第110話 響スポット
目次
第109話のおさらい
鏑木と響のケンカから1カ月が経過していた。
琴子は収録中に響に殴られた場面を使うことを渋る制作のトップの説得に成功していた。
響に殴られたシーンはテレビで放送され、その中のインタビューで琴子は、響とはお互いに拳で語り合うほど、プライベートで親交があると説明し、何十人ものアイドルグループの中の一人から抜け出すチャンスを掴もうとしていた。
小説が一段落し、受験対策のために進路指導室で教員と一対一で英語で会話する響。
教師は響の発音を評価する。
パン屋『麦わらぼうし』で働く中原愛佳は、籍を入れてから二週間が経っていた。
おばあさんから、良いお嫁さんになると声をかけられ、笑顔でありがとうと返すのだった。
中原は響と合流し、書店に向かう。
目当ては創刊されたばかりの雛菊だった。
目立つ場所に力の入った装飾でディスプレイされた売り場から雛菊を一冊手に取り、中原は息を呑む。
中原は、2年前までは文芸は売れないことが普通で、ブームなど想像できなかった、業界自体がなくなるのではないかと思っていたと驚いて、響をみつめる。
(たった一人の才能が世界を変える。そんなことが本当にあるんだ……)
響から、また書いてみたらと言われた中原は、書きたいものがないから無理だと答える。
そしてその流れで、響に対して、『千年桜』や『お伽の庭』のような面白い小説を書き続けて、私の憧れでい続けて、と笑いかける。
その言葉に、響は少し前に鏑木と同じようなことを話した時のことを思い出すのだった。
鏑木は、早く芽が出た奴ほど消えるのも早く、生涯現役で死ぬまで天才でい続けた人間はいなかった、と主張する。
「いつかは枯れる。お前も、私も。」
それに対し響は、自分には一生書きたいものがあり、それを書き続けるという予感がある、と答える。
「私は私。それだけは絶対永遠に変わらない。」
その返答を受け、鏑木は笑顔を浮かべる。
響の鏑木とのやりとりの話を聞き、中原は雛菊の売り場の島に置いてあった週刊少年スキップを一冊取り出すと、この『お伽の庭』の漫画の人かと問いかける。
連載されていたことが初耳だった響は、すぐに鏑木に電話で確認をしていた。
全く悪びれた様子もなく、コピーを使った、と答える鏑木。
原稿を燃やすという約束は守ったろ、と堂々と居直る鏑木に対して、響はかける言葉を完全に失っていた。
次は連載権かけてケンカするか? という鏑木に、もういい、好きにして、と折れる響。
そして鏑木は続けて、契約に関して花井と話をつけておく、と話を進める。
「今わかった。私あなたのこと嫌いだわ。」
そう言った響に対して鏑木は、似たもの同士だからかな? とどこか楽しそうに返すのだった。
前回、第109話の詳細は以下をクリックしてくださいね。
第110話 響スポット
雛菊創刊号の売れ行き
小論社。
花井、海老原、坪井は営業から雛菊創刊号の売れ行きが好調で、一万部の増刷が決定したという報告を受けていた。
雛菊は他の純文誌が一万部刷っているところを創刊号と言うことで三万部刷っていた。
それにも関わらず一万部の増刷がかかったという快挙に喜びを露わにする海老原。
坪井もこの嬉しい現実に言葉を失っていた。
花井は、よっしゃー!、と両手を挙げて喜びを爆発させる。
笑みを浮かべながら静かに拍手を送る編集長。
そして営業はもう一つの良い知らせと前置きして、漫画『お伽の庭』が掲載された週刊スキップも五万部の増刷がかかったと報告する。
雛菊の創刊部数より多い、とポツリと呟く海老原。
花井は複雑そうな様子で固まる。
文化祭
北瀬戸高校。
文化祭に訪れる客の数は前年よりも遥かに多くなっていた。
今年の春、北瀬戸高校が響の通っている学校であることがバレたことが原因だった。
目当ての響を求めて校内を巡る客たち。
それに対して学校は、文芸部の出し物はないこと、生徒の個別の所在は学校側では把握していないことを教師がトラメガで伝えるという異例の対応を行うのだった。
文芸部の部室の前には響を一目見ようと集まった客で溢れている。
ヒロトと望唯は扉に鍵をかけて、部室内で外の様子に聞き耳を立てていた。
鍵がかかっているにも関わらず強引に扉を開けようとする客の存在に恐怖を感じる望唯。
外で話している内容から、今にも強引に文芸部内に入ってきてもおかしくないとヒロトも感じていた。
しかしこの盛り上がりから、望唯は改めて響の影響力の大きさを実感していた。
