第67話 強襲
第66話のおさらい
アイドル女優のセリフが飛び、自分の演技とシーンが台無しになって起こる女優。
女優――南條は監督とプロデューサーの吉高に自分を降ろすかアイドルを降ろすか決めろと詰め寄りその場を去ろうとする。
しかしその前に津久井が立ちふさがり、吉高に、南條を外せと命じる。
経緯も知らないのにとその言葉を跳ねつける南條に、津久井は南條が新人時代から掲げていた「演技で世界を変える」ことが出来てないだろうと指摘し南條を黙らせる。
さすがだと津久井に礼を言う吉高。
つまらなそうに南條を見る津久井。
ナリサワファームでは霧雨と月島が打ち合わせをしていた。
「漆黒のヴァンパイア」の作者が芥川直木同時受賞作家の響だと知った霧雨は響がドキュメント制作を了承したことを訝る。
そして、喫茶店で200万部を超える売り上げを出している一流作家の響に対して言った発言を思い出し恥じるのだった。
響ドキュメントにコメンテーターとして出演予定の鬼島が花井のスマホで響と会話する。
大暴れを期待して楽しそうな鬼島は電話を切った後、花井にスマホを返しながら、響が本当に何をするのかと問いかける。
自分は見守るだけだと返す花井。
二人は当日、一ツ橋テレビに齎されるであろう惨状を覚悟するのだった。
響ドキュメント収録日前日。
収録が行われるセットの前で佇む津久井に吉高が南條を諫めた礼を言う。
津久井は、南條が降りる気も降ろす気もなかったと言い、かつては信念のあった本物の天才だったと寂しそうに呟く。
吉高は、響は本物かと問いかけ、にやりと笑って、明日分かる、と返す津久井。
揉めている響に収録に来られたらまずいんじゃないかという吉高にも、津久井は、そこも含めての収録だと楽しそうに返す。
11月25日の収録日当日。
次々に一ツ橋テレビに集う関係者たち。
制服姿の響もまた一ツ橋テレビの前に立っていた。
その響に背後から声をかける女の子。
涼太郎との仲をとりもって欲しくて、響に度々ちょっかいを出している同級生の笹木が後をつけてきていたのだった。
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第67話
響ドキュメントの収録が行われるスタジオ。
出演者の一人である檸檬畑48のメンバー美南りんが花井に挨拶をする。
『お伽の庭』の感想を述べた上で、短いながらもきちんとまとまった挨拶をする美南の様子に花井は驚く。
「……響と同い年で、しっかりしてるのね。」
「あの女と比べりゃ大抵はな。」
隣にいる鬼島が答える。
「本番はいりまーす!」
組まれた雛段の一段目に並ぶ鬼島と花井、そして花井の隣には美南、隣にもう一人の女性ゲスト。
その上の段には男性ゲストが四人並ぶ。
対面には男性と女性の司会者が二人。
オープニングのナレーションが流れる。
収録開始
「遡る事一年、文芸界にひとつの伝説が生まれました。」
「純文学最大の権威を持つ芥川賞、同じく大衆文学の直木賞。」
「この二つを史上初めて同一作品が受賞したのです!」
「作品名は『お伽の庭』、しかし更に世に衝撃を与えたのは、作者は同時15歳の女子高生。」
「日本中に注目されながら、取材の一切を断りその素顔は誰も知らない。」
「日本文芸界史上最高の才能を持つ16歳の女子高生が、クリスマスの今宵ついにその正体を明かす!」
「『響・ザ・ノンフィクション』!」
雛段では鬼島と花井以外が笑顔で拍手をしている。
鬼島は笑顔を浮かべ、花井は机の上に両腕を乗せて目を閉じている。
男性司会者が隣の女性司会者に話しかける形で番組がスタートする。
「いや ついにこの日がきましたね。」
その手には『お伽の庭』。
「顔を出していないにも関わらず、日本国民1億2千万の注目を集めている16歳の天才小説家響さんの素顔がついに見られるという、これクリスマスの収録番組なのに史上初の視聴率100%いくんじゃないですか。」
「そうですね、いくかもしれませんねー。」
