第81話 閉幕
第80話のおさらい
整然と並ぶ受賞者や、報道陣が集まる中で、いよいよ表彰式の開会がアナウンスされる。
文化連会長の前橋の挨拶を聞きながら、高校生活が終わるという感慨に浸る藤代。
会長の挨拶が終わり、文部科学大臣加賀美による挨拶、そして表彰に移っていく。
最優秀文部科学大臣賞を受賞した響の名が呼ばれ、響は加賀美大臣の待つ壇上へ向かう。
響のことを芥川・直木の『響』だと気づいている前橋会長は、その堂々たる姿を目の当たりにしてバレることを恐れていないのかと困惑していた。
加賀美大臣の前に響が立ち、賞状を両手に持って机の上のマイクに向かって読み上げる。
「賞状 神奈川県立北瀬戸高等学校鮎喰響殿。あなたの作品は全国高等学校文化連盟第54回文芸コンクールにおいて優秀であると認められました。」
今日の式典が無事に終わればそれでいい、と目を閉じる前橋会長。
おめでとうございます、と言いながら響に賞状を渡そうとする加賀美大臣。
しかし響は受け取る素振りを見せない。
「さっきの会話の録音データを頂戴。」
右手を加賀美大臣に突き出して要求する。
困惑した加賀美大臣は賞状を響に向けて手渡そうとする姿勢のまま固まってしまう。
……何の話です? ととぼける加賀美大臣の態度に対して響は全く表情を変えない。
加賀美大臣は、何のことかわからない、とさらにとぼけて、とりあえず賞状と盾を受け取って下さいと式の進行を促そうとする。
「うやむやにされたくない。」
加賀美大臣の要求に対して響は一切退かない。
今、この場で録音データを渡せと再び要求する。
加賀美大臣の傍らで大賞の盾を持って待機していた女性も、そして記者たちもまた壇上の様子に違和感を覚え始めていた。
イラついた様子で響の名を呼び行動を促そうとする加賀美大臣。
全く動じない響。
そんな響の態度を受け、加賀美大臣は壇上の机から離れて響の隣に向かう。
再び賞状を渡そうとしている加賀美大臣の様子を、同じ立場から表彰したいのだと理解した女性記者は、納得した様子でメモを取り始める。
しかし壇上では、響と加賀美大臣によるせめぎ合いが依然続いていた。
録音データのことなど分からないという加賀美大臣。
さっさと返して、と強硬な態度を変えない響。
会場の入口に立って壇上の様子を見つめていた北島も異変に気付いていた。
リカはその北島の隣に立ち、響が録音データの返却を求めていることを告げ、データを渡さない限りは響があのまま動かないのだと交渉を持ちかける。
誤魔化す北島を、リカは騒動になるのはマズくはないかと揺さぶる。
しかし、全ての決断は先生が下す、と北島は動じない。
「あの人は総理になるお方だ。」
加賀美はこの場で響の正体が『響』であることを公表すると脅し始める。
止めなさい、と言う響に加賀美大臣は交渉の余地が無いなら仕方ない、と悪びれない。
さらに芥川・直木の記者会見の時とは違い、既にマスコミによって素顔が撮影されていると指摘する。
加賀美大臣は控室で響に持ちかけた、響にSPを常時につけて生活を保証することを次期内閣総理大臣の公式な初仕事とすると迫り、さらに受賞作の『11月誰そ彼』が筆者、学校名を併記の上で本となって全国の高校に配布されるほか、ホームページにも載るので手遅れだとダメ押しする。
机に賞状を置き、代わりにマイクを持つ加賀美大臣。
響の肩に手を添え、表彰式の出席者たちに正対させる。
何か余興とか予定あった? と壇上を見つめる女性記者。
藤代も、そして前橋会長もまた、響と加賀美大臣の様子に違和感を覚えていた。
リカと北島も固唾を飲んで壇上の動きを注視している中、加賀美大臣がマイクを通して会場全体に呼びかける。
「えー…皆さんに一つ発表があります。」
次の瞬間、加賀美大臣の顔面に拳を突き上げる響。
出席者、マスコミ、その場にいる全ての人間が言葉を失う。
「100回言わなきゃわかんないの?」
響は、ハア、とため息をつく。
「データ。」
壇上で転んだ加賀美大臣を見下ろし、響は再びデータを渡せと右手を伸ばすのだった。
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第81話 閉幕
加賀美大臣の要求
突然、加賀美大臣を殴りつけた響の行動に、ホールにいる全ての人間が騒然としていた。
SPが加賀美大臣の元に駆け付けようとするが、加賀美大臣は掌を向ける。
(来るな。)
