第91話 本音
第90話のおさらい
響は涼太郎、花代子と一緒に求人雑誌を読んでいた。
長期はダメ、遠くて通えない、と絞っていく中で、響はそれらの条件をクリアしている駅前のハンバーガー屋で面接を受けることを決める。
花代子は文芸部部員たちに、響がフィンランドまで行った際の飛行機代13万円の内の6万円(7万は貯金で支払い済)を親に立て替えておいてもらっていたため、それをバイトで稼いだ金で返すのだと説明する。
なぜ印税があるのにバイトをするのかと驚く文芸部部員たち。
典子は、響の父親の教育方針により、受けとった印税は、結局7万(つまり貯金していた分)程度なのだと明かす。
ハンバーガー屋、その後はドーナツ屋で面接を受けるも、響は既に自分が世間に広く知られており、どこにいってもマスコット扱いなのが気に入らず、バイトを決めることが出来ずにいた。
街中を涼太郎と一緒に歩きながら、”今は額に汗してお金を稼ぎたい”と告白する響。
そして響は名案を思い付いたと携帯を取り出し、花井に電話をしてある作家の電話番号を聞き出すのだった。
響が連絡をとったのは山本春平だった。
響は山本に、以前働いていたバイト先を紹介してくれないかと持ちかける。
意味がわからない、と返す山本。
響は、山本が最近までバイトしていたことをテレビで聞いていたので、その勤め先であれば作家が来ても珍しくない、と笑顔を浮かべて山本を頼った理由を話すのだった。
印税が何億もあるはず、という山本からの質問に、響は”7万円しかもらってない”と答える。
山本は暫し絶句したあと、自分が働いていたバイト先は女子高生が行く所じゃないからやめておけと忠告する。
しかし響はそんな山本の言葉をさらりと受け流し、いいからとりあえず紹介して、と続けるのだった。
「あなたは私に借りがあるでしょ。」
山本の以前のバイト先に向かう道中、響から中原愛佳が作家を辞めて近くのパン屋で働いていると聞き、山本は中原の才能を惜しむ。
しかし響から、中原が今は毎日単調だけど穏やかで幸せな日々だと言っていたと聞き、山本はどこかほっとしたような、寂しそうな表情になるのだった。
「そっか………」
中華料理来々軒に着いた響と山本。
早速店の入口に向かう響を呼び止め、山本は『11月誰そ彼』と『お伽の庭』の感想を告げるのだった。
響もまた、山本の『豚小屋の豚』の感想と、山本の小説が好きだと笑顔で返す。
山本は店に歩き出した響の背中に、気ぃつけろ、と声をかける。
「気の荒い奴しかいない職場だ。」
怖いわね、と響。
「いじめられないかな。」
店先には”バイト募集 時給1000円より 高校生応相談”と書かれた紙が貼られている。
店長とテーブルを挟んで向かい合う響。
店長は”鮎喰響”という名を見て、聞いたことあるな、と呟く。
そして、人手は足りてないから働いてくれるなら何でもいい、と響の採用が決まるのだった。
高校生でしかも女だから、と時給を700円に下げようとする店長。
響は、嫌、と即答し、800円を要求する。
ああ!? と店長が凄むが響はまるで動じていない。
その様子に店長は観念したように舌打ちをする。
「……人は足りてない。今から入れ。」
800円ね、と念を押す響に、店長は、ああ、としぶしぶ返事をするしかなかった。
調理服に着替えた響は厨房で先輩に、はじめまして、と挨拶をする。
「……」
仏頂面で、何も言わずに響の自己紹介を聞いていた先輩は、新入りは洗いモンからだ、と早速響に食器洗いを命じる。
うん、と素直に頷く響。
鍋の洗い方を質問するが先輩は、常識で考えれば分かるだろ、と返すだけでまともにとりあおうとしない。
大量の皿と鍋を洗い始める響だったが、そんな彼女に向けて早速先輩からの怒号が響く。
洗いものに時間をかけ過ぎと怒る先輩。
響は、油がなかなか落ちない、と理由を話す。
先輩は中華鍋の油は落とさない、水で流してから焼きすればいい、と乱暴に答える。
