第102話 天才再び
第101話のおさらい
『雛菊』創刊に向けて、花井と海老原は小論社で深夜まで働いていた。
花井は幾田が響の許可を得ることなく『お伽の庭』を漫画にしようと画策しているという情報を海老原と共有する。
それは、幾田が漫画版『お伽の庭』を、もはや止められないところまで強引に話を進めようとしている可能性を危惧していた。
『雛菊』の成功は響の小説の出来にかかっている以上、花井はただでさえ受験と連載で大変な響に余計なことを背負わせたくないと考え、『お伽の庭』漫画化の話が進んでいないか目を光らせるのだった。
花井は仮に『雛菊』が失敗したら、文芸ブーム自体が終焉の迎えるどころか、ジャンル自体の縮小が進むという覚悟を持っていた。
そんな響の小説の出来がもしも良くなかったら? と心配する海老原に、花井は大丈夫、と答える。
「あの子には大傑作を期待して良い。」
コミック部に呼んだ一人の営業に対して、安達編集長は鏑木紫が作画を担当する『お伽の庭』コミカライズの話を明かしていた。
しかし安達編集長は、文芸部を巻き込んで大々的にプロモーションを組もうとする営業に、響と花井の関係が悪いからと嘘をつき、文芸部にはなるべく内密に話を進めるように指示するのだった。
それに納得した営業は、本来9月の新連載の枠は現時点で固まっているはずなのに、『お伽の庭』の連載開始スケジュールを9月にできたことが不思議だと指摘する。
本来9月に連載を開始するはずだった猪狩の枠を1カ月ずれてもらったのだという安達編集長の言葉に、あの大御所の枠をとったのか、と営業は驚いていた。
居酒屋に集まった猪狩、鏑木、田中の漫画家三人。
それは田中の作品のアニメ化、鏑木の9月からの新連載、10月の自分の新連載を祝う場だった。
終始穏やかな様子の猪狩に向けて、丸くなった、と呟く鏑木。
猪狩は怒ることもなく、そうかもな、と返す。
鏑木は、猪狩と初対面となるパーティ会場で、連載を落としたのにパーティに来ている別の作家に向けて猪狩が起こってビールをかけたことがあったと述懐する。
猪狩は昔のように怒ることがなくなったわけではないが、今では怒りよりも周りへの感謝が大きく、支えや絆といったものを漫画にしたいと続ける。
それを聞き、猪狩の描く最近の漫画のキャラはやたら説教くさく、弱いと批判する鏑木。
衰えたなって思います? と鏑木に問われても猪狩は怒ることなく、成長したんだよ、と返す。
そして鏑木が自分に対して何を言いたいのか察した猪狩は、自分も今の鏑木と同じ30手前の頃は、やはり鏑木と同じだったと振り返る。
「納得したら負けだと思ってたな。世の中勝ちか負けかしかないと思ってた。」
いつかわかる、と猪狩から説教され、鏑木の口から思わず、死ぬまでわかるか、という反発が漏れる。
飲み会を終え、鏑木は田中と歩き猪狩との会話について話してから呟く。
「枯れたなあ あのおっさんも。」
鏑木は猪狩のように、枯れたら落ち着くしかないと考えていた。
「モノ作る人間が戦わなくなったら終わりだ。」
鏑木の興味は『お伽の庭』漫画版の連載、そしてとうとう許可を得られなかった『響』が、漫画版の連載を知って自分に何を仕掛けてくるかに移っていた。
北瀬戸高校図書館で、響は机に向って勉強に集中していた。
教師はその隣に座り、先日の不審者侵入について話していた。
学校は表沙汰にしたくないが、当事者の響が公にするならそれに反対はできないと説明する教師に響は、どうもしない、ほっとけば? とそっけなく答える。
教師は、不審者から暴行を受けたなら学校が何を言おうが公にして犯人をみつけたい、と言い直すが、響は、今は小説と受験以外興味ないと即座に返していた。
響はノートにペンの走らせながら続ける。
「ただそっとしておいて。」
前回、第101話の詳細は以下をクリックしてくださいね。
第102話 天才再び
アフレコ現場
スタジオでアニメのアフレコ収録が行われている。
熱の入った演技を行う声優の中に、一人棒読みの女の子。
隣の部屋からその様子を見ていた制作スタッフから声に抑揚をつけるようにやんわりと注意を受けるが、女の子の演技は変わらない。
新人だし、演じているのがゲストキャラだからと制作スタッフはそれ以上の改善を諦めていた。
収録が一時中断している最中に、鏑木紫と幾田がやってくる。
二人は劇場版『カナタの刀』の収録を見学のためにスタジオにやってきていたのだった。
「テレビアニメの時は色々迷惑かけました。」
制作スタッフに頭を下げる鏑木。
「今日は大人しく見学させてもらいます。」
