血の轍(押見修造の漫画)の最新第28話一歩の感想(ネタバレ含む)と考察。授業中、音読をパスしかけた静一は吹石の視線を受けて……。

第28話 一歩

第27話のおさらい

夕暮れの、無数のとんぼの飛び交う広場のベンチに座る静一と吹石。

 

静一から、手紙をもらって嬉しかったと言われた吹石は静一のことをじっと見つめる。

 

それってどういう意味? と問われ、静一は答えようとする。

 

しかし、静子に背後から抱き締められる感覚に襲われ、言葉が出てこない。
しげるや伯母、一郎の顔を思い出してぎこちなく口を開く。

 

声を出そうと必死の静一。不自然なほど大きく口を開いたかと思うと、今度は自然な表情に戻る。
そして、吃音を交えつつも吹石にはっきりと、つきあって、と告白を果たすのだった。

 

静一からの告白に惚けたような表情になる吹石。

 

静一は固唾を飲んで返事を待つ。

 

吹石は静一から視線を外し、口元に手をあてる。
そして両手を、紅潮させた頬にあてて、静一を見ながら恥ずかしそうに微笑み、告白を受け入れる。

 

二人はすっかり暗くなった道を一緒に歩く。

 

吹石の家が近付き、吹石は静一に別れを告げる。

 

吹石は躊躇いがちに、明日から、一緒に帰らないかと静一に問いかける。

 

その申し出を静一は承諾する。

 

ありがと、と微笑んで静一に手を振る吹石。
「バイバイ。」

 

静一は吹石と同じように手を上げて吹石を見送る。

 

夜の静かな街を歩く。

 

呆けたような表情で歩いていた静一は吹石とのやりとりを思い出しているのか、頬を染めて幸せを噛み締めるような表情で微笑んでいる。

 

しかし突然背後から、静ちゃん、と声をかけられ静一の背後から手が回される。

 

そこには静子が心配そうな視線を自分に向けている。

 

遅いから探しに来たという静子は、学校から電話があった旨を静一に伝える。
「もう。静ちゃんは。」

 

「何してたん?」
静子は髪をかき上げながら静一の顔をぎょろりとした目で覗き込む。

 

第27話の詳細は上記リンクをクリックしてくださいね。

 

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第28話 一歩

匂い

夜の路上で静子に呼び止められた静一は、静子からの質問を受けてその場に立ち止まり、固まっていた。

 

「どこ行ってたん?」

 

静子のじっくりと自分を覗き込み、圧してくる視線を受けて、静一は視線を下げる。

 

軽くため息をつく静子。
「くだらないことをして。何にもならんべに。こんなことしても。」
教卓を蹴った静一に、穏やかに、しかしどこか呆れたように注意する。

 

静子は、下を見てただただ押し黙っている静一に顔を近づける。

 

「ん?」
鼻をひくつかせてから、静子は目を見開く。
「あれ? 何かいい匂いするんね。何の匂い?」

 

静子は何も答えない静一を観察するように正面から覗き込む。

 

「…さあ…」

 

静一の返答に静子は目を細めると、手を繋ぎ静一の前に出る。
「帰ろう。おうち。」
背後の静一に振り向き声をかけると、静子は静一の手を引いて自宅への道を歩き出す。

 

静一は静子と繋いでいる手、そして前を歩く静子を見ながら帰路につく。

 

 

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帰宅

「静一。」
帰宅した静一を、一郎が両腕を組んで待ち受けていた。その右隣には静子が立っている。
「どうしたんだ?」

 

リビングで一郎を前に、静一はやはり項垂れている。

 

なぜ教卓を壊したのか、と問いかける一郎。
「静一らしくない…何か…あったのか? 何でも言いな。」

 

申し開きを促されても静一はかぶりを振るのみ。

 

一郎はそんな静一を無言で見つめたまま言葉を待っている。

 

「…………」
少しの沈黙の後、吃音混じりにごめんなさい、と謝る静一。
足が当たっただけ、と、とってつけたような理由を付け加える。

 

 

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一郎は両腕を組んだまま、静一をじっと見つめる。
「…反省はしてるんだろ?」

 

