第74話 初詣
目次
第73話のおさらい
雪の降るクリスマスイブ。
クリスマスイルミネーションに彩られた街の本屋の平積みコーナーに響の新作である『漆黒のヴァンパイアと眠る月』、その隣には『お伽の庭』が積まれている。
芥川賞直木賞同時受賞の響がライトノベルかと笑いながらも、客はどんどん本を手にしていく。
咲希もまた一冊『漆黒のヴァンパイアと眠る月』を手に取っていると、隣に見覚えのある顔の男性が立っているのに気付く。
芥川賞に何度もノミネートされている山本春平に話しかける咲希。
咲希は山本に小説を読んでいると告げながらも、その脳裏では昨年の芥川賞で響に敗れたのを思い出し、響が気になっているのかと想像する。
咲希はふと、小説家とはどうしたらなれるのかと山本に問いかける。
自分は小説だけで飯が食えていないから小説家ではない、と答える山本。
咲希が、芥川賞に何度もノミネートされたのに、とフォローするも山本は頑として自身は小説家ではないという立場を崩さず、『漆黒のヴァンパイアと眠る月』を手にとってレジへと向かう。
その背中に今度は芥川賞を獲れたらよいですね、と先が声をかける。
笑顔で振り向く山本だが、その笑顔が強張っているのを見て咲希は自分が失礼な事を言ったのではないかと気付く。
帰宅した山本がテレビをつけると、ちょうど自分と同じく芥川賞にノミネートされているアイドル南野悠斗のインタビュー番組が映る。
浮ついた会話を見て笑う山本。
小説家は努力して書き続けて目指すものではない、と先ほどの咲希の質問に自分の内で答える。
ナリサワファーム。
『漆黒のヴァンパイアと眠る月』の売上が好調で浮かれる月島に総務の近藤が響との契約書についてですが、と声をかける。
同じ時間、響は自宅のダイニングのテーブルを挟んで父と向かい合っていた。
『漆黒のヴァンパイアと眠る月』を片手に響にお金の事はどうなっているのかと訊ねる父。
部屋から契約書を持ってくる響。
その契約書には響のサインも判子も無い。
契約書も無いのに本が出るのかと驚く父。
その時、響のスマホに月島から契約書を送れと催促が来る。
後日出版社と話すと言って、父は、2冊目の小説を出した響はもう立派な作家だと感慨深げに語る。
いつから小説家になろうと思ってたんだ? という父の問いかけに響は答える。
「気がついたらなってた」
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第74話 初詣
1月2日
神社の境内。
ノリコとカナエが鈴を鳴らし、手を合わせて煩悩に塗れた願いを口にする。
咲希はその隣で静かに手を合わせる。
お参りを終えて境内を後にする三人。
ノリコとカナエが次にどこに行こうか話し合うが中々決まらない。
そんな中、咲希の響は正月何しているのかな、という一言がきっかけで花代子を誘って響の家に行く事が決まる。
ゲームに無類の強さを発揮する響
鮎喰家。
ノリコたち4人に加えて響と涼太郎の6人で人生ゲームが行われている。
ダントツの一位の響を除き、他のプレイヤーは響の資産額の半分もいかないところで争っている。
ビリは花代子で、一向に逆転の目に恵まれない。
次点のノリコが勝機を掴み、場の雰囲気が変わりかけるが、響は良いマス目を出してあっさりとその勝機を叩き潰してしまう。
やってらんねー、とわめくノリコたち。
「だからやめればって言ったのに。」
響は子供の頃から大抵のゲームで負けたことがないのだという涼太郎の言葉に閉口する咲希。
部屋のドアが開く。
響の兄「健(けん)」登場
そこには響の兄の健(けん)がお菓子やみかんを載せた盆を持って立っている。
健は、大阪の大学に通っている響の兄だと自己紹介する。
おにいさんがいたのか、と驚く一同。
健は涼太郎に、ここにいるのは本当にみんな響の友達なのかと問いかける。
涼太郎から、うん、という返事を聞き、そっか、と健は一同を見つめる。
「ひーちゃん、しばらく見ない間に……」
響の肩に手を載せて目を見つめる健。
なによ、と返す響に、健は、成長したな、と抱き締めようとする。
響は健の顔を手でぐいぐい押して全力でそれを拒否する。
「そうそうひーちゃんの小説俺ちゃんと読んでるよ。『お伽の庭』はもう俺感動しまくった。」