鏑木の言葉からその時の出来事を思い出して、固まっているスタッフたち。
棒読み演技の女の子――まいは、鏑木の登場にファンだと言ってはしゃいでいた。
収録が再開する。
他の声優たちはきちんと演技しているが、相変わらずまいの演技は棒読みだった。
その演技が聞こえる中、鏑木と幾田が会話を交わしている。
カナタを終わらせるのが早かったのではないか、という幾田に、カナタで描けるものは描ききっていた、と鏑木。
幾田はカナタに関して、アニメが人気なので映画になっているのに加えて、連載が終わっているのに重版がかかっているとカナタの刀が世の中に求められていることを嬉しそうに報告する。
しかし鏑木は一切その話に反応しない。
鏑木の注意は声優たちの演技に向けられていた。
鏑木と幾田をスタジオに呼んだプロデューサーの到着が遅れていることに言及する幾田。
鏑木は、アイツに用があるわけじゃない、ツラも見たくない、とにべもない。
説教
アフレコが休憩に入り、声優たちがブースから出てくる。
鏑木に親しげに挨拶を交わす声優たち。
若い男性声優が鏑木と握手しながら、自分のカナタの演技はどうだったかと問いかける。
「一年以上テレビでカナタやってくれてたんだ。」
穏やかに答える鏑木。
「もうカナタといえば宮原君の声のイメージだよ。」
最高の評価を受けて、宮原は頭を下げる。
次に、棒演技を披露していた女の子、浅見まいが鏑木ににこやかに挨拶をする。
17歳でデビューしたばかりで、最初の仕事でカナタが出来ることに対する喜びを伝えるまい。
そして、自分の演技に関しての評価を求める。
「ゴミみたいな声だ。」
ぴしゃりと斬り捨てる鏑木。
こんな素人がカナタに関わると思うと気分が悪いが、アニメのスタッフたちが納得しているなら諦めるしかない、と自分の心境を一切包み隠さずまいに告げる。
あまりの言葉に呆然とするまい。
「鏑木さんっ!」
幾田は語気を強めて、言外に鏑木のあまりに配慮のない言葉を咎める。
収録再開となり、ブースに戻った声優たち。
アフレコが始まる。
声優の演技が続く。
そんな中、突如まいは自分のセリフの番が来る前に台本を床に落とすと、顔を手で覆って座り込んでしまう。
収録がストップしてしまうのを目の当たりにして、幾田は鏑木に視線を送る。
「鏑木さん…」
「ちっ」
舌打ちをする鏑木。
そこでプロデューサーの津久井が若い女の子を一人連れて現れる。
ご足労すいません、と鏑木に向けて挨拶する津久井。
鏑木は津久井に対して、呼んでおいて後から来るなとぴしゃりと返す。
急遽連れが出来て、と前置きし、津久井は女の子に挨拶をさせる。
「アイドルグループ檸檬畑48の高梨琴子です!」
琴子は、自分はアニメが好きで、カナタの大ファンなのでアフレコ現場の見学のために連れてきたもらったとここに来た経緯を説明する。
津久井はスタッフに収録が止まっていることを指摘する。
「ちょっと新人のまいちゃんが……」
まいはブースの中でしゃがみこんで泣き続けていた。
どうしたの? と問いかけてくる津久井にスタッフは口ごもるのみ。
「新人ちゃーん お仕事中だよー ホラ立って立ってー」
津久井はマイクを通じてまいに呼びかけるが、まいは変わらず泣いている。
彼女の今日の収録は難しそうだ、という津久井に、そういうわけにはいかない、とスタッフ。
他の皆さんのスケジュールもあるし困った、と言って津久井は何かを思いつく。
「そうだ! 琴子ちゃん代わりにやってみる?」
その提案に琴子本人はもちろん、ブースの中にいる他の声優たちも驚いていた。
津久井は琴子が声優養成所に通っていることや、カナタの話を知っているから役どころも把握できると続ける。
「いえそんな私なんて全然ヘタで。……いいんですか?」
泣くか立つか
スタッフたちは事務所の問題もあるのでそれはどうかと津久井を諫めようとしていた。
しかし津久井は、このままというわけにはいかないと自分の意見を曲げようとしない
「事務所云々は俺が何とでもする。」
席を立つ鏑木。つかつかと収録ブースに入っていくと、まいの前で足を止める。
「話は聞こえてたな。アンタはクビだ。」
しゃがんだまま黙っているまいの反応を受けて鏑木は、私がムカつくか、と切り出す。
鏑木はまいが自分を憎んでも、新人声優を一人潰したとしても、自分の漫画家としてのキャリアには一切影響がないこと。
そして声優が琴子に代わったなら、自分は今夜にでもあなたの顔と名前を忘れていると追い打ちをかける。
「拗ねて泣きたきゃそうしてな。アンタを無視して収録が再開するだけだ。」
「泣くか立つか。どっちかだ。」
