第4話
第3話のあらすじ
両親を殺害され、大切な存在である一登も失った幼少時の千里。
千里は、自分と一登に対して暴力を振るったり、何より関心が薄かったことをヒシヒシと感じていた両親の死よりも、視覚が共有でき、いつも一緒にいる存在だった一登の行方が知れず心を痛めていた。
それでも一登の生存を信じ、心の支えとしていた千里。
しかしある夜、千里は廊下を歩いているとを突如、前頭部への猛烈な打撃を受けるのだった。
直後に千里の脳裏に一登の視覚映像が浮かぶ。
目出し帽を顔に装着し、大きなナイフを片手に持った男が今にも一登に襲い掛かろうとした時、千里は一登の視界を通して、男のその腕には「火」の文字のような傷跡があるの事に気づく。
一登との視界を共有している千里は「火」の男から頭部に猛烈な打撃を受ける。
その後、屋上のビルから放り投げられ、地面にぶつかったような感覚の後。ブラックアウトした千里。
目覚めた時には病院のベッドの上で祖父母から看護を受けていたのだった。
千里の、一登生存という希望は最後のブラックアウトする視覚の共有を境に、「希望」から「火」の男への「恐怖」へと変わる。
そして恐怖は、憎悪となるのだった。
現在、高校生の千里は「火」の男の足跡を追うために廃ビルの屋上に来ていた。
無数のゴミが放置され、山と積まれたゴミの近くにトタンや木などで作られた簡易なテントの如き、住居らしきものが建っている。
千里は気になって現場に置ちていたパスケースを拾う。
その後ろ姿を二人の人物が見ていた。
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「『山本』はどこ?」
「……ああ 今は『山田』だったね」
千里が振り向くとそこにはスーツにネクタイ、黒い皮手袋をはめた手にはビジネスバッグという出で立ちの二人の男が立っている。
が千里に話しかけているのは黒いネクタイをしている男。
「ま…どっちでもいいけど」
男たちは千里のすぐ背後に迫っている。
「……てめえが今踏んでるのがそうだろ」
焼け跡を踏んでいる男たちを睨み、千里は鋭く指摘する。
「トボけんな」
黒いネクタイの男は全く動じる事なく答える。
「坊っちゃんよ」
「……あ?」
内心では男のその言葉の意味を図り兼ねながらも千里が短く返す。
想定通りだ、仕方ない、と男たちは手持ちのビジネスバッグを探る。
バチン
黒いネクタイの男の右手に握られたスタンガンが端子の両極の間で火花を散らす。
どさ、と男の手放したバッグが地面に落ち、その口からガムテープやロープがこぼれ出る。
もう一人、面長の男は伸縮式の警棒を思いっきり振って伸ばす。
千里の目に、その男の仕草が「火の男」が一登を殺害する直前、ナイフを振り上げた映像と重なる。
戦闘開始
殺意をその身に滾らせ、千里は男たちを睨みつけながらゆらりと立ち上がる。
千里から殺意に満ちた眼を向けられても全く動じない男二人。
「油断するな」
黒ネクタイの男が警棒を構える面長の男に命じる。
面長の男は千里を見据えたまま、心配ない、と返す。
「相手は丸腰…だ!」
語尾の発声と同時に千里の頭部に警棒を思いっきり振り下ろす。
ご ぎ ん
千里は素早く身を屈めて面長の男の警棒をかわし、同時に右手に持っていた木の板で男の脛を思いっきり打ち付ける。
面長の男は、ごうああああ……、と悶絶しながら足を押さえて地面に転がる。
「いっ…板持ってやがった…!!」
涎を流しながら苦しむ男。
「それを」
黒ネクタイの男は面長の男がやられたにも関わらず眉一つ動かさない。
「『油断』って言うんだろが」
千里は地面に転がった面長の男の頭を思いっきり打ち抜こうと木の板を振り上げる。
