第73話
目次
第72話のおさらい
一年のみが集う文芸部部室で、文芸コンクールの展望についての話題になる。
響が一番になると信じて疑わないカナエ。
咲希が、2時間で仕上げた響の受賞はない、と呟く。
すると、ノリコが自分がトップの可能性があるとテンションを上げる。
シロウが期末テストの勉強をしなくて良いのかとツッコミを入れ、悶えるノリコとカナエ。
咲希はその光景をじっと見つめる。
シロウと咲希が一緒に下校。話題に窮する二人。
シロウは咲希に、小説家になりたいのかと問いかける。
多分、と答えた咲希にピシャリと、無理だ、と告げるシロウ。
響のようにはなれないし、そうでないとプロの小説家になどなれない、と続けるシロウに対し、咲希は、どうしてそんなことを言われないといけない、と不快感を滲ませる。
シロウは無理矢理絞り出した話題だと言い、響相手なら怖くてこんなことは言えない、と続ける。
「お前は怖くない」
シロウの言葉に固まる咲希。
そんな咲希の反応に、ほらな、とシロウ。
響であればとっくに俺を殴る、と言って歩き出す。
咲希はシロウに何の言葉も返す事も出来ず、その場に立ち尽くす。
図書館帰りのタカヤと花代子。
会話の流れでタカヤがリカのフィンランド行きを口にする。
初耳だった花代子はタカヤに他の部員に言うなと念を押される。
花代子は、うん、と返事をする。
2週間後、リカは友達のアリサとよっちの3人で下校していた。
センター試験の勉強に苦しむアリサとよっちは既に推薦で学校が決まっているリカを羨む。
帰宅したリカを待っていたのは響だった。
響の対面に座ったリカに、響は開口一番、フィンランドに行くのかと問いかける。
タカヤ→花代子→響の順に情報が伝わったことを察したリカはどこに行くのが一番わくわくするかで決めたと答える。
会話する響とリカのそばにあるテレビではワイドショーが映し出されている。
政治家のニュースの後、芥川賞直木賞のノミネート作品の発表が行われる。
芥川賞作品の中にリカの「竜と冒険」は無い。
残念かと問いかける響に、リカは肯定し、響ではないから、と付け加える。
リカの携帯が鳴る。
花井からの電話はノミネートされなかったこと、「竜と冒険」に重版がかかり、前作「四季降る塔」よりも反響が良いということを伝えるためのものだった。
賞はどこの誰がどう選んでいるのかわからない、と言う響。
「目の前の私が面白いって言ってる。それが一番じゃない?」
リカはそこまで割り切れないし、一生祖父江の娘と言われるだろう、と諦めたような笑顔を見せる。
そして、何か一つでも自力で手に入れた肩書きが欲しかった、と続けるリカ。
「友達の響ちゃん大絶賛じゃ駄目?」
リカは笑って、ありがと、と一言感謝するのだった。
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第73話 小説家
『漆黒のヴァンパイアと眠る月』発売
クリスマスイルミネーションに彩られた街。
女の子たちが告白して振られた話で盛り上がる。
雪が降ってくるのに驚く人たち。
ホワイトクリスマスは初めて、と喜ぶ。
本屋では新刊が並んでいる。
平積みのコーナーの中心に、一際目立つように大量に積まれた『漆黒のヴァンパイアと眠る月』。
その隣には『お伽の庭』の平積みがある。
飾られたポップには『「響」新作本日発売』『芥川直木W受賞女子高生響新作 アニメ化決定!!』と書かれている。
その前で咲希が『漆黒のヴァンパイアと眠る月』を一冊手に取り表紙を見ている。
響の新刊? とその島を見た男が呟く。
その響じゃない、それ漫画だろ、と突っ込むその友人。
そして、平積みに近づいてそれが『お伽の庭』の響による作品だと知る二人。
「え? マジで響?」
「ライトノベル? は? アニメ化?」
女性も、響の新作? 本当? と島に引き寄せられるように歩いていく。
