第5話
零落 第4話のおさらい
南大沢駅で山石と合流する深澤。
山石の家に招待され、会話する深澤。
町田との離婚届の証人にサインしてもらい、深澤は山石と別れる。
編集者の徳丸に打ち合わせを打診するも後回しにされてしまい無力感を感じる深澤。
自宅に帰って机に突っ伏していた深澤はつけっぱなしのテレビから売れっ子漫画家松浦かりんのインタビューが放送されている。
編集者として町田のぞみが出てきて、深澤はチャンネルを変える。
いつものように電話でちふゆの予約をとろうとすると、ちふゆが辞めてしまうことを知らされる。
必死で予約をとった深澤。
ちふゆに辞める理由と問うと、夏休みの間、実家に祖母の介護の為に帰るのだと言う。
地元は好きではない、と言うちふゆにダメ元でついて行っていいかと問う深澤。
ちふゆは了解し、連絡先を交換する。
後日、上野でちふゆと待ち合わせる深澤。
ちふゆは、本当について行っていいのか? という深澤の手を引いて改札に向かっていく。
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第5話
深澤は民家を取り囲む田園風景をスマホで写真に収める。
プップ、と車のクラクションが鳴った方向を深澤が見ると、民家の庭に停車している車の運転席からちふゆが身を乗り出している。
母の許可が下り、車で出かける二人。
運転席のちふゆが、田舎でしょ? と問いかける。
深澤は、確かに何もない、と否定はしない。
自分の地元も似たようなもので、土地と血縁に縛られてる感じがしてそれほど好きではなかったと述懐する。
ここは工業団地のために出来た街であり、働いている人は皆そこの従業員だと説明するちふゆ。
街にあるのはパチンコ屋と葬儀場、コンビニ、国道沿いのショッピングセンターくらい、と続ける。
ちふゆは、祖母の入院先が決まり、思ったより早く東京に戻れそう、と話題を変える。
それはよかった、と深澤。
ちふゆは、仕送りが減らされるかも知れず、高めの家賃に困ると言う。
いくら? と問い質す深澤に15万と答えるちふゆ。
一人暮らしでそれは高いよ、と深澤が相槌を打つ。
ルームシェアしていた子が急にいなくなった、早く引っ越さなきゃ、とちふゆ。
引っ越し資金貯めるためにあの仕事してた? と問う深澤に、ちふゆは「最初はね」と答える。
しかし、単純にお金が良く、金銭感覚に体が慣れたという。
「だから自由に旅行も行けるし。好きなもの買えるようになったけど。」
「…仕事やめられない?」
深澤がちふゆに問いかける。
学生の間は続けるんじゃないかしら、と答えるちふゆ。
「でもここにいるよりはずっといい。」
「そう…」
助手席側の窓に視線を移す深澤。
ちふゆの友達の話
あ、とちふゆが道沿いの潰れた古本屋兼リサイクルショップに気づく。
ちふゆは、数少ない友達の中で唯一幼馴染で仲の良かったヤンキーっぽい女の子が漫画を貸してくれた、と語り始める。
あの店で買った漫画を? と問う深澤に、うん、と同意するちふゆ。
自転車で片道30分かかるのに、目当ての漫画が100円になるまで毎日チェックしに通う子だったと振り返る。
漫画に興味がないけどその子のことを知ろうとしていた。
しかしその子が薦める漫画は流行ってるだけでつまらないものばかりだった。
高二の夏休み、陸上部の練習の帰り道、古本屋に向かう途中でトラックに跳ねられたと話すちふゆ。
死んだの? と問う深澤に、ちふゆは勝手に殺さないでと即応する。
かすり傷で自転車が新品になって返って来たと喜んでいたと言う。
コンビニから出てきた二人。
ちふゆが続きを話し始める。
事故に遭い、自転車が返って来た翌日からまたいつもの店にその子は通ったという。
他にやることが無いから仕方ない、と言うちふゆ。
しかしちふゆは、彼女の鈍感さが怖かった、と続ける。
「この街の生活を受け入れる事がいかに愚かか、彼女はきっと一生わからないのよ。」