うわ、と面長の男が悲鳴を上げる。
バチン
黒ネクタイの男のスタンガンが千里を狙う。
千里は素早く反応し、身を反らしてスタンガンを回避する。
黒ネクタイの男は身をかわした千里の髪を左手でむんずと乱暴に掴み、右手のスタンガンを千里に向かって構える。
バチバチと音を立てるスタンガンが千里に突き出されようとするその瞬間、千里は左足の裏を思いっきり男の腹に突き出し、ネクタイの男の鳩尾を貫く。
黒ネクタイの男は左手に抜けた千里の髪を握りながら後方へ吹っ飛ぶ。
その瞬間、突き出した千里の左足にネクタイの男のスタンガンがヒットする。
「が…あ…!」
電撃を受けた千里は地面に横倒しになり、歯を食いしばる。
千里に鳩尾を思いっきり蹴り抜かれて大きく後方に吹っ飛んだネクタイの男は胃の中のものを吐き出す。
荒い呼吸で息を整え、左手の指と指の間にある千里の髪を捨て鳩尾を押さえる。
「世話焼かせてくれるぜ…」
黒ネクタイの男は膝を震わせ、ヨロつきながらも立ち上がって千里を見据える。
「…おい 待て…!」
面長の男が、千里に向かって進もうとする黒ネクタイの男を制止する。
ん? と黒ネクタイの男も千里やその周りの状況を見て面長の男が制止した理由に気づく。
うつ伏せに倒れたままの千里は左手で、火を灯したままのジッポを地面に立てていた。
「金貸し」
「灯油の臭いだ…」
地面に座っている面長の男が指摘する。
「…動くと丸コゲにされるぞ…」
千里は二人の男に向かって灯油を撒いていた。
二人の男は身体が灯油に接した状態であることを理解し、その場に釘付けになる。
「…てめえら…」
うつ伏せに身体を横たえた姿勢のまま、言葉を途切らせながらも千里が二人の男に問いかける。
「『ヤマダ』を…追ってる…の…か?」
千里は苦しそうに呼吸している。
少し間をとって、……そうだ、と肯定する黒ネクタイの男。
千里は続けて、理由はなんだ、とやはり途切れ途切れになりながらも質問する。
「それは教えられないな」
黒ネクタイの男は千里を真っ直ぐ見据えて答える。
そして、千里にお前もヤマダを追ってるんだろう? と確認し、理由を問いかける。
「……」
千里はジッポの火を挟んでじっと黒ネクタイの男を睨みながら答える。
「訊いてんのは…俺だ…」
黒ネクタイの男は、答えられないのはお互い様だろ? と同意を求める。
男二人は、その心の内では、千里の目つきのヤバさから本当に火をつけるかもしれないと恐れていた。
「今日はドローということでで水に流さないか」
黒ネクタイの男が千里に提案する。
面長の男は黙って二人のやりとりを見守っている。
「ドローじゃねえさ…ボチボチ体も動く」
ゆっくりと体を起こす千里。
質問を変えてやる、と言い千里は二人の男に何者なのかと問いかける。
(ヤバいなどうする…? 灯油はほぼ揮発しない)
黒ネクタイの男は少しの沈黙のあと、観念して話し始める。
「俺達の仕事は『金貸し』さ」
そして、金銭トラブルか? という千里の質問に、そんな所だ、と肯定する。
「ヤマダの写真…持ってるだろ? よこせ」
痺れから回復してきた千里は上半身を起こし、片膝を立てて座る。
左手を火の点いたままのジッポに伸ばし、いつでも倒せることをアピールしながらヤマダの写真を要求する。
「持ってるワケないだろ…」
面長の男は右手の人差し指の先を頭に当て、ここに入ってるよ、と続ける。
「じゃあヤマダの事で知ってる事何でも話せ」
千里はその目に静かに敵意を燃やして男たちを見る。
「ヤマダを見つけるのはお前らじゃねえ……俺だ!」
思わぬ横槍
面倒臭いガキだ、と内心毒づきながら黒いネクタイの男は事態の打開のために頭を働かせ始める。
(俺ひとりなら逃げられなくはないか…?)
!?
