第25話 臨界
目次
第24話のおさらい
静一は、僕がいるからママはひとりぼっちなのか? と静子に問いかける。
何も答えない静子に、静一は四つん這いになったまま、答えを迫る。
しかし何も言わない静子。ただただ何の感情も籠めず、静一をじっと見つめている。
「どう…して…どうして、しげちゃんをつきとばしたん!?」
静一が静子にぶつけたかったであろう問いかけに対しても、静子は何も答えない。
そして、何故しげるが勝手に落ちたと嘘をついた、と握り拳を作りながら問いかける。
「ママ!! 逃げないで!!!」
叫ぶ静一。
静子は、そう、とぽつりと呟いた後、静一に向けて妖艶に笑ってみせる。
「じゃあ、ママ死んでいい?」
静一に迫りながら、死んでいいかと繰り返す静子。
静一の腕を掴み、ころしていいよ、と自分の首の位置に静一の両手を持っていく。
自身の手が静子の首元に引き寄せられる様子をきょとんとした様子で眺める静一に、再び静子は、ころしていいよと首を絞める事を促す。
さっきとは打って変わって豹変した静子の様子に、静一は眉をハの字に歪ませて泣きながら止めるように呼び掛ける。
静子は嫌がる静一の様子も全く意に介さない。
やだよ、と言葉で必死に抗う静一。
「じゃあ、ママがやる?」
静子は静一の首に伸ばした両手でがっちりと静一の首を握って、静一を床に押し倒す。
仰向けになった静一の腹の上に乗った静子は、静一の首を絞めていく。
静一は微かなうめき声を上げながら、静子の腕に自らの手をかけて抵抗する。
静一の視界には、普段の、優しい表情とは全く異なっている静子がいた。
ふっ、と薄く笑いながら息を吐き、静子は静一の首を絞めるのを止める。
首から静子の手が離れた途端、静一は苦しそうに咳をする。
そんな苦しそうな静一の表情を見下ろしながら、静子は立ち上がって廊下の照明を点ける。
廊下が明るくなる。静一は床に仰向けに転がったまま、背中を見せている静子を見上げる。
お風呂入って来るね、と静一に普通に声をかける静子。
静一は静子の顔を唖然とした表情で見つめたまま、床に寝転がっている。
静一に背中を見せ、風呂場へ向かう静子。
「静一。なまいき言わないで。いっちょまえに。」
静一は床に転がり、静子の背中を見つめたまま固まっている。
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第25話 臨界
暗闇から、静ちゃん、という声。
そこから両手が迫ってくる。
両手を伸ばしていたのは静子。
伸びてきた腕に首を絞められる。
こどものくせに。
静子が呟く。
首を絞めながら何度も何度も呟き、見下すような目を向けてくる。
目を覚ます静一。
その顔は一面、汗にまみれている。
ベッドに仰向けに身体を横たえたまま天井を見つめる。
息を整えながら、自分の首に手をそっと伸ばす。
その顔は強張っている。
静ちゃん、という静子の声に反応して静一は部屋の入口を見る。
入口のドアを開け、その外から静子が静一を見つめている。
「起きた? もう7時よ。」
その顔は、薄く笑みを湛えている。
静一は寝たまま、視線だけを静子に向ける。
「朝はん。肉まんね。」
静子は薄く笑ったままそれだけ告げて、ドアを閉じる。
静子が行ってしまった後も、ドアを見続ける静一。
登校
始業式、しげるの見舞い、そして静子に首を絞められたあの一日から一か月が経っていた。
ジャージを着てリュックを背負った静一。
玄関のドアを開ける。
外には、何匹ものとんぼが飛んでいる。
歩き出すと、背後から”静ちゃん”と声をかけられ、静一は顔だけ振り向く。
忘れもの、と静子が持ってきたのは給食袋。
静一は振り返って、静子から給食袋を受け取る。
静一と向き合った静子は、んー? と静一の顔を覗き込む。
