第39話 準備
前回、38話の詳細は以下をクリックしてくださいね。
芥川賞直木賞発表前日
暗い自室でベッドに腰かけ、花井が響に電話している。
真剣な表情で響に、明日来るのね、と確認し、了解する花井。
花井は覚悟を決めたと言って響にも覚悟を求める。
何の? と問う響に花井は真剣に「スターになる準備はできてる?」と問う。
「何言ってんの?」
響は携帯を右手、開いた文庫本を左手にして、ソファーに足を投げ出して畳と布団に転がっている。
花井はスマホを右耳にあてたまま考える。
15歳の響が芥川賞か直木賞を受賞したら、綿矢りさの19歳から4歳更新して尚且つ現役女子高生でありながら受賞したことになる。
そしてもしからしたら芥川賞直木賞のダブル受賞もありうる。
そんな状況で記者会見に行って無事で済むはずがない。
覚悟を決めた花井は、響の問いに、なんでもない、と答える。
(そこは私の仕事だ。)
東京に来る時間を問われ、響は13時と答える。
じゃあ13時に待ち合わせようという花井に、賞の発表が夕方過ぎなら会うのはそれくらいでいいんじゃないかと問う響。
「明日は響が東京に来てから帰るまで一瞬も離れない。」
強い決意を秘めた表情の花井。
発表までの時間、ご飯でも観光でも何でも奢ってあげる、と続ける。
少しの間の後、そう、と返事をする響。
「ふみ、ありがと。」
「……こっちのセリフよ。」
おやすみ、と電話を終えようとする響に大変な一日になるからしっかり寝ろという花井。
奢るって言ったら素直なんだから、と電話を切る。
あの子も明日の発表がどれだけ大事かわかってるだろうから心細くもなるか、と笑う。
(ありがとう響。『お伽の庭』を書いてくれて。「木蓮」に投稿してくれて。)
(お返しに、明日は私があなたを守るから。)
梅原晃一
居酒屋「呑んべ」。
「今回の芥川は『お伽の庭』で決まりだろ。」
口回りにひげを生やした男がジョッキを片手に呟く。
『お伽の庭』の優れた点を挙げ、15歳が書いたことから、もう鉄板だろ、と続ける。
「さあ…どうだろうね。」
ひげの男とテーブルを挟んでジョッキを傾けている男がはぐらかす。
現役女子高生が芥川賞直木賞をダブル受賞となると文学界も盛り上がるだろうと言うひげの男。
目の前の男は、そういう決め方はしないと思うけど、と返す。
「『お伽の庭』を読むまでは山本春平が本命だったんだけどな。」
「つーかさ、梅原はほしくないの?」
「ほしいけどさ。」ジョッキを持ったまま、俯く梅原晃一。
(『その先の風景』で芥川賞ノミネートの40歳。)
男は、ふんぞり返ってろ、『その先の風景』は傑作だ、と梅原を励ます。
高野は担当だから、と梅原はジョッキを傾ける。
「担当とか関係なく一読者として。」
だったら『お伽の庭』とどっちが面白かった、と梅原に問われた高野は梅原の目を見ながら、すぐさま『その先の風景』と返す。
ジョッキを傾ける梅原。
「芥川賞作家の肩書きがありゃ、小説の仕事増えるよな。」
梅原は、デビューからヒットも無く作家を続けて10年かけて芥川賞にノミネート、最初で最後のチャンスだろうと呟く。
「高野がどう言おうと『お伽の庭』が本命だよ。話題性も抜群だ。なんでよりにもよって…」
高野は何も答えない。
俯く梅原。
「小説だけでメシが食えるかどうか。最初で最後のチャンスだってのに…」
高野は、大丈夫だからお前は受賞会見のコメントでも考えてろ、と梅原を励ます。
そうだよな、0.1%くらいは可能性が…と前向きになれない梅原。
豊増幸
黒髪の女性が夜道を歩いている。
家の二階の電気がついているのを見る。
ドアを開けると同時に、今、何時だと思ってる、と怒気を含んだ声で注意する女性。
「お母さん遅いっ 今日は早く帰るって言ってたじゃん! 今何時だと思ってるの!」
小さい女の子――ハナが怯むことなく言い返す。
女性は編集さんが前祝いに呑もうって、と言い訳をする。
「小学生の娘ほったらかしてお酒飲んでたの!?」
「あ でも、おみやげあるよ。」
余りものをもらってきた、と女性は笑顔でタッパーを持っている。
おおー、と歓声を上げるハナ。
明日の朝食は豪華だ、という母に、2~3日分の晩御飯になる、と冷静な様子のハナ。
ハナちゃんせこい、と言う母。
家計簿をつけていたというハナは、3回晩御飯が浮くと助かる、と笑顔を作る。
大丈夫よ、と笑う母に、ハナは年末年始で収支が多いから全然大丈夫じゃないと返す。
芥川賞ととったら100万円が入る、と言う母――豊増幸。
(『屍と花』で芥川賞ノミネートの35歳。)
ハナは、確定しないお金は計算に入れることが出来ない、とピシャリと言い放つ。
とれそうなの? と家計簿に目を向けたまま問いかけるハナに、幸は、難しいかもと答える。
