第98話 始まりの音
目次
第97話のおさらい
ゴールディ・ポンドからエマが持ち帰った情報に、レイやシェルターで待っていた子供達は驚いていた。
人間の世界と鬼の世界を行き来出来るエレベーターの存在。
それがGF農園に存在したこと。
人間の世界からの支援者の存在と、彼ら、彼女らと連絡をとる手段があること。
ドンは現段階でも支援者と連絡をとった後、GF設計図を活用してフィル達を助け、そのままGFから人間の世界に行くという作戦が実行できると口にする。
それを肯定するレイ。
しかしそれだけでは自分たちの身の安全は保障されないと続ける。
ギルダはラートリー家やミネルヴァを殺害した裏切者に追われる可能性があると気付いていた。
さらにレイは、”約束”を破ることで、鬼達からも追われる可能性を挙げ、最悪、”約束”によって終わったはずの二世界間での戦争を再び勃発させてしまう切欠となってしまうかもしれないと続ける。
エマの選択
エマは、気付かれない人数で秘密裡に逃げるか、もしくは食用児全体で鬼と全面戦争を起こすかという選択肢を提示する。
戦争は嫌で、そもそも自分たちが目指しているのはGF全員の解放でだというエマ。
よって鬼達に気付かれずして逃亡作戦の実現は不可能だと口にする。
エマは家族もGPで出会った仲間も誰一人失わず逃げ延び、逃げた先で笑って暮らしたいと自分の希望を述べる。
さらにエマはGPで知った自分たちと同様の境遇にいる食用児に言及し、その人達も放っておけないと続ける。
「私は全食用児を解放したい」
GF以外の高級農園であるGB、GV、GR、Λ(ラムダ)、量産農園など、鬼の世界に存在する全農園をなくし、食用児のいない世界を目指すと理想を掲げる。
追われない世界にしてから鬼の世界を抜け出したいというエマは、その為に”七つの壁”を探し見つけ出して鬼のリーダーと新たな”約束”を結ぶことを目標とするのだった。
ギルダもまた、鬼のリーダーである(表現不能)に関しても、シスタークローネが口にしていたキーワードだと思い出していた。
ラニオンが出力された情報の中の新たな”約束”に関する部分を読み上げていく。
「『(表現不能)は全ての鬼の頂点に立つ存在 ”七つの壁”を越えた先にいる』」
「(表現不能)と約束を結び直せば鬼のいない世界へ安全に逃げられる…?」
それを聞き、ミネルヴァでさえ”七つの壁”に行った事がない、鬼のリーダーにも会ったことすらないとナットが嘆く。
しかし、それについてはヒントをもらった、と即答するエマ。
ほらココ、と情報の一部分を指さす。
それでエマの言いたいことに感付いたレイが、子供達に説明をする。
その説明の全てを聞き、子供達は衝撃を受けるのだった。
エマは子供達にこの選択肢は遠回りであり、大がかりであり、簡単ではないが、それでもついて来てくれる? とその意思を問う。
一瞬の沈黙の後、ニカッと笑い、賛意を示す子供達。
レイは今後二年以内に達成していくことの5つの項目を読み上げる。
・”支援者”に連絡をとる
・”七つの壁”を探す
・(表現不能)に会う
・”約束”を結び直す
・フィル達を迎えに戻り人間の世界に渡る
絶対やる! とエマ。
レイが話を続けようとするのをエマが止めて、ユウゴ達に話に行こうと食堂を出る為に歩き出すと、前を見ていなかったエマが誰かにぶつかる。
そこに立っていたのはユウゴだった。
「最高じゃねぇか 食用児なんかいねぇ世界 やってみろ」
笑顔でエマを見下ろす。
その背後にいたとナイジェル、ヴァイオレット、テオもユウゴ同様、エマについていく意思を見せる。
エマはユウゴやルーカス達に関しては先に逃げる選択肢もある、と告げるが、ユウゴ、ナイジェル、テオ、ヴァイオレットらはそれを一蹴する。
「エマについていく」
ルーカスはGPから逃げてきた子供達全員が同じ思いだとユウゴ達に同調する。
食堂は明るい空気に満ちていた。
それを感じながら、エマも笑顔で周りを見回す。
エマが脳裏に思い出していたのは、今もGFで自分たちの助けを待つフィル達のことだった。
森の中を行くソンジュとムジカ。
ムジカが立ち止まり、ソンジュが、どうした? と問いかける。
ムジカは口元に笑みを浮かべた後、いいえ、と答える。
エマはムジカからもらったペンダントを右手に握っていた。
そして、ムジカ私頑張るよ、と心の中で誓う。
その頃、ノーマンは自室でテーブルにつき、真剣な表情で眼前のモニターに向かっていた。
一方、ピーター=ラートリーはGPに向かわせていた捜索隊と電話やりとりをしている。