静一は俯いたまま、う…、とだけ答える。

 

「とりあえず、ごはん食っちゃえ。な。」
一郎は静子にご飯の用意を指示する。

 

用意されたのはご飯とみそ汁、そして魚の開き。

 

一郎がテレビを見ているその向かいの席に座る静子は、傍らの小皿に魚の開きの身だけを移していく。

 

その作業の終了をじっと待つ静一。

 

「ほら。こっち骨無いからね。」
静子は微笑を静一に向ける。
「食べな。」

 

静一は、小皿の魚の身を見つめている。

 

 

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朝の教室

ざわつく教室の扉の前に来た静一。
静かに扉を開くと、教室はクラスメート達はおしゃべりに夢中で誰も静一が来た事に気付かない。

 

喧噪に包まれた教室の中で、吹石だけが自分の席から静一に笑顔を向ける。

 

その紅潮した表情に同調するように、静一も頬を染める。

 

恥ずかしそうに視線を外す吹石。

 

「あっ! 長部だ!」
小倉が教室に入ってきた静一に気付く。
「目を合わせるな! 合わせたら攻撃が飛んでくるぞ!」
酒井、比留間と一緒になって静一を揶揄う。

 

静一は俯き、黙ってその仕打ちに耐えている。

 

 

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取り戻す

チャイムが鳴る。

 

教師が黒板に板書していく。
教科書を置いている教卓の左横には静一の空けた穴がそのままになっている。

 

「このように――ドンドハフトゥは『~しなくてよい』、つまり『不必要』を表すわけだなー。」

「それに対してマストノットは――『禁止』をあらわすんだな――」

 

英語の教師は、次の文章を読む生徒に静一を指名する。

 

ゆっくりと立ち上がる静一。

 

「あ…そうか」
英語の教師は静一を見て、声出ないんだったな、と思い出したように呟いてから問いかける。
「飛ばすか?」

 

「…あ…」
英語教師からの助け舟を受け、静一は答えようとする。

 

その時、静一は、小倉が後ろの席の比留間とニヤニヤしながら話をしているのを感じていた。

 

そして窓際の席に座っている吹石が横目で自分の事をじっと見ている事にも気付く。

 

 

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何も反応しない静一に、長部? と英語教師から声がかかる。

 

それを合図にしたように、静一はゆっくりと口を開き教科書を読み上げ始める。
「メッ…アリー ステイド アットユキコズホーム」

 

「バットハーパレンツ ワァーゴーイントゥミートユキコ」

 

いつもは声が出ないからと音読をパスしているはずの静一が教科書を読み上げる珍しい光景に、教師やクラスメートが唖然としながらも注目している。

 

「ホェンメアリーソウユキコ」

 

吹石は静一が堂々と読み上げている様を嬉しそうな表情で見つめる。

 

「シーラントゥハーアンドセッド」

 

静一の流暢な音読は続く。

 

「ナイストゥシーユーアゲイン」

 

読み上げていく静一の口には笑顔が浮かび、長い文章にも関わらず吃音どころかつかえる事もない。

 

「メアリーズペアレンツウォークドトゥザガールズ」

 

静一は満面の笑顔で教科書を読み続ける。

 

 

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感想

光明

前々回くらいから、静一が救われるシーンが続く。

 

前回は静子に強引に手紙を破かれて一度はその告白を断っていた吹石に、自分の本当の気持ちを伝えてめでたく付き合うことが出来た。

 

そして今回は、夏休みから吃音に悩まされ続けてきた静一が、二学期が始まって以来ずっと喉の不調で避けてきた音読を見事に克服した。

 

言葉を話せないというのは、大半の人間にとっては積極性を失うことと同意だと思う。

 

夏休みが明けて静一は吃音を患いクラスメートとのコミュニケーションに窮していた。
吹石だけが静一の様子がおかしい事に気付き、その身を心配してくれたが、静子の呪縛がガッチリ効いていたから差し伸べてくれた手も自ら振りほどく始末。

 

唯一といってもいい味方だった吹石を突き放し、静一はいよいよ本当にドツボにハマり込むところだった。

 

 

