第2話
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大坪に『お伽の庭』を読ませる花井
通学路。
あ…、と何かに気づいた様子の響。
通学路の川沿いの道で、涼太郎が響を待ち構えていた。
おはよ、と挨拶する涼太郎。響は目を伏せて、……うん、とだけ答える。
うんじゃないだろ、歩き始めた涼太郎が響に注意する。響は素直に、おはよ、と返す。
花井がパソコンの前で作業している。
考えているのはゴミ箱に捨てられていた原稿の事。
(『お伽の庭』)
(「鮎喰響」)
(舞台は山あいの寒村。描写されている風習、しきたいりから百年ほど前の日本を思わせる。)
(ただ、具体的な時代、場所が明記されているわけではなく、生から死までが小さな社会で完結している。)
(作者が書きたかったのは、この世界観と死生観…)
花井は、はぁ、とひとつため息をつく。
文章力に優れているが粗が多く、はじめて書いた小説だと言われたらそうだろうと思うが、この作品が芥川賞をとったとしてもそうだろうなと思う、と評する花井。
大坪が花井の背後からおはよー、と挨拶する。
おはようございます、と返す花井。
相変わらず早いな、と声をかける大坪。
花井から9時出社だと聞き、若手いびりがしたいと言う大坪。
すいません優秀で、と返す花井。
最近の若い奴はマジメというか、とブツブツ言っている大坪に、大坪さん、と花井が声をかける。
「この原稿読んでいただけますか。」
花井は大坪を見て、両手で原稿を差し出している。
ゴミ箱に捨てられていた原稿だと気づき、何で? と問い返す大坪に読めばわかります、と即答する花井。
データ受付のみだから直筆原稿の時点で落選。個人情報も抜けているからデキがよくてもどうしようもないと言う大坪。
「読めばわかります。」
大坪に有無を言わせない表情で迫る花井。
大坪は、まあいいか、と原稿を受け取る。
読みながら、花井が入社三年目で石ころがダイヤに見える時期だと思う大坪。
自らの過去の経験からようやく先輩らしいことができそうだ、と原稿を読み進めていく。
原稿を読んでいる大坪の横顔を笑顔で見ている花井。
リカと響
文芸部部室。
「やっぱり来ないか。」
響と涼太郎がパンパンになったゴミ袋を傍らに置いて立っている。
響は本棚を見ている。
昨日の先輩たちが誰もいないのを見て、新入部員募集の貼り紙でもするか、とつぶやく涼太郎。
響は並べられた二つの本棚の境目に立っている。
「戦争ごっこ」という作品を右側の本棚から抜き取り、左の本棚に移す。
響、何してんだ? という涼太郎の問いに、なんでもない、直しただけ、と返す響。
あんまり勝手にいじるなよ、と注意する涼太郎。
やぱり新入生二人だけでは何をしたらいいかわからないし、昨日の先輩を探すのも難しいから職員室に、と涼太郎が響に話していると、部室の扉が開く。
「こんにちはっ。」
昨日、煙草を吸う不良たちに交じって本を読んでいたギャル風の女子生徒が入って来る。
「やーやー昨日はどーも。」
え…あ、と戸惑う涼太郎。
「たしか昨日ここにいた…」
うん、と肯定する女子生徒。
「面白そうだったから黙って成り行き見てたんだけどね。」
「止めに入るべきだったなぁ。あいつらもう来ないって。」
笑顔を崩さない。
そうですか、と目を伏せる涼太郎に、あれ、残念そう、と意外そうな女子生徒。
「残念というか…申し訳ないです。追い出すみたいになっちゃって…」
一瞬間をおいて、いい子だねー、君、リョータくんだっけ、と女子生徒が問いかける。
椿涼太郎ですと名乗る涼太郎。
あいつらは小説に興味などなく、たまり場にしていただけの奴らだから気にしなくていいという女子生徒。
真面目な1年が入ってきたら面倒だから追い返していたが、もっと面倒になりそうだからもういいのだと補足する。
涼太郎が女子生徒にあなたは? と問いかける。
「私は、凛夏。2年。文芸部部長。」
簡潔に答えるリカ。
部長…、と目の前のギャル風女子生徒を見る涼太郎。
さーて、とリカは本棚をずっと見ている響に近寄る。
「響ちゃんだっけ。こんにちは。私のことはリカでいーよ。」
響が振り向く。
涼太郎が腰に手をあてて、はあ、とため息をつく。
(部長とはいっても、この人もあんまり小説読むタイプには見えないな。)
リカは響に、さっきから本棚を気にしてるが読みたい本があれば借りていい、と声をかける。
