血の轍 最新第108話処分ネタバレを含む感想と考察。静一の認識の中で自他ともに消滅していく。

血の轍 8巻

第108話 処分

第108話のおさらい

「ばいばい」
静一を残し、静子は歩み去る。

静一は、今自分の目の前で起こっていることが俄かに信じられない様子で、呆然と静子の背中を見つめていた。

しかし徐々に遠ざかっていく静子の背を見つめていた静一は、自分が完全に捨てられたことを理解し、半狂乱状態で静子に飛び掛かっていく。

静一は激情に任せて、静子の服の首元を掴み思いっきり後ろに引き倒す。
そして静子の腹部に馬乗りになると、静子を見下ろすのだった。

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暴行を受けたにも関わらず、静子の表情には、何の感情も表れていなかった。

静一は目と歯を剥き出しにして、静子の首を両手で絞めようとする。

しかし静子には全く抵抗の意思がない。
自身の手で静一の手を払おうとする素振りすら見せない。

「あっそう。」
静子は冷めきった表情で静一を見つめながら、ただそう一言呟くのみ。

激情に駆られた様子だった静一は一転、静子にとって自分のことなど完全にどうでもよくなったことを悟り、絶望した様子で静子を見つめるのだった。

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第108話 処分

動きを止めた静一を、職員たちが捕まえ静子から引き剥がす。

けほ、と咳をする静子。

一郎は静子から静一に視線を移す。
その視線には怒気が含まれていた。

静一は職員に連れられていく間も、肩越しに静子の様子を見ていた。

静子は静一に一切視線を送ることはない。
そして何事もなかったように言い放つ。
「もう帰っていいですかぁ?」

別の部屋へ連行されていく最中、静一はずっと、床に座り笑みを浮かべている静子の横顔を見ていた。

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隣の部屋で静一は椅子に座らされ、俯いている。
静一の視界では、静一を囲む職員たちの姿は激しく歪んでおり、かろうじて人としての形を留めていた。
職員から、審判を続けられるかと問われた静一は、ゆっくりと顔を上げて、さきほどまでとはうって変わった穏やかな表情で、はい、すみませんでしたと答える。

元の部屋に戻ると、その部屋の中の人物も皆、顔がブレてしまい誰が誰なのか判別できない状態のままだった。

「お母さんには、退廷してもらいました。」
席について、という裁判官の言葉に静一はうっすらと笑みすら浮かべて、はい、と素直に従う。

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「静一君………について…どう…………ますか…」

「…い……にとって…お母さんの存在が…………の強い精神的な結びつき…自分の人格を……できていない………」

「……の状態で…未熟な…時間の伴わない………人格形成………」

その後の裁判官たちの言葉は静一の耳には途切れ途切れに聞こえていた。

「付添人としましては………お母さんと……離れて………お父さんと一緒に……立ち直りの機会を……」

裁判官は、お父さん、どうですかと一郎に話を振る。

「はい……私が……静一を…一生……静一の……ために……」
静一の目には一郎の顔も激しく歪んでいた。
「妻と……別れ…ても………私の手で……静一を………」

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裁判官は一郎の言葉を、わかりました、と引き取ると、静一に対して、最後に何か言いたいことはありますかと問いかける。

一瞬の間の後、ありません、と答える静一。その視界から裁判官の姿が徐々に煙のように消えていく。

「それでは………処分を言い渡します。」

裁判官がいるはずの場所は、椅子だけになっている。
職員や弁護人、一郎たちも皆消え、静一だけになった室内に裁判官の言葉だけが響く。

「君を、救護院に送致します。」

視界にいる人だけではなく、静一自身も形が歪んでいく。

「はい。」

そして静一も煙のようにその場から消えてしまうのだった。

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感想

壊れた静一

静一大丈夫かこれ……?
これまでも精神崩壊を起こしかけたことは何度となくあった。でも今回のはちょっとレベルが違う。

静一の認識の中では、もう何も正常に見えていないし、自分の形さえも保つことが出来ていない。
静一にとって最も大切にしていたものが粉々に打ち砕かれ、全てが無意味になったという感覚なんだろうか。

静子が退廷した後、静一の態度は一周回って落ち着き払っている。でもこれ、突然自殺を図りそうな、そんな危険な雰囲気が漂っているように感じられる。

静子のためにしげるを排除し、3ヶ月間ずっと、ただただ静子に認めてもらうだけを気にかけて生き延びてきて、その挙句待っていた結末がこれだったら、確かにショックなのはわかるかもしれない……。