「ちょっとまって、なんでラノベ? すげーウケる!」
男は、アハハハ、と楽しそうに笑う。
その光景を見て咲希は、知らない人がこんなに……、と響の作品の吸引力の強さを思い知る。
咲希の隣にいたのは……
咲希の隣に立って咲希と同じように『漆黒のヴァンパイアと眠る月』を手に取りその表紙を見ている男もまた、あははは、と笑う。
(やっぱりすごいな。)
咲希はふと、隣の男性に視線を移す。
そこにいたのは芥川賞ノミネート作家の山本春平だった。
「はー………」
笑顔で表紙を見つめながら山本が呟く。
「……くそガキ。」
咲希は隣の人物が山本だったことに驚く。
「山本春平……さん。ですか?」
思わず名前を口にしてしまい、その流れで声をかけるような形になる。
咲希を見る山本。
咲希は山本に向き直り、自分は高校の文芸部に所属しており、山本さんの小説を読んでます、と続ける。
当然のように咲希は、昨年響が受賞した芥川賞で山本がノミネートされていたのを知っていた。
「ありがとう。」
山本は咲希に向かって会釈する。
近くに住んでいるんですか、と問う咲希。
ああ、と山本。
(やっぱり、響さんの事は気になるのかな。)
咲希は、再び平積みに向き直った山本の横顔を事をじっと見つめる。
(気になるよね。去年も、もし響さんがいなかったら、自分が芥川賞とってたかもしれないし。)
小説家ではない
「……あの、小説家ってどうやったらなれるんですか。」
咲希からの突然の質問に、なりたいの? と応じる姿勢を見せる山本。
咲希は山本の問いかけに対して、多分、と答える。
「知らない。俺は小説家じゃない。」
山本は咲希から視線を外し、目を閉じてピシャリと答える。
咲希は山本の言葉に不思議そうな表情をしている。
「えっと…山本春平さんですよね。」
戸惑い気味に再び山本に訊ねる。
「小説何冊も出してて…芥川賞の候補にも何度もなってて。」
「まだ小説だけではメシは食えてない。」
山本は、咲希を見ずに答える。
咲希は、そんな山本を驚いた表情で見つめる。
じゃあ、と手に取っていた『漆黒のヴァンパイアと眠る月』を持ってレジへと向かう山本。
咲希は去っていく山本の手にした『漆黒のヴァンパイアと眠る月』を一瞥する。
「あ、あのっ。」
離れた距離のまま山本を呼び止める。
「今回の芥川賞ノミネートおめでとうございます!」
山本は咲希に顔だけ振り向く。
「今度は……とれるといいですね…」
山本は笑顔を作るが、その笑顔は心なしか強張っている。
再びレジに向かって歩き出す山本を見送りながら、咲希は気付く。
(しまった。私、すごく失礼なこと言った気が…)
環境
山本は住んでいるアパートの自分の部屋に帰宅する。
コートを脱ぎ、ベッドやテレビが置かれている。
その隣に大きな本棚があり、本がぎっしり詰まっている。
本のラインナップには『お伽の庭』もある。
「あの踏切で会ってから1年か……」
懐かしそうに呟く山本。
「全然表に出てこないから何やってんのかと思ったら、ライトノベルでアニメ化か。」
『漆黒のヴァンパイアと眠る月』を眺める。
「……何やってんだ。」
「まあ色々あるよな。10代で、1年だもんな。」
テレビのリモコンを手に取り電源を入れる。
テレビはちょうどエンタメニュースの時間で、芥川賞候補にアイドルの南野悠斗が選ばれた話題が取り上げられている。
「中高生に圧倒的人気を持つアイドルグループ『DESIRE』のリーダーとして活躍する一方、処女作『サンジェルマンの朝』に込めた想いとは。」
番組は、南野へのインタビュー形式で進行する。
ノミネートの感想は? というインタビュアーの質問に南野は、芥川賞など考えたこともなかった、ドッキリじゃないかと疑っている、と答える。
小説を書こうとしたきっかけを問われると、元々小説が好きでコラムやエッセイの仕事をし、その流れで編集から促された、と答える。
