第118話 そっくり
第117話のおさらい
帰郷した静一はタクシーで父の遺骨を納める寺に向かう。
納骨を済ませて墓地を後にしようとした時、吹石と再会するのだった。
第118話 感想
墓地での吹石との偶然の再会は、次に発展することなく終わった。
数往復の簡単な会話を交わして、静一が墓地から立ち去る。それで終わり。
でもこのわずかなやりとりの中に、すごくドラマを感じたなぁ。静一の心の動きとか、目の前の男性が静一だと気づいた後の吹石の表情の変遷とか……。
まず、30代の大人の女性となった吹石の描き分けが素晴らしい。
目の周りや首元の描写が、中年に差し掛かった女性を見事に表現している。中学時代の吹石そっくりに描かれている吹石の娘と比較すると、その違いがよく分かる。
やはり吹石は魅力的な女性だったんだなぁ。良い年の重ね方をしている。おそらく夫との関係も良好で、幸せな人生を送っているのだろう。良かった。
静一は今の吹石の姿と、二人の娘を見て、何を思ったのか。
もし中学時代からずっと吹石と同じ時間を共にしてきていたら、目の前の三人と自分は家族だったのかもしれないと感じていたのだろうか。自分が静一だったらそんなことが頭をよぎってしまうだろうなと思った。そして同時に、もし自分がしげるを殺めてしまうことなく、その後の人生を普通に生きることが出来たなら……と狂おしい気持ちにもなっただろうな。
しかし、もし静一がわずかでもそう思ったとしても、表情や態度には一切出ていなかった。おそらく他者と深く交流せず、感情を表現しなくなって久しいからだと思うが、それが結果的にこの場で静一に極めて常識的な対応をさせたと言えるのかもしれない。
静一は、最初は吹石が静一と気付かない様子で、会ったことがあるかと問いかけてきた吹石に対し、お会いしたことはないと答えた。
人を殺めてしまった十字架を背負っている静一からすれば、下手に名乗ることで、子を連れた吹石を困らせたり、不快な思いや恐怖心を、わずかでも抱かせるようなことがあってはいけないと思ってのことだろう。
そして何より、これから命を絶とうというのに、万が一でもその決意が揺らぐようなことがあってはならない。
前回の話の感想で、ひょっとしたらこの再会でその後二人の関係が再び始まるのかという想像が脳裏を過ったのだけど、そのような展開には発展しなかった。
でも、墓地を後にしようとする静一が吹石とすれ違った瞬間、目の前の男が静一だと気づいた吹石が思わず、「長部?」と一言発してしまった時に、静一がそれに反応していたら、二人の間でもう少し何かがあったのかな……。
静一は振り返ることも、歩みを止めることもない。
つい数秒前まで会話していた、自分と会ったことがないと言い切った男性が静一だと気づいた吹石もまた、静一を振り返ることができず、ただ、その場にただ立ち尽くしていた。呆然としているその表情からは、様々な想いが一気に脳裏を過っているのだろうなと思う。静一とのことは、吹石にとって初恋なのだろうけど、あまりにも不器用で、真っ直ぐ、激しく静一を想った日々。そして衝撃的な終焉を迎えた初恋だった。忘れられるはずがない。
静一のことに気付いた吹石の表情から、きっと、これまでの彼女の人生の中で静一とのことを思い出す瞬間はあったんだろなと思う。別に嫌いで別れたわけではないし、彼女の中では静一との思い出は特別なものとして吹石の心の引き出しにしまわれていたのではないか。
だが、きょとんとした表情で吹石を見つめる娘たちが、その場に立ち尽くしていた吹石を呼び戻した。
ひょっとしたら、もし吹石が娘を伴っておらず、二人で会話していたなら、また違った展開があったのかな……。
静一は長年、誰とも深く付き合って来なかったからそうはならなかったかもしれない。でも逆に、だからこそ、中学時代に激しく気持ちを交わし合った人との深いつながりを激しく求めることになったかもしれない。
この場に居合わせた二人の娘の存在は、吹石をいまの幸せな生活に繋ぎとめる「常識」としての役割を果たしていたと思う。
おかげで静一も吹石も何も起こさずに済んだ。自分は今回の話をそう捉えた。
ラストの、微笑を浮かべる静一の顔が静子が度々浮かべていた、あの微笑と被って見えた。
静一の場合は、父の納骨を終えて、やるべきことをすべて終えて、これでこの世から去ることが出来るという心からの安堵なのだと思う。
静子が度々あの表情を浮かべていた時も、今の静一に近い気持ちだったのかな……。
静子は静一を産むことによって愛情を得られることを期待していたが、それが叶わず、自分が母親には決してなれないこと、そしてそれでも自分が今後も変わらず母親として生きなければならないことに絶望していた。
静子にとって、静一を産んでからの人生は死んでるのと同じだったとするなら、今回のラストのページの静一の気持ちと近いといえるのかもしれない。
そうなると、まさにこの物語のタイトルである「血の轍」だよなぁと思った。静一は静子の歩んだ人生と似通った人生を辿っているのではないか?
いよいよ最後が近いのを感じる。下手すれば次回で命を絶つ流れではないのか? 話は淡々と進むが、次回の予想が全くつかないという意味ではスリリングだ。
果たして静一はこのまま命を絶ってしまうのか。それとも、まだ出てきていない静子と再会に繋がるような、新たな展開があるのか。
以上、血の轍第118話のネタバレを含む感想と考察でした。
第119話に続きます。
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