第68話 野望
第67話のおさらい
響ドキュメントの収録が始まる。
雛段にゲストとして呼ばれた鬼島とその隣に花井が座る。
バラエティ調に進行していく番組を傍らで見つめる津久井。
隣で見ている廣川が響が来るのかと津久井に問いかける。
津久井は来るなら受付から連絡があるが、まだ無い、来ないなら来ないで良い、と余裕の表情で答える。
一方響は勝手に付いてきた笹木を伴い一ツ橋テレビの入口に入っていた。
響はゲートの先にあるオフィスに向かうがゲートが自動的にシャッターを閉じ、警備員に受付を通してくれと注意を受ける。
笹木は響にさっさと受付を済ませろと言うが、響は殴り込みに来たのに受付などしないと答える。
響はゲートの先のオフィスに目を投じ、一計を案じ、どうしても響に付いてくるという笹木に何があっても全力で迷わず自分についてくるように言い含める。
笹木は響の迫力に圧され、首を縦に振る。
響はスーツの男性がゲートを超え、エレベーターに乗り込んだのを時間経過で測り、一気にゲートを飛び越え、オフィス内を走る。
響の合図で笹木もゲートを飛び越えて走って響の後をついていく。
閉まる直前のエレベーターに乗り込み、追って来た警備員を撒いた響。
やってしまった事の重大さに狼狽える笹木を伴い、響は16階へと上昇していく。
スタジオでは番組が進行していた。
その様子を見守る津久井だったが、不意に後頭部に響のドロップキックを受け、床にうつ伏せに倒れる。
津久井は第一声で「カメラをまわせ!」と言い、スタジオのカメラを響に向けさせる。
立ち上がって響に振り向いた津久井の目に飛び込んできたのは、同じく立ち上がった響とその背後で笹木に喉元にペンを突き立てられている白髪の男性だった。
収録を中止しないとこいつの命は無い、と笹木と同じように白髪の男性にペン先を突き立てる響。
「……社長。」
人質にとられた白髪の男性は一ツ橋テレビの社長。
どうする津久井。
前回、第67話の詳細は以下をクリックしてくださいね。
第68話
回想。
「社長……?」
一ツ橋テレビ内への潜入に成功した響と笹木。
エレベーター内で笹木が響に話しかけている。
響は笹木の問いかけに、目当ての人物である津久井の部署は知らないので、一ツ橋テレビで一番偉い人間であれば何でもわかるだろう、と答える。
「???」
響の答えを理解し兼ねている様子の笹木。
「えっと……?」
笹木が再び響に問いかける。
「えーと…社長?がどこにいるかは知ってるの?」
「一番偉い奴なら一番上じゃない?」
エレベーターのボタンは選択できる階としては一番上の16階が押されている。
社長室へ
響と笹木の強引な突破を許した警備員の二人は、エレベーターの前で呆然とその動きを見ている。
「……今日エントランスで収録予定あったっけ?」
先ほどの女子高生二人による強引なゲート突破がテレビ撮影だと思っている様子の警備員A。
「いや…聞いてない。つーかカメラもないし。」
もう一人の警備員Bが答える。
「不審者…?」
んー…、と少し考えた警備員Aが合理的な答えを考える。
「たまにあるのが、若い出演者とかが時間に遅れてパニくって、受付済まさずに通ろうとしたりとか……」
警備員Bはその返答に、ああなるほど、と納得した様子を見せる。
エレベーターの動きから6階に停まった事を読み取った警備員A。
とりあえずその様子を見て来る、と警備員Bに言い、さらに指示を出す。
「お前は今日の収録予定の確認してくれ。若い女の子二人で何しでかすって事もないだろうけど。」
了解、と答える警備員B。
エレベーターから降りた響と笹木。
笹木は、静かね、と呟く。
