第3話
第2話のあらすじ
工場を取材しているテレビ番組のインタビューに答える人物の背景に、親を惨殺し、一登をさらった犯人らしき人物を発見した千里の脳裏に幼少時の記憶が甦っていた。
酒によっては母に暴力を振るう父。
その暴力のとばっちりを受け、千里と一登は片方が収納スペースでやり過ごすことを覚えるようになった。
決まって一登が父親の前に仲裁の為に立ちはだかる役目を負っていた。
一登が父に殴られると、収納スペースでじっとしているだけの千里までもが一登と同様の衝撃を受ける。
そして、その直後に一登の見ていた視界を共有する。
二人はこれを双子であれば当たり前のものであると理解していた。
ある大雨の降りしきる夜、いつものように父が母に暴力を振るっているのをいつものように仲裁に入る一登。
収納に身を隠す千里は、外の様子がいつもと異なることを感じていた。
大きな音が響き、人の声が消え、千里はその場で動けず怯えていたが、左肩を捻じられるような痛みを感じ、収納スペースのドアを内側から破って廊下に転がり出る。
部屋の中は血の海となっており、父も母もその中で息絶えていた。
一登の姿を探そうとすると、再度肩に痛みが走り、千里の視界に一登が見ている光景が映し出される。
「火」と読める傷の入った男の腕に小さな左手を逆手に掴まれ、軽トラックへと引っ張られていく。
千里は不良たちに再度、有無を言わせぬ迫力で工場の場所を問いかける。
メガネの不良は四つ木だと答え、千里は連れて行けと命令する。
メガネに連れられ能々口製作所に来た千里は早速中に入る。
当初は千里の事を怪しみ、情報を話そうとしない工場長に対し、千里は山田千里と偽名を名乗る。
工場長は山田さんの息子か、と納得し、「火」の男について話し出す。
2週間前、テレビの取材の後、すぐに工場を辞めていたこと。
紹介状を持ってきたから雇っていたこと。
山田という偽名を使っていたこと。
他の情報が無いため、食事を何度か共にしていたというノブという工員を紹介され、千里は食堂で話を聞くことに。
千里はノブが金を返すために山田の住所を記したメモを持っていたことを知り、そのメモを受け取って住所の場所へと駆け出す。
その千里の姿を背後から観察する何者かの存在に気付くことなく、千里は雲雀荘へ到着する。
廊下を歩いていると、千里は住人の女性にウロウロするなと咎められる。
住所通りに来たらここだったのだと主張する千里に、女性は住所の最後に「奥」がついていると指摘。
千里はアパートの「奥」の扉を開くと、目の前には廃ビルがある。
入り口にkeepoutのテープが何重にも巻かれ、地面には「ヤマダ」と殴り書きした表札と思しき木片が無造作に投げ出されている。
住人の女性は千里に、廃ビルに入り込んで住んでいた男が最近死んだということを教えるのだった。
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両親が殺害され、一登が連れ去られた後、一人生き残った幼い千里の心の内には複雑な想いが渦巻いていた。
惨殺された両親の死体にショックを受けたものの、酒乱で暴れる父と、それを唯々諾々と受け入れる母という、一登と千里に対する愛情の薄さを感じ取っていた千里にとって、両親の死は悲しいものではなかった。
しかし、当たり前のように視覚を共有し合い、いつも一緒だった一登が、連れ去られて自分の隣にいない事が千里の心を悲しみで満たしていた。
事件後、凄惨な事件の当事者となってしまった千里のトラウマが心配だという判断の元、経過を見るために千里は児童養護施設「もみじ園」に入居することになる。
まだ一登の死の瞬間を見ておらず、また視覚共有も体感もしていないので、千里にはまだ希望があった。
施設に入居している大勢の他の子供達と一緒に千里が食事の時間を過ごしている。
千里は、自分の目の前に用意された食事を見ながら、一登が連れ去られた先で食事が出来ているのかと心配し、また、自分だけが食べて良いのか、と考える。
しかし、千里は食事に手をつける。
それは、もし自分が一登の立場ならば、やせ細った姿を自分に見せたくないだろうから、という考えの元、出された物は何でも残さずに食べる事に決めたためだった。
千里の入った部屋は他にも子供がいて、二段ベッドが三台設置された六人部屋。
にもかかわらず、千里は子供の輪に加わることは無なかった。
就寝時にも、隣に一登が寝ていないことを寂しく思い、一登が自分の様に眠ることが出来ているかと心配していた。
最後の共有
千里の元にはカウンセラーが週二回、そして千里を心配して若い刑事が毎日会いに来ていた。
常に一登の事を想っていた千里は刑事が車で来る度、その中に一登が乗っていないかと日々心を揺らしていた。
時間から一カ月経っても一登の行方は杳として知れない。
そんな中、ついには一登の行方を追う事に千里は諦めの気配を感じ取っていた。
しかし若い刑事は律義に会いに来る。
千里は若い刑事のスーツの袖を掴んで訴える。
「一登は生きてるからはやくみつけて」
刑事は少し驚いた表情で千里を見下ろしている。
その後、夜になって廊下を歩いている千里の前頭部を突然、衝撃が襲う。
崩れ落ちる千里の脳裏に映像が流れる。
どこかのビルの屋上らしき場所を逃げる一登。
その視界に右手に大きなナイフを持って追って来る人影が迫る。
目出し帽で顔を覆った男がナイフを振り上げる。
その右腕には「火」の傷がある。
男がナイフを振り下ろすのと同時に千里は後頭部に衝撃と痛みを受ける。
歪む視界。
身体が浮き上がる感覚のあと、全身が痺れる感覚が来る。