普段は小説は読まないが、『お伽の庭』は読み、そしてまんまと感動したという男性司会者。
分かりますー、と話に入っていく美南。
小説は『100万回生きたねこ』くらいしか読んだ事なかったけど『お伽の庭』はすごくハマった、と続ける。
背後の芸人らしき眼鏡の男性ゲストにそれは絵本だとツッコまれ、美南は、小説じゃないんですか、と返す。
君ホントに『お伽の庭』読んだ? 漢字とかちゃんと読めた? とさらに突っ込まれる美南。
「いや それが! 感じ読み飛ばしてもすっごい面白くって!」
「それ読んだって言わねえよ!」
さきほど美南からきちんとした挨拶を受けていた花井は、美南がキャラに徹してきちんと仕事をしているのを目の当たりにして感心する。
(……頑張るなあ。)
場が温まったところで、男性司会者が花井を紹介する。
「さて本日はゲストに響さんを最も良く知る人物、この人がいなかったら『お伽の庭』は世に出てなかったとまで言われる、小論社の花井ふみさんに来て頂いています!」
「……よろしくお願いします。」
花井は目を閉じたままぽつりと挨拶する。
「花井さんといえばこの映像!」
中央のモニタに花井が響の芥川直木受賞会見時に失礼なカメラマンの顔面に正拳を打ち込んだ瞬間が映し出される。
一時期はニュース番組で繰り返し流されていた、と続ける男性司会者。
お恥ずかしい、と顔を伏せる花井。
その後もボケとツッコミがふんだんに織り込まれた番組進行が続いていく。
津久井はスタジオでその様子を見守っていた。
「随分とバラエティ寄りにしたね。」
津久井の隣で収録を見ている廣川が一言感想を漏らす。
クリスマスのゴールデンだから、ターゲットは老若男女だと答える津久井。
「響は来るの?」
津久井はスマホの画面を見ながら、受付に津久井あての女性が来たら連絡の上でスタジオに案内を頼んだけどまだ連絡がないと答える。
「来ないなら来ないで、まあ、いいよ。」
警備の目
一ツ橋テレビの中に入っていく響とその後をついて行く笹木。
笹木は、テレビ局って入口は勝手に入れるんだ、と呟いている。
付いてこないで、と背後の笹木に向けて言う響。
響がテレビ局に来た目的が番組の観覧だと信じて疑わない笹木は、観覧は大抵二人一組だから女子高生が増えたらむしろ喜ぶだろうと何食わぬ顔で答える。
響はどうにもならない笹木に閉口する。
そばに警備員が立っているゲートを見つけた響はゲートに入って行こうとする。
ピンポーンというチャイムと同時に自動でシャッターが出て、響の通行を妨げる。
ちょっと、と警備員が響に声をかける。
「すみません、ここから先はオフィスになるので、ご用でしたらあちらで受付をして下さい。」
そういって、警備員は受付を指し示す。
響は黙っている。
「なにやってんの恥ずかしいわね。」
笹木は両手を腰に当てて響に、さっさと受付を済ませろと命令する。
「殴りこみに来てんのに、いちいち受付なんてしないわよ。」
響は鋭い表情で笹木に一言返す。
は? と呆気にとられる笹木。
響はゲートの先を観察する。
ポーン、とエレベーターが到着する音が聞こえてくる。
一瞬考えた後、響が笹木に、女、と話しかける。
名前を呼ばれなかった笹木は、笹木よ、と返す。
響は笹木に、どうしても付いてくる気かと問いかける。
笹木はその通りだと答え、代わりにリョータとの仲を取り持て、と当初の要求を再び繰り返す。
どうしても退かない笹木の様子に折れた響。
「……ここで下手に残しても厄介だし、分かった。」
響は笹木の目の前に歩み出て、真正面から笹木を見下ろす。
「ただし、今から何も考えず私の後を全力で付いて来て。」
侵入
笹木は、響の有無を言わせぬ迫力に圧される。
「は? 何。」
説明は後でする、とさらに笹木に近づく響。
「今は何も考えるな。一瞬も迷うな。ただ私の後を全力で付いてくる事。」
笹木は響の目を見つめながら、分かった、とだけ答える。
響は肩にかけていた鞄を持ち手をそれぞれの肩にかけ、まるでリュックの様に背負う。
