第47話 いつ出た?
第46話のおさらい
「思い出して…くれたんね。」
静一はあの山登りの日に静子がしげるを突き落とした記憶が、徐々に静子が助けられなかった記憶に書き換わっていくことに戸惑っていた。
一方、静子は静一の戸惑いを察して、自らの胸に押し付けるようにして静一を頭を抱き締める。
静一は静子に抵抗することなく抱かれていた。
そしてそれに応えるように、静子の臀部に手を回して泣き始めるのだった。
静子は静一を抱き締めたまま言葉をかける。
「じゃあ今度は、静ちゃんのばん。」
目をカッと開く静一。涙が一気に引いていく。
「どこにいたん? 何してたん? 昨日から…ずっと。」
静子からの追及を受けて静一は硬直していた。
怒らないから教えて、と静子は硬軟織り交ぜて静一の口を割らせようとしていく。
防戦一方となった静一は静子から視線を逸らすばかりだった。
そしてその様をじっと観察していた静子は、ん? と言って静一の答えを促す。
それでもかたくなに沈黙を守る静一の様子から何かを察した静子は、ついに静一の核心を衝く質問を投げかける。
「吹石さんと、いたん?」
その一言により、静一の表情は一気に強張っていく。
そのあからさまな静一の反応を目の当たりにした静子は、何も言わずに立ち上がる。
そして襖を開けて居間から出ていく。
その様子を見送っていた静一の心音は高鳴っていくばかり。
やがて戻ってきた静子が居間の静一の前に姿を現す。
静子は両手の指で静一の汚れたパンツを摘んで、完全に静一に見せつけるべく立っていた。
そのパンツを見て静一は一気に凍り付く。
心臓の拍動は一気に増していく。
「これ、何?」
静子からの圧力を受けて、静一はゆっくりと口を開いていく。
しかし言葉は出ず、心音が大きくなっていくのみ。
やがて静一は観念したように静子に向き直る。
そして縮こまったような正座の体勢をとると、昨夜は吹石といたことを吃音交じりに正直に告白し始める。
静一は静子の顔を見ることが出来なかった。
健気な静一の態度を前にして、それで? と冷たく先を促す静子。
静一は彼女と一緒にベッドに入ったこと、そしてキスしたら何かが出たことを、ボロボロ涙を零しながら必死に説明する。
その後も、静一はひどい吃音に見舞われながらも懸命に状況を説明しようとする。
しかし静一には、もはやそれ以上自分の身に起こったことを言葉には出来なかった。
静子は廊下に立ったまま静一の告白をじっと聞いていたが、やがて、ぽそ、と小声で吐き捨てるように呟く。
「きったない。」
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第47話 いつ出た?
追求
「きったない。」
静子がぽそ、と吐き捨てるのを聞き、呆然とする静一。
静子は静一が汚したパンツを両手の指で摘み、正座する静一を睥睨し続ける。
静子のそんな静子の刺すような視線に耐えられず、首をがっくりと項垂れて太ももに置いた自分の手を見ていた。
「はあ~~~。」
静子がわざとらしく長い溜息を吐く。
「それで? おまえからしたん?」
「向こうから、してきたん?」
「あれを。」
静子の追求が続く。
答えようとする静一だったが、吃音に加えて、何をどう答えてたら正解なのかがわからず、言葉が中々出てこない。
かろうじて、わからない、たぶんむこうから、と答えた静一に対し、静子の追及は止まらない。
「どういうふうにしたん?」
「まさか…」
「くっついただけだいね? ……くちびる。」
「それ以上…やってないわよね?」
静一は、コク、と無言で頷く。
「ほんとにぃ?」
歯を剥き出しにする静子。
「出ちゃったって…いつ出たん?」
「どうやって出したん?」
「どんなふうに出たん?」
静一の手にポタポタと涙がしたたり落ちていく。
そして静一は泣きながらも、必死に静子の顔に視線を向けながら、懸命に答えようとしていた。
吃音の症状が明らかにひどくなるも何とか、ひとりでに出た、と答えた静一に対し、静子は汚いものでも見るような、蔑むような視線で静一を見下すのみ。
謝罪
その静子の表情を目の当たりにして、いよいよ静一は自分が大変なことをしてしまったと自覚し、両手を震わせていた。
