどうだったかな、と改めて思い出そうとしてみた。
自分の時は確か小学6年くらいだった気がする。
朝、起きた時に出ていたパターン、つまりいわゆる夢精で、起床時に発覚したのだが、自分のパンツに違和感を覚えて何が起きたか確認したその瞬間、一番大きかった感情は多分”戸惑い”だったと思う。
マジで全然意味が分からなかったし、おそらくその心の動きは静一と似たようなものだと思う。
確かそのまま洗濯機に放り込むのは躊躇われたので、洗面所で洗った上で洗濯機にインしたような……。
いや、思い出した! そのままこっそり自室のタンスにしまって、新しいパンツに着替えた!
数日後にパリパリになったブリーフをこっそり捨てたような気がする(笑)。
発覚当時、洗濯機に入れて万が一母親にピックアップされたら嫌だから、色々と気が動転している内に、そのストレスにさらされ続ける事に疲れて無かったことにしたのだと思う。
結局、母親にはバレてないと思う。
でももしバレても静子ほどのあからさまな嫌悪感は示さなかっただろう。
静一と違って自分でやらかしたわけだし、もし母親が汚れたパンツを発見しても、息子に起こった現象に多少複雑な感情を抱きつつも、最終的にはおねしょにカテゴライズして苦笑交じりに処理されるだけなのではないか。
自分が何を体験したのかを知ったのは中学生になってからだった気がする。
あれが夢精だったのかと知った時、別に異常なことではないんだとホッとしたのを覚えている。
必死に思い出してこうして書き出してみても”だからなんだ”という感情した浮かんでこないな……(笑)。
静一を男として捉えたくない?
一人息子を育てる母親の気持ちになって考えてみたけど、そもそも母親が息子の精通の痕跡を発見したら、可愛い息子が男として生物的に成長したことに対する喜びよりは遥かに”戸惑い”の方が大きい気がする。
「ああ、この子も男だったんだな」という感じ。
息子を自ら産み育ててきて、幼い頃の無垢な姿を世界で一番記憶に留めているからこそ生じる感情といえるのではないか。
それに関連して、静子には、そもそも静一が独立した大人に成長していく事を望んでいない気持ちも少しあったりするのかなと思った。
子供は成長していき、やがては親である自分から離れていくことを自然の摂理と捉え切れていない感じがする。
”過保護”がそんな静子の気持ちが最も端的に表れた振る舞いだと思う。
前項で考察したけど、静子の場合は静一の精通に対して戸惑いなんてレベルでは止まらなかった。
自分が愛されてこなかった分、静一を大切な育ててきた。しかしそんな愛する息子の精通に、よりによって静子が嫌悪して止まない吹石が関わっていた。
だからこそ静子の感情レベルが嫌悪感にまで達してしまった。
仮に静一が独力でこうなっていた場合は流石に静子の反応はここまでネガティブではないだろう。
静一の繊細な部分を刺激しないように黙って洗濯するという常識的な反応か。
もしくは静子の静一に対する距離の近さを考えると、ちょっとからかったりするかもしれない。
静一の身になって想像すると、明るく指摘されるだけでももう十分に嫌な反応なんだけど、それでも”きったない”よりはマシ(笑)。
思春期の少年が母親から全力で”きったない”と言われたことによって心に負った傷は決して浅くないと思う。
せっかく快方に向かいかけていた吃音が再びひどくなってしまうのだろうか。
今回の静一の描かれ方の禍々しさを見ると、吃音に加えて、今後さらに何かしらの症状に襲われても全く不思議ではないと思う。
静子がしげるを突き落としたという記憶も、静子が救えなかったという静子のみならず静一自身にとっても都合の良い記憶に書き換わりつつあるようだし、静子の吹石に対する嫌悪感がマックスになったっぽいし、今後の展開がただただ怖い。
以上、血の轍第46話のネタバレを含む感想と考察でした。
第47話に続きます。
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