第92話 柴田
第91話のおさらい
響は店長から接客のレクチャーを受けていた。
教えてもらったのは最低限の挨拶である”いらっしゃいませ、ご注文は?”と笑顔で言うことのみ。
さらに店長は続けて先輩の柴田に、響にレジを教えるよう指示する。
簡単に会計の手順を教えた柴谷に、教え忘れてることはない? と響が問いかける。
響の言葉に、柴田は足を止めて振り返る。
「昨日はあったでしょ。」
響は鋭い視線を先輩に向ける。
響をじっと睨みつける柴田。
その様子に、いちいちモメんな、と店長。
「次ケンカしたらクビだ。」
舌を打ち鳴らして再び歩き始めた先輩に、教え忘れがあるって言ってんでしょ、と響は追い打ちをかける。
響は全く動じた様子を見せず、自分は自己紹介したがあなたはしていないから、と柴田に自己紹介を求めるのだった。
接客
接客中心で働いてその日のバイトの終わりの時間が来る。
夜10時を回り、店長から言われてバイトを上がろうとする響に柴田が声を掛ける。
柴田は、流しに積まれている洗い物を片してから仕事を上がるのが常識だ、と響に因縁をつける。
響は、そういうのは先に教えなさい、と呆れ半分に上から目線でものを言うのだった。
店の裏。同じ店で働くんだから、仲良くしたいという響をビンタする柴田。
響をビンタしたことに怒った涼太郎が現れて、柴田を殴り倒す。
柴田は明らかに怒っていた。しかし決してその視線を二人には向けない。
柴田と入れ替わりに外にやってきた店長は、響にクビを言い渡す。
柴田が響にムカツク理由が何となくわかる、という店長がその理由を離そうとするのを響が止める。
響は、柴田自身からその理由を聞くことに拘っていた。
響はクビの件は了承するが、解雇通告が法的には1か月前でないといけないからと1か月は通うと宣言する。
店長は驚いた後、響に向かって、いい根性してんな、と半ばあきれたように呟くのだった。
バイトを終えた柴田は、響と涼太郎の待ち伏せに合っていた。
話の続きをしようとする響。
涼太郎は柴田の蹴りを防ぎ、殴り倒す。
響と涼太郎は、柴田が、世の中一つも上手くいかないと、主張を始めたのを黙って聞いていた。
さらに柴田は、響が高校で何億とか稼ぎながら、場末の中華屋でバイトすることが気に入らなかったと吐き捨てる。
それを聞いた響は、やっと本音を話してくれた、と笑顔を浮かべて、解決策を考えましょうと柴田に呼びかけるのだった。
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第92話 柴田
理由と解決法
涼太郎が自販機で買ったジュースを響、そして柴田に差し出す。
やりたいことがあるかと柴田に問う響。
柴田は頬にジュースを当てて冷やしながら、ねえよ、と素っ気なく答える。
だと思った、と響。
「やりたいことがある奴が他人を見てイラついても、露骨に嫌がらせするみたいな暇なことしないわよね。」
ジュースを呷る響を横目で睨みつける柴田。
そんな柴田の動向に涼太郎が目を光らせる。
柴田はそんな涼太郎の視線に気づき、舌打ちする。
「自分だけじゃねぇ。ほとんどの奴は何の才能もないし特にやりたいこともねえよ。」
高校生で、やりたいこと、響の場合は小説で何億円も稼いでいるのは将来に希望しかない。
そういう存在がイラつく、と柴田は響の求めていた響に突っかかる理由を答える。
最初からそう言ってくれればよかったのに、余計なケンカせずにすんだ、と笑う響。
柴田は、じゃあな、と興味無さそうに響に背を向けてその場から歩き去る。
「まって解決するって言ったでしょ。」
響は柴田を呼び止めて鞄を探る。
「つまりやりたいことが見つかればいいのよね。そんなあなたにぴったりの物がある。」
振り返った柴田に響が差し出したのは原稿用紙の束だった。
響は一度小説を書いてみて欲しいと柴田に告げる。
書きたいことがないだろうから自分の事でも書いてみるといい、と続ける。
言葉を失う柴田に響は話しかけ続ける。
「やりたいことがないなら試しに色々やってみるしかないでしょ。私が勧められるのは小説くらいだから。」
