第98話 侵入
目次
第97話のおさらい
響、涼太郎、花井はブックカフェから響の部屋に移動していた。
響は押し入れから出した原稿用紙の束を花井に渡す。
それは『ティンカーベル』という題名の響が中学3年生の時に初執筆した小説だった。
響は、そもそもこれを書いていたことを忘れてたと呟く。
花井は原稿用紙の厚みから、『ティンカーベル』の原稿が長編に必要な枚数を満たしていると判断していた。
響は、花井と涼太郎がブックカフェで一体何の話をしていたのかと問う。
花井は新雑誌が9月に創刊予定であること、そしてそのためには響が新連載を始めることが条件であることを説明し、受験の時期にある響に連載はさせられないから、代わりに『ティンカーベル』を原稿を使わせてほしい、と頼むのだった。
響は花井に、新雑誌の名前について尋ねる。
さらに続けて、誰が書くのか? と興味深そうに質問を重ねていく。
そんな中、話を進めるために涼太郎が、響はどうするんだ、と問いかける。
涼太郎の言葉をきっかけに、響に熱心に頼み込む花井。
「私は海底都市の女の子の話を書きたい!」
響は笑顔で答える。
花井は響の意外な反応に、状況をよく把握できていなかった。
その後も簡単に、自分が書きたいのがどんな話かを説明する響。
花井は高3の響には本来、新作を書く暇がないことを指摘し、『ティンカーベル』を使わせて欲しいと懇願する。
しかし、響の新作の構想が気になる花井は、ついついその設定ついて質問するのだった。
それに対し、詳しく説明していく響。
そんな響に、『ティンカーベル』を使いたくないのか? と花井が素直な疑問をぶつける。
それに対し響は、3年前に書いたもので、とんでもなく粗いから、と明確にその理由を述べる。
花井は、あくまで斜め読みした感想だが、涼太郎が酷評したかは知らないが文体は響の作家性が出ていると評価する。
酷評? と響は花井の言葉にピンと来ていない。
涼太郎は中3の時に響から渡された『ティンカーベル』を読み酷評したわけではなく、全然わからない、と正直に響に感想を告げていたに過ぎなかったのだった。
真相が明らかになったことで、なるほどね、と呟く花井。
そして響は花井を真っ直ぐ見据え、原稿はいつまでに必要なのか、と問いかける。
花井は俯き、あくまで今は受験に集中して、新雑誌には『ティンカーベル』を使わせて、と答えるのだった。
その返答に対し、えー、と響はつまらなそうにしている。
花井は帰りの電車の中で早速響から預かった『ティンカーベル』を読み始めていた。
翌日も引き続き、小論社の自分のデスクで読み続け、読了する。
隣の席の坪井に、新人の原稿か、と訊ねられ、花井は、小説に必要な各要素がセンスの塊だと評価する。
そこに編集長が現れる。
「話をつけたか? 響は書くのか?」
北瀬戸高校職員室。
響は教師から留学には「公立カレッジ」に入ってまず1年間勉強する必要があることを聞いていた。
その時、響の携帯に花井から電話がかかってくる。
教師は、出版の人からの電話なら、今した試験の話を早く伝えるために出た方がいい、と響に電話に出るように促す。
編集は響に小説を書いてほしいのだろうが、これから自分が半年程で英語をマスターしないといけないという事情を出版社側に説明しておくように、と続ける。
教師に言われるままに電話に出た響に花井が伝えたのは『ティンカーベル』への賛辞、そして新作の海底都市の話を書いてみないかという誘いだった。
響は、だから書くって! と即答する。
花井は、小説は書きたいと思った時が書くべき時であり、何より自分が読んでみたい、と主張する。
だから書くって、とは繰り返す響。
響は、今年は小説書くつもりなかったが、純文で新雑誌なんて生まれて今まで聞いたことないので、楽しそうだから参加したいと答える。
花井から、受験に絶対合格することと、9月創刊の新雑誌に向けて、来月6月中に小説の全体像を固めておくことと言われ、うんわかった、と簡単な返事をして電話を切る響。
「9月から新連載が始まるって。」
響の答えに教師は言葉を失う。
教師は、話ってここまで通じないものか、とがっくりとうなだれる。
「天才か……言っとくが、試験は鮎喰の都合は聞いてくれんぞ。」
「大丈夫、最悪でも死にはしないよ。」
前回、第97話の詳細は以下をクリックしてくださいね。