そして視界がブラックアウトして以降、千里の視覚の共有能力は沈黙するのだった。
恐怖は憎悪へ変わる
病院のベッドで目を覚ました千里。
口には呼吸器がつけられ、その目は目ヤニに塗れている。
ベッドの傍らには母方の祖父母が千里の顔を見つめていた。
祖父母は三日三晩意識不明の千里の為に、必ず片方は起きて交代で世話をしていたのだった。
千里はおもむろに呼吸器を取り、掠れた声を出す。
「……一登が…しんだ…」
祖父母に顔を向ける。その目から涙が流れる。
「おれだけ…いきのこっちゃった」
震えながら声を絞り出す千里。
千里が目を覚ます際に瞼を接着するようにびっしりとついていた目ヤニは千里が絶えず涙を流し続けていた為だと祖父母に聞かされる。
目を覚ましてからも約二週間スプーンを持つことも困難な程に千里の手足は痺れていた。
退院後、時間の経過とともに千里は一登の死を受け止めざるを得ないことに気付いていた。
かつて千里の心を支えていた一登が生きているかもしれないという希望は一登を襲った「火」の男への恐怖へと変わっていた。
カウンセラーから、心の中にあるものを描いてみて、と言われ、千里は目の前の画用紙にペンを走らせる。
絵が何枚も出来上がっていく。カウンセラーは、その絵の異様さに徐々に深刻な表情になっていく。
絵は全て同じ、「火」の男を描いたものだった。
何十枚も描いていく内に、千里の内にあった「火」の男への恐怖は憎悪へと変貌を遂げる。
そして千里は、「火」の男を殺すことが恐怖を克服する方法であると答えを出すのだった。
そして現在へ
「keep out」のテープが何重にも貼られた雲雀荘の裏の廃ビル入り口のドアが開け放たれている。
屋上にやってきた千里は何かが燃えたと思われる、黒くなっている床の前に立ち尽くしていた。
周りには中がパンパンになっている黒いゴミ袋が山と積まれ、木箱の上には無数の酒瓶や空き缶が置いてある。
その奥には、トタンなどでつくられた、テントのような簡易な住居が設置されている。
雲雀荘で千里を咎めた住人女性は、千里の探していた男が焼身自殺で死んだことを千里に伝えていた。
千里はゴミ袋を掴み、悪態をつきながら投げ飛ばす。袋は破れ、ゴミが散乱する。
(一登を殺しておいて…勝手に死にやがって…!!)
千里は怒りに震える。
次の瞬間、呻きにも似た声を上げながら空き缶や齧ったリンゴの置かれた紙皿が並んでいた木箱を蹴り上げる。
リンゴが転がっていく先に、視線を追っていくと段ボールともベニヤともつかない板状のゴミの下敷きになっている、クルクル巻いたコードに繋がった何かを発見する。
それがパスケースであることに違和感を抱いた千里はズボンのポケットにしまう。
しゃがんでいる千里の背後に二人の何者かが近づいていた。
何かを踏みしめる音で気づいた千里は背後に振り向く。
「誰だ? てめえら」
感想
千里が両親の惨殺と、なにより大切な双子の兄一登を失ったというあまりにも過酷過ぎる現実と、わずか5歳の時から戦っていたことに泣ける。
高校生の千里は不良連中との付き合いもあり、同じ学校の男子生徒板倉から限りなくブラックに近いグレーな方法で金を巻き上げても心が痛まないくらいに、可哀想なくらいに荒んでいるように見える。
おそらく、金を集めているのは「火」の男の捜索に使うためだろう。
廃ビルにたどり着くため、その情報を引き出す過程でノブに食事を奢っていた。
決して褒められた行動ではないが、テレビに一瞬映った男の腕に「火」の傷を見つけたところからここまでの流れで千里の執念を感じる。
幼少時に決めた、一登の仇である「火」の男を殺害するだけを考え、千里はその為に生きているのだろう。
一見、目標に向かって真っすぐ行動する千里はとても強く見える。
実際に幼少時に決めたことを守って行動している千里は、実際何よりもその意思自体がとても強い。
だが、千里の心の内にそうした側面が形成されたのは、一登が死んでしまったことで仇を討つ為に強くならざるを得なかったからなのだろうなと考えると悲しい。
一登との最後の視覚共有のあと、病室で目覚めた際に千里の目についていた目ヤニがリアルだな~と思った。
自分も含め、花粉症を発症している人間にとっては良くわかるだろう。
朝、目ヤニのせいで中々まぶたが開かない、あの感覚……。
あの嫌な感じを思い出してしまった。
おじいさんとおばあさんに看病してもらえていたのにはほっとした。
もみじ園で孤独な日々を送っていても、消える事が無い「火」の男への復讐心は千里を「火」の男の追跡に駆り立てていただろうけど、いつでも帰れる自分の家があるのはとても重要なことだと思う。
荒んだ千里の心をしっかりと人間側に繋ぎとめていたのは、現在同居している祖父母の存在も決して小さくないはず。
あと今後、おそらく施設時代からの幼なじみとなる恵南に関しても、今後、実は千里を支えて、また支えられていたという描写がありそう。
まだまだ物語のパズルのピースは揃っていない。
第3話のラストの二人の人影は何者なのか。
おそらく警察が本命。
「火」の男の仲間というのはいくらなんでも考え辛い。
来月、すぐに分かる事だ。楽しみにする。
以上、夢で見たあの子のためにの第3話のネタバレを含んだ感想と考察でした。
夢で見たあの子のために (1) (角川コミックス・エース) [ 三部 けい ]
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夢で見たあの子のために最新第4話の感想(ネタバレ含む)と考察。
まとめて読みたい。
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