第119話 やっと
第118話のおさらい
納骨を済ませて墓地を去ろうとした時、娘を連れた吹石と再会する静一。
驚いた様子で吹石を見つめる静一に対し、吹石は静一のことを覚えておらず、どこかで会いましたかと静一に問いかける。
静一は会ったことは無いと返し、簡単な会話を続けて、墓地を後にしようとする。
静一が隣をすれ違った瞬間、吹石は今まで会話していた男が静一だと気付き、「長部?」と呟く。
しかし静一は振り返ることも、歩みを止めることもせず、吹石もまた、振り返ることも、声をかけることもなく、二人は別れるのだった。
帰りの新幹線の中で、静一は車窓をぼんやりと見つめながら、一刻も早くこの世から去ることを考えていた。
第118話の詳細は上記リンクをクリックしてくださいね。第119話 感想
やるべきことを全て終えてアパートに帰宅し、そのままの流れで本当に死のうとしていた静一。
ドアノブに紐をくかけて、首をくくるシミュレーションを行い、いざ、泥酔して実行しようとする。
誰も止める者はいないし、本当にこの世に未練もないようだし、静一の自死がこのまま成功してしまうのかと思ったら、薄れゆく意識の中で静子に勝手なことをするなと脅され、首のロープを外してしまう。
静一は、死すら静子に禁じられているというのか?
少なくとも物語が始まってからずっと、静子が一度でも静一に死ぬなと言ったことはなかった。勝手なことをするなと言ったことも無かった。
首が締まり、死に向かって意識が沈みかけていた静一が薄れゆく意識の中で「なにかってなことしてるん」と言ったのは、あくまでも静子の幻覚であり、本人は一度として言っていない。
それは静一の幻覚の中の静子からの「生きろ」というポジティブなメッセージというよりは、静一が望んで行っていることを頭ごなしに否定する、一種の命令と言えるだろう。あくまで、静一にとっては静子はこういう存在ということなんだろう。
確かに職場のパン工場でも、仕事中に呆けている静子の幻覚を見て、パンのカートをひっくり返すという失敗をやらかしていた。そんな静一にとって、思春期の始まりに静子から受けた精神的・肉体的虐待は、彼を根本から支配していたことは間違いない。
静子と会わずに20年以上生きてきたはずなのに、未だに静子による支配が静一の身体の隅々にまで行き届いていることを思い知らされる、秀逸な表現だなと感じた。
しかし静一が見た幻覚とは言え、逆さ状態で、眉根を寄せて恨めしそうな表情で静一を見つめる静子の姿は、もうほぼ幽霊か妖怪の類としか思えない(笑)。
しかし、これは本当に静子による支配だけが原因で静一にこの幻覚を見せたのか?
結果的にそれが、静一を死の危機から救ったということなのだろうか?
実は自分はその説に否定的で、ひょとしたら静一は、死にたくて仕方なくて、実際に死ねる状況になって安堵していた反面、その心の奥底では、実は生きたかったんじゃないかな……というのが、今回の話で自分が感じたことだった。
命を奪ってしまったしげるへの罪悪感や、もう取り戻せない自分の人生、そして今後、何の楽しみのない人生が続いていく恐怖から、静一は、全てが済んだらすっぱりと自分の人生に決着をつけるつもりだった。
しかし静子に死ぬことを許してもらえないからと、何より自分自身への言い訳として、静子のせいにして生き延びたという見方もできないだろうか。
実は潜在意識下では全く死にたくない静一が、死に向かう過程でこの妖怪のような静子の姿を見ることを望んでいたのではないか? つまり言い方は悪いが、静子のせいにして、生きることを選んだというのが真相だったりしないか。
もしそうなら、卑怯だなと思う反面、生きたいという人間本来の欲求があることにほっとする。
個人的には、いつ死んでもいい、という自暴自棄な想いを心の内に宿している人間は、きっかけがあれば大変な犯罪を犯しかけないと思う。手垢がついた表現だが、自分自身を大切にできない人間に、他者を大切にすることは決してできないと思うからだ。
大人編になってからの静一からはとにかく捨て鉢な気持ちで生きていることが生活の端々から感じられた。いつか人通りの多いところで大量殺人を犯しても決しておかしくない精神状況にあるのではないかと感じていたから、もし静一が実は自殺などしたくなくて、きちんと生きたいと思っていたとすれば、それは希望と言えば希望なのかなと思う。
ただ、静子から強いられた、あまりにも抑圧的な支配関係による悪影響が大きな原因とはいえ、静一がしげるを殺めてしまったことは紛れもない事実であり、一生消えない罪であることを思うと、静一に対して、これから大手を振って普通に生きてくれとはとても言えない……。
今回、自死による安息を得られなかった静一は、今後果たしてどうなるのか。
一度死に損なって「首吊りは苦しい」と身体が学んだ以上、同じ方法での自死はもう難しいように思う。他の死に方を模索するのか。それとも屍のようになって、何の楽しみもない人生を延々と送るのか。
やはりポイントは、いつ、どのような形で静子と再会するか、だろう。
この話の流れで静子と再会しないなんてことあるのか。
やはりこの話は先が読めない。次回が楽しみ。
以上、血の轍第119話のネタバレを含む感想と考察でした。
第120話に続きます。
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