響は、だったら最初からそう教えなさい、そうしなかったのはあなたのミス、と突っ込む。
その響の言葉に怒り狂う先輩。
響の調理服の襟をぐいと持ち上げて、二度と見れねぇツラにしてやる、と脅す。
それだけ言って、響を投げ捨てるように襟を離し所定の位置に戻る。
起き上がった響は先輩の背後に近付くやいなや、上段から先輩の頭に中華鍋を思いっきり振り下ろすのだった。
ブッころすぞ、という先輩や、それを諫める店長の怒号が飛ぶのを山本は店の外から聞いていた。
「……俺よりは上手くやれそうだな。」
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第91話 本音
花井は山本に響の無理を聞いてくれたお礼の電話をしていた。
それに対し、いつかは会わないといけないと思っていたから、と感謝を述べる山本。
花井は響には次回作の執筆に専念して欲しかったが、高校三年生である以上受験を優先してもらおうと思っていたところに今回の突然のバイトだったと山本に響の担当編集者としての苦労を吐露する。
しかし、外で働くことで響の世界が広がるので、モメ事を起こさなければいいと付け加える。
それはもう無理かな、と山本。
店の外まで響く、ぶっ殺すぞ、という怒鳴り声があったことを花井に報告する。
ですよね、と慣れた様子の花井。
自己紹介
来々軒。
響は店長から接客の簡単なレクチャーを受けていた。
教えてもらったのは”いらっしゃいませ、ご注文は?”の台詞笑顔で言うこと、ただ一つのみ。
特に笑顔もなくそれを復唱した響にOKを出し、店長は響に接客を命じる。
店長は続けて、近くでテーブルを拭いていた先輩に、響にレジの使い方を教えるよう指示する。
「伝票の値段うって『小計』 全品うったら『現計』 金もらったら数字うって『預かり』」
見本として実際にレジを打つ姿を見せることなく、口頭で簡易に説明してから、わかったな、と去っていく先輩。
「教え忘れてることはない?」
響の言葉に、先輩は足を止めて振り返る。
「昨日はあったでしょ。」
響は鋭い視線を先輩に向ける。
先輩はじっと響を睨みつける。
その様子をみて、いちいちモメんな、と言葉をかける店長。
「次ケンカしたらクビだ。」
舌を打ち鳴らして再び歩き始めた先輩に、教え忘れがあるって言ってんでしょ、と追い打ちをかける響。
先輩は響の元まで歩くと、その胸倉を掴み、顔と顔を至近距離まで近づけて無言で凄む。
「名前を聞いてない。」
響は全く動じた様子を見せない。
「私は昨日 自己紹介した。」
柴田だ、と襟を離すその一連の様子を、店長はじっと見つめていた。
接客
客の元で注文を受ける響。
メニュー名と注文数をそのまま厨房に向けて伝える響に、店長は違うとダメ出しして短く言い直してみせる。
その合理的な伝え方に響は、なるほど、と納得する。
レジで客の注文したメニューを読み上げるが、頼んだビールの数が間違ってたのを客に指摘され、響は素直に謝罪する。
その後も響は接客で厨房へメニューを伝える際、短く言うこと実践し、店長にダメ出しを受けながら働き方を学んでいた。
夜10時を回り、店長から言われて響はバイトを上がる。
柴田とすれ違う際、お疲れ様、と声をかけた響を、おい、と柴田が呼び止める。
流しに積まれている洗い物を片してから仕事を上がるのが常識だ、と柴田にネチネチと因縁をつけられ、響は、はー、と呆れたようにため息をつく。
「だから……そういうのは先に教えなさい。本当に頭の悪い……」
柴田は響の背後の壁に勢いよく手をつき、響に表に出るよう要求する。
嫌、と断る響だが、それでも来いという柴田に彼女は仕方なくついていく。
店の裏にやってきた二人。
響が先に切り出す。
「私は別にあなたとケンカしたい訳じゃないの。同じ店で働くんだから、仲良くしたい。」
柴田が響に近付いていく。
「私に何か言いたいことがあるんでしょう。そもそも昨日から、」
柴田は無言で、手の裏で響の頬をビンタする。
しかし突如現れた涼太郎が柴田を殴り倒す。