ゲートにパスをかざして入っていくスーツの男性をじっと観察し、間合いを測る。
「カウントダウンする。0(ゼロ)でダッシュ。」
背後の笹木に振り向くことなくそれだけ言う響。
笹木は素直に、…分かった、と答える。
「5、4、3、」
スーツの男性が角を曲がり、響たちから姿が見えなくなる。
「2、1」
響は目を閉じたままカウントする。
ポーン
エレベーターの扉が開いた音。
「0!」
響が駆け出す。
ピンポーンというチャイムと共にゲートのシャッターが閉じるが響はそれをジャンプして飛び越える。
「……!」
マジかよ、という表情をしながら笹木も後に続く。
「は…?」
呆気にとられる警備員。
その場にいた人間が皆同じように呆然としている。
ゲート内への侵入に成功した響はダッシュでさきほどスーツの男性が曲がった角を同じように曲がる。
左! と響に指示され、笹木も響と同じように角を左に曲がっていく。
スーツの男性がエレベーターに乗っている。
今にもその扉が閉まっていく、その瞬間に響と笹木は見事にそのエレベーターに乗り込むことに成功する。
扉の閉じたエレベーターは上昇していく。
響と笹木を追いかけた二人の警備員はエレベーターの前で呆然と呟く。
「……おいこれ。」
「不審者……?」
エレベーター内。
響は16階のボタンを押している。
スーツの男性は響を不思議そうな表情で見ながら途中で降りていく。
エレベーター内で二人きりになった響と笹木。
「………?」
笹木が響を呆然と見つめる。
「え…と。何これ。」
「だから言ったでしょ。」
響は当たり前のように答える。
「殴り込みだって。」
「え……と。」
事態が掴めない笹木はかろうじて働く頭で問いかける。
「何かの番組……? なぐりこみ? 誰に…?」
「今どこにいるかは知らないから、まず知ってそうな奴に聞きに行く。」
響は笹木を見る事無く答える。
不意打ち
スタジオでは収録が進んでいく。
その様子をじっと見つめる津久井。
その隣には廣川と会社の上層に位置するらしき中年男性。
突如、津久井の後頭部に響の飛び蹴り――ドロップキックがヒットする。
完全に不意打ちを食らった津久井はうつ伏せに倒れ込む。
体を投げ出す蹴りを放った響も地面に落ちる。
「は……?」
津久井の隣にいた中年男性、そして廣川が突然の出来事に驚く。
「カメラまわせ!」
津久井が一喝する。
ぐい、とスタジオのカメラが響に向けられる。
「……痛って。」
津久井が首を押さえながら立ち上がる。
「さすがに不意打ちはきくな。」
響に振り向く。
「ようやく来たか。受付はなにやって…」
廣川と中年男性は口をあんぐりと開けて、しっかり地面を踏みしめて立つ響と、その背後を見ている。
そこには、笹木にペン先を喉元に突きつけられた白髪のスーツの男性が立っている。
涙を浮かべながらペン先を男性に突きつけている笹木。
白髪の男性は脅されているにしてはあまりにも堂々とその場に立って津久井たちを見ている。
津久井も廣川たちと同様に口をあんぐりと開く。
「さてと。収録を中止しないと。」
響はペン先を笹木と同様に白髪の男性の喉元に突きつける。
「こいつの命はない。」
「……社長。」
それだけ言って二の句が継げない津久井。
感想
う~ん。そうきたか。
響は社会人の急所を良く知ってる。
というよりも、本能的に見抜いている感じがする。
津久井がそもそも社会人であり、響もそうだろうと考えていた節がある。
響が自分の考えていたように受付を通してやってくると考えていたのは、響を侮っていたからだろう。
対して響は、自分が津久井の誘いに乗って収録の場に行くのではなく、あくまで番組を潰しに殴り込みに行くのだという自分の目的にきちんとフォーカスしていた。その心構えがあった。
だから、わざわざゲートを飛び越えて侵入する方法をとったのだと思う。
そしてタイトル通り、津久井を「強襲」した響。
その成功の要因は、響が津久井に用意された受付を通さず、わざわざ困難なオフィスへの侵入を成功させた点にある。