ちふゆはコンビニで買ったアイスを開ける。
「百円の漫画のために一生を棒に振るなんて私は絶対に嫌。」
「だってそうでしょう?」
「一歩外に踏み出せばもっと価値のあるもので溢れてるはずなのに。」
アイスにかぶりつく。
「…ここにいたって手に入るものは限られてる。」
「この街は選択肢が少ないのよ。」
じっと聞いていた深澤が問いかける。
「…君は東京で何かやりたいことでもあるの?」
問われたちふゆは、んー…と考える。
「台無しだよ。」
「内緒。」
田園風景の中を歩いている深澤とちふゆ。
「…自由でいるのにも才能が必要なんだよ。」
「俺は少しだけ君のことが心配だな…」
ちふゆは少し考えて、…だから? と口元に微笑みを湛えて答える。
新幹線が轟音を立てて通り過ぎていく。
通っている最中に深澤が話し始める。
「引っ越し先……探してるなら俺の家に来ればいい。」
「…俺、月末から一人暮らしだから部屋の空きもある。」
プッ、と笑うちふゆ。
「…変な人。」
「あなたって勝手な人ね。私ばかりに喋らせて。」
「私はあなたを自由気ままな人だと思ってるけど、本当のところは何も分からない。」
「あなたは一体どんな人なの?」
今のような状況をあえて作って、漫画のネタにしようと企んでいるんじゃないの? と問われた深澤は、そんなことは、と否定する。
一瞬の間を置いて、俺いつ漫画家って言った? とはっとして口にする。
「あなたのラインの登録名。ごめんね。検索したらいっぱい出てきちゃった。」
ちふゆは、鉄製の手すりに後ろ手に掴まって深澤を見ている。
「これもネタになるかな。深澤先生?」
深澤は、ちふゆと目を合わせることなく、そうだね、と俯き加減になる。
「まあずいぶんと間抜けな主人公だけど…」
「そう。」
ちふゆは手すりに両腕でもたれかかり、深澤をじっと見る。
「ならよかった。」
「……台無しだよ。」
ちふゆと目を合わせることなく、疲れた表情の深澤。
日が落ちる。
ラブホテルの一室。
全裸の深澤が同じく全裸のちふゆに覆いかぶさる。
今度は仰向けになった深澤に跨り、ちふゆはじっと深澤を見つめる。
「あなたってよく見ると。……ちょっとだけ格好いいわね。」
ちゆふから深澤に向けて口づけを交わす。
「あなた素敵よ。」
抱いていた妄想
翌朝。
「大洗までは結構時間かかるよ?」
「……水戸は?」
駅構内でパンフレットを広げている深澤。
水戸なら黄門祭りをやっている、と答えるちふゆ。
深澤は、適当に行ってみる、と返し、君は? と問いかける。
ちふゆは、祖母を入院させたら東京に帰ると答える。
わすれるところだった、とリュックの中から深澤の作品「さよならサンセット」の1巻を取り出す。
「サイン貰ってもいい?」
「サインなんて何の価値もないよ。」
「いいじゃない。せっかく買ってきたのよ?」
ちふゆは深澤にもらったサインを見て「あなたってすごい人なのね。」と呟く。
「そんな事はないよ…」
深澤は、サインを見ているちふゆに向けて否定してみせる。
「漫画家なんてみんなどうせ……」
サインから深澤に視線を移すちふゆ。
口元に微笑を湛えてじっと深澤を見つめる。
「…まあいいや。そろそろ行かなきゃ…」
自動改札を通った深澤にちふゆが、じゃあまたね、と声をかける。
不自然な笑顔を作る深澤。
「…うん。また。」
ちふゆは改札前に立ち、深澤をいつまでも見送る。
ホームに下りた深澤は向かいのホームに視線を送る。
深澤と、子供を抱いたちふゆが立っている。
そこにいたのは全く無関係の二人の子連れの夫婦。
深澤の隣にいる母と子に向けて手を振っている。
「ふっ……」
ちふゆと夫婦になった幻が見えた事を自嘲するように笑う深澤。
――電車が参ります。白線の内側に立ってお待ちください。
「なにやってんだ俺……」
深澤は力なく呟く。
深澤は目を閉じ、リュックを抱えて電車の座席に座る。