そして、話が作れないから自分の事を書く事を勧められ、アイドルではなく素の自分を見てもらおうと思ったのだと続く。
「なるほどそれで自叙伝という形に。」
「じじょ…? ごめんなさい 僕漢字弱くて。」
南野は余裕をもった態度で答える。
「あくまで僕はアイドルなんで、小説もアイドルとしての活動の幅を広げることになればって。」
浮ついた軽い会話が続く。
その光景を映し出すテレビ画面を山本は胡坐をかいて静かに見つめる。
(小説家ってどうやったらなれるんですか。)
テレビ画面から畳に視線を移す山本。
(一つ言える。何年も努力して書き続けて、ただ小説のことだけ考えて、そうやって目指すものじゃない。)
売れ行き好調、しかし問題が……
ナリサワファーム。
編集部で月島が電話応対をしている。
『漆黒のヴァンパイアと眠る月』の作者は間違いなく響であり、アニメも確定事項であると説明し、記事をよろしくお願いします、と明るく締める。
「『漆黒のヴァンパイアと眠る月』すっごい反響!」
上機嫌の月島。
「初刷り30万だけど今晩にも重版決まっちゃうんじゃないのっ。」
月島さん、と眼鏡をかけた女性が声をかける。
総務の近藤さんお疲れさまです、と挨拶する月島。
「契約書の件ですけど。」
月島は近藤の一言に、あっ、と口元に手をやる。
出版契約書
鮎喰家。
響と父がテーブルで向かい合って座っている。
『漆黒のヴァンパイアと眠る月』を響の前に差し出す。
本屋で見つけて、響が書いたのか、と端的に響に訊ねる父。
響は、ああ出たんだ、とだけ答えて『漆黒のヴァンパイアと眠る月』を手に取る。
やっぱりか、と頭に手をやる父。
「それで?」
「何が?」
きょとんした表情で問い返す響。
「お金のことはどうなってるんだ?」
父は真剣に響を見つめる。
響は、ああ、と思い立った様子で席を立つ。
「ちょっと待ってて」
リビングを出て響が持ってきたのは『出版契約書』。
それを手に取り、どういう契約になったのかと父が問いかける。
「まだ見てない。送れって言われて忘れてた。」
「は?」
父は不安そうに契約書を開く。
印鑑を押す場所に丸がしてあり、ここに署名とハンコ、と書かれたポストイットが貼られている。
一瞬、放心状態になる父。
「契約書交わしてないのに本が出てるの!?」
響は、みたいね、とだけ返す。
「気がついたらなってた」
その時、響のスマホが鳴る。
「もしもし、ああうん ちょうど今その話してた。」
電話の相手は月島。
電話を終えた響は、契約書をそろそろ送れという催促の電話だったと父に告げる。
両手で頭を抱える父。
「商品が出た後に契約書……? 出版ってのはそういうものか……?」
「お父さん公務員だから固いのよ。」
しれっと突っ込む響。
父は、明日にも出版の人に会ってくる、と宣言する。
うんじゃあ言っておく、と軽く応じる響。
テーブルの上のお菓子を食べる。
「……しかし、2冊目の小説か。」
父は感心、寂しさ、諦めが入り混じったような表情で、手に取った『漆黒のヴァンパイアと眠る月』の表紙を見つめる。
「親の知らない間にいつのまにかもう立派な作家さんだな。」
「響はいつから小説家になろうと思ってたんだ?」
父の問いかけに、別にそんなつもりはなかったけど、と響は携帯を見ながら答える。
「気がついたらなってた。」
感想
響 小説家になる方法で表現したい事
作者の柳本先生は、圧倒的な天才を描きたい、という動機でこの響という作品を描き始めたのだという。
これまでで十分そのテーマを表現していると思うけど、この73話は特に分かりやすいなと思った。
山本はアイドルとして芥川賞にノミネートされた南野がテレビでインタビューを受けている姿を口元に微笑を浮かべているような複雑な表情で見つめていた。
南野はインタビュアーが言った、自叙伝、という言葉さえ知らない。
さらに、アイドル活動の一環としてしか芥川賞を認識していないとわざわざテレビで大々的に言ってしまうほどに残念な人間として描かれている。