男は地面に流れる灯油の量が増えていることに気づきギョッとする。
「何も喋らねえなら黒いコゲ跡がふたつ増えるぜ…!」
千里が二人の男を脅す。
「バ――――カ!」
どぼっどぼっ
ばしゃばしゃばしゃ
「増えるコゲ跡は」
いつの間にか屋上に立っていた惠南が男たちを見据えたまま、容器に入った液体を自分で頭から被っている。
そして、空になった容器を投げ捨てる。
「四つだよ」
「そのライター倒したらここに居る全員燃えるから」
惠南は全身濡れそぼったまま堂々と直立している。
信じられないものを見るような視線を惠南に送る『金貸し』の男二人。
千里もまた惠南を黙って見つめるのみ。
「人殺しは」
惠南は確固たる意志で言葉を発する。
「させない」
千里は、無念、とばかりに静かに目を閉じる。
あんた達も帰って、と惠南は毅然とした態度で『金貸し』の二人に退散を命じる。
すかさず、なんならあたしが火と点けようか、と言葉で追い打ちをかける。
黒ネクタイの男が足を負傷した面長の男に肩を貸しながら屋上から去っていく。
「解散!!」
惠南の一声。
千里は顔に悔しさを滲ませながらジッポの蓋を閉じる。
説教
千里と惠南が並んで夜の街頭を歩いている。
良く廃ビルにいることがわかったな、と言う千里に大変だったよ、と答える惠南。
まるでPRGのようだった、と言い、千里を工場まで案内した楼蘭の眼鏡の不良から工場長、ノブ、そして雲雀荘の金髪女性と順を追って来たのだと説明する。
「…それライターじゃないのかよ」
惠南が何やら手に持っているものを千里が問いかける。
惠南はそれがリップクリームであると言い、自分が被った灯油も灯油ではなく水だったと種明かしする。
千里は少しの間言葉を失い、一言。
「凄ェなお前…」
「『凄ェな』じゃねーよバカ」
惠南はリップクリームを自分の口元に掲げたまま続ける。
「まだ…手震えてるよ」
「千里 聞き飽きたかもだけど」
先を歩いていた惠南は顔だけ千里に振り向き、忘れないで、と前置きする。
「『罪を犯したら報いは必ずある』…って」
惠南の言葉に、千里は幼い頃の記憶を思い出す。
(ワルいことをしたらゼッタイテンバツがあるんだよ!)
幼い惠南が言っていた言葉が千里の脳裏に響く。
で、どーすんの千里、と惠南が千里に声をかける。
楼蘭でも寄って頭冷やしてく? と言いつつ惠南が千里の様子を見ると千里はスマホの画面を見ていた。
「いや 今日はもう帰るよ」
スマホ見てんのかよ、と突っ込む惠南にスマホの画面を見せる千里。
「…ほら 帰って風呂掃除しなくちゃ」
もう遅ェよ、と返す惠南。
思わぬ手がかり
(…遅くなかった…)
無事に帰宅した千里は風呂場の床をデッキブラシで洗っていた。
仏壇に立てられた父が母の肩に手を置いている遺影と笑顔の一登の遺影。
それぞれの位牌も立てられている。
父は「賢徳慈勇信士」。
母は「静照優光清女」。
一登は「心優登頂童子」。
食事中、それらを見つめる千里。
(親父とお袋…そして一登が殺された事件は全くの未解決だ)
犯人の動機も分からなければ、まだ犯人を追っているであろう警察も当てにはできない。
(見つけ出すのは俺だ)
千里はその目に鋭さを増す。
ヤマダが自殺して出来たという焦げ跡を見て『金貸し』の二人が全く動揺しなかったことに感謝する千里。
千里は、良く考えれば「火の男」は自殺するような人間ではなく、間違いなく生きていると内心で確信する。
さらには、屋上のコゲ跡はヤマダを追っていた人間が返り討ちされた結果生まれたのだと推理し、『金貸し』の二人の仲間である可能性もあると考えていた。
千里は『金貸し』の使っていた道具や、落としたバッグから零れ出たガムテープやロープといったプロの仕事道具を思い出し、二人は本物の『金貸し』かどうかは不明だが、少なくとも堅気ではないことを確信する。
「火の男」はロクな生き方をしていない。しかし逆に言えばまだ様々な人間に追われながらも生き延びているであろうことを確信する千里。
それだけに千里は、あの「金貸し」から情報を引き出すことが出来ず逃がしてしまったことで「火の男」を追うための線が切れてしまったことを悔やむ。
(惠南のヤツめ…)
食事を終えて風呂に行こうと立ち上がる千里に何か落としたぞと祖父が指摘する。
それは千里が屋上から拾ってきた空のパスケースだった。
パスケースをしげしげと眺めていると、千里はその中に紙が入っている事に気づく。
都合よく手がかりなんて見つかる訳が無いか、と紙を取り出して裏返す。
(ウソだろおい)
驚愕する千里。
(こいつは…間違いなく「火の男」の物だ!!)
千里がパスケースから取り出した紙は写真だった。
写真は寺の門の階段で、帽子を被ってワンピースを着た若き日の母が一人、笑顔で写ったものだった。
(お袋さん…!?)
(「火の男」が何故こんな写真を…!?)
