第62話 天才
第61話のおさらい
ナリサワファームの月島は不安げな様子で、受付で待っている来客を迎えに行く。
途中で会った同僚の葵と共に受付に向かうと、そこには文芸界では有名になった響の担当編集である花井ふみがいた。
しかし月島にはなぜ花井が自分の元を訪ねて来たのかが全く分からない。
花井は月島に、響について話を切り出し、響について黙っておくようにと釘を刺す。
しかし、元々「ひびき」が「響」であることを知らなかった月島は、何度となく会話していたメガネの女子高生が実は「響」であったことを知り感動する。
花火大会に来ていた響とリカは一緒に縁日を楽しんでいると、何かの気配を感じて周囲を警戒する。
花井と合流し、ビニールシートの上で花火を楽しんでいると、響はおもむろに立ち上がり、一人の女性のビニールシートに向かって動いていた。
女性――七瀬の手元に置かれたハンディカムを踏みつけて壊す響。
響は、呆気にとられたリカと花井に対して、最近見られてる気がする、と告白する。
一ツ橋テレビの会議室の一室では響のドキュメンタリー番組についての打ち合わせが行われていた。
響の同意を得ていないのにも関わらず撮影を続けることを心配する七瀬。
津久井は自信たっぷりに響に許可は取ってあると虚偽を続けるのだった。
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第62話
一ツ橋テレビの編成部。
椅子に座っている坊主頭の男が、傍らに立つ長髪の男に向かって、『どっきりプリンス』が10月終了である旨を告げる。
呆然とする長髪。
坊主は机に視線を投じ、長髪と目を合わせることはない。
顔を歪め、何かを言いたそうな長髪だったが、何も言うことなく、二人の間に空気は重苦しく硬直している。
どっきりプリンスに出演している近江鶴兵という芸能人の控室。
「1クールで打ち切り?」と驚く近江。
長髪の男は近江の前に正座し、申し訳ありません、と力なく謝る。
まだ信じられないという表情で、それはもう確定? と長髪に尋ねる近江。
長髪は肯定し、編成から告げられたと続ける。
「初回が2.5%、2回目が2.2%、深夜とはいえ渋かったけど、3回目でもうか……」
近江はあぐらをかいたまま、長髪の男に向けて頭を下げる。
「申し訳ない、司会の僕の力不足で。」
長髪の男は近江の言葉を何度も否定し、僕の方が、と頭を下げる。
舞台裏らしき場所でも長髪の男は頭を下げていた。
「うっわー、打ち切りかいな!」
出演芸人らしき二人は驚いている。
長髪の男――坂口に、ドッキリだけの番組は企画が弱かった、とダメ出しをする芸人。
その相方らしき男は、今そういうことを言うな、とツッコミを入れる。
坂口はただただ、すいませんと頭を下げ続ける。
「初めてのキー局レギュラーが、たったの3か月かー!」
隣にいたアイドルらしき女の子も頭を抱える。
申し訳ない! と坂口。
女の子は坂口に謝り、そんなつもりでは、と付け加える。
廣川
階段に腰かけ、落ち込む坂口の横を金髪の女性の恰好をした男が降りていく。
坂口は立ち上がってその人物を追い、声をかける。
「廣川さん!」
声をかけられた廣川は坂口を見て、えーと、と誰なのかを頭の中で検索している。
「僕 第2制作部でプロデューサーやってる坂口です」
自己紹介もそこそこに、どちらに行かれるんですか、と問う。
3階のスタジオに、という廣川に、自分も丁度行くところだったと一緒に階段を降り始める。
廣川が担当しているらしき、『ラビライ』という番組について褒める坂口。
15年で視聴率は未だ2桁であることを指摘し、一ツ橋テレビの顔であり、その後もアイドル番組をヒットさせていると褒め続ける。
廣川は、どうも、と言ったきり、坂口の顔を見ようともしない。
「……あの……」