響は、書くためのコツを話しながら柴田のリュックに原稿用紙を入れていく。
「できたらもってきて。私が読者になる。」
無言で立ち去る柴田を見送ったあと、涼太郎が響に話しかける。
「……絶対書いてこないと思うけど……。」
「自力で何かするってことがどうしてもできない人もいる。」
別にいいわよ、と響が素っ気なく答える。
「やってもやらなくても柴田の人生だし。」
それよりさっさと帰ろう、と眠気を訴える響。
仕方ないおぶってやるよ、と涼太郎。
微妙な気持ちの変化
「一行くらいは書いた?」
バイト中、響が調理場で柴田に問いかける。
柴田は、書くわけねーだろ、と即答する。
「テメーにできることは誰でもできると思ってんじゃねーよ。」
原稿用紙を広げておけば書いてみようという気にもなる、と言う響に、紙屑は速攻捨てた、と柴田。
柴田がバイトを上がると、従業員控室のテーブルには原稿用紙の束が置かれていた。
その原稿用紙の上には”とりあえず一行書いてみる”という響からのメッセージが彼女の似顔絵付きで残されている。
柴田はそれを見て、ちっ、と舌打ちする。
文芸部部員一同が来々軒にやってきた。
テーブルについた部員たち、特に典子とかなえがはしゃいでいる。
注文を取りに行った響との会話が聞こえてくるキッチンで、柴田は、ガキが、と文句を呟きつつ料理を作っていた。
夜。
響は洗い物をしながら、背後で響と同様に洗い物をしている柴田に、小説は書いてる? と話しかける。
背中を向けたまま、なんで俺に突っかかってくんだ、と聞いてくる柴田に、突っかかってんのはあなた、と響が返すのだった。
「言ったでしょ 私は初めてのバイトを楽しくしたいだけ。」
そして響は自分がクビで、残り3週間で辞めるので、小説を見て欲しければそれまでに書いてきて、と続ける。
アパート。
柴田は原稿用紙の載ったテーブルの前に座りスマホでamazonの『お伽の庭』のレビューページを開いていた。
そして2525件ある評価の内☆5がほとんどというレビューに目を通していく。
「生き方を教えてくれた一冊」
「文体、世界観、全て初めての体験 響文学の始まり」
「謎の作者! どんな人かとにかく気になる!」
「……どこが謎だ。普通にいんじゃねーか。」
そう呟くも、柴田はふと、響に小説を読んでもらいたい人が何万といるであろうことに気付く。
響の横顔の写真が載ったネットニュースを見つている柴田の気持ちに変化の兆しが訪れる。
(……今、小説を書いたら、人生が変わるかもしれない。)
(もしかしたら、俺にも、何か、才能が……)
才能以前に
厨房で鍋を振る響。
振りが遅い! と店長から注意を受ける。
出来たチャーハンを食べる二人。
おいしい、という響の呟きに被せるように店長が、まずい、と返す。
「客に出したら店が潰れる。」
そして、チャーハンは覚えるのに2年かかるから、あと2週間で料理を覚えたいなら技術がいらないものにしろ、と店長が忠告する。
しかし、私、チャーハンが好きなの、と返す響。
店長はチャーハンをかきこみながら、家庭用コンロでは再現できないので教えても意味がないと続ける。
「店長は料理にプライド持ってるのね。」
店長の顔を見て問いかける響。
「中華屋やってて幸せ?」
喧嘩売ってんのかコラ、と店長の表情が険しくなる。
しかし自分を真っ直ぐ見つめて来る響の表情を見て、店長は何かを察し、柴田が何か言ったか、と響に問いかける。
やりたくないけど仕方なくやってるって、と響。
「ここは俺に店だからな…最強の中華屋にしようと思ってるし、客が喜んでくれたら幸せだ。」
そして店長は、柴田が自分の後輩であり、高校を出てからずっとフラフラしていたから自分の店で雇って以来、今も仕方なく働いているのだと柴田に関して話始める。
「資格とるなり金貯めて独立するなり言ってんだけどな。何やっても続かない。」
「才能うんぬん以前に、一つのことを最後までやりきることができない。」
「そういう人間もいる。」
アパート。
柴田の部屋のテーブルの上には原稿用紙や缶、灰皿、くしゃくしゃになった原稿用紙がある。
柴田はパチンコ屋でスロットの前に座っていた。
