第113話 卒業の言葉
第112話のおさらい
職員室で、教師にIELTSの結果を報告する響。
公立カレッジ入学に必要な総合評価5.5以上というハードルを見事に超える6.0と表記された通知を、響は笑顔で見せるのだった。
涼太郎との帰宅中、響は卒業式前日にイギリスに発つと告げていた。
公立カレッジの開始時期は夏だが、日常会話が出来る程度の語学力では授業についていけないので、学校の開始までにイギリスでの生活に慣れておくためだった。
涼太郎は東京の大学を受けると響に伝える。
それは、高校で響の行動半径が広がったのと同じで、大学に進学したならさらに広くなるので、響と一緒にはいられないからであり、そして何より、自分なりに将来のことを考えた結果、響によって一番必要な職業になるであろう、国際弁護士になるのだと告白するのだった。
将来のこととは、誰の将来なのかと響に問われた涼太郎は即答する。
「好きな人の将来だよ。」
そして40歳くらいになったら貯めたお金を使って、ドイツの田舎でパン屋でもやらないかと響を誘う。
悪くないわね、とまんざらでもない響。
センター試験まで1カ月を切っていた。
すでに受験から解放された響は、図書室一人、読書していた。
元生徒会長塚本は、教師から、校長の許可が下りたという報告を受けていた。
それを響の担任に話をしておくと言って去ろうとする教師に、塚本は自分が直接響に伝えると主張する。
生徒会室で、現生徒会長の仕事にアドバイスをした後、廊下に出る塚本。
ちょうど通りかかっていた響を呼び止める。
響が元生徒会長である自分の事を知らないことに少しむっとした塚本は、勢いそのままに用件を言う。
「2か月後の卒業式! あなたに答辞を読んでほしいの!」
なぜ私なのか、という響からの問いに、他の生徒たちはみんな『響』に壇上でスピーチしてほしいと思っているからだと塚本は答える。
しかしそれをあっさり断る響。
しかし塚本は諦めない。
生徒会室に響を連れ込み、机の上にアンケートを広げる。
色々なアンケート項目で響は1位をとっていた。それは間違いなく学内で最も影響を持つ人物であることを示しているのだと塚本は主張する。
鮎喰響を知らない生徒はいない以上、響と同じ学校にいたことは自慢で誇りで思い出になると塚本は断言する。
本当は塚本が答辞を読みたいのか、という響に問われ、当たり前だと即答する塚本。
塚本は、自分はこの学校が大好きで、本当は自分が生徒を代表したかったと続ける。
だったらやりたい人がやればいい、と言う響に塚本は、卒業式は242名の卒業生のための式典であり、全員が5年後、10年後も最高の卒業式だった、楽しかったと思い出してもらいたいと訴える。
そして、塚本の言葉は響のような人間が嫌いだと、ヒートアップしていく。
「好き勝手やって! 周りでフォローしてくれてる人のこと全然考えてなくって! 最後くらいは周りの人のために何かしたらどう?」
そこまで言って、我に返る塚本。
響は穏やかな笑顔で塚本を見つめていた。
ごめんなさい、としおらしい口調になる塚本。
「初対面なのに本音そのまま言っちゃって。あ! 本音っていうか……」
響は塚本の話を聞いて、今まで学校のために頑張ってきたのね、と笑顔で労う。
「だったら最後くらい好きにしたら?」
それを受けて塚本は、実はそこまで学校のために身を粉にしてきたわけではなく、さらに生徒会は自分が好きでやってきたことであり、何より卒業式は自分のためだけのものではない、とさきほどの訴えを繰り返すのだった。
「なるほど……」
塚本の訴えが響を揺らす。
「私達本当に卒業するのね。塚本は実感ある?」
全然ない、と即答する塚本。
「正直半年後も制服着て高校4年生してる方が現実味ある。」
私もよ、と響も同意するのだった。
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第113話 卒業の言葉
卒業式当日
センター試験が終わり、あっという間に卒業式当日。
卒業式は順調に進み、卒業証書授与に移ろうとしていた。
