第172話 自由
目次
第171話 敗北のおさらい
王都からの報告
イザベラをはじめとしたシスターたちに裏切られ、四面楚歌のピーター。
シスターの一人の隙をついて逃げ出すことに成功したピーターは走りながら、この事態を打開出来る案を必死に考えていた。
そしてすぐにGFの外にいる2000の王兵のことを思い出し端末で連絡をとる。
ピーターからの連絡を受けた一体の王兵は、GFに入るための外橋が爆破されているのでピーターに援軍を出すことは不可能であると即答する。
それに対しピーターは、鳥でも蝙蝠でも食べて飛んで来い、と無茶を要求するのだった。
「は?」
ピーターの言い様に思わずイラつく鬼。
役立たず共め、と悪態をつきながら逃げ続けるピーターに銃を持ったシスターが迫る。
ピーターは、シスターたちの心臓に仕込んであるチップを一斉に起動しようと考えるが、それは現在停止しているシステムを復旧させる必要があると思い当たる。
保管庫にいる子供たちを人質に取ろうと思いつくが、それもシステムの復旧が必要だと歯噛みするピーター。
ピーターの端末が鳴る。応答すると、それは王都からの報告だった。
「…は?」
登場
王都の広場ではいよいよソンジュとムジカの処刑が行われようとしていた。
盛り上がる野次馬たち。鬼の子供たちはソンジュとムジカを絶望的な表情で見つめる。
突然一匹の鬼が奇声を上げる。それがきっかけとなり、動揺は他の鬼たちにも伝わっていく。
「おやおや」
広場に悠然と現れたのはレウウィス大公だった。
「何をやっているのかね 君達は」
跪く兵たち。
「生きて…おられたのですか」
行方不明だったはずのレウウィス大公の登場に動揺が隠せない。
「……意図せずね」
レウウィス大公は、かつて猟場でのエマたちとの戦いの末、鬼の弱点であるはずの顔の中央にある目を撃ち抜かれていた。
「…………」
レウウィス大公の姿に絶句するムジカ。
「それよりも何だねこの有様は」
レウウィス大公はすぐそばの兵に向けて呟く。
「王族(わたし)の留守に随分と偉くなったものだな」
そう言ったレウウィス大公の視線の先には合議連合の中心メンバーがいる。
「五摂家の家来衆如きが」
完全に震え上がる合議連合の主要メンバーたち。
レウウィス大公は彼らがピーターによって扇動されていることを見抜いていた。
嘆かわしい限りだ、とため息をつく。
「久しぶりだねぇ ソンジュ」
ソンジュに視線を向けるレウウィス大公。
そして唐突にソンジュの胸を切り裂く。
告白
血を噴き出して倒れるソンジュ。
「諸君!! 見給え」
レウウィス大公は広場に集う民衆に、これが病毒として忌み嫌われた邪血だ、と手についたソンジュの血を見せたあと、グラスに注いだ血を一気に飲み干す。
民衆たちから悲鳴が上がる。
「大公様!! 何を…」
「そんな汚れた血を…」
ムジカは何が起きたのかとその光景を驚きを以て見守っている。
「恐れることはない」
レウウィス大公は邪血が毒というのは姉のレグラヴァリマによる嘘であり、実態は一口飲めば人間を食べなくても退化しなくなる鬼にとって奇跡の血であると主張する。
続けてレウウィス大公は、700年前女王は農園で民を支配する上で不都合な存在である邪血を毒と呼ぶようになり、邪血の持ち主を国賊に指定して虐殺したと淡々と説明する。
自分たちの認識とは全く異なる説明に、嘘だ、と動揺する鬼たち。
レウウィス大公は自分たち王家、そして五摂家は民が飢えている傍らで、自分たちだけは昔から邪血を食べて”不退の体”を手にしていたので人肉色が不要だったことを告白する。
そして告白は700年間続いた人肉の食糧難と、人肉を食べられずに退化して死んでいったことなど、あらゆる恐怖と苦しみは本来は避けられるものだったと続く。
衝撃の告白に鬼たちはただただ絶句していた。