響は津久井が受付に響をスタジオに案内するように言い含めていたことなど知らないが、たとえ知っていたところでその通りにはしなかった。
今回の様に殴り込みを仕掛けるという筋を通す為に侵入していただろう。
そして会社の上層、よりによって社長を脅して収録の現場に現れたことで、響は津久井を完膚なきまでに打ちのめした。
これ、津久井はもう詰みでしょ。
津久井の立場になって考えてみると、取材対象者に許可をとっていない状態で綱渡りのドキュメント制作を行う日々は、もしバレたらと思うと眠れないくらいのストレスを抱えてしまうと思う。
そして、今回、一番バレてはいけない人にバレた。
自分だったら気絶するかもしれない。小心者だから(笑)。
そもそもドキュメント制作の許可をとっていなかった時点で津久井が全面的に悪い。言い訳なんて出来ないだろう。
響のやってることは不法侵入プラス暴力行為でこれも中々の犯罪行為だけど(笑)、まぁそこは漫画だしこれまでも罪に問われることはなかったから良しとしよう。
そもそも響に理があることだし、社長も堂々としていて中々の傑物という雰囲気が漂っている。
社長の計らいで、多分お咎めなしになるだろう。
この話が収録された単行本のamazonレビューなんかでは評価が荒れそうな感じがするけど(笑)。
響が誰かにも泣きつかないという確証の元にドキュメント制作を始めたという説明は自分の部下には使えても上層にはさすがに無理。
とても説明できない、その汚い目論見が会社の上層に知れた時点で響ドキュメントは終了だったということだな。
知ってしまった以上、会社の上層としては明確な違反行為を行っている津久井を全力で止めないといけないわけで、この収録の為に割いた人員や予算、労力の全ては響ドキュメント制作中止により泡と消える。
ドキュメント制作の基本的事項である取材対象者の許可を意図的にとらないという悪質な違反行為と併せて会社を首になってもおかしくないレベルだと思う。
そもそもこんな騒ぎを起こしてしまったらとても会社にはいられない。
まぁ、テレビという特殊な業界では、津久井のような失敗も時間が経てばむしろ面白おかしく語られかねないとも思うけど。
ただ、津久井も天才の一人としてここからあがいて見せて欲しい。
凡人なら現在の津久井の状況から何も立ち回ることが出来ないまま終了する。
津久井は社長の登場は想定していなかっただろうけど、みっともなくてもいいからあがいてくれ。
しかし、響が社長を収録の現場に連れて来れたのは偶然だろうな。
社長が会社にいるとは限らないし、社内にいるとしてもどこにいるかは分からない。
響が最初から社長を狙って16階のエレベーターのボタンを押したという事は無いだろう。
本来、邪魔者のはずの笹木をきっちり脅し役として使っているのには笑ったなぁ。
泣きながら社長にペンを突きつけている笹木が可愛い。
テレビ局の人間は皆響の行動に驚いていたのが小気味よい。
破天荒とはまさにこういう人間を形容する言葉なんだろうな……。
テレビ局に侵入して社長を人質にするとか立派なテロリストだよ。ほんと。
あとこれ、警備員はたまったもんじゃないな。
テレビ局に直接雇用されていようが、委託を受けた業者であろうが、失態には変わりないから何かしらの処分は受けるのではないか。
何しろ女子高生に容易く侵入を許し、その上で社長を人質にされたんだから……。
社会人になって以来、こういう脇役達のその後に普通に思いを馳せるようになってしまったんだなぁ……(笑)。
次回、ほぼ詰み状態の津久井は即ギブアップして醜態を晒すのか。
それとも響に一矢報いることが出来るのか。
響が津久井をどこまで追いつめるのか。楽しみ。
以上、響 小説家になる方法第67話のネタバレを含む感想と考察でした。
次回第68話は以下をクリックしてくださいね。
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