加賀美大臣のいすくめるような強い視線に圧倒されたSPは、その場に張り付いたように動くのを止めていた。
そして加賀美大臣は北島に視線を送ると、一度頷いて見せる。
その意図を理解した北島は加賀美大臣に対して頷き返すと、観念したように目を閉じたまま、懐から取り出したICレコーダーを隣に立つリカに無言で手渡すのだった。
加賀美大臣はゆっくりと立ち上がりながら響に、俺の秘書がお前の友達にデータを渡した、と小声で話しかける。
そして、響が『響』であるという事実はどちらにしても今後バレると言い、いいか? と前置きする。
「今から30秒だけ俺に付き合え。何もするな、口も開くな。黙って30秒間俺の隣につったってろ。」
覚悟を決めた表情で響に命じる加賀美大臣。言うとおりにすれば響の警護はする、と条件を提示する。
「総裁選への影響は計り知れん。この30秒に国の未来がかかってると思え。」
列席者に向かい、響の隣に立つ。
「マイク手に取った!」
マスコミたちは加賀美大臣の動きを食い入るように見つめていた。
カメラマンはしきりにフラッシュをたいている。
「素晴らしい!」
加賀美大臣は穏やかな表情で第一声を発する。
「若者かくあるべし!」
マスコミによるカメラのフラッシュが止まらない。
「彼女の受賞作『11月誰そ彼』を読み、どうしても直接感想を伝えたくて、ただ、彼女の表現したいことと私の受け止め方にズレがあって、ちょっとした議論になり、」
加賀美大臣の言い訳を、響はただ黙って聞いていた。
「もちろんどんな時でも暴力はよくない。仕方のない暴力はない。しかし自分の感情をここまで素直な形で、」
響が加賀美大臣の言いつけを破り、すたすたとステージから降りていく。
「え。」
呆気にとられたような加賀美大臣の声が響く。
響はステージ上できょとんとしている加賀美大臣に振り向く。
「あなた読んでないでしょ。」
響がステージ上の加賀美大臣に何かを言っていることに気付く記者たち。
マイクを通さない響の声は加賀美大臣にしか聞こえていなかった。
「小説を送って、読んでもらって、表彰したいって言うから来たの。読んでないなら用はない。」
ステージの脇に向かって歩き始める。
「読んだら教えて。じゃあね。」
加賀美大臣はマイクを持ったまま、その場から動くことも出来ずただ響を見つめるのみ。
女性記者が響の元に駆けていく。
「ちょっといい? 加賀美大臣とは具体的にどんな話をしたの? えっと君はアユクイさん?」
その隣でカメラのフラッシュが起こる。
前に立ちふさがるマスコミに対し一言、邪魔、とだけ返す響。
「ちょっと……!」
駆けつけた文化連会長の前橋が響を守るようにマスコミの前に立ちふさがる。
「生徒への取材は止めて下さい!」
「アユクイさん、今の率直な気持ちは?」
構わず取材を続ける女性記者。
「大臣! 女子高生のパンチは痛かったですか!?」
その場から動けず、ただただ響を見送るだけの加賀美大臣にもマスコミが質問を飛ばす。
マスコミ各社は電話で被害者が大臣のトラブルが発生したことを知らせていた。
夕方のニュースの差し替えを要求する記者もいる。
表彰式の会場である新宿オリンピック公園まで中継車を送れという指示も飛んでいる。
その成り行きを、前橋会長はただただ強張った表情で見つめていた。
リカのお願い
会議室Aの入口で、前橋会長がスタッフに報道陣をこのフロアにいれないように、と指示している。
さらに、これから大挙してやってくる報道陣からの質問に、学生に安易に答えさせないようにと付け加える。
スタッフが行ったあと、扉を閉める前橋会長。
部屋のテーブルの席には響とリカが隣り合って座っている。
テーブルを挟んで立っている文化連の三人。前橋会長以外の二人はいずれも厳しい面持ちをして腕組をしているのに対し、響とリカは落ち着き払っている。
「事情はわかりました。」
前橋会長が口火を切る。
響は芥川賞直木賞受賞の『響』。そしてリカは響の高校の先輩で、加賀美大臣に『響』であるという会話を録音された上、表彰式の壇上で正体をバラされそうになったために暴行した。
状況を整理した前橋会長はひとつため息をつく。
文化連の他の二人も険しい表情で目を閉じる。
その様子を全く悪びれることなく見つめる響とリカ。
「あの。」
響が前橋会長に訊ねる。
「私もう帰ってもいい?」
「は…?」
呆気にとられる前橋会長たち。
「いいんじゃない?」