拒否する響に構わず感想を述べる健。
後で聞くから出てって、と響は必死に健を押し返す。
そして、最近発売された『漆黒のヴァンパイアと眠る月』も面白かったと会話を続けようとする。
出てって! と激しく拒否する響。
しかし健は全く引くことなく、響のアルバムを見る? とみんなに問いかける。
見たいという声の中、響だけが出てけ、と再び健を拒否する。
凧揚げ
外に出た一同。
ノリコとカナエが外で凧揚げをしている。
ノリコは見事に空に舞い上がった凧を操作し、近くに揚がっている別の凧にケンカを仕掛ける。
その凧を操っているのは響だった。
響と咲希は隣り合って坂の中腹に腰を下ろしている。
リカさんも来れたら良かったですね、という咲希に、響は凧の操作をしながら、出版社との挨拶が色々あるみたい、と答える。
響にそういう仕事は無いのか、と問う咲希に響は、別に、と答える。
咲希は、響もリカも高校生なのにもう小説家ですごい、と呟くように口にする。
はあ、とだけ返す響。
「私も、響さんみたいになりたいな……」
響は咲希の横顔を見つめる。
「……響さんと会って、去年から色々考えてたんですけど、私も、小説家になりたい……」
響は、色々って何? と突っ込む。
「え………と。」
咲希は響の顔を一瞥し、再び前を向く。
「そんな簡単じゃないってこととか…私が響さんみたいになれるのかなとか…」
響は再び、はあ、と返事をする。
「ふーん……」
そして、話に関心があるのかわからない態度を見せる。
今月文芸コンクールの結果が出るが、自分は自身がある、という咲希。
「咲希の小説は好きよ。楽しみにしてる。」
響は操作している凧に視線を固定しながら笑みを浮かべる。
別れる
一年組は響たちと別れて路地を歩いている。
ノリコは勢いで買った凧をどうするか考え、リカにあげる案を出す。
押し付けようとしてる、とカナエ。
そんな二人のやりとりを見ていた咲希は、二人は将来の事を考えているのか、と問う。
全然!? とノータイムで答えるカナエ。
「そーいや私らも将来とかあんだっけ。やべー今が永遠に続くと思ってた。」
ノリコの言葉に笑うカナエ。
咲希は呆れたように目を伏せる。
線路沿いを並んで歩く涼太郎と響。
初詣に向かうという響に、涼太郎は家の手伝いがあると呟く。
何かあったら大声で俺を呼ぶんだぞ、という涼太郎に、響は一瞥する事すらなく、うるさい、とだけ返す。
正月から喧嘩するな、お社の中に勝手に入るな、という涼太郎に再びうるさいと一喝する響。
偶然会う響と山本
神社の境内を歩き、響は拝殿に辿り着く。
賽銭を放り、鈴を鳴らして拝む。
参拝を終えて響が帰ろうとすると、拝殿に歩いてくる山本と視線が合う。
「…久しぶり。」
「……ああ。」
気まずい沈黙を保ったまま、響は立ち止まっている山本の横を通り過ぎる。
「……何を祈ったんだ?」
山本は拝殿に向いたまま問いかける。
特に何も、と若干戸惑い気味の響。
「毎年特にお願いすることないの。自分のことは自分で何とかしたい。」
そっか、と返す山本。
「俺は今度こそ芥川賞とれるように祈るよ。お前はお前 俺は俺だ。」
表情を緩ませる。
そんな山本を笑顔で見つめる響。
「死にたくなったら教えて。また止めてあげる。」
拝殿に歩き出した山本の背中に向けて呼びかける。
忘れろ、とだけ答える山本。
感想
響の兄登場
響に兄がいることは割と前に分かっていたけど、ここで登場かぁ。
てっきり響の男版かな、と思っていたたけどフランクな感じの好青年だった。
中学生の時は涼太郎以外に友達がいないくらいに尖っていた響とは全く正反対の、コミュニケーション巧者のように見えた。
特に響に対して押しが強い感じに笑った。響の扱いを良く心得ているんだろうな。
響は苦手にしてそうだ。
涼太郎はこの兄弟のやりとりから響との適切な距離感を学んだのかもしれない。
響が『お伽の庭』の作者だと知って、他言しなかったのだろうか。
あまり浅薄な印象は受けないし、響が正体を隠して覆面作家をしていることからそれを察して沈黙出来るタイプのように感じる。
少なくとも、父から響が小説家であることについて他言無用だと厳命されている、という線はあまり考えられない。
響の味方だと考えて良いだろう。