外れて種銭が無くなった怒りで椅子を蹴ると店を出る。
そこでばったり響と鉢合わせた柴田は、あ……、と呟いて響から逃げるように立ち去っていく。
「何 逃げてんの。」
響は柴田の腕を掴む。
「同僚と外でバッタリ会ったのよ。コソコソせずに挨拶の一つもしなさいよ。」
離せよ、と言うのが精一杯の柴田に、小説はどうしたの? と響。
「書いてるんでしょ。」
響は何もかも見通すかのような視線で、柴田を真っ直ぐ見据える。
「それを途中で投げ出してパチンコうって、そこに私と会ったから気まずくて逃げたんでしょ。」
書く
離せっつってんだろ、と柴田。
「あなたをみてると本当にイラつく。」
柴田にかける響の言葉が鋭さを増していく。
「他人を妬んで僻んで自分は何もしない。出来の悪い弟を持ったみたい。」
「離せコラ!」
響に掴まれたままの腕を力任せに振りほどこうとする柴田。
響の体は柴田の腕に振り回される形で車道に投げ出され、そこにタイミングを計ったかのようにやってきた軽トラックに跳ね飛ばされてしまう。
吹っ飛んで地面に叩きつけられる響。
停車した軽トラック。
「え…」
「はねられた?」
振り返る通行人。
「あ……」
柴田は震えながら立ち上がろうとする響を呆然と見つめていた。
しかしすぐに響の元に駆け寄って、彼女が立ち上がろうとするのを助けようとする。
「だ…大丈夫…」
パン
響は柴田の両頬を両手で勢いよく叩くようにして挟むと、柴田に向かって叫ぶ。
「いちいちオロオロしない! 今言ってるのはあなたが小説を書ききるかどうか!」
「一度決めたことをやり遂げるか! それとも一生私を見る度コソコソ逃げるか! 今決める!」
柴田は響に両頬を手で挟まれたまま呆然としていた。
響の震える足が視界に入る。
「……書く。」
ぽつりと呟いた柴田に向かって、絶対よ! と念を押す響。
翌日、両足に包帯を巻き、松葉杖をつきながらも響は来々軒に出勤していた。
店長は苦虫を噛み潰したような表情で響の痛々しい格好を見ている。
「働くなら使うけど、特別扱いはしねーぞ。」
うん、と答えた響に店長は、車にケンカでも売ったのかと何気なく問いかける。
「柴田にやられた。」
え!? と驚く柴田。
たちまち店長の顔に怒りが浮かんでいく。
「……クズが。」
指の骨を鳴らしながら柴田に近づいていく。
違うんです事故で、と必死に説明しようとする柴田を店長が問答無用で殴りつける。
「どこまで腐ってんだお前は!!」
店長、店壊れるわよ、と響。
感想
柴田に感情移入した
今回の話は柴田に感情移入しながら読んだ。
柴田みたいに分かりやすくイラついて乱暴振るったりはしないけど、自分もパッと見で”順風満帆な人生だなぁ”と思える才能あふれた人の生き方に対して嫉妬することはある。
それに特別やりたいこともあるかと言われると即答できないし、何かをやり遂げたと胸を張れることもない。
小説に限らず、何かをやり遂げて来れなかった自分の人生には、涼太郎の『自力で何かするってことがどうしてもできない人もいる。』というセリフは今回の話の中で一番自分の心に刺さった。
俺の事じゃん? って思った。高校生に言われてヘコむとか哀しくなる……。
でも、柴田にしても自分にしても、そういうフラストレーションを感じているということは、本人の自覚はなくとも向上心の裏返しという側面はあるんじゃないかとも思っている。
柴田が『お伽の庭』のamazonレビューを読んでいる際、響に直接小説を読んでもらえることが非常に得難いチャンスであることに気付いたところからも、それは言えるんじゃないか。
やっぱ、どこかで人生を変えたいんだよね。
しかしまぁ、いきなり書けるわけがないよなぁ。
何らかの才能があるんじゃないかと期待して何かに取り組むと、大概は早い段階で挫折すると思う。
才能があるかどうかの判断を行うにはある程度それに本腰入れて取り組まないと、本当にダメなのか、それとも才能の芽があるのかどうか分からないんじゃないのかな。
実は自分も学生時代にちょっとだけ小説に挑戦したことがあるけど、とてもじゃないけど書けなかったし、書ける気もしなかった。文才も無いけど、そもそも何も書くことが頭の中に出て来ないんだよね……。