響はエレベーターのすぐそばの壁に貼ってある地図の中に「社長室」と書いてある部屋の位置を確認する。
あった、と言って歩き出す響。
「あのさ、私いまだに状況わかってないんだけど、」
笹木が響の後をついていく。
「これって何かの番組の企画? それともアンタの知り合いがテレビ局にいんの?」
まさかとは思うけどさ、と表情を硬くして響に問い続ける。
「これって犯罪とかじゃないよね。後で説明してなーんだってなるんだよね。」
笹木を見る事もせず、質問にも一切答えない響。
「ちょっと……」
笹木がめげずに響に問いかけようとする間に、響は社長室の扉を開けてズカズカと入っていく。
秘書の前を素通りしていく響と笹木。
「?」
秘書二人は、あまりに堂々とした二人の侵入者に一瞬呆気にとられる。
「ちょっと何…?」
ようやく事態に気付いた秘書の制止を響は全く無視してさらに奥の扉を開ける。
響に続く笹木。笹木は心配そうな表情で秘書の顔を見ている。
社長
部屋の奥には社長がデスクに座ってパソコンを操作している。
突然の侵入者の気配に響を見る社長。
「ちょっと! 何してるの!」
秘書が扉を開け、響達に呼びかける。
「すいません社長、この子達勝手に。」
え? え? と戸惑うばかりの笹木。
「ちょっと……」
響は秘書の再三の制止にも全く動じず、秘書の顔すら見ない。
その視線は一点、社長に集中し、響は社長に向かってズカズカと歩いていく。
「初めまして私は鮎喰響。」
デスクを挟んで社長の前に立つ響。
「あなたは社長?」
「うんそうだよ。」
社長は全く取り乱した様子もなく、響の問いかけに応える。
ちょっとあなた! と秘書が響と社長に近づいていく。
「滝川さん まあまあ。」
近づいてきた秘書――滝川を制止する社長。
「何? これって何かの番組?」
社長は響に問いかける。
「ツクイってやつが今私の番組を勝手に撮ってる。」
響が淡々と社長に向かって話しかける。
「あなたには収録してる所まで案内してもらう。」
「?」
滝川は何の事なのか全くわからない様子で響の言葉を聞いている。
「? ? ?」
笹木も全く事態が呑み込めずに二人のやりとりを見守っている。
社長は一瞬の間の後。
「津久井……」
「響……」
社長は俯き加減に、何かを考えるように呟き、響に視線を向ける。
「もう少し話を聞かせてくれ。」
響は、わかった、と言いながら肩にかけているバッグを開けてペンを取り出す。
「ただ、今からあなたには、収録を止めるための人質になってもらう。」
バッグから取り出したペンを掲げる響。
局長
響ドキュメントを収録しているスタジオでは番組が進んでいた。
モニターにはVTRが流れており、校門から出る響と涼太郎の様子が映し出されている。
『神奈川県の市立高校に通うごく普通の少女。彼女の正体を知る同級生はいない。
ナレーションが流れる。
「この子が『響』か!」
驚く出演者。
「ごっつ普通の女の子やん!」
「うっわーかわいー!」
笑顔の美南りん。
黙ってVTRを観ている鬼島。
花井は目を閉じている。
収録現場を見つめる津久井。
両手を腰に当てている津久井に背後から近づいていく中年男性。
編成局局長が津久井の隣に立つ。
津久井は突然の訪問に呆気にとられる。
スタッフたちの間にざわつきが広がる。
「局長……?」
七瀬が呟く。
『歩いている時 友人といる時 常に彼女は小説を手放さない。』
ナレーションは続く。
『まるで自分の生きる証とでも言わないばかりに。』
「あれが響ちゃんか。」
局長が呟く。
(局長が収録現場に来るなんて初めて見た。)
驚いた表情で局長を見つめる七瀬。
(それだけこの特番 力入ってるって企画って事?)
(それとも、あのおっさんに会いに?)