しかし響の姿が卒業生の席の中にない。
涼太郎と花代子は心配そうに空席を見つめていた。
在校生の席に座っている典子、かなえ、咲希、シロウも事態に気付き落ち着かない。
サプライズ登場を期待する典子に、ねぇよ、誕生会か、とシロウがツッコむ。
響ならありそう、と咲希。
他の生徒も響が来ていないことに気付き始めていた。
塚本はこの事態を受け、怒りを堪えているかのような表情で俯いていた。
連行
文芸部部室。
望唯とヒロトはソファで文芸部部室の飾りつけを手伝っている響に卒業式に行くよう迫っていた。
「なんだか無理やり答辞を読まされるみたいでね。何度も断ったんだけど強制で。酷い話よ。」
望唯は、なぜ卒業生に向けた飾りつけを卒業生がするのか、と響にツッコミを入れる。
どうして3年文芸部にいた私が1年しかいない二人に追い出されなくてはいけないのか、という響に望唯は、卒業生だからですよ、と即答する。
わかったわよ、と席を立つ響。
しかしその行き先が図書室だと聞き、望唯は、本当に卒業式に出ないのかと問いかける。
「このまま見逃すのヤバいよね。」
「ヤバい。」
即答するヒロト。
「下手したら俺たちが匿ってたとか言われかねない。」
響の背中に飛びつく望唯。
そのまま床に押し倒すと、ヒロトに響の足を持つように指示する。
「このまま体育館に運ぼう!」
「離せ!」
望唯とヒロトは協力して、暴れる響を制し、体育館に連行するのだった。
登場
卒業生の答辞は塚本が読んでいた。
心は籠っているが、ある意味型通りの内容に、列席者の生徒の中にはスマホを見ている生徒もいる。
生徒会長は、塚本がもしもの時のために答辞の原稿を用意していたことに気付いていた。
響不在でどこか落ち着かない雰囲気の中、塚本は無事に答辞を読み上げるのだった。
塚本は拍手を受けながら、壇上から名残惜しそうに列席者たちを見つめる。
「靴脱がして!」
突然、体育館前方、司会者の背後の扉が開く。
そこから望唯とヒロトにより響が放り出される。
壇上の塚本はその光景の一部始終を目撃し、呆気にとられた表情で響を見ていた。
何事が起ったのかと司会者が後ろを振り返るのと同時に、扉は勢いよく閉められる。
誰かが入ってきた、とざわつき始める生徒たち。
「響ちゃん!」
事態を把握した花代子が嬉しそうに呟く。
響が来たと聞き、生徒たちのざわつきは大きくなっていく。
「マジで? あの人が響?」
「何? サプライズ?」
「生で初めて見た!」
ここから下手な対応をすれば卒業式がぶち壊しになってしまうと感じたのか、顔色が青くなる塚本。
「何が始まんだろ。」
「え? なんかあんの?」
「あるでしょ。あんな登場してさ。」
生徒たちの期待の高まりを、塚本はひしひしと感じていた。
そして、意を決してマイクに向かう。
「続きまして現在小説家として活動されている、3年2組鮎喰響さんに卒業の言葉を頂きます!」
「お――――!」
活気づく生徒たち。
響はゆっくりと階段を登り、壇上の塚本の元に向かう。
拍手の音が会場に満ちる。
「おお ナマ響!」
「すげーな テレビの人だよ!」
大丈夫かな、と不安げな表情のかなえ。
絶対大暴れするよあの人! と典子。
「……大丈夫。」
咲希は笑みを浮かべて呟く。
響の挨拶
塚本は黙って響を手招きし、身だしなみはきちんとして、と首元のボタンを閉める。
「いろいろ言いたいことはあるけどとりあえず、」
自身の首元につけていたリボンを外す。
「今、壇上に上がってくれたことに感謝する。」
外したリボンを響の首に着ける。
「学校の思い出を簡単に話してくれたらそれでいい。」
そして塚本は、今の様に響が何かするだけで盛り上がる生徒もいるが、普通に式をしてほしい生徒もいるので、卒業式をぶち壊すようなことだけはしないでと釘をさし、響に壇上を譲るのだった。
マイクの前に立つと、響は早速話し始める。
「長い様であっという間だった3年間、」
「おおおお」
生徒たちからどよめきの声が上がる。
「……でした。」
妙な間が流れる。
響は次の言葉を口にせず、マイクの前で立ったままだった。
(……まさか、おわり?)