「なーにしょんぼりしてんの。ほら。シャキッとして。」
静子は静一と目を合わせたまま、いってらっしゃい、と笑顔で告げる。
静一は何も言わず、静子を見つめる。
授業
授業。
教師が教科書の82ページから音読する生徒を決めようとしている。
10月6日だから出席番号6番の人、という教師の声に反応しおもむろに立ち上がったのは静一。
立ちあがり、教科書を両手で持って文面を見つめる。
クラス中の視線が静一に注がれる。
口を開く静一。
吹石も静一を見つめている。
静一は教科書を見つめたまま沈黙し続ける前に、机の上のノートに何かを書き始め、
すみません まだのどが
いたくてしゃべれません
教師に向けてノートに書いた文面を掲げて見せる。
教師は、まだのどが痛いのか、早く治せよ、と言って6番の静一の次、7番の生徒を呼ぶ。
静一は着席し、心ここにあらずという表情で黒板に向かっている。
トラウマ
掃除の時間が来る。
机の上に椅子を載せ、教室の後ろに運んである。
クラスメイトたちは床に空いたスペースを自由ほうきで掃除している。
クラスメイトから離れて教卓の側に立つ静一も、自由ほうきを持って床をはく動きをしている。
実際、静一は今朝見た悪夢――静子が首を絞めながら自分を見下ろす光景を思い出していた。
静一がぼうっとしている背後から小倉がふざけて首に手を伸ばす。
長部っ! と声をかけられ、さらに自分の首に小倉の両手が触れているのに気づいて”ひゃ”と小さく悲鳴を上げて取り乱す静一。
「オラ長部! どうだ!」
小倉はいたずらっぽい笑顔で静一に声をかける。
「は…」
小倉に両手で首に触れられながら、静一は顔だけ背後の小倉を見るように振り向く。
静一は小さく呻き声を上げながら、身体を捩って小倉の手から逃げようとする。
しかし小倉は一向に止めようとしない。
「だあっ!!」
全身の力を使って勢いよく身体を振るう静一。
ようやく小倉の手を振りほどき、首を自分の両手で押さえて息を切らす。
「ぶはっ 喋れんじゃねーか!」
笑顔の小倉。
「長部 最近喋んねーから、つまんねーんだいなあー。」
静一は首に手を当て、小倉に背を向けたまま何の反応も見せない。
破壊
「何か言えよー。」
静一が小倉、酒井、比留間の3人に絡まれているのを、教卓側の廊下から自由ほうきを持った吹石が見つめている。
「おーさべー。」
「そういえばさー、夏休みおまえ長崎屋にさー、母親と2人でいたんべ!」
小倉がニヤついた表情で静一に絡む。
その両隣で比留間と酒井も静一を囲み、小倉と同じくニヤつきながら静一を見つめている。
顔を強張らせて小倉の言葉を聞く静一。
「中二にもなって母親と2人で!」
ハハハ! と笑う小倉。
静一は言われるがまま、やはり何も反応しない。
「だっせーんなー!」
バカにするような表情、口調の小倉の一言に静一は目を見開く。
右足を振り上げ、教卓の側面を蹴り上げる。
教室中にドゴッという鈍い音が響く。
教室にいるクラスメイト達から一斉に注目を浴びる静一、小倉たち。
小倉、酒井、比留間の表情からニヤついた笑顔が消える。
突然の静一の行動に驚き固まる3人。
教卓の横には穴が空いている。
「…フッ フッ」
身体を揺らしながら荒く呼吸する静一。
「フウッ フウッ フッ」
吹石は、静一の様子を心配そうに見つめるのだった。
感想
静子の変化
静一の部屋に入らないのは違和感があった。
1話では静一の部屋にズカズカと入って、静一をくすぐっていた。
今回、25話では入口に立って声をかけるだけ。
静子の様子からは静一の首を絞めた事による罪の意識、疚しさは感じられない。
しかし、以前とは何かが違う。
静一を溺愛しているのには変わらないが、距離はとっている感じ?
