第98話 疑問
第97話のおさらい
起床していた静一の元に女性警官が朝食を運んでくる。
食事を終えて、裁判所へ向かう予定の車に乗り込む静一。
出発前、男性警官に指示された通り、静一はコートのフードを被る。
車が発進すると、静一は大勢のカメラマンが自分の姿を写真や映像に収めようとごった返していることに気付き、俯いてやり過ごすのだった。
裁判所に到着し、通された部屋で裁判官の読み上げていく非行事実に間違いがないかを確認した後は、処分が決まるまで鑑別所に入ると説明される。
鑑別所に到着し、通されたのは身体検査が行われる部屋だった。
一人の黒スーツの男性が静一に氏名と、生年月日の口述を求める。
男性は静一に服を脱ぐように命令する。
何を言っているのかわからない様子の静一に、男性は再び、全て脱いで、全裸になってと命令する。
それでも理解が追い付かない内容の命令に、静一はきょとんとするのみ。
「身体検査だから。」
その言葉で静一は観念し、服を脱いでいく。
静一の身体を確認している男性が次の命令を出す。
「持ち上げて。」
そう言って静一の股間を指さす。
止まっている静一に、再び命令する男性。
「そこ、持ち上げて。」
言われたとおりにする静一の目から、生気が失われていく。
「よし。じゃあ今度はうしろ。うしろむいて前かがみになって。」
次に静一は前屈した状態で肛門を見られていた。
屈辱に耐える静一。
「はいいいよ。じゃあ机の上の服に着替えて。」
次に通されたのは4畳の広さの部屋だった。
布団や小さなテーブル、棚があり、部屋の最も奥には洋式便器と洗面台が備え付けられている。
静一の視線は奥の便器に集中していた。
男性は部屋の使い方について説明して出ていく。
部屋に一人残された静一は呆然としていた。
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弁護士
静一の房に向かう足音。
「十四室!」
その声に静一はゆっくりと振り向く。
「面会だ。来て。」
二人の職員に誘導され、静一は廊下を歩いている。
先導している男は昼ご飯はどうだったかときさくに静一に問いかける。
「ここのご飯はそんなにまずかないんべ?」
静一は何も答えない。
部屋に通される静一。
そこには一人の女性が座っていた。
こんにちは、と静一に挨拶をする。
女性は、正面に座った静一に、弁護士の江角だと名乗る。
「お父さんに頼まれて静一君の付添人になりました。よろしくね。」
目を伏せている静一に江角は穏やかに語り掛ける。
「あれ。警戒させちゃったかな。」
そして江角は付添人とは事件を起こした少年の権利を守り、味方になる人のことだと説明してにこりと笑う。
「おばさんは味方だから。安心してね。」
静一が無反応であることをまるで意に介した様子もなく、江角は静一に黙秘権があることを説明すると、何か聞いておきたいことがあるかと静一に訊ねる。
「…………べつに……」
ようやく江角の方を見て、口を開く静一。
「お父さんは、明日一緒に面会に来られると思う。」
まっすぐ静一の目を見ながら問いかける江角。
「面会する?」
それに対して静一は、別に、どっちでも、とそっけなく答えるのみ。
「……そう。お父さんは会いたがっていたので、明日一緒に来るよ。」
「じゃあそれと、お母さん。お母さんに、伝えたいことはある?」
しばしの沈黙の後、静一が答える。
「……ないです。」
江角は特に静一を説得するようなこともなく、わかった、と受け入れる。
「もし何かあれば伝えるから言ってね。」
そして江角は、また明日と話を終える。
スーツの職員に誘導され、部屋を出て行こうとする静一が口を開く。
「…あの。このことを……僕がしたことを…知ってるんかな? ママ…は……」
静子の弁護士や、警察が静子に伝えているかどうかわからないと江角は答える。
「確認しておくね。」
内省
自分の房に戻った静一は、窓に向かって体育座りをしていた。
部屋についているスピーカーからチャイム、そして音声が流れる。
「六時になりました。内省の時間です。」
「十四室。内省の時間だ。」
職員が扉越しに静一に話しかける。
「壁に向かって正座して目を閉じるんだ。一日の反省や事件のこと被害者のことを考えるんだ」
「『やめ』と言うまでそのままでいること。わかった?」
そして、内省はじめ、という職員の号令とともに、静一は目を閉じる。
(ママが、知ったら…)
静一の胸が明るく光り、そこから蝶が生じていた。
そして、蝶が飛んでいくのを見つめる。
(ママが知ったら……)
(ママが知ったらどう思う?)