鏑木に煽られ、まいは立ち上がる。
「ごめんなさい…私…やります……」
収録ブースを出ていく途中、鏑木は男性声優の宮原に、面倒見てやれ、と声をかける。
はい! と返事をする宮原。
「去年の自分を見てる様です。」
そう言って宮原はにこやかに笑う。
「僕は腹を思い切り蹴られましたね。」
ふん、と鼻を鳴らす鏑木。
津久井は戻って来た鏑木を笑顔で迎える。
「琴子ちゃん じゃあゆっくり見学しようか。」
「はい…」
鏑木と津久井の会話
津久井と鏑木はスタジオの外に出て会話を交わしていた。
これで現場も緊張感をもってアフレコしてくれる、と言う津久井に鏑木は、自分を呼んだのはもめ事を起こさせるためかと問う。
「はい!」
即答する津久井。
そして、鏑木がやらないのなら自分が怒るつもりだったので、助かったと付け加える。
「利用されんのは気分悪い。」
缶コーヒーを傾ける鏑木。
「だから、アンタは嫌いなんだ。」
連載は9月からなら今は時間があるでしょう、と津久井に言われて、発表もしていないのになぜ知っているのかと鏑木。
優秀だからと嘯き、次も大ヒット期待してますという津久井に鏑木は、期待じゃなくて確定だと返す。
「しかし響原作とは、どうやって許可取ったんです?」
唐突な質問を受けて、鏑木は固まる。
津久井は、響の周りには今もマスコミがうろついていると言って、先月鏑木が響と会っていたことを指摘する。
「許可はない。勝手に始める。」
堂々とした鏑木の答えに津久井は、なるほど、と返す。
「……去年の話ですけど、とある天才プロデューサーが響を題材に無許可でドキュメンタリー番組を作ろうとしたんですが、直前に本人に潰されました。」
アンタと一緒にすんな、と鏑木。
響が漫画化のことを知っているのかと言う津久井からの質問に、1カ月前に直接伝えたが何もない、と鏑木が答える。
あれから1年、俺にとってはつい先月の話に感じる、と津久井が呟く。
「高2から高3の1年はでかいですからね。どうしたって良くも悪くも成長してるだろうな。」
「少なくとも1年前の響なら鏑木さんの新作はお蔵になってた。今の響はどうでしょうね。」
鏑木は、あんたと一緒にするなと津久井を斬り捨てる。
「相手が響だろうと神だろうと、私は描くっつったらただ描くだけだ。」
「そう願います。あなたのアニメは金になる。」
鏑木と津久井の会話を、琴子が遠くから隠れて聞いていた。
「響原作。鏑木が描く…… 絶対アニメになんじゃん…」
感想
次の展開は
琴子にバレたけど……、これをきっかけに外部に『お伽の庭』漫画化の情報が流出するのか?
いちアイドルに、それ以外にこの情報の使い方はないような気がする……。
鏑木が響と直接対面してから1カ月。
響は何のアクションも起こしていないようだ。
津久井が言っていたように、1年前の響であれば響の許可を得ていない『お伽の庭』漫画化は潰されていただろう。
しかし今、響は勉強と執筆で忙しい。
本当にこのまましれっと連載が開始となるのだろうか?
勉強と執筆に没頭している響なら世間が『お伽の庭』漫画化に騒いでいても黙殺するかもしれないが、花井は烈火の如くキレるだろうな……。
まだ連載開始の9月までには時間がある。
それまでにどういう展開になっていくかまだまだ読めない。
果たして響が傑作を書き上げて、『雛菊』の立ち上げが上手くいくのか?
『お伽の庭』漫画化は響の意向を無視して世に出るのか?
どちらも同時期に決着がつく。
もう少し先になるだろうから、それまでの展開がどうなっていくか期待したい。
漫画化企画続行?
鏑木かっこいいな。
人と無駄に戦ったり、あるいは無駄に傷つけているだけではなく、きちんと相手の成長につながっているあたり、幾多の言うように響に似ていると思う。
津久井の時のように潰されるのではなく、漫画化は響が許可する、あるいは世に出たものを響が認める方向にならないかなと思った。
津久井の、自分の時は潰されたが、あれから1年経ったという言葉から、今回は響が違った対応をするかもしれないという予感を抱いた。
鏑木は、ただただ純粋に『お伽の庭』を漫画で表現したいという欲求に基づいて行動している。
実際できあがったネームも幾田や編集長から良い評価を得ているわけだし、ひょっとしたら漫画化企画は潰れないのかもしれない。
前述したが、まだ9月までには時間がある。
それまでに状況がどう推移していくかだ。
次の展開を楽しみにしたい。
以上、響 小説家になる方法第102話のネタバレを含む感想と考察でした。
第103話に続きます。
コメントを残す