ここ1、2年はずっと時の人だと言って、アイドルを殴った番組の話をヒロトに振る。
ヒロトは、響に聞いたら、ただのケンカだと答えたと返す。
もの静かだが、何か聞いたら普通に答えてくれるので、世間で騒がれている「響」であることを忘れそうになる、と望唯。
「才能があるから周りがほっとかないだけで、何もしなきゃ普通の高校生だよな。」
かよとは普通にじゃれてるし、とヒロト。
「あと3、4か月でいなくなんのかー」
「いや声…」
ヒロトが止めようとする努力もむなしく、望唯の声が外に漏れ聞こえてしまい、外の訪問客がにわかに活気づいてしまう。
インスタ女子
金髪の若い女が、響が見当たらないと悪態をつきながらスマホを操作している。
インスタに響とのツーショットを載せてフォロワーを増やすことを目的としていたにも関わらず、それが叶わないことに焦っていた。
「無駄足かー」
金髪女性はベンチに腰を下ろすと、隣に”文芸部本日休部”と書かれた看板を持って文庫本を読んでいるウサギの着ぐるみがいることに気付く。
中々珍しい絵に、思わずウサギとのツーショットを撮ってインスタにアップする金髪女性。
そしてウサギに、響がどこにいるかを問いかけるが、すぐに響が人前に出ることを嫌がっているので高校最後の文化祭であっても無理してくるほど思い入れはないだろう、と諦め半分で続ける。
「ウサギは今何年?」
「3年。」
響と同学年だと知った金髪女性はウサギに、学校内の響スポットの案内を頼み始める。
金髪女性は名前を浜中みき子、21歳のインスタグラマーと自己紹介する。
そして文化祭に来た目的は響をインスタに載せてフォロワーを100倍にするためであること、持ち金が8000円しかないのに友人に借りて往復4万円の道のりを香川からはるばるやってきたと続ける。
ウサギは一生懸命な浜中の頼みにようやく重い腰を上げ、ベンチを手で指し示す。
「このベンチ、お気に入りでよく本読んでる。」
浜中はその言葉に一気にテンションを上げ、写真を連射する。
もしかして響と同じクラスになったことがあるのかという浜中からの問いに「まあ、ある?」と返すウサギ。
「マジで!? 響のプロじゃん! 他にどこいた!?」
響スポット巡り
ウサギの案内で図書室にやってきたウサギと浜中。
窓際の席がお気に入りと説明するウサギに構わず、浜中はその席に座って自撮りを続ける。
そしてインスタをチェックすると、さきほど外で撮ったウサギとのツーショットに反応があることに気付き、窓際の席でもウサギと一緒に写真を撮るのだった。
サービス精神を発揮し、きちんとポーズをとるウサギ。
次の響スポットに行く為に勢いよく外に向かう浜中。
その後を追いつつ、ウサギはふと振り返って図書室のさきほど自分たちがいた窓際の席を見つめる。
廊下を歩く二人。
浜中は学校が懐かしいと呟き、ウサギに対して、何か月か先に制服を着なくなることが切なくないかと問いかける。
「そうね…」
二人が着いたのは響のクラスの教室だった。
響の机でウサギとのツーショットの写真を撮る浜中。
写真撮影が一段落すると、響の机の椅子に座る。
「懐かしいなー…」
そしてウサギに、将来なんにでもなれると思っていないかと問いかける。
少し間をおいて、思ってる、と答えたウサギに浜中は全力で返す。
「あまいあまい! なれないんよ! マジなんもなれん!」
浜中は高校の頃は何にでもなれると思っていたが、卒業して勉強もできず、何の努力もしてこなかった自分に何も可能性がないことに気付いたと告白する。
「社会に出てホントやっと気づいたんだよね、自分がフツーの人だって! せちがれえなあ。」
そして響がなんの努力もなしに、気づいたら天才だったのだろうと言って、その不条理を嘆くのだった。
ウサギは黙って浜中の言葉を聞いていた。
屋上に出た二人。
柵にもたれかかりツーショットを撮影する。
ウサギからの、ここから響が落ちたという解説に、絶対死ぬと浜中がツッコむ。
「下で友達が受け止めてくれた。」
ウサギの答えに、それは都市伝説だと否定する浜中。
屋上で用を済ませた浜中が、文系部に行きたいが今日は入れそうもないなと呟いているのをよそに、ウサギは先ほど自分たちがいた響スポットを見つめていた。
サイン
浜中は歩きながらインスタをチェックする。
響スポット巡りに対しての反応が上々であることに喜び、ウサギに、ギリギリで来た意味があった、と感謝の意を伝えるのだった。
そんな浜中にウサギが質問する。
「インスタで褒めてもらうのってそんなに楽しいの?」
