第24話 顔
第23話のおさらい
夜、電気を点けず暗い自宅の廊下で、静一と静子は向かい合う。
静一は、しげるのところに行ったのかと静子に問われるが、即答できずにその不気味な視線から目を逸らす。
質問に答えようとするが、吃音で言葉にならず、静一は沈黙する。
暫くの沈黙の後、静子の顔を見ると、静子は感情の感じられない表情で静一を冷たく見下ろしている。
その表情に促されるように、静一は必死に声を出そうとするが、やはり言葉にならない。
静子は静一の頭を強く抱き寄せる。
かわいそうに、と呟く静子の胸に顔を埋めたまま、静一は視線だけを静子の顔に向ける。
一郎に無理矢理連れて行かれたのかと嘆き、静子は再び、静一の頭をぎゅうう、と強く自分の胸に押し付けるようにして抱きしめる。
静子は嗚咽を上げながら、自分たちの事を顧みない事に静かに怒りを燃やす。
そして、静子は静一に、2人でいつかこの家を出ることを告げ、その時は一緒に来てくれるかと問いかける。
コクリ、と頷く静一に、静子は感慨に浸りながら、キスを求める。
静子の唇が近づいてくると、静一は突如、猛烈な吐き気に襲われる。
廊下に両膝をつき四つん這いになって苦しむ静一を、ぽかんとした表情で見つめる静子。
中々吐けずに苦しむ静一の前に、大丈夫か、と声をかけながらしゃがみこむ。
吐けない、と苦しんでいる静一の口に静一は指を突っ込む。
静子の指に抵抗することなく、じっと受け入れる静一。
中々吐けない静一の喉に、どんどん静子の指が突っ込まれていく。
静一は突然、静子の体を両手で思いっきり突き飛ばす。
尻もちをついたような形で廊下に座り込む静子。
そして、静一を呆然と見つめ、静ちゃん、と信じられない様子で呟く。
静一は、土下座するような姿勢のまま廊下をじっと見つめる。
目を見開いたまま、沈黙は続く。
「僕のせい?」
突如静一から発せられた言葉に呆然とする静子。
「全部、僕のせいなん?」
廊下に顔を伏したままの静一の瞳に涙が溢れ、大粒の塊となって廊下に落ちていく。
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第24話 顔
訴え
「全部、僕のせいなん?」
静一は床に土下座の様な姿勢になり、涙を零す。
「全部…ぜん…ぶ…」
静子は静一に突き飛ばされ床に足を投げ出して座ったままの姿勢で、静一をじっと見つめている。
「僕がいるから…僕を…産んだ…から…」
静一の目から涙が止めどなく溢れ、床に落ちていく。
「僕のせいで、ママはひとりぼっちなん?」
静子は何も答えない。
「言ってよ… 黙ってないで言ってよ。」
静一は四つん這いの姿勢で床を見つめたまま静子に問いかける。
「どうしても何も…言ってくれないん? どうして…」
そんな静一の問いに静子は何も答えない。ただただ静一を何の感情も籠っていない目で見つめている。
「どう…して…どうして、しげちゃんをつきとばしたん!?」
静一の問いかけに対して、静子は何も答えない。
「どうして、みんなに嘘ついたん!?」
床についていた手で握り拳を作る静一。
「僕…僕は…僕は…!」
「ママ!!」
静一は顔を上げ、叫ぶ。
「逃げないで!!!」
静一は頬を伝う涙を拭いもせず、床に手をついたまま静子の目を見据える。
そして、はあ、はあ、と呼吸を整える。
亀裂
「…そう。」
静子はぽつりと呟いた後、静一に向けて妖艶に笑ってみせる。
「じゃあ、ママ死んでいい?」
「ねぇ。」
静子は力の無い笑みを顔に貼りつかせながら静一に問いかける。
「死んでいい?」
静一の腕を掴み、静子は自分の首の位置に静一の両手を持っていく。
「ほら。ころしていいよ。静ちゃん。」
静一は、自身の緩く握られた拳が静子の首元に引き寄せられているのをきょとんとした様子で眺めている。
「はやく。」
静子は冷めた視線を静一に向ける。
「ころしていいよ。」
豹変してしまった静子の様子に、静一は眉をハの字に歪ませて、再び涙を溢れさせる。
「やめて…やめてよママ…」
嫌がる静一の様子も全く意に介さない静子。その瞳には全く光が無い。
「やだよ…!」
静一は言葉で必死に静子に抗う。
「じゃあ、ママがやる?」
静子は静一の腕から離す。
伸ばした両手でがっちりと静一の首を握り、静一を床に押し倒す。
そして、仰向けになった静一の腹の上に乗り、静一の首を絞める。
首を絞められながら、静一は静子を見つめる。
その視界には静子の顔があるのに、室内が薄暗く表情が分からない。
首を絞める静子の手に力が入っていく。
「か…」
静子の腕に自らの手をかけ、抵抗する静一。
「あ…」
静一の視界に、自分を見下ろす静子の表情が映る。
普段の、自分に対する優しい表情とは全く一線を画す静子の顔を、静一は涙を流しながら見つめる。
変貌
静子は、ふっ、と薄く笑いながら息を吐いて、ゆっくり静一の首から手を離す。
苦しそうに咳をする静一。
静子は苦しそうな静一の表情を見下ろしながら、腰を下ろしていた静一の腹からすっと立ち上がり、廊下の照明のスイッチを押す。
廊下が明るくなる。
静一は床に仰向けに転がったまま、息を整えながら、背中を見せている静子を見上げる。
「ママお風呂入って来るね。」