蝶が飛んでいく先には、背を見せて正座している静子がいた。
蝶は静子の頭にそっと止まる。
静一は驚いた様子で静子をじっと見つめている。
「静ちゃん。」
静子が振り向く。
「がんばったんね。」
そう言った静子は、微笑を浮かべていた。
「うん…」
内省中の静一は目を閉じたまま、微かに返事をする。
感想
静一の心に深く根を張る静子
静一はこの期に及んでもまだ現実を直視できていないのか?
しげるを殺めてしまった罪は、もう一生消えない。
しかし今の静一からは、それを反省して、更生していけるようにはとても見えない。
このまま静子に心を囚われたまま、静子のためにやり遂げたという、歪んだ満足感に浸り続けるのだろうか。
静一は静子から自立しようとしていたのに、完全に失敗してしまった。
静子が捕まった直後くらいは物理的に離れることが出来て、すっきりした表情になっていた。しかし徐々に静子の幻を感じ始めて、終いには静子は自分の代わりにしげるを突き落とした、自分が突き落とさせてしまったのだという結論に至り、母に代わってしげるを殺めてしまった。
完全に元の木阿弥どころか、むしろ深みに嵌まってしまったわけだ。
静一のここまでの心の変遷をたどると、一見、途中で静子を激しく拒絶している。しかし結局のところ、最初から一度も静子から心が離れることはなかったのだと思う。
静子から逃げた先で吹石と至福の時間を過ごしている時も、ことあるごとに、まるでフラッシュバックのように静子を思い出していた。
静子に突き落とされた、つまりいらない子として扱われたショックと、しかし親を慕う子供の本能がせめぎ合い、静子への歪んだ愛情が育ってしまったのかなと思う。
ラストのページの静一の落ち着き様を見ると、静子が完全に静一の心に居座っていることに恐怖を覚えた。
切っても切れない関係性。静一と静子の関係もまた、歪んでいるとはいえ、親子の絆ということなのか……。
静一は静子に褒められたいんだな……。
静一は特に意識していないのに心の奥底に静子への想いという根っこがびっしりと張り巡らされていた。ただ静子から生まれたというだけで、この現状があるのかと思うとどうしても静一が可哀想でならない。静子も成長過程で親から何かしらのトラウマを植え付けられたのかもしれないけど、その影響がバッチリ静一に伝播している。血の轍とは、つまりこういうことなのか。
特に、しげると登った高台での静一の妄想で、静子と静一が半身ずつの一人の人間になったあたりから、血の轍というタイトルの意味を考えるよう、改めて突きつけられているように感じた。
長部家はどうなる?
しかし今後、静一はどうなっていくんだろう?
てっきり捕まってこの物語は終わりに向かっていくのかなと思ったんだけど、まだまだ話が続く流れであるように見える。
静子から心身ともに解放され、一人の人間として自立して幸せな人生を歩んでいく! みたいな終わり方は、しげるを殺めてしまったことで、もう決してあり得ない。
もし自分が、ここから少しでもこの物語を前向きな終わり方にしていくことを考えるなら、静一がどういう心の変遷をたどって静子から脱却し、最終的にはしげるの殺害という、すでに犯してしまった大罪と向き合うかを描こうとするかな。でも今の静一を見ているととてもそんな風になるようには思えない。これまでの物語の傾向から言えば、今後はさらに救いようがないくらいに静子に傾倒していく可能性の方が高いのではないか。
今後の展開が気になる。
しかし少年鑑別所ってこんな感じなのか。前回も思ったけど、きっときちんと取材しているんだろうな。リアリティが素晴らしい。
他の漫画でも少年鑑別所の描写を見たことがあるはずだけど、これまで見てきたものとは全然違う。多分比較対象が不良漫画か何かだからだろうか。
今回出て来た弁護士は静一の弁護士か……。以前出て来た弁護士は静子の弁護士なんだよな。家族から立て続けに犯罪者を出してしまった一郎の心労を思うと、胸が痛くなる。実際、一郎の立場になったら憂鬱にならないわけがない。心が弱っていたら死を選びかねないだろう。
しかしその点、今回登場した弁護士の江角曰く、一郎は静一と会う意思があるようなので、大丈夫なのかなと思う。しかし、おそらく次号で一郎が面会に現れるのだろうが、そこでの静一の態度や対応次第では一気に絶望の淵に叩き落とされる恐れがある。一気に老け込んで、精神的にも弱ってしまうかもしれない。
静一、静子、そして一郎も今後どうなっていくのか気になる。
以上、血の轍第98話のネタバレを含む感想と考察でした。
第98話に続きます。
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