第98話 侵入
バイト終了
来々軒。
柴田の高校生活を書いた私小説の感想を述べる響。
高校時代の柴田がどれだけ頭が悪かったかわかった、と響に言われても柴田はキレることなく、ありがとよ! と返す。
小説を書き上げて、自分には向いてない、もうやらない、という柴田に、響は次を探しましょうと笑顔を向ける。
「生涯夢中になれそうなこと。料理できるならお菓子とか作ってみたら?」
微笑を浮かべる柴田。
二人のやりとりを見守っていた店長はバイト期間を終える響に、働きたくなったらまた来い、と送り出す。
「まだチャーハンも半人前だ。」
店を出る間際、響は二人に向けて笑顔を向ける。
「お世話になりました! またね。」
『雛菊』始動
デスクを3つ組み合わせた島を花井や編集長、坪井を含めた4人が囲んでいる。
編集長に新雑誌の名前を訊ねられ花井は『木蓮』との兄弟誌であることや若さを意識して『雛菊』にする予定だと答える。
『雛菊』の島は『木蓮』の島の隣に位置していた。
『雛菊』の編集者は基本的には『木蓮』と兼務する、と前置きする編集長。
「今日からここが『雛菊』編集部だ。」
編集長は『雛菊』専属編集者が二人だと言って、文芸の営業を担当していた海老原奏子を紹介する。
海老原は花井に対して現場での文芸の盛り上がりを熱弁し、『雛菊』を純文学一の雑誌にしましょうと熱意のこもった挨拶をすると、続けて響との顔合わせをいつにするかと質問する。
それは無理です、と即答する花井。
現場では響は神を超えた存在になっている、と響との顔合わせを懇願する海老原だったが、花井は、諦めてください、とピシャリと断るのだった。
「花井の部下になる日がこんな早く来るとはな。悪いが敬語は勘弁してくれ。」
二人目の『雛菊』編集部員、坪井に向けて花井は丁寧に、そして深々と頭を下げる。
「よろしくお願いします。」
アイスクリーム屋にやってきた花井。
カウンターで注文するとその声に反応して西ヶ谷が振り返る。
「……今の声。」
花井と一緒に店の裏にやってきた西ヶ谷は、花井から新雑誌の話を切り出されて驚いていた。
花井は『雛菊』の創刊は来週には公式に発表されること、そして西ヶ谷も『雛菊』創刊連載の一つになること、それにともない原稿料が出ることを伝える。
「……ありがとう。」
西ヶ谷は呆然としていた。
「マジで…? 新雑誌とか…花井さんすげースね。」
凄いのは作家さん、と花井は西ヶ谷に改めて感謝の意を述べる。
西ヶ谷は花井が常に文芸を盛り上げたいと言っていたことに触れ、それがわかりやすい形で結果として出たことに感心していた。
新雑誌は自分もびっくりしてる、と返す花井。
「でもゴールってわけじゃない。今盛り上がってても半年後には終わってるかもしれない。どうしたって作品次第だから。」
そして花井は西ヶ谷に深々とお辞儀をする。
「玉稿、楽しみにしています。」
「……っス。」
西ヶ谷と別れた後、花井は書店に入っていた。
そこで文芸の売り場が増えていることに気づく。
(「売り場が増える」。文芸でこんなことあるのね…)
文芸の棚から『お伽の庭』を一冊取り出し、全てが響から始まった、それもたった2年で、と感慨に浸る花井。
しかしすぐに自分の頬を叩き、これがゴールではない、と気合を入れなおす。
店を出た花井は、ブームが終わるか文芸が根付くかここがスタートだ、と決意を新たにするのだった。
新雑誌の名前や西ヶ谷が連載することを響に伝えようと思いつきスマホを操作しようとする花井。
しかし大切な時期にある響との干渉をなるべく避けることを思い出して後からメールすることにして、スマホの操作を止める。
花井は新雑誌のトップは当然のことながら響の新作だと考えていた。
自分が高校3年生の受験生に連載させようとしていることを自覚し、響が集中できる環境作りをしていくことを自らに言い聞かせる。
天才漫画家鏑木紫
北瀬戸高校図書館。
響は黙々と勉強に励んでいた。
その様子を遠巻きに生徒が見つめている。
(近寄りたいけど近寄れない。)
(存在感の塊みたいな人だな。)
(響さんの周り結界張られてるよね。)
そこに構わず近寄っていき、響の真正面の席に、どか、と腰を下ろす女性が現れる。
女性は響を見つめるが、響はまるで意に介していない様子で勉強に集中している。
その光景に戸惑う生徒たち。
(……え? 誰?)