もう用事も済んだし、と響に向けてリカが平然と返す。
「いや……!」
焦る前橋会長。
リカは響がここにいる意味があるのか? と前橋会長に問いかける。
マスコミが大挙して押しかけて来た時にはもう、会場から出たくでも出られなくなるというリカの言葉に、前橋会長は特に反論できない。
部屋を出て行こうとする響に、私は話があるから残るとリカ。
現在進行中の表彰式に典子は出席しているので、駅の喫茶店で待っててと指示する。
「後のことは私に全部任せてもらえる?」
「なんかリカ今日ちょこちょこ動いてたね。」
響は、わかった任せる、と素直にリカの言う事を聞く。そして、じゃあね、と言いながら部屋の扉を開ける。
「鮎喰さん……」
前橋会長の呼び止める声を無視して響は部屋を出ていく。
「さて。」
リカが会長たちに、お願いがあります、と話を切り出す。
「響ちゃんの『11月誰そ彼』の最優秀賞を取り消してください。」
受賞取り消し? とオウム返しする文化連の委員。
「見ての通り響ちゃんは爆弾です。いつだろうとどこでも誰相手でも爆発する。あの子が表に引きずりだされたらどうなるかわかんない。」
リカは真剣な表情で大人たちに告げる。
「下手したら死人がでる。」
文化連の三人は黙ってリカの話を聞いている。
「今回コンクールに応募したのはこっちのミスです。」
リカは立ち上がり丁寧に頭を下げる。
「迷惑おかけしてごめんなさい。今後こういうことがないようにします。」
前橋会長は何も言えず、ただリカを見つめていた。
もう一波乱
会議室Aを後にした響は、出口に近いホールを歩いていた。
外に出ると、会場に慌ただしい様子で到着しようとしていた報道陣が響に向かってくる。
「ちょっといいかな あなた今日のコンクールのこと……」
響は女性記者の質問はおろか、その存在自体を完全に無視するかのように会場から離れていく。
電話の最中だった記者はそれ以上響を追うことなく電話での会話に戻る。
「あっすいません。これから会場入ります。」
「大臣殴った女子高生は会場にいるんですか?」
他の記者の電話の声を背中越しに聞きながら、響は会場から離れていく。
しかし突然何者かが響の肩に手をかけ、強引に振り向かせたかと思うと、すかさずその頬に痛烈なビンタを張る。
響にビンタしたのは藤代琴子だった。
「えっ…?」
電話をやめて響と藤代を見る女性記者。
他の、会場に向かっていた報道陣も足を止めて彼女たちに注目していた。
藤代と響の視線が交錯する。
会議室Aでは前橋会長がリカに疑問をぶつけていた。
なぜ加賀美大臣が録音しているのを知った時に録音データを押さえることなく、わざわざ表彰式の前に響に盗聴を知らせたのか。
芥川賞直木賞記者会見での暴れっぷりを知っていれば、式の前に盗聴の事実を知らせるとこういう事態を招くことは予想できていたのではないか。
前橋会長は黙って自分を見つめているリカのその視線や態度から、リカの思惑に気付く。
「わざとですか…」
受賞取り消しという例外を認めてもらうために『響』を体験してもらうのが手っ取り早いと思った、とリカ。
「元々制御できる子じゃないです。だったらいっそ暴れる前提で考えた方がいい。『響』はそういう子です。」
リカは、大臣に暴行したという事実はあるが、学生が相手である以上、加賀美大臣も大事にはしたくないだろう、と読み、『響』とバレなければ騒動は収まると結論する。
「響ちゃんもマスコミに捕まる前に会場から出られただろうし……」
会場前、マスコミが盛んにカメラで写真を撮っている。
電話口の相手に大臣を殴った女子高生の特徴を問いかける記者もいる。
響は藤代に向けて拳を突き出そうとしていた。
「アンタ一体何がしたいのよ!」
この異様な状況下で、藤代は響に向けて叫ぶ。
拳を振りかぶったまま藤代を見つめる響。
感想
加賀美大臣の今後
やはり加賀美大臣はそんじょそこらの小物とは違い、決して取り乱したりしなかった。
SPを制止する時の加賀美大臣の迫力はさすが剛腕でのし上がってきた政治家と言える。
響に取引を30秒だけ何もするなと持ち掛け、何とかその場を切り抜けようとしていたのに……響にはそんなこと関係無かった。
響は加賀美大臣が小説を未読だったのに気づいていたのか。
控室で加賀美が感想をスラスラと述べた際には特に指摘しなかったのは、その時は加賀美大臣が『11月誰そ彼』を読んでいたと信じていた?
