第103話 異変
第102話のおさらい
スタジオでアニメ『カナタの刀』のアフレコ収録が行われている。
声優たちの中で、新人の女の子が一人棒読みだった。
スタッフがそれを注意するも、女の子はさらっと流して棒演技を続ける。
そこに鏑木が挨拶がてら幾田を伴って見学にやってくる。
アフレコが休憩に入り、声優たちが鏑木に挨拶をする。
棒演技の女の子、浅見まいは鏑木に挨拶し、何気なく自分の演技に関しての評価を求める。
それに対し鏑木は、ゴミみたいな声だ、と一切遠慮しない。
こんな素人がカナタに関わるのは気分が悪いが、アニメスタッフが納得しているなら諦めるしかない、とどこまでも自分の心境をストレートに告げる。
収録再開となるが、まいは顔を手で覆い、座り込んでしまう。
収録がストップしてしまうのを見て、舌打ちをする鏑木。
そこにプロデューサーの津久井が現れる。
津久井はアフレコが、まいが泣き止まないために進まないのを見て、一緒に来たアイドルの高梨琴子に代りにやらせようとする。
スタッフたちが事務所の問題があると津久井に進言している最中、鏑木は席を立って収録ブースに入っていくと、まいに告げる。
「話は聞こえてたな。アンタはクビだ。」
鏑木は自分が新人声優を一人潰したとしても、自分のキャリアには一切影響がないことや、このまま声優が琴子に交代したなら、自分は今夜にでもまいの顔と名前を忘れていると続ける。
「拗ねて泣きたきゃそうしてな。アンタを無視して収録が再開するだけだ。」
「泣くか立つか。どっちかだ。」
立ち上がるまい。
「ごめんなさい…私…やります……」
スタジオの外に出て会話を交わす津久井と鏑木。
津久井は鏑木が9月から『お伽の庭』を原作とした漫画を連載することを知っていた。
どうやって許可を取ったのかと問われ、鏑木は一瞬固まるが、すぐに答える。
「許可はない。勝手に始める。」
堂々とした鏑木の答えになるほど、と津久井。
津久井は、昨年自分が響のドキュメントを本人の許可なく作ろうとして潰された話を切り出す。
アンタと一緒にすんな、と鏑木。
直接学校に乗り込んで響に直接漫画化のことを伝えたのはすでに1カ月前のことであり、これまで彼女からのアクションは何もないと鏑木が答える。
津久井は、高2から高3の1年で良くも悪くも成長してるだろうと言って、少なくとも1年前の響であれば鏑木の新作は世に出なかったが、今の響はどうかと続ける。
あんたと一緒にするなと鏑木。
「相手が響だろうと神だろうと、私は描くっつったらただ描くだけだ。」
「そう願います。あなたのアニメは金になる。」
その会話を、琴子が隠れて聞いていた。
「響原作。鏑木が描く…… 絶対アニメになんじゃん…」
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第103話 異変
種蒔き
カナタの刀劇場版のアフレコが終わり、帰ろうとする鏑木に琴子が駆け寄っていく。
自己紹介をし、いちファンとして握手とサインを求める。
主人公カナタの書かれたサインを見つめながら、琴子は自分が『カナタの刀』が好きで、アイドルをしつつ声優養成所に通っていること、そして『カナタの刀』の仕事をすることが夢だと語る。
『カナタの刀』の最終回を思い出して涙を拭う琴子に、ありがと、と鏑木。
そして琴子は次の作品も期待していること、いつか一緒に仕事出来たらすごくうれしいと言って鏑木を見送る。
鏑木が去ったあと、琴子はさきほどまで浮かべていた笑顔を一瞬で解く。
特別扱い
『雛菊』の表紙色校を囲む花井、坪井、海老原。
新雑誌創刊を実感して花井は笑顔を浮かべる。
海老原が発売まで2か月あるというのに表紙が出来ていることを指摘したことに、せっかくだから早いほうがいいかな、と花井。
「ノウハウないのよね。この業界誰も雑誌を創刊したことがないから…」
坪井が響の執筆の進捗具合を花井に問いかける。
一瞬の間の後、花井が答える。
「ここ一か月連絡をとってません。」
驚く坪井と海老原。
花井は響からペースを乱したくないから放っておいてと言われて、締め切りと連載1話あたりのページ数だけ伝えて、あとは響の望む通りにしていたのだった。
ザ・天才って感じ、と海老原は感心するばかりなのに対し、坪井は続けて花井に進行度合いはおろか、内容も全く読んでいないのかと問う。
「……はい。」
花井の浮かない表情を見て、坪井は響に電話するよう命じる。
特別扱い、甘やかしすぎ、と花井の編集長としての姿勢を注意する坪井。
「今回の小説はただの連載じゃないってことはよくわかってんだろ。看板の響がコケたら『雛菊』も即終わりだぞ。」
「全部こっちの都合です。」
花井は、そもそも受験生の響に受験勉強と同時に連載させる無茶をさせているのは自分たちなんだと続ける。
「……完成するまで見せたくないって作家が言い出した時は悪い兆候だ。」
坪井は、そうして出来上がったものは本人には思い入れがあっても、わけがわからない話だったりする、と経験談を交えて花井を説得しようとする。
「響に限っては。信頼したいけどな。まだ18歳だろ。いつどう変わっても不思議じゃない。」
坪井の言葉を受け、花井は動揺していた。
響と琴子
制服姿の響が一人、公園のベンチに俯いて座っている。
近くで遊んでいる子供のサッカーボールが響の肩に当たる。
子供は響にボールをぶつけたことを謝りもせず、また元の遊んでいたところに戻っていく。
しかし響は子供の方を見ようともしない。
「はあ…?」
その様子を木陰からビデオ撮影していた七瀬が思わず声を上げる。
七瀬は津久井から久しぶりに響を撮ってこいと言われ、近所の公園にやってきていた。
かつて響にカメラを壊されたり、落とし穴に落とされた経験がある七瀬にとって、響がサッカーボールをぶつけて謝りもしない子供をひっぱたくことすらしないのは違和感があった。
(なんか腑抜けた?)