以前は静一の事を自分を絶対に裏切らない存在と考えていたが、そんなことはなかったと悟ったからか。
中学生が自分の考えを持ち、自分の思い通りに動かないなんて当たり前なんだけど、静子にはそれが分からない。
静子の本質、その一端を見た思いだ。
ストレスの限界
今回のサブタイトルは”臨界”……。
色々な事が起こり過ぎて、でもどうしようも出来なくて、もうストレスが限界に近いんだな……。
一人の少年のどうしようもない状況を見せられ、読者として息苦しさを覚える。
誰かに助けを求める事も出来ない。
そもそも、言葉も上手く出てこないから喋りたくない。
こんな状況、誰だってパンクしてしまうだろ……。
イジメか?
しかし、静一の事情を知らない小倉を始めとしたクラスメイトたちからすれば、静一がおかしいんだよね。
夏休み明け、突然喋らなくなって一か月経った。
そして今回、教卓を蹴破るというこれまでの静一にはなかった暴力的な行動。
今回の話以降、小倉たちとは溝が出来る事になるのではないか。
初めは怖がって遠巻きに見ているだけかもしれないけど、すぐに静一を揶揄って、その後、今回の様に感情を爆発させる様子を楽しむようになるんじゃないか。
いよいよ、イジメの始まりか?
1話の頃から小倉たち三人組と静一の関係性は仲が良いようで、実はちょっと危ういと思ってたから怖いんだよなぁ……。
今の静一は明らかに教室内の異物と化してしまっている。
小倉たちの静一に対する”気安い”、いや”舐めた”振る舞いを見てると、静一で遊ぶ未来しか見えない。
健気な静一
しかし、声を極力出さないままでよく一か月も学校に通えるよなぁ……。
不登校になってもおかしくないのでは?
前回、静子に対して吃音を生じずに喋っていたけど、治ったわけではなかったのか……。そんな甘くないよね。
静一は偉い。
前回、母に告げた言葉も、静一の性根がきちんとしてないと出ない。
勇気があるんだよね。強いと思う。
そもそも、母の犯罪を見過ごさなければこうはならなかったのか、と思ったけど、母を告発してもやはり静一は大きなダメージを受ける。
自分の事を大切に想ってくれている母を自らの手で刑務所に送る。
静子と同じく、静一も母を大切に想っている。ましてや中学生にそれが実行出来るか?
どういう形であれ、母を守ろうとした結果だから静一を責められるはずがないと思うんだけど、この考えは違うのだろうか。
静一の内には、行き場の無いストレスがパンパンになって渦巻いている。
今回、教卓を破壊するに至ったが、静一はその内、芽吹いた暴力性を自分に向けるんじゃないか。
静一を見てると、どんどん息苦しくなるな……。
自分は幸い、静一の置かれている四面楚歌の状況や静一自身の反応を可哀想、と他人事で見ていられる。
自分がそういう状況に置かれた事が無いからだ。
しかし世の中には静一と状況は違えど、静一と似た様な思いをしている人がいるのかな。
自宅にも、学校にも、もはや静一が安心して過ごせる場所は無い。
そういえば、小、中、高校と、どの時期でもたまにふとした瞬間にキレる奴っていたような気がする。
あれってそいつの元々の性格だと理解してたな。
今思えば、静一のように口外できないようなストレスを抱えきれないほど蓄積した結果だった事もあったのかな……。
今となっては知る由もない。考えても仕方ないか……。
希望は吹石のみ
静一の事が純粋に好きだからこそ、彼の異変に気付けるのだろう。
始業式後、帰宅途中で静一が母と何かあったのかと見抜いてたっけ。早過ぎる。
吹石が静一に接近するとなると、静子に何かされないかと心配だ。
吹石が静子の”第二の被害者”になるフラグを感じてる。
前回、あれだけ溺愛していた静一すら首を絞めてた。
静子が一番かわいいのは自分なんだと思う。
状況が整えば、吹石を害することに躊躇は無いのではないか。
もう一人やってるし……。
どうなるのか気になって仕方ないわ。しかし次までが長い……。
以上、血の轍第25話のネタバレを含む感想と考察でした。
次回、第26話に続きます。
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