山本は吹っ切れたのだろう
前回、山本は小説家とは努力してなるものではない、と自分なりに悟ってしまっていたように見えた。
自分と同じく芥川賞ノミネートの南野悠斗は、いわばアイドル活動の一環くらいにしか考えていないとわざわざメディアで公言してしまうほどに思慮の浅い人間と言える。
芥川賞に執着する山本がライバルの作品を読まないという事は無いだろうから、南野の作品を読んでいるという前提で考えた場合、南野のインタビュー番組を見ている山本の表情からは南野の作品への敬服は感じられない。
南野にあって山本に無いのは環境だと思う。
本を書いて、と編集者に声をかけられるままに書いた本が、アイドルという事でとりあえず注目される。
出版不況ということもあり、目玉を用意することで注目を高めたい選考委員会の思惑と上手い事合致し、とりあえずノミネートまではされるという流れ。
対して山本はそんな流れとは全く無関係に、小説の力だけで勝負している。
前年に芥川賞どころか直木賞まで獲った響は完全に実力だった。
自分に響ほどの才能は無いが、しかし響に何度でも挑戦しろと言われた通り、やるしかない。
今回の話の最後、山本の笑みは吹っ切れたということだと解釈した。
自分より先に拝殿で手を合わせていた響は、自分の事は自分で何とかしたい、と言った。
それに対して山本は芥川賞受賞を祈った。そして、響は響、自分は自分だと付け加える。
誰かと比べても意味が無い。自分は自分のやり方でやるしかないのだと腹をくくったのだと思う。
元々小説に対して真摯に取り組んでいたし、そのやり方で5度の芥川賞ノミネートをされるほどの実力を磨いてきた。
今回のはさすがに獲りそうな気もする。南野が獲ったら気分が悪いな。
この作品のテーマは響という圧倒的な天才を描くことだけど、南野はとても天才だとは思えない。
環境に恵まれただけかもしれない人間に対しては、山本のような努力の人が勝って欲しい。
南野の作品が優れたもので、本人の才能によるものだったら山本は負けるだろう。
咲希の運命は
最近は、随分と咲希にフォーカスが当たっているように思う。
響やリカを、身近で理想の小説家のモデルとして見ているであろう咲希は、一年間の文芸部の活動を通して響やリカのような小説家になることを切望するようになった。
文芸コンクールで響と張り合うのも、自分が小説家としてやっていけるかどうかを図ろうとしているのではないだろうか。
身近にいる人間が日本でもトップクラスの作家という環境は、ただの読書家であっても意識せざるを得ない、そして作家志望にとってはこれ以上ないくらいに刺激的な環境だと思う。
咲希は響たちと過ごした日々を通じて、読書家から作家志望へと変貌していった。
恐らく咲希は前々から小説を書いていただろう。
小説好きは必ずと言って良いほど最初の一行くらいは書いてみるものだと思う。
しかし、それまで何となく書いていた小説を、今回の文芸コンクールという好機を得て、これまでの自分の全てを投入したような力作の執筆に費やした。
今回の話中に限らず、響に対して文芸コンクール受賞の自信がある、と言うあたり、咲希なりに全力を出したということだろう。
次の話あたりで文芸コンクールの結果が出るのではないか。
果たして咲希は受賞しているのか。やはり響がダントツで大賞を獲るのか。
あと、関係無いけど響があらゆるゲームに強いというのは何故か納得がいく。
これまで色々な敵と対決してきたが、負けなしの響は元々勝負勘に優れた強い人間なのだと思う。
剥き出しの感性が五感はおろか、第六感までも鋭くさせているというか……。
投機の王であるジョージソロスは、子供の頃、モノポリーで絶対に負けたことが無かったというし、勝つ人間はゲームに強くて当然だと思うから、自分は響がゲームに強いという設定をごく自然に受け入れられた。
よく考えなくても、それは優れた小説を書ける響がゲームに強い事の何の根拠にもなってないけど、こういうのは直感で良いんだと思っておく(笑)。
以上、響 小説家になる方法第74話のネタバレを含む感想と考察でした。
第74話の詳細は以下をクリックしてくださいね。
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