(おっさんが言ってた面白いモンってこれ?)
「えっ?」
相変わらずベンチで俯いている響の前に、琴子が現れる。
「うそ……もしかして、響…さん? 『漆黒のヴァンパイア』の…」
琴子は感激した様子で、近所に住んでいるんですか? と響と会えたことを喜んでいる。
七瀬はその様子をきちんとハンディビデオカメラで記録していた。
(友達かな? 響は無視してるけど。えらい可愛い子ね。)
(どこかで見たことがあるような気もする……?)
琴子はまるで自分の存在を無視している響に、全くめげることなく話しかけていた。
『漆黒のヴァンパイア』のアニメにハマって響の原作小説を読んだことや、それまで小説を読んだこともなかったのに『お伽の庭』に感動したことを矢継ぎ早に伝えていく。
「隣 失礼しちゃお。」
響の隣に座る琴子を見た七瀬は、やはり友達なのかと解釈する。
ロケの合間の散歩で会えたと言って、ドッキリを疑ってみせる琴子。
そして自己紹介をする。
「声のお仕事したいなって思ったのも『漆黒のヴァンパイア』がきっかけで。」
「1分だけ聞く。用件を言って。」
響は相変わらず琴子と目を合わせることもしない。
突然の響からの言葉に唖然とする琴子。
「あ、いえ用事があるわけじゃないけど。」
「ないなら消えて。」
5秒、とカウントする響。
琴子は、もしかしてお邪魔でした? と謝罪しつつ、響に会えたことが嬉しかったからと響のご機嫌をとろうとする。
「もういい。私が消える。」
ベンチを立つ響の腕を、琴子が掴んで引き留める。
「……用事はある。」
琴子はさきほどの笑顔とはうって変わって張り詰めた表情になっていた。
「10秒。」
響のカウントは進む。
その光景を目の当たりにして、七瀬はテンションを上げていた。
(これか、おっさんが言ってた面白いモンて! やっちゃえ! やっちゃえ!)
琴子は、響が鏑木紫の漫画原作をやると聞いたと話を切り出す。
「絶対にアニメになるでしょ!」
響と関係を作り、アニメ化の際に主人公にキャスティングして欲しいと思って来たのだと正直に告白する。
「1から10まで知らない話よ。」
琴子は響の言葉を、初対面の人に言えないこともある、と解釈し、スマホの動画を見せて自分がアイドルであることを必死で響に伝える。
「あなたはアニメとか全然興味ないんでしょ! 知らないでも言えないでもいいから!」
そしてアニメ化の際は自分を主役にして、絶対後悔させないから、と、さきほどと同じ要求をする。
「知らない。」
さらっと答える響。
「もういい? 40秒。」
まるで自分が相手にされていないことを感じ、琴子の表情が強張る。
「……あのさ、ずっと気になってたんだけどさ。私いちお敬語使ってんじゃん。」
「上から喋んの止めてくんない? 私らタメなんだけど。」
しらない、と先ほどと同じ返答をする響。
「話が済んだなら消えて。」
「だからさ…」
自分の言葉を全く聞き入れない響に怒りを抑える琴子。
「……本当上手くいってる奴ってのは、周りに対してマジで上からくんだよな。」
自分のグループのセンターがそんな感じ、選ばれし者感が半端じゃないと暗に響を批判する。
そして、響に会うために仕事の合間に僻地まで来たと主張する。
「ちょっとぐらいさ 悪いなとかない?」
「60秒。消えて。」
琴子が、ベンチに戻ろうとする響の腰とお尻の中間あたりを蹴る。
響は琴子に振り向くことなく、黙ってベンチと向き合う形のまま固まっていた。
琴子は、響が話の途中で後ろを向くから蹴って欲しいのかなと思って、と響を煽る。
(いったー!)
このやりとりを観察していた七瀬のテンションは最高潮だった。
(ヤバいヤバい あのかわいー子絶対死んだ! マジヤバい 殺人シーンとれちゃう!)