「それとも何か本棚に気になるとこでもあった?」
「あなたが並べたの?」
響はリカの質問に答えず、問いかける。
わかった? と表情が輝くリカ。
涼太郎は本棚? とピンとこない。
リョータくんはわかんない人か――よーく見てみ、とリカは本棚を指し示す。
涼太郎は、二つの本棚がそれぞれ50音順で始まっていると気づく。
二つで分けてる、と笑顔のリカ。
どういう分け方ですか? と問いかける涼太郎。
リカは答えず、響ちゃんはどう思う、と響を見る。
響は一瞬間をおいて答える。
「右が面白い小説。左がゴミ。」
その答えを聞いてリカの笑顔が輝いていく。
「正っ解!」
がば、と響に抱き着くリカ。
「いやー嬉しーなー。わかってくれる人初めてだよー。去年卒業した先輩たちも首ひねってたし。」
リカの手で顔を遠ざけようとする響。
涼太郎が、ここの本を全部読んだのかと問いかける。
まーね、と答えるリカ。
「ゴミとまでは言わないけど、面白い本とつまんない本ってどうしてもあるんだよねぇ。」
響がようやくリカをひきはがす。
本棚を見たら持ち主のことが分かると言うことから、3年から引き継いだ本棚の責任が少しでも私にあると思ったらどうしても許せなくて、しかし部の本を勝手に処分するわけにもいかないから隔離したのだととリカが答える。
なるほど、と納得する涼太郎。
(文芸好きってやっぱちょっと変わってるな。というかこの人、考え方が響に似てる。)
「同志ができて嬉しーよ、響ちゃん」
響に手を差し出すリカ。
「これからよろしくね。」
握手に応じることなく、一冊入れ間違いがあったから、直しておいた、と言う響。
涼太郎は、本棚のことか、さっきいじってたっけ、とつぶやく。
ん? とリカが本棚を見て、左の棚に近づいていき「戦争ごっこ」を抜き出す。
なるほどー、と本を手に言うリカ。
確かに「戦争ごっこ」は文章力は稚拙で、ヒットはしたがウリは設定の奇抜さくらいで哲学もなく、一発屋だった。
ただ、舞台設定とドラマには新しい発想があって、質が低いのは間違いないが、ストーリーは面白かった。
文学界には意味のある一冊だった、と「戦争ごっこ」を右の棚に入れている理由を説明するリカ。
直してくれてありがとう、でもごめんね、これはこの棚であってるんだと右の棚に入れなおす。
それよりここからが問題だ、と涼太郎に向き直るリカ。
部員が3人になってしまったとというリカに、まだ新入生が入って来るかもと涼太郎。
リカは、新入部員は昨年は自分だけ、一昨年は0で、そもそも小説読む高校生がいない、と諦め気味に言う。
響はリカの戻した「戦争ごっこ」を右の本棚から再び抜き取り、左の本棚に並べる。
その様子を見ていたリカ。
「……ウチの学校はさ、部員5人いないと部として認めてもらえないの。」
つかつか左の本棚に近寄る。
「去年3年の先輩が引退して、私一人になって。」
「今年もどーせ新入生なんて入んないだろーなーって思ったから、ツレのタカヤ達に入部してもらったんだ。」
リカは「戦争ごっこ」を取り出し、右の棚に途中まで本を差し入れると、バン、と背表紙を叩いて右の棚に最後まで入れ直す。
本棚から離れるリカと同時に本棚に近寄る響。
再び「戦争ごっこ」を左の本棚に並べ直す。
リカは再び左の本棚から「戦争ごっこ」を取り出し、笑顔で涼太郎に話しかける。
「リョータくん、この本、右の本棚の一番上の棚の本の上に積んでくれる?」
え? と戸惑う涼太郎は、響の顔を伺いながら、え…と、と答えに詰まっている。
「ここは文芸部。私は部長で先輩。ね?」
リカの有無を言わせぬ説得に応じ、本を受け取る涼太郎。
右の本棚の一番上に並べられている本の上に置かれる「戦争ごっこ」。
涼太郎が本棚から離れると、響は一番上に置かれ手の届かない位置にある「戦争ごっこ」を、その真下で見ている。
響ちゃん、とリカが声をかける。
「昨日の一件であなたがどんな子か、だいたいわかってるつもり。」
「自分に絶対の信念を持って、それを一歩も譲れない。」
「でもね、あなたは一人で生きてるわけじゃないし、社会にはルールがある。」
「ここは文芸部で、私は部長。あなたは後輩。」
「最低限の敬意は持ちなさい。」
響はリカの言葉に反応せず、黙って本棚を見ている。
ふっ、と優しく笑うリカ。
「響ちゃんが悪い子じゃないってこともわかるよ。」
リカが笑顔で響に向かって手を差し出す。
「あらためて。これからよろしくね。」