賢明な人物が、わざわざ文芸界最高の権威をけなして文芸に関わる人間を敵に回すようなマネをするだろうか。
おそらく南野は芥川賞をけなしたとさえ思っていない。それだけうかつな人物だと言う事だと思う。
南野の『サンジェルマンの朝』に関しては作品の評価はまたこの漫画の作中では一切出てきていない。
芥川賞受賞に執念を燃やす山本の事だから、おそらく読んだだろう。
山本が、負けた、と思えるほどの作品なのかどうかは今回の話では読み取れないが、おそらく大した作品ではない。
山本がテレビ画面と見ながら何とも言えない表情をしたのは、こんな奴には負けない、相手にしない、という想いからかもしれない。
それと同時に、小説家になるために必要なのは自分がこれまで血道を上げて積み重ねてきたような努力ではないと悟ったからだと自分は思った。
小説家になるためには、響のような圧倒的才能の持ち主か、もしくは南野のように小説家に押し上げてくれるような環境へと自分の身を置ける人間ではないか、という残酷な気付き。
芥川賞候補になるのもこれで5度目。
咲希の言うように、世間からしたら立派な小説家なのだが、作品の販売実績が伴わないようだ。
売れなければ食えない。小説で食えないならば小説家ではない。
咲希に向かって言い放った一言は謙遜ではなく間違いなく山本の本心だろう。
山本が努力している事を知っているからこそ、最後に響が父に言った、気が付いたらなってた、という一言の残酷さが際立つ。
山本に取らせてあげて欲しいけど、ここで取らせないというのも才能の残酷さを表現する上では必要なのか。
努力が報われるエピソードがあっても良いと思うのだが……。
そういえば、響と同じ文学賞を受賞した田中は山本に近い立場の人間だけど、努力が実ったエピソードとして挙げても良いと思う。
山本も芥川賞受賞の可能性はある。
今はそれでいいかな。
山本と会話した咲希が得たのは
咲希は隣に山本がいる事に気付いて思わず話しかけてしまい、その流れで会話した。
自らを小説家ではないという山本に何を感じたのだろう。
たくさんの人がこぞって話題にする『漆黒のヴァンパイアと眠る月』を書いたのは響。
それを他の人たちと同じ場所で、同じように手に取る山本。
文学少女の咲希は、文学に興味が無い人に比べれば山本の胸中を深く洞察できる。
咲希からしてみれば芥川賞に5度ノミネートされたという実績を持つ山本は間違いなく小説家だ。
しかし山本は、自分は小説家ではない、という発言をする。
これを咲希はそのまま受け取る事が出来るだろうか。
小説家として生きる事の厳しさを感じたのか。
最も身近にいて、しかも成功している小説家の響と比較することの残酷さ。
咲希はある意味では小説家志望として理想的な環境下に生きていると思う。
成功者のモデルがすぐそこにいるからだ。
契約なんて知った事じゃない(笑)
前回、『お伽の庭』のお金と契約の事であれだけ揉めたというのに、それは響にとってはどうでもいい事のようだ。
ラノベは、本が出た後に契約なのかな?
『お伽の庭』の時は本が出る前に花井が苦労して響の父との契約交渉をしたけど……。
これは会社によって違うということか。
響の父を攻略するなら、先に出版して既成事実化してしまうナリサワファームのやり方の方が良いのかな(笑)。
しかし後で猛烈に揉めることは明らかで、今回、月島はその可能性を全く考えていなかった。
知ってたらもうちょっと違う方法があっただろう……。
次回、ナリサワファームに響の父が乗り込んで、そこで月島は鮎喰家の血筋の恐怖を思い知る事になるのだろうか(笑)。
以上、響 小説家になる方法の第73話のネタバレを含む感想と考察でした。
第74話の詳細は以下をクリックしてくださいね。
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