かといって続ければどうにかなったとも思えなかったしな……。
やはり、取り組む対象が好きであるかどうかはとても重要だと思う。
才能関連で思い出した好きな言葉がある。
それは『熱い三流なら上等』という、”アカギ”が今際の際に遺した言葉だ。
古今の偉人ではなく、福本伸行先生の生み出した架空のキャラというところが実に自分らしい(笑)。
仮に何かの分野で一流になれず三流に終わったとしても、その分野で熱く生きる事が出来たなら幸せな人生という事だと解釈している。
まぁこんな言葉に惹かれるもの、結果を出せなかった凡人にも救いがあるように感じられるからなのかもしれないけど……。
で、話を戻すけど、その点、柴田は小説に対して特に興味はなさそうだ。
でも響との強烈な出会い、そしてバイト仲間として過ごした日々から興味は徐々に出てきているようにも思う。
車に跳ね飛ばされた直後にも関わらず”一度決めたことをやり遂げるかどうか”を響に迫られたのが止めとなり、柴田が自分に鞭打って小説を書き切ることを期待したい。
仮に書けなくても、響との出会いが柴田にとっての人生の転機になると良いなと思った。
一度決めたことをやり遂げられるかというのは別に小説に限った話ではなく、人生において非常に重要なことだからね……。いやほんと……。
自分は、それに関してだけはかろうじて実感を伴って”そうなんだよ”と言える。かろうじて、だけど……。
柴田に構う理由
響は何だかんだで優しい。
涼太郎の『自力で何かするってことがどうしてもできない人もいる。』に対して、『別にいいわよ、やってもやらなくても柴田の人生だし。』とクールに返すものの、その後の柴田からの冷淡な態度をものともせず、粘り強く小説執筆を勧める。
車に跳ね飛ばされた後に自分の負傷を顧みず柴田に呼びかけるその姿は、響本人が柴田を弟と言った通り、まるで肉親に大切なことを言い残しているかのような必死さを感じた。
どうして響は柴田に対してここまで必死になっているのか考えた。
まず、このままの先輩である柴田に睨まれたまま、事あるごとにぶつかり合うような関係のままだとバイトがし辛いというのはあると思う。
現に、バイト先の仲間として仲良したいとは響も明言していた。
しかし別に柴田から敵視されているのが耐えられないということではないのは確かだ。
柴田と仲が悪いまま、問題を抱えた関係性のままでいるのがストレスというより、もっと別の理由があるような気がする。
響は柴田の自分に対する敵対的な姿勢に対する興味があるような気がする。
だからどうしても柴田自身の口から理由を聞きたかったのではないか。
柴田から理由を聞き出すことに成功し、響はその解決の方法として小説を勧めた。
『やりたいことが見つかればいいのよね。そんなあなたにぴったりの物がある。』
柴田の鬱々とした想いを気持ちそのままに小説にすれば面白そうだと思ったのかな……。
『やりたいことがないなら、試しに色々やってみるしかないでしょ。』
自分にとってのおすすめの方法を素直に提示しただけのようにも見える。
でも車に跳ねられた後の柴田への死力を振り絞ったセリフのシーンを見ると、柴田の人生がこのまま腐ったままじゃもったいないから何とか変わるきっかけを与えてやりたいという気持ちが見える気がするんだよなぁ。
案外、教師になったらいいかもしれない。
一度決めたら絶対曲げない不屈の信念が求められる職の一つと言っても過言ではないでしょ。
小説家とまではいかないけど、適職にはなるんじゃないかな。
柴田が何才か知らないけど、響からこんな言葉をかけてもらえるのは羨ましいし、幸運だと思う。
響がバイトを辞めるまであと1か月を切っているわけで、それまでに何かしら変化した柴田の姿が見られる事を期待したい。
以上、響 小説家になる方法 第92話のネタバレを含む感想と考察でした。
第93話に続きます。
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