(先生?)
その異様な光景を学校の敷地の外から見守っていた小論社コミック編集の幾田は絶句していた。
「あのババア、マジで行きやがった………」
幾田は鏑木に響本人と交渉したものの『お伽の庭』のコミカライズの許諾を取り付けることができなかったことを謝罪していた。
「私も無理。もう描いてる。」
そのぶっとんだ返答に、は? と呆気にとられる幾田。
鏑木は幾田には無理でも同じ天才なら分かり合えるはずだと自分が直接交渉に出ることを決めるのだった。
北瀬戸駅で降り、北瀬戸高校へやってきた鏑木と幾田。
通学路で待ってみますか、という幾田の言葉を無視して、鏑木は高校の敷地内を観察していた。
そして図書館の窓際で机に向かっている響を発見する。
幾田は、しばらくしたら出てくるだろうけど、受験生であるのに加えて新連載を始めるので無理だと思う、と鏑木に忠告する。
「じゃあ行ってくる。」
鏑木の予想外の発言に驚く幾田。
鏑木は既に塀の上に乗っていた。
「なにかあったら頼むよ。」
幾田は、学校はマズい、シャレにならない、と止めようとするが鏑木は学校内に侵入してしまう。
しかし鏑木は、見事に響の前に座ることに成功したのだった。
天才VS天才
勉強に集中している響を観察しながら、鏑木は響がテレビで見るより小柄で華奢であると同時に、すごく雰囲気のある子だと感じていた。
(これが響か。)
「響さん初めまして。」
鏑木は早速響に話しかける。
自分が漫画家の鏑木紫といい、『お伽の庭』に感動したこと、漫画版『お伽の庭』を描かせて欲しいことを端的に伝える。
その様子を見守っていた生徒たちは、女性が部外者ではないかと気づき始めていた。
響は鏑木に見向きもせず、勉強を続けている。
折りたたんだ紙を取り出す鏑木。
これが原作許諾書であり、響のすることはここにサインをすることだけと言葉を続ける。
「私の描く『お伽の庭』の漫画は歴史に残る傑作になる。あなたはただ私を信じるだけでいい。」
生徒たちは鏑木が部外者だと確信し始めていた。
教師に知らせた方がいいのかな、と言いつつ、二人から目を離そうとしない。
その様子を幾田も敷地外から見守っていた。
自分がどれだけ頼んでも相手にされなかったから無理だろうと一人言を言いつつも、彼の心の内には鏑木の言う通り天才同士に通じる何かがあるのか、という期待もあった。
鏑木の言葉に全く反応示さない響に鏑木が近寄っていく。
そして響のペンを持つ手に手を重ねて、強引に原作許諾書の名前欄に響の名前を書き込んでいく。
響はペンを手放し、裏拳を鏑木の鼻に叩き込む。
「痛てえなコラ!」
響を蹴り飛ばす鏑木。
呆気にとられる生徒たちと幾田。
「あ………」
しまった、という表情を浮かべる鏑木。
響はゆっくりと立ち上がり、自分の座っていた椅子の足を両手で持って鏑木と対峙するのだった。
感想
響の成長
バイト終了。
見事な円満退社っぷり。物語の開始時点から響は色々な人の人生を最終的にはポジティブな方向に変えていっているけど、最初よりもだいぶ社会性が身についているように感じた。
店長からはまた来いって言って送り出してもらっているし、響が諦めずに向き合った結果、あれだけ敵視してきていた柴田がきちんと響に応えてくれるようになった。
柴田に関しては、響が車に跳ね飛ばされたのが自分のせいだという負い目もあるのかもしれないけど(笑)。
それでも響との仲はバイト開始当初よりはかなり改善してるのがわかる。
結局、柴田は何だかんだで小説一本書き切ったんだな。