かわいいでしょう、と津久井が番組セットから視線を動かさずに隣の局長に話しかける。
「もうすぐ本人に会えますよ。」
津久井の大き過ぎる野望
「これがお前のしたかった事か?」
局長は津久井を見て問いかける。
よくそれ聞かれるな、と津久井は後頭部に手を置く。
「俺はプロデューサーですよ。やりたい事なんて一つです。」
「面白いものがみたい。」
局長は、で? と津久井に先を促す。
「ゴールデンタイムにアニメ枠を作ります。」
堂々と答える津久井。
スタッフはその二人のやりとりする様子をじっと見つめている。
「できれば9時10時。ドラマの枠にアニメの帯を入れたい。響はその入口にでもなればなと。」
「……で?」と局長。
(このでってのはつまり、何考えてんだって事……)
二人のやりとりを見つめる七瀬。
(バカじゃないのこのおっさん 無理に決まってんじゃん。)
七瀬は津久井の目論見を内心で馬鹿にする。
(子供が見る7時台でも厳しいのに、大の大人がテレビでアニメなんてキモイ奴以外見ないでしょ。)
「そんなおかしな事言ってるつもりもないんですけどね…」
津久井は口元に手を当てる。
「ドラえもんやドラゴンボールを知らない日本人はいないし、邦画の興行収入は毎年アニメがトップを占める。」
「ごく普通に考えて、アニメってコンテンツで面白い物が作れるってのはわかってんだから、広く世にだしたい。」
「っていう、ただそれだけなんですけどね。」
「アホかお前。」
局長が一言。
七瀬も、いやアホでしょ、と内心で局長の言い分に同意する。
アニメとドラマは根本的に作り方が全く違うという七瀬。
ドラマはテレビ局のプロデューサーが企画を作り、制作会社、タレントのキャスティング、スポンサーを募るなどの動きになっていく。
それに対してアニメに関しては企画するのはアニメ製作会社や製作委員会がテレビ局の枠を買う。
あくまでテレビ局は製作委員会の一社としてテレビ枠をとって放送するだけであり、制作に関わらない。
(はっきりいってアニメに関しちゃウチ等は外様みたいなもので、特番ならともなく、9時10時に帯で枠作るなんてやる訳ないじゃん。)
七瀬はこれまでのテレビ局の常識、慣例に照らして、津久井の言っている事がどれだけバカげているかの理由づけをする。
「製作関連は手を打ってます。」
津久井は局長に説明を続けている。
「出版社 アニメ会社 作家と端から渡りつけてる。製作の構造に問題あるなら一から変える。」
説明する津久井から目が離せない様子の七瀬。
「理屈なんてどうにでもなる。本物かどうか それだけだ。」
その時、津久井の後頭部に響のドロップキックが直撃する。
うつ伏せに倒れ込む津久井。
そして回想が終わる。
響の登場に唖然とする一同
響と笹木が社長にペンを突きつけている。
社長、響、笹木を中心に、騒然としている現場スタッフたち。
「社長……」
津久井が呆然と呟く。
口をあんぐりと開けて事態を見つめる七瀬。
他のスタッフたちも何が起こったのか分からない様子で社長たちを見ている。
「え?」
番組の男性司会者が、スタッフたちがざわついている様子に目を向ける。
いち早く気づいたと思しき隣の女性アシスタントは心配そうに社長たちを見つめている。
「? あれって。」
共演者の男性が呟く。
「え? え?」
美南りんの隣の女性芸能人も戸惑っている。
響ドキュメントの台本を開いて社長たちを見つめる月島。
花井は目を閉じ、顔を手で覆っている。
「あのおっさん確か……」
鬼島が驚いた様子で呟く。
「…………」
目を点にして絶句している局長。
「……何やってんですか?」
津久井が起き上がる。
脅迫
「津久井、俺の質問にはハイかイイエで答えろ。」
響と笹木にペンを突きつけられたままにも関わらず、落ち着き払った様子の社長が津久井を真っ直ぐ見据える。
「このメガネの子が『お伽の庭』の作者だというのは間違いないか?」
「……はい。」
素直に答える津久井。
(お伽の庭ってなんだっけ。)
笹木は涙を浮かべて、社長の喉元にペンを突きつけたまま考える。
(なんかきいた事ある。)
(っていうか、なにこれ。)
「今撮ってる犯組はこの子の許可を取ってないというのは本当か?」
「いいえ。」
社長の質問に即答する津久井。
「許可は取ってます。」
社長を真っ直ぐ見据えて答える。
津久井は、心配そうに自分を見つめる七瀬に睨みを利かせる。
真相を知っている七瀬は津久井の意思を察し、口元を両手で塞ぎ、ぶんぶんと顔を左右に振って余計な事を言わないとジェスチャーする。
津久井は七瀬の意思表示に満足し、再び社長に視線を投じる。
「……だそうだけど、」
社長は、傍らで自分にペンを突きつけている響を見る。
「響ちゃん、君は許可した覚えはないんだね。」
「何勝手に喋ってんの?」
響は鋭い目で社長を睨みつける。
「人質だって言ったでしょ。今から一言も喋るな。」
「女、こいつの喉にボールペンあてて。」
響は笹木に指示する。
「今からこいつが一言でも喋るか一ミリでも動くかしたら、迷わずペンを突き刺して。」
「……」
絶句する社長。
社長の喉元にペンを突き立てたまま笹木も同様に絶句している。
響が社長の小指を握り、ぐい、と持ち上げて津久井に掲げて見せる。
「ツクイ、今から5秒カウントダウンする。」
津久井を見据える響。
「0になる度にこいつの指を折る。」
呆然と響を見つめる津久井。
「収録を止めるか、折る指がなくなるまで続ける。」
「5。」
響がカウントを開始する。
感想
響、完全に犯罪者だな(笑)。
いや、そもそも1話でタカヤの指を折った時点で立派な暴行犯だし、その後も何度となく犯罪行為を行ってるんだけど、これまでの犯罪歴を軽く更新しちゃった。
「響 小説家になる方法」のアマゾンレビューは毎巻かなり荒れるけど、この話が収録される巻は特に荒れるだろうな~。
テロリストとか書かれるかもしれない。
実際やってることはテロリストだもの。
自分は響という作品は、ぶっ飛び過ぎていて面白いからずっと見ていたいと思うか、もしくはこんなのが成り立つなんておかしいとアンチに回るかの二極に分かれ易いのが面白いところだと思っている。
そしてこんなサイトを運営している自分は当然ながら前者。
響の行動は気持ちいいくらい突き抜けてて最高だな、と思う。
だって、どっちかと言えば響に助け舟を出そうとしているように見える社長に「黙れ」って言って脅しつけるんだよ?
