第44話 作者
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クビを覚悟する花井
疲れたー、と一人夜道を歩く花井。
花井は、昼から響達を動物園、遊園地に引率し、夜には響と記者会見に臨んだことを楽しかったと結論する。
「再就職先を探さないとね。」
花井はコンビニで買ったおにぎり、お茶、そして就職情報誌を公園のベンチで広げている。
文芸関連は記者会見の場で人を殴ったのでもう無理か、とサバサバしている花井はおにぎりを食べる。
「『お伽の庭』は世に出せたし、まあいいか。」
会社からの電話に出る花井。
(編集長か大坪さんか、クビ通告でしょうね。)
「はい、花井さんでーす。」
「花井、黒木だ」
電話に出たのは小論社営業部長。
どうして、と驚く花井に記者会見面白かった、と労い、結論を伝えるという黒木。
「『お伽の庭』についてだが、」
山本と響
降りた踏切の遮断機の前で並んで立っている響と山本。
遮断機が上がり、響が歩いていく。
山本はその場に立ったまま響の背を見てから視線を下ろす。
(……次、いくか。)
視線を上げると、響が踏切の中央に立ち、山本に半身を向けて振り返っている。
「死ぬつもり?」
不意にズバリ言い当てられて驚く山本。
「さっき遮断機に手をかけてたでしょ。」
響の言葉に暫く沈黙して、山本はようやく切り出す。
「……関係ないだろ。さっさと行ってくれ。」
関係あるわよ、と即答する響。
「もし明日あなたがここで自殺したって知ったら、私が嫌な気分になるでしょ。」
「どうして死にたいか教えて。納得したら消える。」
山本は、俺は小説家だ、と正直に答える。
名前は? と笑みを浮かべて問う響に、山本は、無名だよ、と答える。
「10年やってなんの結果も出せなかった。もう終わりにする。」
響の山本を見据える目が鋭くなっていく。
「10年やってダメだったなら11年やればいいでしょ。」
山本は諦めたような笑顔を浮かべる。
「ずっとそう思ってきたよ。全然売れない駄作を書き続けて、次こそは次こそはって。」
おもむろに握られた右手を突き出し、手を開く。
「その積み重ねの10年だ。もう、疲れた。」
山本は響から踵を返そうとする。
「君が行かないなら俺が消える。じゃあな。」
「私も小説を書いてる。」
響は、歩き始めた山本の背中に言葉を投げかける。
響に振り返って「子供の作文と一緒にしないでくれ。」と反応する山本。
「別に誰かのために書いてるわけじゃないし、自分のためでもない。」
「ただ書きたくて仕方ないから書いてるだけだけど。」
淡々と言葉を紡ぐ響を山本はじっと見ている。
「でも誰かが私の小説を読んで面白いって思ってくれた嬉しいし、多分その小説はその人のために書かれたものだと思ってる。」
「10年小説家やってたなら、あなたの小説読んで面白いと思った人は少なくてもいるわけでしょ。」
「それは私かもしれないし。」
山本は響の言葉を黙って聞いている。
「売れないとか駄作とか、だから死ぬとか、人が面白いと思った小説に、作者の分際でなにケチつけてんのよ。」
真っ直ぐ山本を見据える響。
「……子供のくせに、正論言いやがって。」
俯いて呟くように言う山本。
カンカンカンカン、と遮断機の警報がなる。
私は死なないわよ
君、名前は? という山本に響は短く、響、と返す。
和らいだ表情の山本が……ありがとう、と響に感謝を伝える。
そして、少し考えて、響? と問い返す山本。
響はそれに反応せず、言葉を続けようとする。
「それよりなにより、順序が逆よ。」
「響? 君もしかして、」
遮断機が下り始め、踏切の上にいる響と外にいる山本が遮断機で隔てられる。
「いやそれより、」
遮断機が下りたにも拘わらず響がまだ踏切の上にいることに焦る山本。
「なにやってんだおい。とりあえずこっちに来い。」
「私が出たらあなた死ぬつもりでしょ。」
事も無げに言う響。
踏切の警報は鳴り響いている。
「駄作しか書けないから死ぬ? バカじゃないの。」
焦る山本。両手を胸元に上げて響を必死に説得している。
「わかったから! 死なないから! いいからそこから出ろ!」
「太宰も言ってるでしょ。小説家なら、」
すぐそこまで近づいてきている電車の前照灯が踏切上の響を照らす。
「傑作一本書いて死になさい。」
響はすぐそばまで近づいている電車に全く動じていない。
キイイイイ、と急ブレーキがかかり、電車がシュー、という音を出して停止している。
電車の運転席には顔を伏せた運転士の姿。
目の前の光景に目を見開く山本。
「私は死なないわよ。」
響は全く動じることなく、真っ直ぐ踏切の上に立って山本を見据えている。
「まだ傑作を書いた覚えはない。」
目の前の光景にただただ呆然としている山本。
山本を強い視線で見据える響。
「……間に合った。」
響たちのすぐそばの駅で駅員が緊急停止ボタンを押していた。
「もしもし響、私よ! いい!? 落ち着いて聞いて!」
慌てた様子で響に電話している花井。
「『お伽の庭』の初刷りが100万部になった!!」
記者会見のインパクトのすごさに桁違いの発注があり、会社も全力で売るのだと説明する花井。
この功績から、関係各所に謝りに行かなくてはならないとはいえ、花井もお咎め無しになり、編集長から響のことを任せたと言われたのだという。
「……よかったあ。」
涙を目に溜めて、花井は安堵と共に言葉を吐く。
「それって私にお金はいくら入るの?」
電話口の響が花井に問いかける。
お金? と何だを拭いながら花井が声を上げる。
1冊1400円×100万部で1億4千万だと響に伝える花井。
パトカーの中。後部座席の真ん中に座る響の両脇に警察官がいる。
なるほど、詳しくはまた明日ね、と電話を切る響。
「鮎喰さん話の続きだけどね、」
警察官が切りだす。
「これから君の家族には鉄道会社からの賠償請求がいくかもしれない。」
何10万、何100万、過去には1億。一生かかっても払いきれないかもしれない、と淡々と伝える警察官。
「ただ、それでも、人間死んだ方がマシなんてことは絶対ないんだよ。」
警察官は上を見ながら響きを諭すように言う。
「大丈夫。」
響が即答する。
「お金はなんとかなりそう。」
は? と警察官が素っ頓狂な声を上げる。
感想
響のぶっ飛んだ行動。
一連のやりとりと行動から目の前のメガネの少女が「響」であることを察したであろう山本は何を思ったのか。
芥川賞直木賞ダブル受賞という偉業を成し遂げた作家と芥川賞を取れなかった自身との考え方の違い、行動の違いに打ちのめされたのだろうか。
中原は部誌に載っていた響の小説を読んで早々に作家に見切りをつけたが、山本は今後作家を続けていけるのか。
花井は小論社に残れて、すべてが上手くいってよかったなぁと思うんだけど、10年間頑張ってきて目標を達成できなかった山本にどうしても関心がいってしまう。
響が10年やって駄目なら11年やれといったように、続けてくれる方が自分としてはうれしい。
そして響はやはりぶっ飛んでる。
身一つで、一切動じる事無く電車を止める命知らずな振る舞い。
駅員が緊急停止ボタンを押すことや運転士がブレーキをきちんとかけることを考慮していたのか。
ただ、結果として響の目の前で電車は止まり、響はケガひとつ負うことはなかった。
これが選ばれた人間の成せる業なのか。
以上、響 小説家になる方法 第44話 作者のネタバレ感想と考察でした。
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