「…ごっ、……ごっごっ、ごっごっごっごっごっごっごめんっ……なさいっご…」
「何を謝ってるん?」
静子は全く動じることなく、懸命に謝罪する静一を突き放す。
そして、あったことを全てを言うように、とさらに静一を追い込んでいく。
「はあっ あ… ぜん…ぜん…ぜんぶっ」
いよいよ逃げ場をなくし、絶望する静一。
あまりにも哀れな息子の様子を目の当たりにしてもなお、静子の静一を蔑むような視線はいささかも変化がなかった。
静一は吃音に苦しみながらも、正直にその後あった出来事を説明していく。
静子が吹石家にやってきたのをベランダから見ていたこと。
吹石の父親に見つかってしまい、吹石が投げたコンポが父親を出血させたこと。
二人でコロンバス通りのトンネルに逃げたこと。
寒がっていた吹石にジャージを着せると、吹石からキスをされたこと。
胸に手を当てがわれたこと。
「でも、でもぼく…僕はっ…!」
静子は持っていたパンツを静一の頭に投げつける。
パンツを頭に乗せたまま、静一は静子を見上げる。
「うそつき。」
追放
静子は顔を引き攣らせたように歪め、歯を剥き出しにした異様な表情で静一を見下ろしていた。
「はやくきえて。いなくなって。ママのまえから。」
かつてない母の様子を、静一はただ茫然と見つめるのみ。
「…マ…」
静一が言葉を発しようとした瞬間、静一の腕が静子に掴まれる。
「ほら!! はやく!!」
静子に強引に立たされた静一は、勢いそのままに玄関に引きずられていく。
「ママ!!」
必死に叫ぶ静一。
静子は玄関のドアを開けて、問答無用で静一を外に出そうとする。
「ママ!! ちがう…ちがうよ!!」
「ほら!!」
静子は怒りを露わにして静一の背に手を叩きつけるようにして外に押し出す。
そしてすぐさまドアを閉めて鍵をかける。
「…ママ!!!」
静一は玄関に四つん這いになって必死に静子に呼びかける。
「ちがうよ僕は…! ママを選んで戻って来たんだよっ!!」
感想
この表情は最高にヤバイ
今回、最高に怖かった。
まずことわっておくと、今回の感想のほぼ8割は静子の見せた表情についてだ。
考察とか全然ない。ただ怖がってるだけ。
いやいや……、だって、ここまで怒るかなぁ? あまりに衝撃的だったんだもの……。
何だこの静子の表情……。そして何だこの漫画……。
この、今自分が感じている戸惑いは、実際に今回の話を読まないと絶対に伝わらないだろう。
静子の顔が怒りと嫌悪によって、実際に歪み過ぎていてあまりにも異様だった。
なんてものを描くんだ押見先生……。
割とマジでトラウマになったよ……。
人間が最高に怒りと嫌悪を感じているとこうなる、という表情というのか……。
自分なら、もし目の前の人間からこんな視線を受けたら消えてなくなりたいと思うだろう。
もう一度確認しようにも、読み返すのが怖い。
そういうレベルの表情が見事に描けている。
読んでいて、まるで自分が静一の立場で静子に追い込みかけられているような気持ちになった。
静子の視線を通じて、強烈な絶望感が脳内に叩きこまれる。
自分が子供の頃、親からマジギレされた時の気分を思い出すわ……。
いや、その恐怖が倍増しになって思い出されるような気さえする。
この静子の表情は、本当になんというか、文字通り『全てを吹っ飛ばすインパクト』がある。
見ているだけで不安になるし、怖くなってくる。
なんでだろう。トイレに行けない(笑)。
お化けとか幽霊とか、そういう題材を扱っている話じゃないのにそれに近い恐怖を感じる。
これまで自分はなるべく静子のことを理解しようとしてきたが、これは無理だと思い知らされた。
我ながら薄っぺらい姿勢だと思うが、実際この表情を前にして相手を理解できるなんて思えないだろう。
そのくらいの絶望を感じる。
まともに会話出来るレベルじゃない。
この漫画は静一の視点から描かれている。
なので静一からの視点の静子になるわけだが、これまでの静子にはたとえ異常性を見せていてもどこかに美しさがあった。
品があった。
しかし今回の静子の『表情』は、それらが完全にゼロどころかマイナスに振り切れている。
この『表情』から、静子の内にある真性の狂気を垣間見た思いだ。
マジで眠気も吹っ飛んだわ!