見つからなかったレウウィス大公たちの死体が地下壕深くに埋もれていた一方、食用児の死体は一人も見当たらないという報告を受け、ピーターはGFから脱走があった僅か半月後にGPの破壊装置の発動が起こったというこの二つの事象に偶然とは言い切れない関連性を感じていた。
「どうであれ僕が逃がさないよ 食用児はこの世界に必要なんだ」
第98話 始まりの音
敵の襲来
2031年12月、ピーターはラートリーの一族内にいた裏切者(おそらくは食用児の”支援者”)を後ろ手に縛りあげ、各々の後頭部に黒いスーツに身を包んだ手下たちが揃って銃口をつきつけていた。
「愚かな裏切者が よくもまぁぞろぞろと我が一族の内に紛れていたものだ」
殺れ、というピーターの号令と共に、銃弾が撃ち込まれる。
そして2046年3月。
シェルターのある荒野に特殊部隊さながらの出で立ちの男たちが集結していた。
周囲には小さな足跡があり、植物を収穫した痕跡がある。
周辺一帯を捜索しろ、という命令を受けていた男は、ようやく食用児の隠れ家となっているシェルターに目星をつけ、今まさにそこに乗り込もうとしていた。
「一人も生かすな 全員殺処分だ」
リーダーらしき男の号令を合図に、入口を爆破してシェルター内に部隊が乗り込む。
しかしシェルター内には誰もいない。
その報告を受け、リーダーは腕時計の文字盤に指を置く。
平和な生活
6時になり、クリスティが鍋をおたまで打ち鳴らして子供達を起こす。
GFから逃げてきた子供達がシェルターに住み始めてから1か月半の月日が経っていた。
食堂にみっちりと詰め込まれる63人の子供+大人。
居住人数が増えた分、一人当たりに割り当てられる食料は減るものの、食事風景は和やかそのもの。
皆、年齢、正確、出身農園も違うが仲良く、和気藹々と食事をとる。
食器の片づけ、調理、掃除、食料の調達など、皆出来ることを役割として分担しあい、集団に貢献し合うことで生活が回っていた。
子供達の献身的な介護により、順調に回復していくサンディとポーラ。
ナイジェルが、これまで機能していなかったシェルター内の機械を修理する。
複数のモニターで外の様子を監視しているのはルーカスとソーニャ。
みんな、シェルター内に造った農園で収穫をしたり、洗濯をしたりと生活は極めて順調に回っている。
アダムの来ているタンクトップや、ジリアンのシャツや帽子、サンディの眼帯などに子供達がアップリケのようなシールを貼って、楽しそうに笑っている。
ユウゴ、オリバーと一緒にシェルターの外に同行するのはドミニク。
ルーカスから知識を授けられるのはアンナ、テオ、ロッシー、ザック。
クリスティがアダムの肩に座り、電球の交換をする。
「ありがとうアダム」
「63194 63194 63194」
念仏のように唱えるアダム。
アダムがまたエマの番号を言ってる、と楽しそうに笑う子供達。
ヴァイオレットだけは、アダムの言っていた数字にゴールディポンドで言っていたそれとは違うという違和感があった。
しかしそれを特に口にすることなく、まぁいいや、と自分の内に留め、エマがどこにいるのかを問いかける。
エマ、レイ、ルーカスが一緒にいる場所は、シェルター内で新しく見つかった”隠し部屋”だった。
梯子を下りていくと、長方形の空間が小さく広がる部屋がある。
そこにはシンプルな椅子が二脚と、奥の壁に公衆電話が設置されていた。
「”支援者”からの連絡は?」
エマからの問いかけに、以前音沙汰無し、とレイ。
7日前、”支援者”との連絡をとるという提案が為されていた。
ユウゴは、まずそうして実際に”支援者”と連絡がとれるのかを確かめることを提案していた。
その為に、ナイジェルは今壊れてしまっている回線を回復させる必要があると確認する。
しかしソーニャは連絡を取ることに不安を覚えていた。
”支援者”が既に敵に殺されていた場合、電話に出るのは”支援者”を装った敵である可能性がある。
そもそも回線を復活させた時点でシェルターが活きている=何者かが生活していることがバレて、やはり敵が攻め込んでくるかもしれない。
ソーニャの危険予測を聞き、ゾッとする子供達。
「確かにその危険はミネルヴァさん自身も教えてくれている」
冷静な表情でルーカスが答える。
ミネルヴァからの伝言である、『シェルターへの帰り道 痕跡を残すな』『シェルターの出入りには気をつけろ』という言葉通りにしてB06-32にやって来た、とGVの子供が答える。
ギルダは、このシェルターの回線も外から探知できないように仕掛けがしてあるのに加え、ダミーとなるシェルターもいくつか用意してあるらしいと付け加える。
危険は残るものの、”支援者”と自分たちとで互いを確認する合言葉も用意されている、とレイ。
