第103話 待ちぼうけ
第103話のおさらい
3月2日。
静一は面会室で一郎と弁護士の江角と対面する。
一郎も静一も互いにやつれていた。
一郎は静一を気遣うと、良い知らせがあると話を切り出す。
それは静子が証拠部十分で釈放されたという知らせだった。
「ママはやってないって認められたんだ。な? わかるか。」
呆然とする静一。
江角は静子がやったという物的証拠が無く、しげる自身からの証言がほぼとれていないことと、伯母の憶測が多かったと判断されたのが要因だと説明する。
驚きのあまり江角を見つめて呆然としていた静一。
喜ぶどころか、表情が悲しげに歪む。
一郎は静子と会い、静一のこと心配してたと報告する。
しかし静一は信じられないといった様子で、どういう風に? なんと言ったのかと問いかける。
一郎は、いや…と呟き視線を外して答える。
「『静一はどうしてる?』って……『うん…がんばってやってるよ』…って…言っといた。」
その答えに静一は表情を強張らせる。
そして一郎は、今日は来れなかったが、ここに会いに来ると静一に声をかける。
なんで今日は来れなかったん? 本当に来るん? ママは今どこにいるん? と矢継ぎ早に問いかける。
一郎は静一から視線を逸らすと、静子は釈放されたばかりで大変な状況で、マスコミを避けるために今ホテルにいると答える。
「ママに……会いたいよな。」
「すぐ…会えるから…来てくれるから…だから…だから…がんばろう。静一…な。三人で……」
静一は呆然としていた。
(ママが来る ママが会いに来る ママが)
第103話 待ちぼうけ
今日も来ない
静子のことを取り付かれたように考えていた静一は、静子から名を呼ばれたのと同時に職員から十四室と呼ばれ、体をビクつかせる。
職員に伴われ面会室の前にやってきた静一は、扉が開くのをじっと見つめる。
テーブルについていたのは一郎だった。
一郎は開口一番でごめんな、と謝り、静子が来られないと告げる。
「……どうして?」
静一は、静子が出てきてから一週間経過したと続ける。
それに対し一郎は、静子は色々なことがあってショックを受けているようだから静一に会うのに心の準備がいる、でも静子は会いに来ると答える。
しかしそれを聞いた静一は怒りと不信で顔をこわばらせる。
「嘘だいね。」
嘘じゃねんさ、と目を伏せる一郎。
一郎は、ママは来るから、と続けるしかなかった。
その後、職員からの聴取などを受け、自分の房に戻り寝床につく静一。
(今日も来なかった。)
翌朝、職員から、十四室と声をかけられ静一は目を見開く。
しかしそれは調査官との面談だった。
日が暮れる。
静一は目の前の食事に手をつけようとせず、一向に自分に会いに来ない静子のことを考えていた。
(ママは僕の顔も見たくないのか。)
(僕を心の底から見放したのか。)
(もしそうじゃないならママは ママは)
絶望
弁護士の江角と面会する静一。
江角はもうすぐ静一の審判があると切り出す。
「静一君の今後のこと、どういう処分をするのか決めるのが審判ね。」
静一は江角に頭頂部を見せるようにがっくりと項垂れていた。
「その時には、お母さんも来るから。」
その一言で静一はわずかに顔を起こして寂しそうに、しかし確信したように一言。
「…来ない。」
来るって、と江角。
「審判には来るって…言ってたから。お母さん。」
そして静一に、審判の場でしげるが亡くなったことへの反省の気持ちを言えば、もしかしたら施設に入らずに家に帰れるかもしれないからと続ける。
「……うちに…帰る……?」
俯いたまま呟く静一。
「どこにうちがあるん?」
静一は絶望していた。
「そんなの、もうない。」
彷徨
「まま」
「まま」
町を裸足で歩く静一。
黒い足跡が道にずっと続いている。
「ままー」
全裸で、真っ黒に汚れた静一が静子を求めてさまよい続ける。
就寝中の静一の目から涙が流れていく。
感想
最後の静一の心象風景があまりにも悲しい……。
もはや自分には帰る場所がないんだという悲しみが伝わってくる。
取り返しがつかないことをしてしまい、どうしようもなく汚れ切った自分を静子以外の誰が受け止めてくれるのか。
静一にとっては静子しかいないんだな……。気になっているのは、自分のことを静子が受け入れてくれるのかどうかだけ。
宙ぶらりんな状態が苦しいというのは理解できないこともないが、静一の元に足繁く通い続けている一郎がただただ哀れだなと思った。何とか静一に寄り添おうとしているのに、全く静一の眼中にない……。
静子が既にこの世にいないなら、静一はここまで静子を求めたりはしない。
すでに解放され、帰宅しているはずの静子が一向に自分に姿を見せようとしない。
静一からすれば、それは自分に対する静子のストレートな気持ちの表れとなる。
静一のことを大事だと思っているなら、出所後、何をおいても静一の元に駆け付けるだろう。
しかし会いに来るのは一郎と弁護士の江角のみ。
静一の立場になれば、訳が分からない。もし自分が静一の立場だったなら、自分は見捨てられたと解釈せざるを得ない。そして、同時にそれを拒否しようとする強い気持ちが働き、せめぎ合うことだろう。
静子本人はいないし、一郎や江角は本当のことを言っているとは思えないわけだから、静一はただただ何故なのかと自問自答し、絶望し続けるしかない。
大分やつれてしまったが、しげるを殺害してしまった後悔からではなく、ただただ静子のことで思い悩んだ結果ということに、救いようのなさを感じる。
人を殺めてしまった以上、静一はまともな人生を歩むことはできない。
将来、ある日突然過去の犯罪がバレてしまい、それまでに築いてきた立場が粉々に破壊されるというリスクに常に晒され続ける。
だが今の静一を見ていると、そもそも彼にそんな将来がやってくるのだろうかと思ってしまう。このままだと自ら命を絶ちかねない。
確かにしげるを殺めてしまう前から精神的に危うかったところがあった。だが、今が一番まずい気がする。
証拠不十分で解放されたはずの静子が、犯罪を犯してしまった息子に会いに来ようとしない。それは静一に、彼が最も恐れているであろう『静子に見捨てられること』を最も強く感じさせたに違いない。
静子が捕まった直後くらいは彼女と物理的に離れたことで解放され、まともになりかけたと思ったのに……。結局、その後は以前よりも強く静子に魅入られてしまった。
これから静一はどうなるんだろう?
一郎が会いに来ると言っているのは確実に嘘だと分かるが、江角が言う、静子が審判の日には来るというのは本当かもしれない。
だがもしそこで静子が姿を見せたところで、静一は救われるのだろうか。
以上、血の轍第103話のネタバレを含む感想と考察でした。
第104話に続きます。
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