振り向いた静子の表情はいつもと変わらない。
「明日の用意はしたん?」
静一は静子の顔を見たまま、床に寝た状態で固まっている。
「静一。」
静子は静一に背中を見せ、風呂場へ向かう。
「なまいき言わないで。いっちょまえに。」
静一は床に転がったまま、涙を拭いもしない。
ただただ信じられないものを見ているような表情で、風呂場に向かう静子の背中を見つめる。
感想
ついに反発
「ママ、逃げないで!!!」
静一の渾身の訴え。
これまでの経緯を思うと泣けるわ。
こんな重すぎる案件は中学生の悩みではないよ。
しかし、ついに言ったか~。
注目したいのは、前回の話のラストから今回の話まで、静一の口調の中に全く吃音が混ざらなかったこと。
痛々しいまでにつっかえつっかえだった言葉が、久々にスムーズに静一の口から流れ出てきている。
何故しげるをつきとばしたのか、という疑問を静子にぶつけたくて吐き出したくてしょうがなかったのかな、と思った。
吃音が生じる原因は分からないけど、静一の場合は言いたいことを抑え込んで、溜め込んでいた事になるのだろうか。
精神的な要因だろうなと何となく思っていた。
母の犯罪を漏らさない為には誰にも相談できなかったし、静一の心には負担が大き過ぎたわけだ。
これで吃音が解消されたとすれば、学校でイジメを受けるという胸糞悪い展開は無いのかな。
しかしまた吃音が起こるようになっていたなら、静一は順調にあらゆる方面から追い詰められている事になる。
逃げ場は静子の優しさしかなかった。
本当は、一番支えになってくれるのは吹石ではないかと思う。
次回、学校で会話する展開にならないかな。
あと、伯母も静一の救いになれそう。
しかししげるの事を告白できない静一は顔を出せないだろうな。
もし次に静一が伯母に会いに行くとしたら、静子の犯行を告発する時なのかもしれない。
とりあえず、静一は喉の奥につかえていたものを吐き出した。
ずっと一人で苦しんでいただけだった所から、状況は動いたと言える。
反発の報い
息子に正論をぶつけられ、その首を絞める静子。
これまで溺愛してきた静一に対し、ついに牙を剥いた。
前の話では、静一にキスを迫ってたんだよな。極端過ぎるわ……。
正直、1話を読んでいる時点では想像もつかなかった。
でも、この物語の背後でずっと続いていた不穏さが、また新しくこうして毒々しい実として読者の前で結実するのは自然でもある。
静一からしげるを突き飛ばしたことを咎められ、静一もまた自分にとっての敵になったと静子は判断したのか。
力無く静一を見つめるその表情からは、
「お前も私の敵なのか」
「お前も私を見捨てるのか」
という気持ちがその心の内で渦巻いているようにも見える。
あと今回の話の初めの方で、僕のせいでママはひとりぼっちなのか、と問いかけるが、静子はその問いかけを受けてまず、何故静一がこんなことを聞いてくるのか? と考えたと思う。
そして、思い当たるのは一つ。
この日の昼下がり(おそらくそのくらいの時間帯のはず)に、一郎との言い争いの中で自分が口走った、静一が生まれてから自分はひとりぼっち、だという発言だろう。
実際は、外で窓ガラス越しにその言い争いを聞いていたわけだが、そんな事を知る由も無い。
一郎と一緒にしげるの見舞いに行っていたなら、ひょっとしたら静一が一郎経由で自分の醜態とその発言を知ったと考えてもおかしくない、という考えに至る方が遥かに自然だ。
そして、”敵側”に取り込まれてしまった静一に対し、果たして静子がこれまで通りの”価値”を見出すだろうか。
極端な行動を見せた静子に、それは期待できないように思う。
これまで溺愛してきた息子であろうが気に入らなければ敵認定する可能性がある。
次から静一に対してどう振舞うのかなぁ。
普段と様子が全く変わらなくても、それはそれで恐ろしいのが困る(笑)。
それでもなお、静子は美しい
参っちゃうよなぁ……。キレイなんだもの。
「じゃあ、ママ死んでいい?」というセリフを言う静子が、表情といいポーズといい妖艶過ぎる。
セクシーなんだな。
母を慕う息子が肯定するわけないというのが分かり切っているから出来る質問であり、表情で、あざといと思う。
ころしていいよ、と静一の両手を自分の首に持っていく静子の、投げやりとも言える表情も怖いけどキレイだし。
首を絞められている際に静一が見た静子の静一を見下すような表情も迫力がある。
今回の話のタイトル”顔”はここの表情の事を指しているのかな。
正直、額に入れて飾っておきたい……と思ったけど、迫力があり過ぎて怖いな(笑)。
首を絞めるのを止め、廊下の電気を点けて静一に振り向いた静子が美人だなぁと思った。
久々に顔に影の無い状態の静子を見たけど、また絵が巧くなってないかな、これ。
魅力的だわ。
ただ、静一からしたら今回の話以降、とんでもない事になっていく予感がしてならない。
静子が唯一味方だと思っていた節がある静一に裏切られた事で、これまでと関係性が変わっていくような、そんな予感がある。
以上、血の轍第24話のネタバレを含む感想と考察でした。
次回、第25話に続きます。
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