それを読んだ響に、高校時代どれだけ頭が悪かったかわかった、と言われても全然起こらずに受け入れてるし、柴田も成長してる。
それで天才性が失われているようなこともないし、いい感じに成長してるなあ。
響の高校3年目はすでに多忙であることが確定しているので、それを乗り切った時にどう
成長するのか楽しみだ。
雛菊の今後が楽しみ
新文芸誌が雛菊に決定。
前回、響の新連載の約束を取り付けて、ついに創刊に向けて具体的に動き出した。
編集長花井の下には坪井を含む二人の部下。
連載陣の一人には見事にギャップ萌えの西ヶ谷が内定。
これで晴れてバイト辞められるか。
花井は彼女に新雑誌は半年後には終わってるかもしれない、ときちんと冷静に伝えているし、まだ辞めないかもしれない。
ただ雑誌が出ているうちは、作家の生活の安定に寄与するのは確かだ。
単行本の重版を知らされて人目もはばからず泣いてしまう西ヶ谷だからこそ、報われてほしいなぁ。
あと、花井が書店で文芸の売り場が広がっているのを見て気合を入れなおしていたけど、新雑誌が根付いて花井の野望が叶うといいなと思った。
おそらく新雑誌の立ち上げ期の売上は響の新連載の出来と連動しているだろう。
響頼りにならずに、西ヶ谷を始めとした他の連載陣が雑誌を支えるようになったらその時が新雑誌が安定軌道に乗ったといえる。
しばらくは響頼りだろうけど、雑誌がどうなっていくか楽しみだ。
天才は和解するのか?
響の前に超ヤベェ人が現れた。
漫画家鏑木紫(かぶらぎゆかり)。
『お伽の庭』のコミカライズを熱望しているという話だったけど、その熱意はもはや使命になっちゃってる感じ。
まだ響にOKもらってないのに、もう描いてる、ってどういうことだよ。
漫画業界における天才なんだろうなということは幾田の熱弁や、彼女の醸し出す雰囲気でわかるけど、やはり変人でもあった。
響との直接交渉のために学校に不法侵入するとか、響よりヤバイだろ。
響もテレビ局に侵入したけど、あれはいわば自衛の行動だった。
鏑木のそれとは訳が違う。
難なく侵入に成功し、図書室で響と相対する鏑木。
これは明らかに天才が天才を引き寄せてるんだけど、「天才」を「変人」と読み替えても何ら違和感がない(笑)。
鏑木が響に言った、あなたはただ私を信じるだけでいい、というセリフは、響がかつて担任の先生に進路指導の際に言ったのと同じセリフだ。
そう考えると、やはり響と近いものがあると思う。
まぁ、書類に強引にサインさせるようなところは違うけど。響は基本的に常に求められる側で、求める立場になったことがないからね……。
しかし強引にサインを迫る鏑木に対して、全く表情を変えずに裏拳で拒否の意思を示す響は相変わらずだけど、響に対して蹴りで応戦する鏑木が飛び抜けてヤベェ。
お前、お願いする立場だろ、と。
響が大人になってもさすがに鏑木ほどヤバい奴にはならないだろ……。
響が椅子を持って臨戦体制に入るコマで終わるけど、響のことだからここから通報なんてせずにきちんと真正面から鏑木と対峙していくだろう。
まずは乱闘からとなると、教師が割って入りそうな気もするけど。
鏑木は間違いなくアンタッチャブルだ。
でも一方でそこまでの熱意があるならコミカライズ案件が実って欲しいとも思う。
勘違い野郎じゃなくて、きちんと実力のある漫画っぽいし。
果たして天才は和解するのか? 楽しみだ。
以上、響 小説家になる方法の第98話のネタバレを含む感想と考察でした。
第99話に続きます。
コメントを残す