電車は田園風景を走っていく。
感想
深澤にとってちふゆは漫画家としての自分を知らず、しかし心許せる相手だった。
ラインを交換するまでは、ちふゆの中で深澤という男は、職業は良くわからないけど時間的に、金銭的にある程度自由がきく男という位置づけでしかなかったのだと思う。
そして、それ故に深澤にとっては心地よかったのだろう。
ところが思わぬところから漫画家であることを知られてしまい、ちふゆはもはや自分のことをまぁまぁ売れた漫画家だという認識がが先に立ってしまっていることが伝わってくる。
それまでの関係性が変わってしまい、深澤がこれまで大切にしてきたものが壊れてしまったことに失望しているように見える。
ちふゆと夫婦になる妄想までしていたのか……。
漫画からなるべく身を置きたいから、漫画家であると認識されることにストレスを感じるようになってしまったんだろうなぁ。
ラインを交換した後に深澤の名前で検索した、ということは、上野で待ち合わせた当日にはちふゆは既に深澤のことを漫画家だと知っていたということだろう。
ちふゆの田舎での二人の会話は、全て深澤が漫画家だという認識の上での会話だった。
深澤が、ちふゆは深澤のことを漫画家だと知らない、と認識していれば良かったのだろう。
しかしちふゆは深澤に漫画家だと知っていることを伝えてしまった。
自分からすれば、別に知られたっていいじゃん、むしろ前より強い好意がこちらに向けられてるんだから、と思うんだけど、そういうわけにはいかないんだろうなぁ。
深澤=漫画にと認識されるのが苦痛なんだろう。
ちふゆは深澤が漫画家だと知ってから明らかにそれまでとは違うもっと率直な好意を示し始めている。
才能があるということは勿論だけど、やはり金なのかな。
ちふゆに漫画家だとバレてから深澤と生々しく交わっている様子が描写されている。
バレるまでは、深澤にとってちふゆはもっと底の知れない、奥にもっと魅力を秘めた女性だったのに、漫画家であることを知られてから急に普通の一人の女性になってしまったということではないかと感じた。
この漫画で唯一深澤が心を許し、救われていたちふゆに対しても、今後、心を閉ざしてしまうのだろうか。
ちふゆは悲しむのか。それとも、深澤の心離れをドライに受け入れるのか。
どちらにせよここまで読んできた人間にとってみたら消化不良感がある。
所詮風俗での出会いだから突然関係が断たれるなんてむしろ当たり前のことだ。
深澤の今の状況の方がレアなのは間違いない。
ただ、それだけに簡単に関係が断ちきれるのは読者としては寂しい。
この物語は深澤の心の漂流を描くもので、ちふゆとの恋愛物語ではない。
でも、ちふゆとの関係には何かしらの決着はつけて欲しいと思う。
別れ際の笑顔は寂しいね。
しかし今後、深澤はどうなっちゃうんだ……。
客観的に見たら八方塞がりだとは思えない。
生活に困っている風には見えないし、漫画が嫌いと言いつつもネームを捻り出そうと机に向かい、編集者ともコミュニケーションをとろうとしている。
ちょうどトンネルに差し掛かっただけで、いずれ抜けるものだと思うんだけどどうだろう。
ただ、本人は相当心が弱ってるように見える。
ともすると自殺しかねない生命力の無さが悲愴感を醸し出している。
ちふゆの存在でかろうじて保っていた心が、またじわじわと死んでいく方向に向かっているように思えて怖い。
第6話で、深澤がゆんぼ指名してたらめちゃくちゃ笑う。
ちふゆが唯一心を許している相手、と前述したけど、よく考えてみたらゆんぼにも心許してたなぁ。
指名しようとしたら予約が埋まってて、代わりに来たのがちふゆで、以来ちふゆ一筋になったわけだけど、ゆんぼの再登板にちょっと期待したい。
以上、零落第5話のネタバレ感想と考察でした。
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