坂口がぽつりと問いかける。
「人気番組ってどうやって作るんですか……?」
ドアを開けたまま、廣川は項垂れている坂口を見る。
「……さあ。普通に、自分が面白いと思うことをすれば…」
廣川を見つめたまま何も言えない坂口。
じゃあ僕はこっちなんで、と廣川が通路を歩いていく。
歩いていく廣川の背中に向けて坂口が、ありがとうございました、と頭を下げる。
しかしその表情は釈然としていない。
凡人に天才は理解できない
「よう坂口。」
坂口に向けて声が掛けられる。
「吉高さん」
吉高は、珍しい、廣川さんと話していた? と続ける。
あの……と坂口が吉高に向けて話を切り出す。
坂口と吉高がソファに座っている。
「『どっきりプリンス』打ち切りかー。」と吉高。
坂口はその前に立ち上げた二本の番組が立て続けに2クール打ち切りだったため、基本に立ち戻ったつもりだったが1クールで終わってしまったと説明する。
「それで一ツ橋のトッププロデューサーにご指南頂こうってか。」
吉高は続ける。
「しかし、聞いた相手が悪かったな。」
俺みたいなペーペー相手にしてもらえないですよね、という自嘲気味の坂口の言葉を、いや、と否定する吉高。
「坂口ももう10年この世界にいるんだ、そろそろ気づいてるだろ。」
「廣川益章は天才だ。」
アイドル達に笑顔で番組演出の指導をしている廣川。
「俺たちとは違う。」
吉高を驚いた表情で見つめる坂口。
確かに廣川さんは天才ですけど、と返し、坂口の言葉が止まる。
(……俺だって。)
吉高は廣川について説明を始める。
7年前に妻を事故で亡くし、まだ幼かった娘が毎晩ママに会いたいと泣いているのを見て廣川は妻の代わりをしなくてはならないと感じた。
その結果、亡くなった妻の服を着用し、ウィッグをつけ、女性ホルモンを注射してまで娘の為に母親代わりをしているのだという。
坂口は、良い話というか、とまで言ってから、あの格好は仕事に関係ないのかと吉高に向けて瞠目する。
吉高は笑みを浮かべる。
「天才ってのは俺ら凡人には理解できないよ。」
二人の天才
「よう変態。」
津久井が廣川の肩にガシッと腕を回す。
廣川はニヤリと笑い、やあ悪徳プロデューサー、と返す。
「君、今アニメの人なんだよね? 馴れ馴れしくしないでくれる? 僕の評判まで下がるでしょ。」
「ちょっといいか。」
津久井は廣川のトゲのある言葉に全く動じる事無く、スマホに表示された響の隠し撮り画像を廣川に見せる。
「こいつをどう思う。」
廣川はスマホを手に取り響の画像を何枚も確認していく。
「こんなちっちゃい写真と動画だけじゃ分からないよ。 何? この子デビューするの?」
津久井は、ああ、と短く相槌を打つ。
廣川は響について、ビジュアルは十人並みだが100万人に1人のレベルの良い目をしていると評価する。
「アイドル方面にもってくなら、絶対一度会わせてね。」
黙って不敵な笑みを浮かべる津久井。
一方、吉高と坂口はまだ会話していた。
「才能なくても俺みたいに自分の分を知ればまた仕事の仕方も変わってくる。」
吉高がソファから立ち上がる。
「じゃあ俺はこれから会議なんで。」
吉高は天才側だ、と呟く坂口。
前クールの『rinco!』というドラマが最終回で20%を突破し、続編も制作されると指摘する。
吉高の手には『rinco2』の企画書がある。
どうやって……、と思いつめた様子の坂口に向けて、吉高は企画書を掲げて笑いかける。
「津久井さんの残してった企画だよ。」
呆然と吉高の言葉を聞く坂口。
響から許可を得なくても自信満々の津久井の真意
津久井が七瀬に向けて『響』への張り付きはどうしたと問いかける。
「津久井さん……」
デスクで作業していた七瀬が津久井を見る。
「今日は嵯峨野さんの日です。私は今資料作りしてて。」
ふーん、そうだっけ、と言い、津久井は歩いていく。
