第8話
第7話のおさらい
しげるが崖から落ちたことを大人たちに知らせに行った静一は、静子の悲鳴を聞きつけて途中で合流した大人たちと静子の元へ戻る。
放心状態で崖の縁にぺたんと座っている静子に駆け寄る伯母。
必死の形相でしげるの所在を尋ねる伯母に、静子は呆けた様子で説明し始め、やがて徐々に言葉が力を取り戻し始めて、謝罪を繰り返す。
早く助けなくては、と落ちんばかりに崖を覗き込み、伯母は必死にしげるの名を呼ぶ。
伯母が落ちないように支え、いくらか冷静なおじや祖父母たちは救助を要請するために山を下りていく。
一郎も静子にひとしきり声をかけた後、山を下りる。
崖に取り残された静子と静一。
静子はまた正気を失ったように、自分に言い聞かせるようにブツブツと意味不明の言葉を羅列するのだった。
正気を失いかけている静子を「ママ」と呼ぶ静一。
静一の一喝で静一に気づいた静子はゆっくりと立ち上がり、静一をぶらさがるように、縋りつくように抱きしめる。
静一は静子の腰に手を回すのだった。
第8話
崖から落ちた――静子が落としたしげるを救出に行った大人達。
取り残された静子と静一。
静子と静一は崖の縁で抱き合う。
「静ちゃん、ぎゅってして?」
首にもたれかかるようにして靜一に抱き着く静子。
静一は荒い呼吸で、目を見開き、静子に求めに応じるままにその背中に手を回している。
静子の背中は汗で濡れている。じとつく感覚が静一の手に伝わる。
静一は、静子を抱く手に、ぎゅっと手に力をいれる。
幼い日の思い出が静一の脳裏に去来する。
道端で寝ころんでいる猫の身体に触れる幼き日の静一。
(ママ、ねこさん、つめたいよ?)
(どうしてしんじゃってるん?)
静一をじっと見つめて微笑する静子。
(どうして?)
問いかける幼い日の静一。
(どうして!?)
幼い日の自分の静子に対する問いかけが、現在の静一の静子に対する問いかけとオーバーラップする。
悲愴な表情で静子に抱きしめられるままの静一。
「静ちゃん」
静一の首に回していた手をゆっくり離す静子。
「離して。」
言われるがまま、背中から手を離す静一。
静子は静一の肩を掴んで立ち上がると森に向けって歩き始める。
「行かなきゃ。」
その表情は真剣そのもの。
静一は、信じられないものを見ているように、その様子をじっと見つめる。
フラつきながら歩いていく静子の背中を見ている静一。
「どっ」
ようやく声が出せるようになった静一。
「こ…どこ行くん?」
静子の背中に向かって声を振り絞る。
静子は静一に振り向く。その表情は真剣そのもの。
「しげちゃん、探しに行かなきゃいけないでしょ!?」
静一は、呆然と静子を見つめる。
静子は、静一を置いてどんどん森に歩いていく。
静一はその場に立ち止まり、遠ざかっていく静子を呆然と見ている。
「ママ!!」
静一は、弾かれたように静子のあとを追う。
蝉がけたたましく鳴く森の中。下りを、ずんずんと降りていく静子を必死で追いかける静一。
(ママ。)
(ママは今変になってる。おかしくなってる。)
(ママは今、本当のママじゃないんだ。)
静一は、父である一郎の去り際の一言を思出していた。
(静一、ママを頼む!)
静一は歯を食いしばる。
(僕がしっかりしなきゃ。)
眉根を寄せ、表情に必死さと悲愴感を滲ませる静一。
(僕が、ママを助けなきゃ。)
下りを降りていく静子の髪が揺れている。
……しげる…
「しげるっ!」
徐々に聞こえてくる声。
静一は、静子の行く先から聞こえてくる声に気付く。
「しげるっ しっかりして!」
その場に立ち尽くしている静子。
静一は静子にどんどん近づいていく。
「しげるっ…!」
静子はその場に立っている。表情は見えない。
「ううっ…」
聞こえてくるしげるを呼ぶ声と嗚咽。
静子の隣にまで来た静一。
静一は目を見開き、その静子の顔を見る。
「しげるっ…」
静子は呆然とその光景を見ていた。
「しげるっ!」
何度もしげるの名が呼ばれる。
静一は、静子の顔を心配そうに見ている。
静子は、じっと自分を見ている静一に視線を送る。
「しげる、」
帽子を被り、しゃがんでいる人間が見える。
「聞こえる!? しげる…」
ゆっくりと近づいていく静子と静一。
「しっかり…!」
仰向けに倒れているしげるのそばにしゃがみ、おばが声をかけていた。
「しげる。大丈夫だから。」
半狂乱になって山を下りていった時とは違い、おばの様子は落ち着いている。
おばは、今みんな来てくれる、父さんが呼びに行ってくれた、と繰り返ししげるに呼びかける。
「がんばってしげる。」
裸足のしげるの左足の甲が腫れ上がっている。右足の膝の部分はズボンが裂けて足首まで血で濡れている。
静一は、じっとその光景を見つめている。
「しげる。」
おばは、しげるの胸に手を当てている。
しげるは、頭からいくらか血を流し、頬も血に塗れている。
そして、おばを見つめるように薄く目を開けていた。
静子は声をかけることもなく、ただ黙ってその光景を見ていた。
感想
いやー、生きてました。
面白くなってきた。
おばはしげるの胸に手を当てているから心臓の脈動はしっかり感じている。