この記事しか読んでなくて、実際の絵を見ていないという人は絶対に雑誌か単行本を手に取って確認すべき。
本当に怖いから。
ページを再び開くのを躊躇うレベルなんて、本当にどれくらいぶりの経験だろう。
これまで見てきた静子の異常性はあくまで小出ししていたものだった。
今回はとにかく静子の表情があまりにも異様で、恐る恐る確認してみる度にゾクッとくる。
それだけ、静子が静一に完全に裏切られたと感じているということなのだろう。
しかしそれにしたって、繰り返しになるけど、ここまで怒るものかねぇ……。
静一の説明は本当のことを言っているし、冷静に話を聞けば静一が能動的に吹石を求めた結果ではないことは察することが出来そうなのに、とうとう静子には彼の説明が信じられなかった。
いや、吹石が終始静一に対して積極的だったことがわかったからこそ嫌なのかな?
吹石に唯々諾々と汚されるがままで、自分ではなく吹石を選んだ静一を嫌悪している?
最後に静一が、吹石ではなく静子を選んだと必死に主張していたけど、息子にそんなことを言わせるというのはやはりどう考えてもおかしい。
そもそも、静一に対して根掘り葉掘り『その瞬間』について追求していく姿勢にドン引きする。
今回の話は、一言で説明するなら息子がどこで射精したかを母にひたすら問い詰められているという、文字にしてみるとちょっと面白い感じすらあるシーンなのに、でも面白要素なんて皆無で、ただひたすら真剣なやり取りに終始している。
よくもまぁこんな漫画が描けるよな……。唯一無二だわ……。
地名
静一と吹石が逃げたのはコロンバス通りという通りにあるトンネルだったらしい。
調べてみたら、コロンバス通りは実際に群馬県桐生市にあるようだ。
地元の人は読んでてあれがどこなのか分かったのかな。
思わぬ形で名前が知られて、果たして良かったのか悪かったのか……(笑)。
聖地巡礼するような漫画ではないと思うが、個人的には機会があれば探してみたいところだ。
おまえ
かつて静子が静一を『おまえ』と呼称することがあっただろうか。
多分、静ちゃんとしか呼んだことがなかったはずだ。
今回はとことん新しい静子の側面が出た。そしてそれは、あまりにも怖すぎた。
多分、誰でも一度は子供の頃に親に思いっきり怒られた経験があるのではないかと思う。
自分も、もはやどういう内容だったかは忘れてしまったが、ただ思いっきり怒られた記憶だけが残っている。
その時の親の雰囲気はまさに今回の静子に近かったと思う。
今回の話は、静子が心の底から怒っていることがよく伝わってきた。
でも静子の場合、その怒りの内容がひどすぎる。
静一が無断で外泊したことを咎めているわけではなく、自分ではなく吹石を選んだことを怒っているんだもの……。
これで判明したのは、静子は静一が大切だから溺愛しているのではなく、自分のために静一を溺愛しているということだ。
自分を振り切って選んだ吹石に穢された。
自分のかわいがっていた、無垢な静一はもうどこにもいない。
静一の、ママを選んで戻って来た、という悲痛な弁明が悲しすぎる。
普通の家庭なら親は無断で外泊したことを咎めて、子供もそれを謝るだろうに……。
こうなってくると、やはり静子の過去が気になる。
静子には、過去、自分が愛されなかったという自覚があることは確定している。
それが今の静子の歪みにつながっている事は間違いない。
この次の展開が気になるが、それと併せて静子の過去も早くその詳細を知りたいところだ。
以上、血の轍第47話のネタバレを含む感想と考察でした。
第48話に続きます。
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