響はベンチと向き合ったまま、全く動かない。
しかし響はお尻を払うと、何事もなかったように先ほどと同じ姿勢でベンチに座り直すのだった。
「ちっ。スカしてんじゃねーよブス。」
捨て台詞を吐きながら去っていく琴子。
響は彼女の方を一瞥すらしない。
七瀬は思いもよらなかった光景を目の当たりにして、呆然としていた。
ベンチに座っている響の脳内には、水底の城が思い浮かんでいる。
「なんでやり返さなかったの?」
自分の立場やビデオ撮影も忘れて、七瀬が響に話しかける。
七瀬を見て、響は琴子が津久井の差し金だとすぐに察してみせる。
「忙しいの、消えて。」
津久井の響を見る目
会社に戻った七瀬は撮った映像を津久井に見せていた。
琴子を響の元に行かせたのは津久井なのか、という七瀬からの問いに、行くように情報をやっただけ、と答える津久井。
「向上心の権化みたいな子だからな。」
響はベンチに座ったまま何をしていたのかな、と七瀬が疑問を呟く。
それに対し、もうすぐ始まる連載小説の話でも考えていたのだろうと津久井が答える。
七瀬は、響が話作りに集中していたから何をされても無視していたのか、と納得する。
「さすが作家って感じですね………ていうか、なんか普通の作家さんみたいになりましたね……」
モニターにはベンチに俯き加減に座ってじっと地面を見つめている響の姿が映っている。
その映像を鋭い目で観察する津久井。
七瀬から、響の映像を撮ってどうするのか、と問われた津久井は、いつか何かには使えるだろう、と答える。
「留学するらしいし海外行ってる間に流しちまうか。」
(……全然凝りてねえな。)
感想
やり返さない?
響の様子が何だかおかしい。
いつもの彼女であれば、こんな失礼な振る舞いを受けて、なんの反撃もしないはずがないのに……。
これは琴子がどうこうというよりは、明らかに響自身に何かが起きているからこその事態だろう。
もしかして新作『青の城』の執筆が煮詰まっているのか?
周りから急かされて書かされるとこうなるのかな。
それとも、単にアイデア待ち状態の響はこんな感じなのかな……。
そういえば文芸コンクールに出す作品を執筆した時は、アイデアが思いついたら一気に書き上げるスタイルのように見えた。
でもその時と違って、今は勉強にも一生懸命に取り組んでいるしな……。
そう考えると、単純な比較はできないけど響に過負荷がかかるとこうなるのかもしれない。
とりあえず響がスランプに陥るなんてことは、これまでの彼女を見ていたらとても考えられない。
津久井が仕掛けたことだと即座に察していたし、琴子に対する仕返しは『青の城』の執筆が一段落ついたら、もしくは進路が決まったら実現するだろう。
向上心の権化
津久井が向上心の権化と評するだけあって、琴子の行動力はすごい。
前回、『お伽の庭』漫画化の話を琴子が聞いたところで終わった時は、せいぜいこの子は誰かに言いふらすだけの役回りなのかなと思っていた。
限られた人しか『お伽の庭』漫画化の話を知らないので、その情報には価値がある。
それをどうにか活かせないかと業界人なら考えるだろう。
しかし、漫画化→アニメ化と次の展開を読んで、原作者にアニメの主人公に抜擢して欲しいと交渉に行くとは……。
こういう業界で生きていこうと思ったら、実際にこういう行動をするかどうかは別にして、最低限このくらい頭を働かせて、その上で自分を押し出していく心構えは必要なんだろうなーと思った。
ただ才能だけが飛びぬけてて、自分で売り込まなくても世の中が求めてしまうのが響みたいな天才なんだろう。
琴子はかわいいだけで、特にまだ自分にそれ以外に武器がないと自覚してるようだ。
でも何とかのし上がろうとして、津久井の誘導があったとは言え、響と直接対面するに至った。
今後も出てくるだろう。どういう役回りとして出てくるか楽しみだ。
相変わらずの津久井
津久井は懲りないなー。
響が成長するとともに丸くなって、ドキュメント番組をOKしてくれそうなタイミングを見計らっているのかな。
いつか来るかもしれないその時のために、今から撮り貯めているのかもしれない。
津久井には自分が面白いものを見たい、響が気になるというやじうま根性とは別に、そんな敏腕プロデューサーとしての思惑がありそう。
しかし当初は琴子をさりげなく響のところに向かわせるように巧みに誘導して、何か面白い映像が撮れないか楽しみにしていた津久井だけど、響が理不尽な蹴りを食らっても何も反撃しない様子をどういう気持ちで見つめているのかが気になる。
小説の話を考えていたんだろう、と察しはしたものの、津久井の表情からは、他にも何か他にも思うところがあるように見える。
天才のことは、それに近い人間にしかわからない。
津久井はどちらかといえば一般人よりは響寄りの才気に恵まれた人間だと思う。
響の異変を目の当たりにして、津久井が何を感じたのかが明らかになるのだろうか。
以上、響 小説家になる方法第103話のネタバレを含む感想と考察でした。
第104話に続きます。
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