社長は響の予想外の反応に驚いてるし(笑)。
多分、社長も響を甘く見ていたんだろうな。
別に舐めていたわけではなく、いたいけな女子高生がわざわざ自分に訴えて来るわけだから助けてあげようという感じ?
さすがは社長! という全従業員の上に立つ大物らしく泰然とした様子だったけど、それがこのザマだよ……(笑)。
津久井の暴走を止める為にそれ以上の暴走を始めた響にただ巻き込まれた社長。
笹木と響にペンを突き立てられ、響からお前は人質だから喋るなと脅され、挙句の果てには津久井が収録を止めない限り指を折るとひゅっと小指を握られる始末……。
しかし、ここまで響の行動を絶賛してきたけど、次回、一本でも社長の指が折られる展開になったら引くかも……。
だって社長はきちんと真実を見極めようとしてくれてるんだよ?
会社にきちんと目に見える形で貢献してきたやり手の部下である津久井と、突然の侵入者に過ぎない響の間に立ってきちんと真相を知ろうとしてくれている。
響を相手にしなかったり、あるいは一方的に津久井の肩を持ったりするわけでもない。
つまり、人間出来てるんだよ。この社長。
個人的には折らないで欲しいなぁ~。
津久井が速攻でゲロってくれることを望む。
響は口にしたら実行してきたし、今回も本当に宣言通りに指を折るだろう。
津久井がカウントが0になっても答えない時、響が社長の指を折らなかったら響の価値が落ちるような気がする。
響の有言実行、そして行動の危うさは魅力のひとつであり、実行しなかった事でそれが毀損されてしまう。
見逃せない展開になったなぁ。
毎度思っていることではあるけど、特に次の号が出るまでの二週間を待つのが辛い。
あと、津久井がやり手だということが改めて分かった。
今話のタイトルである「野望」は津久井のアニメをゴールデンタイムで放送するという構想の事。
これ、現実で実現したら面白いだろうな~。
アニメはそもそも視聴率とれないのか。
正直題材次第だと思うけどね。
どこかの局が一度試してみたらいいのに。
来年春にこれまで局を支えてきた看板番組が終わるフジテレビあたりが玉砕覚悟でやってみたらいいんだ。
先進的な冒険をするチャレンジングな局だと見直すけど……。
津久井は業界の常識、慣習にとらわれず、自分の実現したいビジョンを見据えている。
抱いている野望は業界の慣習を悉く打破しなければ実現しないもので、凡人は考え付かない。
構想は面白いと思うし、上手く行ったらいよいよ社長の座は近いだろう。
ただ、やり方が強引過ぎた。そして、響の事をどこまでも常識の枠にあてはめていた。単純に舐めていた。
誤算は大きく、津久井は一ツ橋テレビを辞めるどころか業界から追放になるかもしれない。
前述した通り、個人的には津久井の野望は面白いと思うから業界に残って世の中を面白くして欲しいと思うけど、現状では響が津久井と組むわけがないから難しいだろうな……。
津久井の野望は響ありきの絵だろうから……。
基本的には津久井ざまあみろ、という展開なんだけど、もったいない気もする。
ひょっとしたら心を入れ替えて響と付き合っていく事になるかもしれないな、と大穴展開も予想して、今回の感想を閉めます。
以上、響 小説家になる方法第68話のネタバレを含む感想と考察でした。
前回、第69話の詳細は以下をクリックしてくださいね。
コメントを残す