表彰式直前にリカから盗聴されていたことを聞き、さらに壇上で響に対してとった態度から、響は加賀美大臣が実は小説を読んでいないと確信するに至ったということか。
加賀美大臣が小説をしっかりと読んで、評価してくれたからこそ賞をくれた。
だから表彰式に出席したのに、その前提が崩れたのであれば響からしたらもう表彰式に出る意味はない。
つまり筋を通してるだけ。
『響』だとバレたくないという弱みを盾に響を動かそうとした加賀美大臣だったが、どこまでも思い通りにならない響の恐ろしさを最悪の形で知った。
今後、加賀美大臣はどうなるんだろう。
土壇場に追い詰められても何とか状況を良い方向にもっていこうとしていたが、響に簡単にプランをひっくり返された。
その後、ただ呆然とするのみだったということは、もう加賀美大臣に次の手も、それを考える気力も残されていなかったということだろう。
呆然としてる加賀美大臣に向かって記者が、女子高生のパンチは痛かったですか? って質問飛ばしてたのには笑ったなぁ。
日本の未来が決まるとまで言っておきながらただの30秒すら響からもらえなかった加賀美大臣。彼の人生を賭けた大一番となる総裁選の行方が気になる。
せめてマスコミの前では響に殴られた事実を何とか無理のないストーリーをでっちあげて取り繕わなくてはならなかった。
しかし響が会場から出てしまっては、もう加賀美大臣に出来ることはない。
響不在の中、加賀美大臣がマスコミ大して納得のいくストーリーを提供できるかどうかがカギだ。でももう気力が尽きててもおかしくない。
そもそも、殴られた現場を見られているわけで、センセーショナルに報道されることは避けられないだろう。
それが総裁選にどう影響するのか。やはり順当に落ちる? それとも奇跡が起こるのか……?
リカの狙い
リカはこの表彰式への出席が決まった時には既に何か考えていた様子だった。
響の身バレをどう避けるか、具体的には、響の最優秀賞をどうすれば取り消せるか、ということだったのかな。
天才リカには物事の要諦は良く見えているようだ。だから加賀美大臣の盗聴を利用して文化連に説得力のある流れで響の受賞取り消しを要求できた。
仮に加賀美大臣が響との会話を盗聴する展開が怒らなかった場合も、リカには何かしら手立てがあったのかな。
響のヤバさを文化連に体感させたことでリカの『11月誰そ彼』の受賞を取り消せという主張は通りそうな気配になっているのだが、もしそれ無しに口頭だけで説明したところで『響』がバレる展開は止められなかったような気がする。
リカは天才なので、一体どんな手立てを用意していたのか知りたい。
もしリカが、加賀美大臣が総裁選を前に候補者の実力が拮抗している中、それを打開する決め手を求めていたこと、その為に響を使うことまでも予期していたとしたらとんでもない策士だと思う。
まぁ、そんなことはないよなー(笑)。仮に、もしそうだとしたら末恐ろしい……。
有言実行した藤代
最優秀賞が自分ではないことに憤り、自分の三年連続記録を阻んだやつをひっぱたく、と言っていた藤代琴子。
前回、隣に座った響に気圧されるばかりだった藤代からは響をひっぱたける気配など全く感じなかった。
しかし今回の話の最後で見事に実行した。これは予想外だった。
てっきり藤代は、いつも通りただの響のかませ犬だとばかり思ってた。
どうも自分には響をビンタした藤代の動機が最優秀賞を奪われた腹いせではなく、表彰式をめちゃくちゃにしたことに対して憤っていた為のように思える。
2年連続で大賞を受賞した経歴があるだけに、思い入れがある賞が目の前で汚されるのに怒った末の行動ならば、割と納得できる。
藤代は内弁慶と友達に揶揄されていた。実際、響を前にして目を合わせる事すら出来なかった。
しかし藤代は自身の怯えを吹き飛ばして、表彰式から抜け出し、響を追いかけてビンタまでしてしまう。
そんな非常に大胆な行動に出てしまうほどに、藤代の怒りは大きかったのだと思う。
マスコミが加賀美大臣を殴った女子高生の特徴を聞いていたが、ひょっとしたら藤代が殴ったものと勘違いされる展開があるんじゃないか?
響をビンタするという状況だけみれば、藤代が加賀美大臣に手を上げたと思ってしまっても無理もない。
もう一波乱が予想される展開にワクワクする。
以上、響 小説家になる方法 第81話のネタバレを含む感想と考察でした。
第82話に続きます。
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