呆然とする塚本。
響は、やっぱり駄目ね、と言って腰に手を当てる。
「こういう式典での話って元々好きじゃないの。よく知らない人が誰に向かって話してるのかわからない話をしてて全然頭に入ってこない。」
司会者は隣に座っている校長の様子をチラと窺う
「ふふ。」
「確かに。」
響に共感し、笑いあう女子生徒もいる。
塚本は響が何を言うか、気が気ではなかった。
心配そうな表情で響を見つめている。
「だから、塚本、あなたに向かって話す。」
塚本の方を向く響。
「私は北瀬戸で3年間面白おかしく過ごしてきた。その陰で塚本が生徒会から大なり小なり支えてくれたたのよね。」
塚本はじっと響の話を聞いていた。
「感謝してるって言ったら嘘になる。」
あまりに予想外な流れに、はあ? と声を上げる塚本。
響は、世話にはなったのだろうが、今自分が心から塚本、先生、学校に感謝しているかと考えれば全然考えていないと正直な自分の心の内を吐露する。
「私は明日からイギリスで暮らす。今は明日が楽しみで仕方ない。」
「先のことしか考えられないの。恩知らずって罵っていいよ。」
塚本は笑顔を見せると、いいわよ、とさらっと返す。
「感謝してほしくて生徒会やってたわけじゃない。」
「心が広い。」
教師たちは笑みを浮かべて、壇上の二人のやりとりを温かく見守っていた。
「私の話は終わり。最後に心がこもってなくて悪いんだけど、3年間ありがとう。」
感想
次で最終回!
なんと次で最終回……!
前回のアオリに「佳境」とあったように、やはり終わってしまうのか……。
寂しくなるわ。
今回の話はいきなり卒業式だった。
元々、各種イベント事をそこまで熱心に描くような漫画ではなかったから想定の範囲内ではある。
結局、嫌々ではあるものの、塚本の望み通り響は壇上で挨拶することになった。
本当は前日にイギリスに行くつもりだったのに、一日遅らせたのか。良いヤツだな。
でも学校に来ても、やっぱ挨拶辞めた~、というのは駄目だろ(笑)。
塚本に答辞を読ませてやりたいという気持ちからの行動だったら素晴らしいんだが、多分違うんだろうな。
望唯たち1年に強制的に体育館に連行されて、響は壇上に上がらざるを得なくなった。
彼女の話した内容は、やはりどこまでも型に囚われず、個性的なものとなった。
話者が響だからという点も大きいだろうけど、彼女がどこまでも自分の今の正直な気持ちを言っていることがわかるからこそ、生徒も教師も話の内容に耳を澄ましていたのだろう。
きっと卒業生のみならず、全ての出席者は皆、よい思い出になったはずだ。
有名人の話を聞いてみたいというミーハー根性を、自分も多分に持っているからそう思うのかもしれないが。
しかし思ったのは、響は入学時よりも明らかに他者に気をつかえるようになってるということ。
まぁ、少なくとも他者とぶつかってばかりの初期、例えば本の並びが気に入らないからと言って本棚をぶっ倒していた頃よりは、格段に社会に適応できているんじゃないかと思う。
それに前回、涼太郎がイギリスについて来ず、東京の大学を受けると聞いた時もそれを普通に受け止めた。
1巻の初めの頃は、涼太郎がそばにいないと不安な面があったのに……。
まぁ途中から涼太郎なしでどんどん行動するようになったけど。
これも彼女の成長かな。
次回の最終回までに、これまでの話を読み返しておくか……。
映画化したんだし、あと、アニメ化してくれないかな~。
芥川賞と直木賞をW受賞するあたりまで、1クールでいいから。
実写向きの舞台かつストーリーだったし、実際映画はそれなりに良い評価を得ているけど、いかんせん2時間の中に詰め込み過ぎな気がした。
きっと原作を知らない人には違和感なく観られるくらいに上手くまとめられているのがわかるから、映画自体の出来はよかったと思う。
ただ、個人的にはもうちょっとじっくり動いている登場人物たちを観てみたかったんだよね……。そもそも映画は花代子の存在端折られていたし……(涙)。
ぜひ何年か遅れても良いのでアニメ化して欲しい。
実現する可能性は十分あると思う。
以上、響 小説家になる方法 第113話のネタバレを含む感想と考察でした。
最終回第114話に続きます。
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