そしてエマは、危険があっても確かめたい、と主張する。
「”支援者”がいたら助けてほしいし既にいなかったらその分他の策を考えなくちゃ」
「時間がある内にハッキリさせておきたいの」
今もGF農園で助けを待っている子供達を脳裏に思い浮かべてエマが続ける。
緊張に引き締まった表情で頷く子供達。
地下の”専用回線”
どうすれば連絡がとれる? というジリアンからの問いかけをきっかけに、一行はモニター室へと向かう。
キーボード(タイプライター?)のキーを押していき、ペン型端末を起動させる。
すると一部が持ち上がり、下に空間が生じ、そこに向けて降りていく梯子が現れる。
それを降りていくと、長方形の部屋だった。
奥にぽつんと公衆電話だけが設置されている。
十数年シェルターに住んでいたユーゴに知ってた? と問いかけるクリスティ。
いや全然、とユウゴ。
あの部屋の下にこんな場所があったなんてな、とドン。
受話器を手に取るエマ。
「連絡の方法はこの電話から指定された番号にかけるだけ」
そうすれば24時間以内にかけ直して来るのだと続ける。
「かけるよ」
緊張した面持ちでプッシュボタンに指を伸ばしていく。
敵の方針
「あれから7日 音沙汰ナシ」
レイは、ミネルヴァの残した録音が15年前だったことから、もう”支援者”はいないのかと呟く。
しかし回線が完全に断たれているわけでもなければ、ソーニャの危惧の通り敵が出るわけでも、自分たちの希望通り、”支援者”がかけ直して来るわけでもないことに皆、違和感を覚えていた。
食用児を殺処分する為の部隊のリーダーは、ピーターにシェルターがもぬけの殻であることを報告していた。
そして、シェルターはもぬけの殻なのではなく、ひょっとしたらダミーなのではないかという自身の推測を合わせて述べる。
兄さんならやり得る、とピーター。
自分たちの裏切りを予期し、いくつも打っていた手の中の一つである可能性はあると冷静に続ける。
それだけではありません、とリーダーは報告を続ける。
「恐らくまだ先代の手の者が残っています」
その言葉に思わず、廊下を行くその歩みを止めるピーター。
近辺の電波からもシェルターの位置は探知出来なかった為、リーダーは食用児の足取りを辿ったと説明する。
追っている食用児の人数は想定されているだけで40人以上なので、痕跡を残さずに逃げようとしても素人の子供である以上、その全てを完璧に消すことは不可能であるはず。
しかしそれにも関わらず、リーダーはそれらの痕跡を追ったその果てに”ダミー”へと辿りついていたことから一つの結論に至る。
「食用児の協力者がいます」
「食用児の足取りを消し偽の痕跡で我々を誤導した」
ピーターは、成程、と納得した様子で続ける。
「忌々しくもまだ残っていたということか」
そして、やり方を変えよう、と宣言する。
「標的の食用児全てとその協力者全員」
電話をしていたリーダーは、電話を持っていない右手で自身の右足の腿に指を軽くリズミカルに打ち付けながらそれを聞いていた。
「まとめて始末しろ 任せたぞアンドリュー」
「はっ!」
”支援者”の確かな存在
電話がけたたましく鳴り響く。
緊張した面持ちで、ひたすら鳴り続ける電話を見つめているエマ、レイ、ルーカス。
意を決してエマが受話器を取る。
電話先から流れて来たのは、ツー、という音。
エマは、ハッと気付き、レイに向かって勢いよく受話器を差し出す。
「モールス!」
レイはツツツ、ツー、と規則性を鳴る音に耳を澄ませる。
(”ワルイガイマハアエナイ”)
(”シキコチラカラセッショクスル”)
(”キヲツケロ”)
(”テキハピーター・ラートリ-”)
(”ミネルヴァノオトウトラートリーケトウシュ”)
「オイ待て 合言葉は!?」
必死に訊ねるレイ。
返ってくるのは、ツー、というモールス信号。
しかしレイはその答えの内容から、本物だと感じていた。
(”ソコヲウゴクナ”)
(”カナラズムカエニイク”)
電話はそこで切れてしまう。
レイは今の電話から、録音でもなく、今現在きちんと受話器の先で”支援者”が生きていると確信する。
森の中。
”支援者”らしき何者かがフード付きのマントを羽織り、切り株に腰を下ろしている。
「さぁ生き残っておくれよ 少年少女達」
感想
子供たちが活き活きと生活している描写
いよいよ新章の開始となった。
近くに迫っている敵はママ以来の人間キャラ、アンドリュー。
そしてエマたちと慎重に通信する”支援者”の描写……。
次号以降もどうなっていくのかが楽しみだ。
ユウゴ一人で住んでいたシェルターにGFからの子供達が住み始めてから1か月半。
ということは全員が一緒に生活して3~4週間目くらいか?