「夢みたいに楽しーね!」
才能はないが、なんとかしたい、今の目標はインスタで天下をとることだといきいきと、楽しそうに答える浜中。
そして今はショボイが、来年にはインスタの神と呼ばれてみせる、そうしたらみきぽこのインスタに載っているウサギは自分だと自慢していいと豪語してみせる。
「あ、みきぽこは私のインスタネーム!」
「インスタって才能はいらないの?」
ウサギの質問に、いらんのちゃう? と浜中。
「こんなの写真載っけるだけっしょ。」
「まあ、向いてなかったらそん時また考えるよ。やっぱ高校時代超えたいし。」
なるほど、と納得するウサギ。
そして浜中は『お伽の庭』とペンを取り出し、響からサインをもらってほしいとウサギに頼むのだった。
ウサギは一瞬の間の後、貸して、と言って『お伽の庭』とペンを受け取る。
そしてペンを手に塗りたくって、『お伽の庭』の表紙に手形を押して浜中に差し出す。
「はい。」
おめーじゃねーよ、とツッコむ浜中に対して、ウサギは。それが精一杯だと答える。
しかし響はサインなどしないだろう、ウサギは受けるからと納得した浜中は、『お伽の庭』の表紙を撮影するのだった。
「今日はあんがと。ライン交換しよ。」
「私、スマホ持ってない。」
「マジか。」
正体
「ライン始めたら教えてくれ。私はみきぽこでインスタにおるから!」
帰り際、ウサギに手を振る浜中。
「じゃーな!」
「頑張ってね。」
手を振り返すウサギ。
浜中が行ったあと、ウサギはおもむろに着ぐるみの頭の部分を取り外していく。
「卒業か……」
現れたのは着ぐるみの暑さに火照った響だった。
感想
雛菊爆売れ
文芸界の未来を担う新文芸誌『雛菊』は、見事なスタートダッシュを決めた。
雑誌で増刷というのがかなり珍しいことはあまり詳しくない自分でも何となくわかる。
響効果は大きかったと思うけど、響デビュー後から文芸の業界自体が持ち直しているという描写があったし、今後他の作家ももっと盛り上がってくるのだろうか。
山本をはじめ、もっと癖のある作家が登場して物語を盛り上げて行って欲しい。
『お伽の庭』の載った週刊スキップが雛菊創刊部数より増刷されてて花井が呆然とするオチは笑った。
やはり漫画は出版社の販売の主力ということか。
『お伽の庭』効果だろうから、これでまた原作も売れるのか……。
現実にこんな作品あったらとんでもないことだよなぁ……。
マジでこんな作品生まれないかな。
最後までネタバレしないドッキリ
響のノリがめちゃくちゃ良くて笑った。
写真撮る度にきちんとポーズ決めてあげてて本当に良い奴だわ。
響はとにかく嘘をつかないから、「ひょっとしてあんた響?」と一言聞けば……。
でもそれがなかったからみきぽこは響スポット巡りが出来たのかもしれない。
このインスタ女子みきぽこのアカウントに載った写真の、うさぎの着ぐるみの正体が響本人だとバレる展開はないかなー。
それでフォロワー数が爆上がりする展開があったら面白いのに。
しかし途中、屋上で「下で友達が受け止めてくれた」って言って響がスポットの解説をしていたけど、それってほぼ響本人だと告白してるようなものだと思う(笑)。
でも全然気付かずに、普通に会話が続いているのが良いんだよなぁ。
まさか着ぐるみの中に入っているとは夢にも思わないわな。
実は目当ての人間とガッツリやり取りしていたと知ったらどうなるのか、みきぽこの反応を見てみたい。
読者としてはネタバレしないドッキリを見ているようなもんだ。
物足りないけど、これはこれで良い。
向いてなかったらその時考える
インスタって才能はいらないの、という響の質問に対して、いらんのちゃう? は笑った。
柳本先生は完全にインスタ女子を煽ってますな。
実際工夫は必要なんだろうけど、本人が全面に出る場合はほぼ容姿や知名度で決まりだろうなぁ。
ただみきぽこの「向いてなかったらそん時また考えるよ」は何か良いな、と感じた。
実際、自分にどんな才能があるか、何が出来るか、やってみないとわからない。
若い時は彼女のようなスタンスで色々とやってみた方が良いと思う。
今後彼女が再登場することはあるのだろうか。
行動力はあるんだし、本当に一年後インスタの女王になってたら面白い。
また何かしらの形で登場することを期待したい。
以上、響 小説家になる方法 第110話のネタバレを含む感想と考察でした。
第111話に続きます。
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