感想
思わぬバトル展開だった。
千里が強さを見せた。
既に1話で不良仲間? とやりあってるけど、今回の「金貸し」の二人は彼らよりはよほど危険な相手だっただろう。
まだ描写は無いけど、きっと千里は「火の男」と対峙するその時に備えて常に鍛えてるんだと思う。
千里は主人公らしく機転も利く。
灯油を「金貸し」男二人に向けてこぼして火を点けたジッポで脅すとは……。
スタンガンは食らったが、駆け引きでは「金貸し」を圧倒していた。
何としても「火の男」を探し出すんだという千里の強い覚悟を感じ取れた話だった。
それにしても謎の男たちが「金貸し」というのは本当なんだろうか?
つまり取り立て屋ってこと?
闇金? の取り立てってもっとカジュアルな恰好か、もしくはスーツを着ててもヤクザっぽく着崩しているイメージがある。
格好で人を判断する事にはあまり意味は無いけど、ファッションを含めてその物腰には一定の違和感を覚えた。
「金貸し」の男二人は闇金の取り立てと言うにはあまりにカッチリし過ぎているような……。
初めにビジュアルを見た時は探偵とか、もしくは公安あたりじゃないのかと思った。
探偵も公安も普通は警棒はおろかスタンガンなんて持ち合わせていないだろうけど、何故か普通の取り立て屋よりはそっちの方が違和感がないというか……。
「火の男」を追う勢力があり、彼らは屋上の焼け跡が「火の男」に返り討ちにあった追跡者だと知っていた。
「火の男」がまだ生きていることを確信していた。
おそらく屋上の黒コゲは「金貸し」とは別の個人、もしくは勢力に属する追跡者ではないか。
つまり、追っているのは一つの勢力だけではない可能性もあると見るべきだろう。
なぜ「火の男」を追うのか?
二人の男が素直に「金貸し」だとした場合、「火の男」には取り立てるが可能な資産があるのだろうか?
働く場所を転々としながら、さながらホームレスに近い生活をしていた「火の男」にそんな金があるのか?
もしあったとしたならどうしてそんな生活を?
それとも資産ではなく、何か重要な情報を持って逃げ回っているのか?
そもそも「火の男」とは一体何者なのか。
少なくとも現時点で分かっている少ない情報だけでは整合性をとろうとするとただの社会不適合+異常者でしかない。
まだまだ謎は多い。
そもそも犯人やその動機を推理するだけの材料もまだ十分に提示されていないだろうし。
今回、地味に新しく出た情報としては両親のビジュアルがある。
とても夫婦間DVが行われていたとは思えないような穏やかな2ショットだ。
DVを行う人間はところ構わず暴力を振るうわけではないから別にこの写真の雰囲気には違和感は無いけど、今後、どうして父によるDVが行われるようになったかという点も物語を構成する重要な要素として描写される時が来るのだろうか。
個人的には、DV気質は家庭環境なんかが大きく、相手の女性に責任が無い場合が多んじゃないかと考えているので多分物語にはそこまで関係ないと思うけど……。
「火の男」は千里の母の写真を持っていたけど、つまり過去に繋がりがあったということだろうか。
同時に、千里の母に長い間ストーカーの様に粘着していた可能性が出てきた。
ただ好みだから狙った、という単純な犯行ではなさそうだ。
千里の母にストーカー行為をし、父がDVをしていることを知った「火の男」が異常者、サイコパスならば、千里の母をその地獄から救ってあげる、という超自分勝手な正義を名目に殺してもおかしくはない。
ただ、千里の父と母の殺害現場の惨状は、仮に女性を救うという名目であったとしたらその割には余りにも惨たらしい仕打ちだった。
じゃあもっとあっさりした殺し方なら良いのか、と言えばそういうわけじゃないけどね……。
これは、「火の男」と千里の母とは学生時代などに関係があったと見るべきかな。
もし千里の母が父と学生時代からの付き合いだったなら「火の男」は両方と面識がある? ひょっとしたら知人だったのかも……。
ただその場合、警察がその線を洗ってないはずはないんだけどな……。そして警察はとっくに犯人の目星くらいついてそうなもんだけど……。
ラストでは思わぬ形で手がかりになりそうな写真が見つかった。
切れたと思っていた「火の男」に繋がる線がかろうじて残っていた。
千里はこれから、おそらくは写真の背景の場所を探すのだろうか。
とりあえずはそれ以外に打てる手はなさそうだ。
そういえば、千里はもうとっくに父と母の過去を洗ってるんだろうか。
もし何もしていないとしたら、この写真が調べ始めるきっかけになるかもしれない。
以上、夢に見たあの子のために第4話のネタバレを含む感想と考察でした。
夢で見たあの子のために (1) (角川コミックス・エース) [ 三部 けい ]
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