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実際そのまま1か月が過ぎ、静一にとって苦痛な状態のまま周囲の環境が固まりつつあったのに、あっという間に光明が射した感がある。

 

これも全ては吹石のおかげといって良いだろう。
一度フラれた時点で諦める子って少なくないと思う。

 

しかし吹石は静一の様子にただならぬものを感じ取り、静一を常に気にし続けた。
そして前回ついに告白され、付き合うに至る。

 

今回、静一が英語教師に助け舟を出されてもそれに乗らず、果敢に音読に挑戦したのも吹石のおかげなのは明らかだろう。
そして、吹石が見ている前で小倉や比留間にバカにされ続けるのを良しとしなかった静一の男っぽさも感じられた。

 

3巻までの展開は静一にとっては絶望に追い込まれていく過程でしかなかった。
しかしここにきて一気に、物語全体を覆っていた厚い閉塞感に穴を穿ったと思う。

 

ひょっとしたら音読限定でスラスラ口が回るのかもしれない。普通の会話ではまだ吃音が目立つのかも……。

しかしタイトル通り、英語の教科書をつっかえることなく読み上げることが出来たのは重要な一歩だ。

 

28話ラスト、静一の満面の笑顔に、ここまでこの話を追って来た読者として胸を撫でおろした。

 

 

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不安の種

しかし、希望だけが残ったわけではない。

 

今回の話の中で、しっかりと次の展開に向けて不安の種が埋め込まれている。

 

最もぞわっときたのは夜道を歩く静一に声をかけた静子が、静一から静一のものではない「良い匂い」を感じ取ったところだ。

 

「匂い」の持ち主は吹石しかないだろう。

 

まだ静子の脳裏でその「匂い」と吹石が結びついていない状態だが、静一は反応が素直だし、すぐに吹石と付き合っている事に気づかれるんじゃないかな。

 

静子は静一が手紙をもらっただけで取り乱したというのに、実際に吹石と付き合っている事を知ったら……と思うと怖い。

 

 

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何度も言及しているが、発狂した静子の攻撃により、吹石の未来にしげるのような顛末が起こり得るということだ。

 

静子は、正直しげるを害した時よりも凶暴性が増しているような気がする。
増しているというより剥き出しにするようになったというべきか……。

 

溺愛している静一であっても、気に入らない発言をすれば首を締めるし……。
いや、静一を自分のものだと思ってるからこそ反発されたら余計にムカつくのか?

 

静一に対する振る舞いの他にも、一郎を前に二度狂ったような振る舞いを見せた。

 

 

少なくとも、物語の始まりの頃よりも確実に静子の発狂水位が上がっているのを感じる。

 

 

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魚の身

静子の溺愛は首を締めた夜以来、少し収まり気味に見えた。

 

第1話では静一の部屋に入ってベッドのところまで来て静一を起こしていたが、首を締めた翌日はドアを開けて遠慮がちに呼びかけるのみ。
これは静一に痛いところを突かれて、思い通りにならない静一に対して静子なりに距離をとっているのかなと思った。

 

しかし今回の魚の身だけを取り分ける行動がね……。
やはり基本的には静一を幼児扱いしているように感じる。

 

そしてその静子のやり過ぎな行動を全く咎める事無くテレビを見続ける一郎も相変わらずという感じ。

 

静一を伴ってしげるの病室に行った時には少しは父らしいところがあると思っていたけど、どうも静子を交えると一郎は静一のことを静子に任せっきりになってしまうらしい。
子育てってこういうもの? これが普通? うーんわからん。

 

 

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今回、教卓に穴をあけたことに関して静一を叱るにしても中途半端な感は否めないと感じた。
世の中の親御さんは、仮に叱るとしたらこんなものなのかな? 自分はもっと大目玉食らったんだけど……。
そりゃ殴ったり蹴ったりはダメだろうけど一郎はもうちょっと叱ってもいいんじゃないか。
一郎は静一の教育にエネルギーを割かなさ過ぎという印象を受けるんだよな。

 

一郎は静一に諭すように、静一らしくない、という言葉を使った。
これは良く言えば静一のことを信用しているということだと思うが、こういう理解のある言葉を言うだけってのはラクなんだよね……。

 

とりあえず今回28話は良い表情で締めくくった。

 

次回からの展開がどうなるのか楽しみ。

 

静子VS吹石の構図が早速始まるのか?