前評判だと15歳の女の子の小説が一番評価が高いと、作品の良い点を挙げる幸に、ハナは、大丈夫、と答える。
「お母さんの小説面白いもん。」
その言葉に表情を緩ませる幸。
ハナの傍らに幸の目がいく。
ハナの隣の椅子に見慣れない服がかかっている。
何その服? と言う母の問いに、やっと気づいた、とハナが服を手に取る。
「明日芥川賞とったらテレビに出るんでしょ。そんなヨレヨレのスーツじゃみっともないよ。」
幸は服を受け取る。
「え、ハナちゃんどーしたのこれ。」
人聞きの悪い、と母の目を真っ直ぐ見据えるハナ。
「お年玉で買ったの。親戚いっぱいまわったんだから。」と何でもない事のように目を伏せる。
服についているタグを確認する幸。
¥19800の文字を見て涙を浮かべる。
ハナを抱きしめる幸。
「ありがとね。お母さん明日これ着てテレビ出るからね。」
お酒くさいー、とハナ。
山本春平と二階堂理
杉並区立井草東公園。
街灯に照らされたベンチに並んで腰掛けている二人の若い男。
「8年前を思い出すな…」
オールバックにしている男が語り出す。
同い年で同時期にデビューして二人でデビュー作が芥川賞にノミネートされた。
あの日も発表前日に上京してお金がないからこの公園で色々語り合った。
「まさか8年足踏みするとは思わなかったよ。」という二階堂理。
(『ピカレスク』で芥川賞にノミネートの33歳。)
隣で黙って聞いているの山本春平。
(『豚小屋の豚』で芥川賞にノミネートの33歳。)
二階堂は、それも今日まで、芥川賞ノミネート4回で今回こそ受賞だと缶ビールを傾ける。
「とれなかったら就職する。」
じっと聞いている山本。
二階堂は、みんな人生がかかってるんだろうな、と空を仰ぐ。
芥川賞をとらなければ作家ではないみたいな風潮ってなんだよ、と愚痴る二階堂。
「だったら全員に配ってくれ。」
口元をわずかに持ち上げる山本。
「本当にな…ただ小説でメシが食いたいだけなんだけどな…」
文芸部の課外活動のついで
翌日。
上野駅の公園口で待つ花井。
腕時計を見て響の到着を「遅い」と待っている。
そんな自分に気づき、自分の方が今から緊張してると自覚する。
あの子の方が緊張してるだろうから私がリラックスさせてあげないと、と自分に言い聞かせていると響が到着する。
響! と顔を向ける花井。
そこには文芸部の部員一同が集合していた。
キョロキョロする花代子を注意するタカヤ。
花井に向けて片手を上げているリカと響の後ろに涼太郎。
お待たせ、と言う響。
花井は状況が理解できず、顔に唖然とした表情を貼り付けている。
この人が今日のスポンサーよ、と響は花井を指さす。
よろしくお願いします、とにこやかに挨拶する涼太郎。
タカヤにきちんと挨拶を促す花代子。
「今日のお金全部出してくれる人だよ!」
お願いしゃっス、とだけ言うタカヤ。
ちょっと、と花井が響を連れて文芸部部員たちから離れていく。
響の顔、頬の位置を両手で挟む花井。
「リカちゃんはまだしも! 何この子達。」
言ってなかったけ、と全く動じていない響。
「今日って落選したら私 無駄足なんでしょ。だったらメインの用事がほしいと思って。文芸部の課外活動になった。」
(……遠足のついでに、芥川直木の発表待ち……)
響の考え方にドン引きの花井。
「動物園に連れてって。」
どこかの方向を指さす響。
「パンダ見たい。」
感想
芥川賞ノミネート作家たちのそれぞれの一日。
長い作家生活の中ではじめてノミネートされた梅原。
何度も何度もノミネートされているのに受賞できていない二階堂と山本。
シングルマザーの豊増幸。
それぞれに共通しているのは苦労しているということ。
賞が欲しくて、それを得れば自分に輝かしい未来が待っていることを信じている。
自分にその栄冠が輝くことを望んでいる。
しかし響は違った。
15歳でまだ社会に出ていない響がその天才的な文才によって仕上げた『お伽の庭』は日本文壇における最高の栄誉を掴める位置に響を押し上げた。
芥川賞の発表前日、ノミネート作家及びその周辺の人間の、少なからず緊張はしている様子が描かれている今話だが、響だけが全く動じていない。
芥川賞直木賞の発表よりも文芸部の課外活動の方が響の心中のウェートを占めているような様子に花井が愕然としているのは面白い。
響は、既存の権威にそこまで興味が無いのだろう。
悲壮なまでの決意で響を守ろうとしている花井。
ノミネートはおろか、受賞できたとしてもそれをそこまで大したことだと思っていない響。
この意識のズレはストーリーに何をもたらすのか。
以上、響 小説家になる方法 第39話 準備のネタバレ感想と考察でした。
次回、40話の詳細は以下をクリックしてくださいね。
コメントを残す