一瞬の事で、何が起こったのか理解できていない様子の柴田の頬を響が軽く張る。
倒れている柴田を見下ろす響。
「あなたは昨日会った時から私に敵意をもってた。私の何が気に食わないのか、ちゃんと言葉にして。」
クビ
柴田の視線は、響ではなく、その背後に立って自分を殺しかねない目で睨む涼太郎に向けられていた。
そして、成程な、と言いながら身体を起こす。
「バックで男が守ってくれてっから、言いたい放題言えてたって訳か……」
響は、昨日は涼太郎はいなかったし、私がそんな可愛い女じゃないことくらいわかってるでしょう? と柴田の言葉を否定する。
そして、どうごまかしても柴田が女子高生にケンカをふっかけて逆にやられた結果は変わらないと続ける。
「あなたは本当にみっともなくてカッコ悪いわ。ちゃんとそれを受け入れて。私に言いたいことをちゃんと言って。」
柴田は明らかに怒りの表情を浮かべている。しかし決してその視線を響や涼太郎には向けない。
そこに店長がやって来る。
柴田に調理に戻るよう命じると、柴田は大人しくそれに従う。
店長はおもむろにたばこを取り出し、火を点けて、ゆっくりと煙草の煙を吐き出したあと響に告げる。
「鮎喰、もういい、お前はクビだ。」
ぽかんとした表情で店長を見返す響。
そして、何故絡んできた柴田ではなく、自分がクビなのかと問いかける。
柴田はベテランだから昨日今日入ってきたばかりの響よりも使えるから、と店長はその理由を述べて、それにな、と言葉を続ける。
「お前にはわかんねえだろうけど、柴田がお前にイラつく気持ちは俺には多少はわかる。」
店長は続けて、響が生意気だからとかではない、とさらに理由を続けようとするが、それを、いい、と響が止める。
「それ以上は柴田の口から直接聞かなきゃ意味がない。」
意味ってなんのだ? という店長からの質問に対し、響は沈黙するのみ。
しかし響はクビの件は了承するが、解雇通告は法的に1か月前でないといけないからあと1か月は通うと宣言する。
ああ? と驚いた後、店長が呟く。
「……いい根性してんな。」
待ち伏せ
バイトを終えた柴田。
少し歩いた先で、響と涼太郎が待ち伏せしているのを発見する。
「話の続きよ。私の何が気に食わないの?」
当然のように先程の会話の続きを始める響。
驚いた様子を見せる柴田だったが、すぐに不愉快そうに響達を睨むと、自分は不良だらけの瀬戸工業高校に通っていたので、声をかければヤクザくずれみたいな奴が集まる、と二人に脅しをかける。
しかし二人はきょとんとした表情を浮かべるばかりでまるで動じていない。
はあ、そーですか、と言った涼太郎に柴田がキレる。
「なめんなコラぁ!」
涼太郎は柴田の中段蹴りを腕でガードすると、左パンチを柴田の胸に一発当てて屈ませると、右パンチを顔に振り下ろす。
倒れた柴田は、涼太郎を見上げて、クソが、と呟き上体を起こす。
「……高校生でケンカ強くてよ、世の中なんでも思い通りになると思ってんだろ。」
「世間知らずのガキがよ…… さっさと世間に出てみろってんだ! 世の中何一つ上手くいかねーからよ!」
響と涼太郎は、黙って柴田の主張を聞いていた。
けど…、と言葉を繋ぐ柴田。
その表情に既に怒りはない。浮かぶ表情は悲哀を感じさせるものだった。
「女 お前は、もう人生成功しきってんだもんな…」
「高校で…何億とか稼いで、そのくせ場末の中華屋でバイトか。勝ち組が下界の下見気分か?」
「俺はよ… ガキに舐められる為に皿洗いしてる訳じゃねーんだよ。」
響は、やっと本音を話してくれた、と笑顔を浮かべる。
「ようやく会話ができる。さて、解決策を考えましょう。」
あ? と声を上げる柴田。
感想
涼太郎のヤバイ一面がクローズアップ
最近、涼太郎が響のために誰かを殴るシーンが増えてる気がする。
彼は響のボディガードをしているつもりなんだろうけど、突然現れて殴り倒すとか怖すぎる。
