第122話 轍
第121話のおさらい
一郎の納骨を終え、自宅で自らの命を絶とうとする静一。
しかし失敗した静一は、翌日街に出て自分の人生を終わらせる方法と場所を求めて歩き回っていた。
そのような方法も場所も見つからず途方に暮れていた静一に架かってきた一本の電話。
それは静子を保護したという警察からの連絡だった。
警察は静子がアパートを追い出され、話を聞いても支離滅裂だとして、静子の所持していた荷物の中にあった静一の連絡先に電話をかけたと事情を説明する。
静一は警察からの話を聞きながら、自分の命を絶とうと、ホームに入って来る電車に向けて突っ込んでいく。
しかし、まさに電車とぶつかろうとするその瞬間、静一は背後から静子の幻に抱き締められて、ギリギリで電車にぶつからずに済んでいた。
ホームに座り込んだまま呆然としていた静一。
その表情が、涙に歪む。
第122話 轍
ついにお待ちかねの静一と静子の再会。
まさか警察に保護された静子を迎えにいくというシチュエーションとは……。
着の身着のままの状態で、話が通じ辛くなってきている静子が、静一のアルバムと連絡先を大切に持っていたという事実には運命を感じる。
しかし。静子との約20年ぶり対面は、やはり感動の再会とはほど遠いものだった。
静一に背を向け、パイプ椅子に腰かけている様子が何とも弱々しく、みすぼらしい。
傍らに置いてあるカートを引いて、街を彷徨っていたんだな……。
よくお婆さんが引いている奴だ。静子がもう、すっかり高齢者になってしまったことを改めて実感する。
何より悲しいのは、そういう年齢で落ち着ける場所を持たず、社会から零れ落ちかけた極めて絶望的な境遇にあることだ。
静子が陥っているような、孤独で、誰も頼る者もなく、自分の居場所も行き場も失ってしまうことは、現代社会に生きていれば多かれ少なかれ誰もが恐れる未来の一つと言えるのではないか。
少なくとも自分は、もし将来こういう状況に陥ったらと思うと背筋が寒くなる。
静一の反応はというと、静子が保護されている部屋に近づくにつれて緊張が高まってきているように見えた。
そしてドアを開けて、すぐに静子をまともに見ることができず、思わず自分の足に目を向けてしまう。かわいそうなくらい動揺しながらも、何とか視線を上げた先に、パイプ椅子に座った静子の後ろ姿を視界に収めた。そして20年以上の時を経て、もう一生会うつもりもなかった静子を肉眼で見てしまう。
静子の髪はすっかり白くなっており、静一が知っている静子の姿とは全く異なっている。
しかし静一の目には、静子はかつての若く美しい女性として映っていた。
これは、静一にとっては、これまで長い間必死に嫌い続けてきても、静一の意識の奥底では静子を求めて止まなかったことの証明なのかなと思った。静一にとっては静子は若く美しいままなのだろう。
しかし静一に振り向き、発した一言は様々な面で残酷なものだった。
私は子供はいない。そう言い放つ静子は、あの裁判の場で裁判官たちに向けて母親を辞めると宣言した時と態度が一貫している。もちろん今は静子は少し痴呆が入り始めているということもあるかもしれないが、静一にとっては再会しての第一声がこれというのはあまりにも辛い。
この場に立ち会っている警官たちからすれば、静子の言葉は高齢者には決して珍しくない少々の痴呆現象の一つで、深刻なものとは思わないだろう。
しかし静一にとってはショックだろう。ただ、それでも今の静一にはそのショックよりも、静子に再び会って、かつてのように愛を得られる期待の方が大きいのかもしれないと思うと悲しい。
静一を勇気づけ、また混乱させているのは、息子はいないと口では言っても、自分のアルバムや連絡先を所持していたという事実があるからではないか。
実際、なぜ静子が静一の今の連絡先を得ていたのかわからない。おそらく一郎経由なのかな……。でも母親を辞めると宣言して静一を捨てた静子が、何故静一のアルバムや連絡先を大事に持っていたのか。
痴呆が入り始めているであろうことから、過去に大切にしていたものをその頃と同じように大切に扱う行動をとっているということだろうか。
今回のタイトルは「轍」か……、つまり静子も静一も、ここまで、結局は似たような人生を歩んできているという意味なのかなと思った。
親の愛を渇望し続けて、親元から離れてもずっと愛に飢えてきた静子。
静子を忌み嫌い、彼女への想いを断ち切って、自ら命を絶つまで毎日を無感情で生きる静一。
果たして今後どうなっていくのだろう。まずは静一が静子を引き取って、自宅に連れ帰るのだろう。そこから話がどう展開していくのか。次回が楽しみすぎる。
次回に続きます。
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