「あのっ!」
七瀬は津久井を呼び止める。
「本当は『響』に取材の話してませんよね!?」
津久井は七瀬の言葉を黙って聞いている。
本人の許可なくドキュメンタリーを作ることの危険性を憂慮する七瀬。
津久井は七瀬に対して、取材許可は何のためにとるのかと問う。
プライバシーとか、肖像権とか、と答える七瀬に、津久井は、その通り、と返す。
「『訴えられたら負けるから。』それだけだ。」
七瀬に対し、2か月『響』を取材して、『響』がテレビに許可なく出されたからと言って裁判や、ましてや誰かに泣きついたりすると思うか、と津久井が問う。
(……しない……)
心中で理解し、呆然とする七瀬。
「絶対訴えない奴相手に、なんでいちいち許可取らなきゃいけないんだ?」
津久井は七瀬に言い放つ。
ただ津久井を見る七瀬。
なんてな、と笑みを浮かべる津久井。
「まあ、安心しろ。」
「『許可は取ってる』。お前は細かいこと気にせず動いてりゃいい。」
学校。
響はプールに浮かべた浮き輪に仰向けに寝転がって文庫本を読んでいる。
日は暮れ始めている。
「……もう日が落ちてきた。」
響は空から再び文庫本に視線を投じる。
「夏も終わりね。」
プールの近く、金網の向こうで、一ツ橋テレビの嵯峨野が響に向けてハンディカムを回していた。
感想
響に番組制作及び出演許可を得ていないにもかかわらず余裕の表情を見せていた津久井の真意が明らかになった。
聞いてみれば単純な公算だが、響を一定のラインまでは理解した戦略だった。
だが、津久井は響が常人には決して想定できないことをやらかす骨の髄までヤバイ奴なんだと分かっていない。
この自信満々の不敵な笑みが凍り付くとしたら、響は一体何を仕掛けるのだろう。
少なくともこのままではドキュメンタリー番組は放映されてしまう。
その後、津久井の目論見を裏切る形で響が訴えて完全勝利しても、読み手としては何とも言えない気持ちになる。
この状況から読み手がカタルシスを得るためには少なくともドキュメンタリー番組が流れるようなことはあってはいけないと思う。
流れた時点で響の負け。訴えられようが一ツ橋テレビ、ひいては津久井の勝利になる。
響が反撃するためには、まずは現在の状況が津久井の策動によるものだと気付かなくてはならない。
響自身、ナリサワファームでの花代子のポカから現在の状況が呼びこまれたことに見当をつけていても不思議ではないと思う。
もし自分が響の立場なら、今自分を撮っているカメラマンに響が『響』であることを知っているリカか花井を張り付かせて尾行させるかなぁ。
尾行させて、一ツ橋テレビの人間によるものだと分かったら、響なら容易に連想が津久井に至ると思う。
そうしたら以前の週刊記者の家まで尾行して脅して、というパターンが考えられるが、前回と同じネタだとそれはどうなんだろう(笑)。
どんなぶっ飛んだテレビ局の撃退方法があるのか楽しみ。
あと、七瀬に関しては、ここ数話の間、流石テレビ局に入れるだけあって、肖像権やプライバシーの保護の重要性を知っているという意外に常識的な面を見せている。
だがそこに響への罪悪感や疚しさはない。あくまで自分の保身だけが丸出しという凡人っぷりをひしひしと感じる。
とりあえず可哀想ではあるけど、津久井共々、ぜひ盛大にやられて欲しい。
夏の終わりとともに、いよいよ決戦の時が近づいてきたのを感じる。
今話のラスト、おそらく響はカメラの存在に気付いているだろう。
それでもあえて無防備に撮らせているのは撮ること自体を防ぐことは出来ないし、する必要もないと理解しているということだと思いたい。
続きが楽しみ。
以上、響 ~小説家になる方法~ 第62話のネタバレ感想でした。
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