第104話 審判
第103話のおさらい
静子の釈放から一週間が経過していた。
彼女の面会を心待ちにしていた静一は、職員に伴われて面会室に向かう。
しかしそこにいたのは一郎だった。
一郎から静子が来るには心の準備がいる、必ず会いに来ると告げられた静一は嘘だと呟く。
一郎は、嘘じゃねんさ、と目を伏せ、ママは来るから、と続けるしかなかった。
そうして一日がまた終わる。
翌朝、職員から、十四室と声をかけられ静一はいよいよ来たかと目を見開く。
しかしそれは調査官との面談だった。
一日の終わり、静一は食事に手をつけようとせず、自分に会いに来ない静子のことを考えていた。
別の日、面談に来た弁護士の江角は、もうすぐ静一の審判があると切り出す。
その時に静子が来るという江角の言葉に、会話を拒否するように深く項垂れていた静一が反応する。
静一はわずかに顔を起こし、来ない、と呟く。
江角は、静子は審判には来ると言っていたと答えると、審判の場でしげるが亡くなったことへの反省の気持ちを表明すれば、施設に入らずに家に帰れるかもしれないと続ける。
「……うちに…帰る……? どこにうちがあるん?」
静一はただただ絶望していた。
「そんなの、もうない。」
夢の中、全身を真っ黒に汚した静一は、まま、と静子を求めながら町を裸足でさまよっていた。
静一の黒い足跡が道にずっと続いていた。
就寝中の静一の目から、一筋の涙が流れる。
第103話の詳細は上記リンクをクリックしてくださいね。第104話 審判
3月14日。いよいよ静一に審判が下る日。
自分の房で正座している静一に職員から十四室! と声がかかる。
職員は本日が審判の日であることを告げ、短く励ますと、静一に移動を促す。
車で移動する静一たち。
後部座席の中央に静一が座り、両隣に職員が座っている。
裁判所に着き、審判廷と表札が出ている部屋への入室を促される静一。
コートを脱ぐように言われ、トレーナー姿でベンチの真ん中の席に座る。
そのまま待っていると、続々と出席者が入室していく。
検察のあとで入って来たのは弁護士の江角だった。
江角が席を下ろす様をじっと見つめる静一。
コツコツという足音と共に現れたのは一郎だった。
一郎は、静一、大丈夫かい、と言って静一に向けて薄く笑みを浮かべる。
「ママ。来たぞ。」
それだけ言って、一郎は静一の左隣に座る。
そして、またコツコツという足音が響いて来る。
静一は前を向いたまま一切動かなかったが、その足音の持ち主が誰なのかを予期しはじめていた。
静一の右隣に腰を下ろした静子。そんな彼女から立ち上る香りが静一の鼻腔を刺激する。
静一は目を見開き、しばらく横を向くことができなかった。
しかし意を決して今年初めてとなる静子の顔に視線を向ける。
静子は髪を短くしており、静一の視線を受けても全く意に介さずただ正面を見つめていた。
一郎が、静一に何か言ってやれば? と促すと、静子は前を向いたままニコリと微笑むのみ。
静一はそんな母に血走った眼を向けていた。
参加者が全員集まり、起立! と号令がかかる。
静一は大人たちにワンテンポ遅れて立ち上がる。
注目、礼という号令に合わせて頭を下げる静一。
静一はその間も、頭を下げる母親の横顔を見つめていた。
着席すると、早速、裁判長が裁判の開会を宣言する。
「これから、審判を始めます。」
感想
久々に……
ついに静子登場。
髪型が変わってる!
うーん。よく似合ってるな……。美しい……。なんか若々しくなってないか?
ここ数カ月で別人のように老けてしまった一郎との対比がすごい。
押見先生がここで静子の髪型を短くして、静子の幼さを醸し出してきたのも、そういう狙いがあるのか?
しかし、外見の美しさとは裏腹に、やはりこの人は異常だ。
久々に顔を合わせた、それも殺人という大罪を犯してしまった息子に一言も声をかけず、ただ微笑むだけ(それがまた何とも美しいのが何ともいえない……)。
静一が完全に困惑してるのがわかる。久々に会えたにもかかわらず、ほっとした雰囲気が全くない。
そもそも静子は拘置所から出て以来、これまで静一に会いに来れる機会はいくらでもあったはずなのに、これがこの年初めての顔合わせになるとは……。
静子が何を考えているのかさっぱりわからん。
ただ、少なくとも静一のことが大切だというなら、ずっと面会に行かないといった仕打ちはしないだろうなと思う。
ぜんぶこわれてほしい
拘置所で、自分にはもう味方などいないと悟ってしまったのか。でも以前からその傾向はあった。家族総出でしげるの見舞いに行った帰りに寄ったうどん屋で、静子は「ぜんぶこわれてほしい」と苦しそうに声を絞り出した。
それは心からの叫びのように思えた。
彼女のその時の言葉をそのまま解釈すると、静子には家族も含めて自分の生きている環境から逃げ出したいという願望があるように受け取った。表面上は世間がよしとする穏やかな妻を演じていたが、その実、そんな人生に耐えられず、心が悲鳴を上げており、もはや夫や息子に割く心の余裕がなかった。静子が一体何に囚われているのかはまだはっきりとはわからないが、その原因はおそらくは子供の頃に遡るのではないかと思う。それは今後わかってくると思うが、しかし静子の行動原理がさっぱりわからない。
静子はしげるの見舞いに行って、しげるが静子に突き落とされたことを証言できない状態であることを喜ぶどころか、むしろ嘆いていた。
先に紹介した52話を読むと、しげるが静子に突き落とされた真実を告発することで、静子が警察に捕まり、今の生活環境から強制的に締め出される、いや、自分を取り巻く環境から自由になることを望んでいたように見える。
静子の行動・思考が読めない
結局その望みは時間をおいて叶うことになるのだが、しかし静子はその後、静一がしげるを殺めてしまったこと知ってから、急に自分の犯行を否定するようになる。そしてまんまとその主張を通す形で拘置所から解放されたわけだ
静一が捕まる前は、静子が犯行を拒否するような動きは弁護士の江角から一切聞くことはなかった。
これら一連の事実から、静子は静一が捕まったことで、これ以上自分が拘置所で以前の生活環境から隔離される必要がないと判断したと解釈できる。
殺人を犯した息子の母という汚名を着ることで社会から迫害される、つまり否応なしにあらゆるしがらみから自由になれることを望んでいるのか?
それとも、異常な犯行を起こした息子に人生を翻弄される哀れな母親という立場を手にしたことで、世間から同情を買えるとでも思ったのか。
いや、世間からは同情よりも非難の声の方が大きいであろうことを考えると、わずらわしい世間の方から積極的に距離を置くようになってくれたことによる解放感を得たということ? 未成年の殺人犯の息子ということで、もう普通に生きることは困難だろう。でも静子にとってはそれは自分のかつての生活を粉々に破壊してくれる福音だったということなのか。
そんなまわりくどいことをせずに、普通に離婚すれば良いだけじゃないかと思うんだけど、静子にはそういった行動を起こすことすらできない理由、……いや、心情があったのだろう。
今回の話を読了した直後に、早く続きが読みたいと思った。
これから審判が始まるわけだけど、一体どのような展開になるのか。
何かしら読者を驚かせる出来事が起こると思う。
それが何か期待したい。
以上、血の轍第104話のネタバレを含む感想と考察でした。
第105話に続きます。
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