 

以上、血の轍第28話のネタバレを含む感想と考察でした。

 

第29話に続きます。

あわせてよみたい
押見修造先生のおすすめ作品や経歴をなるべく詳細にまとめました。

血の轍第3集の詳細は以下をクリック。

血の轍第2集の詳細は以下をクリック。

血の轍第1集の詳細は以下をクリック。

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4 件のコメント

  • 初コメ失礼します。今まで静子の狂気で物語が暗い感じでしたが、最後の笑顔で読者の私も何となく救われたような気持ちになりました。この調子で物語もハッピーエンドになってくれれば‥すごいどうでもいいんですけど、静一の学校の担任と父の一郎の顔って似てませんか?瓜二つで爆笑しました

    • コメントありがとうございます!

      ずっと受難続きだった静一がここで見せた笑顔に、読者としては救われた思いになりましたよね。
      ただ静子との関係は全く改善の兆しを見せていないので、このままめでたしには絶対にならないでしょう。

      静一は今回で一旦絶望が底を打った感がありますが、静一を通じて否応なしに長部家に深入りすることになっていくであろう吹石ちゃんの今後が心配です。

      吹石に”不幸”が降りかかった時、静一は守りたいと思った母との狭間でどう行動するのか気になります。

      確かに先生と一郎、似てますね!
      個人的には先生の眉に若干野暮ったさを感じた分だけ、一郎の方がいくらかイケメンかなと思いました(笑)。
      でも単行本3巻の表紙の絵、若い頃の一郎は相対的にではなく、文句なくイケメンです。
      折り返し部分にいるので書影としては見られないのですが……。

      あ、あと押見先生のツイッターでイラストがアップされていたかな。

  • はじめまして、初コメントさせていただきます。
    前回、静子にまた何かされるのかと、ヒヤヒヤしながら、待ち続けた甲斐があった!
    静一の笑顔と、声が戻ってきたので、少し安心しました。

    しかし、静子の脅威がまだ恐ろしい・・・。
    何だか、有言実行しそうです。
    「もう学校行かなくていい。静ちゃん、一緒にこの家出ていこう」
    なんて言って、吹石ちゃんと切り離しそうです。
    もしそうなったら、当然静一はまた心が死んでしまう・・・!
    次回はどうなるのでしょうか?
    誰か、ドラえもんを呼んで、タイムマシーンを出させて~!
    ・・・なんて言いたいくらい、また次回が不安で気になります。

    5月なのに真夏日になったりと、過ごしにくい日々ですが、
    体調を崩さぬよう、お互い気を付けましょう!
    長々と、失礼しました。

    • コメントありがとうございます!

      前回のラスト、怖かったですよね。
      それだけに今回の話はラストの静一の笑顔により、この漫画には珍しい爽やかな読後感となったのではないでしょうか。

      今回、静子が静一から静一のものとは異なる匂いを感じるだけで静一に危害を加えるようなことはありませんでした。
      しかし、その匂いと静一の彼女となった吹石の存在が結びついた時、静子がどんな反応を示すのか想像するのも怖いです。
      嵐の前の静けさを感じました。

      たしかに有言実行しそうですね。
      吹石を心の支えにしてもなお、静一が静子の狂気に抗うにはあまりにも力が足りないでしょう。
      そうしたら、せっかく静一の心は吹石の存在によって3か月ぶりくらいに息を吹き返したのに、また瀕死の事態に陥ってしまうかもしれませんね。

      今回は次回への引きが無いので、新しい展開になります。
      個人的には、静子が吹石の存在に気付く展開かなぁ。
      もしくはその前に1話、吹石と静一との楽しい時間が描かれるかも。
      その美しい記憶があればこそ、二人の関係に気付いた静子の狂気と、それに巻き込まれていく静一と吹石の困難が引き立ちます。
      静一と吹石には悪いですが、彼らが近々、大変な困難に直面するのは決定事項でしょう……。

      ありがとうございます!
      体調第一でいきましょう。

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