その上で何度もしげるに呼びかけているわけで、静子からしげるが落ちたことを聞いて半狂乱になっていた時に比べたら大分その様子は落ち着いている。
逆に、静子は心中穏やかではいられないだろう。
死んでくれていたなら静子の犯行を知る者は息子だけだった。
しかし、当の被害者が生きていた。
本人から告発されれば捕まるであろう危機的状況。
しげるが死んでいたら、静一が黙っている限りは完全犯罪だったかもしれないけど、静子はそれは望めなくなった。
というより、静子はそこまで考えていたのか。
動機は「静一にまとわりつく害を排除したい」という思いからだろうから、犯罪とかはそこまで深く考えてなくて、突発的にめぐって来た機会に、短絡的に動いた感じがする。
バランスを失ったしげるを助けるために静子がしげるを抱きしめて、それから突き落とすまでにタイムラグがあったから、その時に魔が差して突き落としてしまったと見るのがやはり整合性がとれているように思う。
静子の、しげるを突き落としたあとの呆然自失、憔悴した様子は演技ではないだろう。
しかし、静子は何の躊躇いも見せずに、しげるが誤って落ちたと証言した。
やはり自分の犯行を隠したいがための行動だ。
静子の意志ははっきりしている。
いや、まさか、本当に自分がやってないと思い込んでいるわけないよな。
静子が演技するためには、あくまでしげるは自分で落ちたんだという強力なマインドセットが必要になる。
今話で抱きしめ合っていた静一から静子が離れた時、そのマインドセットは完成していたと思う。
今後の展開はしげるの生死によって変わってくるわけだから、静子は急いでしげるの様子を確かめに行ったのだろう。
しかし、その様子が本当にしげるのことを心配して向かっているようにも見えるから怖い。
抱きしめ合っていた静一から離れた時に、静子は覚悟を決めたとして、静子はしげるが本当に生きていると思っていたのだろうか。
おそらく死んでいるだろうから、自分はあくまでしげるが誤って落ちたと主張するぞという軽い覚悟だったのかもしれない。
当のしげるが生きているのに、しげるがって落ちたという主張を貫くのは難しいだろう。
今後、静子はこの現実にどう向き合っていくのだろうか。
静子にとっての良い材料は、静子を助けたいと思っている静一は、静子の犯行を告発するどころか静子の「しげるは誤って落ちた」という主張を助けるだろうということ。
静一は静子を警察に突き出したりはしない。
あと、希望があるとすれば、しげるは薄く目を開けているだけで、頭から血を流している、つまり頭を打っているわけだから、ひょっとしたら意識はないのかもしれない。
ただ、この血の轍は、他の作品には割とある、衝撃のあまり直前の記憶が消えているなんて都合の良い事態はないと思う。
ここまで追って来た一読者として感じるのは、この漫画は相当リアル感を追求した路線をとっているということだから、そこまで都合の良い展開はないはず。
今後、しげるの意識があるのかないのか、あったならしげるは静子を告発するのかが話の大きな流れになる。
意識を取り戻したしげるが静子を告発して、静子が捕まるというのが自然な流れ。
だけど、しげるがわざと告発せず、静子や静子を守ろうとしている静一に色々要求するとか胸糞展開の可能性が否定できないのが自分にとっての押見作品なんだよなぁ……。
しげるのDQNの片鱗がそれを想起させる。
次の9話の冒頭、いきなり静子の手に手錠がかかってたら笑う(笑)。
しかし、世の中の、女性に限らず子供を持っている人は少なからず静子の気持ちは分かると思う。
自分の大切な子供に害を成すと判断した存在を疎ましい、排除したいと思うだろう。
そういう存在に相対した時、人は自らの性質によりその対応が分かれていく。
ある人は優しく口頭注意するだろうし、ある人は叱りつける、あるいは怒鳴りつけるかもしれない。
ただ、静子は愛が強すぎた。
優しく口頭注意を行っていたレベルから、崖の上に身を置くという環境下において魔が差し、実力行使に発展してしまった。
静子のように強く主張できない、耐え忍ぶ傾向にある性格と、息子のことを心から愛しているというこの二つの要素が崖の上で炸裂した。
1話から続いていた不穏感が形を持ってしまった。
今後どう展開していくのか楽しみ。
以上、血の轍8話のネタバレ感想と考察でした。
第9話の詳細は上記リンクをクリックしてくださいね。あわせてよみたい
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血の轍 第1集 電子書籍 – ebookjapan(電子書籍の老舗。読みやすいです。)
著作権侵害なのではないですか?
今出版社が多数のウェブサイトを訴えているようなので気をつけてください。
忠告ありがとうございます。
ちょうど最近、大きなニュースにもなりましたね。
それを受けて、というか、以前から自分もちょっと記事の書き方を色々考えていかなくてはいけないなと思ってました。
元々、もっと作品自体を盛り上げて、記事を読んだ人が作者の漫画を実際に手に取って読んでくれる方向に行ってくれるような記事を考えていきます。
気を付けますね。