そろそろ生活にリズムが出来てくる頃だ。
案の定、どこの出身かなど関係なく、子供達は皆非常に仲が良い描写でいいなあ。
鬼や鬼と協力して自分たちを殺しに来る人間という敵対勢力と、子供達は一丸となって戦わなくてはならない。
かといって、そういった強大な外敵がいるから仕方なくまとまっている、というわけではない感じが良い。
かなり健全な関係性が構築されており、きちんとそれぞれで役割を持って労働し、集団に貢献している。
これは相当優れた組織だと感じた。
変に大人同士の組織より、大勢の子供の中に大人が数人位の方がまとまるのかもしれない。
多分、頭が良い集団だから、ケンカすること自体が無いのだと思う。
お互いに弁えている同士では、互いに衝突を回避し合うから、そもそも争いは起こらない。
彼らはここから脱出する為に日々生活しているが、既に彼らにとってシェルター内はある意味理想郷なのではないかと感じた。
下手に人間の世界に行ったらこの頃の生活を懐かしく、また惜しく思う日が来てしまう、とかだったらかなり切ない……。
ただ彼らが今、シェルターで楽しく暮らしているのは、鬼の脅威を避け、人間の世界で暮らすという希望があるからでもあると思う。
先に何があろうと、このままシェルターに安住し続けることは彼らには出来ないということ。
いつか敵に乗り込まれて全滅させられる可能性に思い当たっているのか分からないが、このままでよいとは思っていないからこそ行動している。その感じがアグレッシブで良い。
あと当然だけど、前回描写されなかったアダムもきちんとシェルターに着いていたんだなあ。
彼がノーマンの番号を念仏の如く唱えるのを聞いたGFの子供はいないのだろうか。
それを聞けば、何故!? という話になるんだけど、この分だとまだまだ先なのかな……。
早くアダムが本来知らないはずのノーマンの番号を言うのをGFの誰かが聞いて、ノーマンが生きてるという希望に気付いて欲しいところ。
こういう、もどかしいの、いつ気付かれるか楽しみで嫌いじゃないんだよなあ(笑)。
早くノーマン生存の可能性に思い当たり、エマやレイを始め、GFの子供達が喜ぶ姿をみたい。
敵と”支援者”
新しく現れた敵は、さながら特殊部隊といった風情の集団。
殺処分だ、と当たり前のように命令する辺り、食用児は彼らから人間として扱われていないのだなと感じる。
人間として扱ったら、人間の子供を鬼に提供して生き延びている自分たち自身に生まれる疚しさ、罪悪感に、正直自我が崩壊してもおかしくないと思う。
少なくとも人間の世界で、食用児を鬼に与えることで自分たちと鬼の世界の均衡が保たれている事を知っている人たちは、そこらへんは見ないようにしているんだろうな。現実でも社会の不都合に目を閉じるというのは普通にある。
そして、それがどうしても許せない人間が密かに反旗を立て、”支援者”になっていくのだと思う。
アンドリューがピーターに報告した、食用児の協力者――”支援者”の存在がクローズアップされた。
どうやら鬼の世界の荒野や森を行き来し、子供達の残した痕跡を消したり、偽の痕跡を作ったりして、食用児を追跡するアンドリュー達の誤導を誘い、攪乱しているようだ。
頭まですっぽりと包み込むマントのような衣装を羽織り、森の中を行く”支援者”は、おそらく既に子供達の動きを何らかの方法で把握しているのではないか。
シェルターに辿り着いた時点で、その周辺に残った彼らの痕跡を消し、あるいはその痕跡を別場所に移して追跡を撒いている?
だとすれば、既に”支援者”は子供達の支援を開始しており、陰で彼らの生活を支えているというのか。
それならメチャクチャ頼りになる強力な”支援者”だと思う。
ただ、それならすぐに子供達の前に姿を現すよな……。でも実際はそうじゃないのが気になる。
鬼の中にも”支援者”がいたりするのかも。ラストで”支援者”の後姿が描写されているけど、前から見ると鬼だったりして。
実際、”支援者”ではないだろうけど、それに近い存在の鬼としてソンジュとムジカの例もあるし、不思議ではないか。
もしそうならソンジュとムジカのように宗教の教義に従って食用児を食べないということになるのかな。
個人的には人間の”支援者”が見たい。色々と謎が明らかになりそう。
意味ありげな、生き残っておくれよ、というラストの台詞。
ここからまた、生死を懸けた戦いが始まるのか。
今号は合併号だから、次号は1週間おいて20日かー。
待つのが辛い。
以上、約束のネバーランド第98話のネタバレを含む感想と考察でした。
第99話の詳細はこちらをクリックしてくださいね。
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