響はリカに向き直ることなく、本棚の端を、がし、と掴み、本棚を前方に引き倒そうと力を籠める。
涼太郎がリカの両脇に手を入れ、倒れて来る本棚からいっしょに身をかわす。
ダァァァン、と本棚が倒れ、衝撃で倒れた本棚から収納されていた本がはみ出る。
あっけにとられるリカと涼太郎。
「先輩、すいません。うっかり棚を倒しました。」
響が全く感情の籠らない様子で謝る。
「戦争ごっこ」は、開いた面を下にして本棚から飛び出している。
響が無表情でリカの真正面に向き合う。
「後輩の私が、責任を持って直します。」
絶句していたリカは少し間を置いてようやく答える。
「……おう。」
「なんとかしたいんです。」
花井に読めと言われて渡された原稿を読み終わった大坪が呆然としている。
「大坪さん読み終わりました?」
花井が笑顔で大坪に問いかける。
「大坪さん。大坪さんっ。」
先輩っ! という花井の声でようやく反応した大坪は一言。
「…………すげえな。」
静かに投稿された直筆原稿『お伽の庭』の内容を賞賛する。
ねっ、と笑顔の花井。
それでも応募要項無視して一人直筆原稿なのは、と大坪が言うのを、後ろ20枚お願いします、という花井の言葉が遮る。
は? と怪訝な表情で花井を見る大坪。
花井のデスクにはノートパソコン、その隣には直筆原稿がある。
花井、お前、テキストに打ち直してるのか、と問う大坪。
締め切りは明日だから今日中に終わらせたい、と当然のことのように答える花井。
それでも、作者情報がない、と言う大坪に、花井は一切の迷いなく言葉を返す。
「適当にでっちあげます。」
「正しい情報がわかりしだい入れ替えます。」
それなら、間違えました、で済む、と続ける花井。
黙って聞いていた大坪が少しの間を置いて、どうやって? と問いかける。
これだけの原稿を送ってきたならば作者からのアプローチがあるはず、鮎喰響から電話が来たら私に繋いでくださいと大坪に頼む花井。
つなげって…、とあっけにとられた大坪が話し始める。
「『お伽の庭』は間違いなく最終選考に残るだろう。」
「それまでに間に合えばすみませんですむかもしれんが、最終選考は大御所作家の審査だ。」
「もちろん年齢なんかも審査対象に入る。」
「そこまでいったら、間違ってましたごめんなさいじゃすまないし、この作品はおそらく受賞する。」
「授賞式までに連絡先がわからなかったらどうするつもりだ。」
花井は強い意志を目に宿らせて大坪を見据える。
「どうにかします。」
「逃がしたくないんです。」
「ここが分水嶺かもしれない。時代の分かれ目かもしれない。」
「今後、文学界は鮎喰響以前以降と語られるかもしれない。」
「そう思うと、なんとしてもなんとかしたいんです。」
花井の熱意に圧倒される大坪。
「……若ーなぁ。」
つぶやくように言う大坪に、はい! と返事をする花井。
感想
花井に続き、上司の大坪もまた鮎喰響の『お伽の庭』に触れ、とんでもない才能に気づいてしまった。
最後のやり取りを見ていると大坪が花井にとって良い上司だということがわかる。
1話の初見では、新人の頃はやる気に溢れていたが、次第に理想の自分と実際の自分とのギャップに気づき、やる気を無くしていった典型的な社会人だと思っていた。
しかし、2話で花井の熱意にあてられて説得されるところを見るに、まだ心の奥底に若い部分のひとかけらが残っているのだろう。
無下に花井の申し出を却下しないだけ花井にとっては良い上司だと思う。
そしてもう一人、リカもまた本棚の件で響の才能の片鱗を感じた一人だと言える。
まだ響の作品には触れていないが、少なくとも自分と同量の本を読み、似たような評価が出来る響に非凡なものは感じているはず。
果たして響の書いた小説を読んだとき、リカはどのような反応を示すのか。
弛まぬ努力している人と才能がある人であるほど、一個の才能の価値をより正確に測ることが出来る。
リカもまた才能を持つ一人であるならば、出版社の編集を唸らせる響の小説を読んだ時の反応が気になるところ。
リカは典型的なギャル風の女子高生だが、中身は知的なキャラで面白い。
この個性に富んだ二人の仲が今後、ぶつかり合うのか、無二の親友となるのか、果たしてどう変化していくのかがとても楽しみ。
以上、響 小説家になる方法 第2話のネタバレ感想と考察でした。
次回3話に続く。
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