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やはり、人を殺めてしまい、もう決して引き返すことができないところにいるというのは大きい。静一自身、この社会において他者を殺めることの重大性は自覚していると思う。しげるを生き返らせることなんて絶対に出来ないわけだから。
そして静子は、それを絶対的かつ正当な理由として、これ幸いと静一を悠々と捨て去ったわけだ。

おそらく静子は、加害者家族の一員として社会からの迫害を受け続けてまで母として息子を守り続けるなんて一切考えもしなかっただろう。

でも仮に自分に子供がいたとして、子供がこんな状況になったら、果たして親として子供に寄り添い続けられるか? と考えたら、う~んと考えこんでしまう。

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きっと親になるということは、この状況においては一郎のように疲弊してでも子供に寄り添うことであり、大変な覚悟が必要なのだと思った。
だから、実際に親という立場になってみないことには、静子の『親を放棄する』という行動を真の意味で批判出来ないのかもしれない。

子供がいる人がこの話を読んだ時、果たして自分の息子や娘が静一のような立場に置かれたら、自分は親としてどういう態度で、どういう行動をとるのか考えずにはいられないんじゃないかなと思った。

ちなみに静一には途切れ途切れにしか聞こえていなかった裁判官や職員、弁護士たちのやりとりは、かなり静一のことを正確に分析できていたのではないか? 少なくとも、全くの見当外れということはなかったように思う。

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一郎の怒り

今回印象的だったのは、一郎が見せた静一への怒りの感情だ。わずか一コマだけだったけど、第1話からここまでで一郎が静一に対して一切向けてこなかった負の感情だからだと思う。

静子から引き剥がされた時、静一を見る一郎の視線にはこれまでに無い静一への怒気、そして幻滅が含まれていたように感じた。

一郎は静一が収監された後、何度も静一の元に通い、尽くして来た。取り返しのつかないことをやってしまった息子に対して、正直一度や二度、感情のままに振舞ってしまっても無理もないと思う。
しかし一郎は、今後の生活を思って意気消沈していて、そんな気力が無かったということもあるかもしれないが、特に感情を爆発させることなく、献身的に静一に接していた。

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しかし今回、静一がよりによって裁判の場で静子に馬乗りになって首を絞めるなどという蛮行を起こしたことで、一郎がこれまで静一に抱くことがなかった……いや、元々一郎の心の奥底にあった静一への怒りを始めとした負の感情に目覚めてしまったのではないか。一郎が静一を睨んだことに、そんな一郎の心の変化が感じ取った。

一度強烈に焼き付いた感情は容易に忘れることは出来ない。一郎は今後、静一と相対する度にこの感情とも向き合うことになると思う。

その後、裁判が進んで、一郎は、静子と別れても自分の手で静一を保護していくと裁判員に向けて述べている。しかしその際の表情はおろか、人としての形すら保てていないため、一郎がどういった気持ちで言っているかが全くわからない。
ただ、正直自分には、この場を切り抜けるために事前に弁護士に用意された紋切り型の口上をつらつらと読み上げたくらいにしか思えなかった。

もし一郎にも見放されてしまったら、いよいよ静一はどうなってしまうのか。

今後が気になって仕方ない……。

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話は新しい舞台に

しかし、ここからさらに先に話が進むとか、先の展開が予想できない……。
静子との関係が完全に断ち切られて、この話が終了に向かうのではないかと思っていた。もしかして、ここから静一が更生して、人格が再生していく様子が描かれるのか?

確かに静子がしげるを突き落とした件で静一から事情聴取した刑事との出会いで静一が少し成長した風な描写があったけど、でもさすがにこのドン底から静一が立ち上がる過程を前向きに描く……そんな漫画ではないように思うんだけど……。

どっちかというと、救護院を出た後、静子を探し出して復讐する展開になる可能性の方が高い(笑)。

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救護院というものがあることを初めて知った。
ここから一気に時間が進み、外に出られる年齢にまで成長するのかなと思ったけど、ひょっとして次の話からは救護院での生活が描かれるのだろうか。

どうやら救護院は少年院とは異なるもののようだし、そこでの生活が丁寧に描かれるとしたら、これまで見たことが無い新鮮な話の舞台であることは確実だ、ここから静一がどうなるのかも併せて次回以降の展開に期待。

以上、血の轍第108話のネタバレを含む感想と考察でした。

第109話に続きます。

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