響が稀代の小説家として世間から熱い注目を受けるようになり、それに伴って増えてくるであろう、響にちょっかいをかけてくる輩から彼女を守ろうと気を尖らせるようになった結果なのかもしれない。
そういえば忘れがちだったけど、涼太郎ってそもそもヤバイ奴だったっけ。
彼が様々な年代の響の写真で自分の部屋の壁を埋め尽くしており、母からも軽口ではあるが変態呼ばわりされていることは既に2巻で判明している。
しかし、今思えば、その後の彼は割と大人しかったように思う。
最近まで、涼太郎が女性にやたらとモテるところや、他の文芸部部員や響のフォローに回る常識人な一面ばかりが目立っていた。
今後はよりこういうバイオレンスな側面が先鋭化していくのだろうか。
涼太郎が何か問題を起こすエピソードが来るかもしれない。
響の働きっぷり
結構意欲的に、主体的に働けていたように見えていたのに二日目にしてクビ(笑)。
職場仲間、あるいは客とモメて問題を起こすんじゃないかと思っていたから、クビという結果自体は実はあまり不思議じゃない。でも今回のことはさすがに響が可哀想かな。いくら店長には響が客観的にはバイトなんかしなくても良いような立場に見えていてたとしても、それとは関係ないだろうに。理不尽だよなぁ。
店長が昨日から入ったばかりの響より柴田を選ぶのはしょうがないけど、もうちょっと長い目で見ようとは思わないのか。忙しいからモメ事を収める時間も手間もかけられないとかそんなの理由にならないんじゃないか。
山本は別にバイト先をブラックとは表現していない。でもこんな解雇の仕方を見てしまうとさすがにね……。
しかし特に動じた素振りは見せず、1か月は通わせてもらうと淡々と宣言するあたり、本当に超然としてるよなぁ。この姿勢はちょっと憧れる。実際やったら敵も出来るだろうけど。
元々短期で探していたし、1か月通えば目標金額の6万は達成できるから響からしたらもうクビでもいいわけだ。
働きぶりは二日目にしては戦力になっているように見えた。
店長も柴田も細かいとこまで教えてくれない中で、自分で考えてきちんとこなせていると評価して良いと思う。
小説家として有名でなかったら、柴田に絡まれてなかったら、店長はかなり有能な働き手を確保出来ていたのに。
柴田の嫉妬
柴田は人生がうまくいかないと日頃からずっと考えて、常時イライラしているように見える。
そんなの誰でも多かれ少なかれそう思ってるよと思った。それを彼みたいな奴に言っても何の慰めにもならないし、無駄に攻撃を受けるだけだろうから心の中で突っ込むだけだけど(笑)。
自分も別に人生が順風満帆というわけではないけど、才能のある人の挙げた成果を羨ましいと思うことはあっても、その人に柴田みたいに因縁をつけるような絡み方は決してしないかな。いや、出来ないとも言うべきか。どんな形であれ衝突は避けたいし、得は無いし、なにより恥ずかしい。
ふと思ったが、自分は、才能が無いなら、無いなりの矜持って持つべきなんじゃないかなと思う。それは、才能がある人に対して内心嫉妬していたとしても、それを少なくともみっともない形で露出しないことというのかな……。
それは道徳や倫理と言うよりただのかっこつけ、かっこよく言えば美学なんだけど。嫉妬は仕事に取り組む意欲に昇華させるのが理想だし合理的だと思う。
柴田は響に抱いた嫉妬をそのまま何の得も美学もない行動で実際の行動に反映させている。だからみっともなく見える。
若くして成功者としての名を欲しいままにしている響が、まるでお遊びでバイトに来ているように感じていたと柴田は自身の偽らざる本音を吐露した。
それを受け、解決策を考えましょうと提案する響と、果たしてどんな会話、そして結末が生まれるのか。
読者としてはもちろん、持たぬ者の一人として、この先が気になる。
以上、響 小説家になる方法 第91話のネタバレを含む感想と考察でした。
第92話に続きます。
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