そして邪血の一族は民をその血で救おうとして王・五摂家に殺され、今、同じ流れで私欲に塗れた新政権によってソンジュとムジカという邪血が殺されようとしているとレウウィス大公。
「滑稽也」
「”邪血”を殺す? この二人は賊どころか民を救わんとした英雄なのだぞ」
思わぬ展開に驚くソンジュとムジカ。
「兄上…なぜ…」
ソンジュはレウウィス大公が昔から”約束”、”農園”について害悪だと言って憚らず、政治、民の苦しみ、正義などに無関心で遊びまわっていたことを思い出す。
(なのに――)
「らしくはないだろうね」
レウウィス大公はソンジュが抱いていた疑問を見透かしたかのように答える。
政治を押しつけていた相手は全員世を去り、調停者(ラートリー家)の言いなりになっていることはさすがの自分も見逃せなかったのだと答える。
「この支配も限界だ」
道連れ
「あとはまぁ…なんとなく……だね」
そう言ったレウウィス大公の脳裏には猟場で戦ったエマたちの面々が思い浮かんでいた。
「真の賊徒は女王・五摂家そして現政権 五摂家家臣団と農園だ!!」
民衆に声高らかに主張する。
「大公レウウィスがここに命ずる 処刑は中止だ!! 国賊現政権幹部を直ちに捕えよ!!」
部下からの王都陥落の報に崩れ落ちるピーター。
(打つ手はない 何も…! 食用児(やつら)既に”約束”も――)
そしてピーターは敗北したことを自覚する。
(僕が敗けた!! 敗北した!! 終わり――)
ピーターの行く手には銃の照準を向けたエマが待ち構えていた。
「動かないで」
しかしピーターの脳裏に光明が生じる。
(いや まだだ)
GFに来る前、アジトで追い詰めた子供たちから聞いた情報を思い出す。
(「食用児は〇〇と”約束”を結んだ」)
(「だがまだ履行は保留にしている」)
(「”約束”を結んだのは63194”エマ”」)
ピーターは両手を上げ、無抵抗をアピールしつつエマに歩み寄っていく。
ピーターは負けを認めていた。
しかしまだ履行されていない”約束”を結んだエマを殺せば、その”約束”は台無しになると踏んだピーターは、エマを殺害して食用児の未来を破壊しようと画策を始めるのだった。
第171話 敗北振り返り感想
死んだはずでは……
まさかのレウウィス大公!
猟場でエマたちに顔面ぶち抜かれて死んでなかったのかよ……。化け物もいいとこだな。
しかし再登場した彼の役割は強力な敵としてエマたちに復讐にやって来るどころか、ソンジュとムジカ最大のピンチを救うべく現れるという、これ以上ないくらいのタイミングでの援軍だった。
ジョーカーだな。ほぼ反則的なまでの力で一発で形勢逆転。
かつての強大な敵が助けに入るとか、結構熱い展開だと思う。エマたちを助けていたら往年のジャンプ漫画そのままだったな。
レウウィス大公であれば女王五摂家体制から政治を引き継ぐ資格もバッチリだし、少なくとも鬼の社会の新たな統治が安定して機能するまでは王として頑張ってくれそうな気配を感じる。
ソンジュとムジカの処刑を一発で中止させたのはレウウィス大公の影響力の強さだと思うわ。
これまでレウウィス大公は、おそらく権力志向ではなかったから好き勝手遊びまわっていたと思われる。
しかしこれまで社会を支配してきた女王や五摂家がいなくなり、代わりに合議連合が支配者に成り代わろうとしていることにレウウィス大公は反対していた。
合議連合のような小物に任せておけないのはもちろん、おそらくレウウィス大公は女王や五摂家の後に続こうとする彼らのような輩に政治を牛耳られることで鬼の社会がろくでもない状態になると直観していたのではないか。
合議連合の連中がピーター・ラートリーによって動かされていたのも看破していたし……。
そうなると、多分レウウィス大公が仕方なく王座に就くのではないかと思う。
これはイメージに過ぎないが、そういった、他に代わりがいないからと仕方なく政治に関わるはめになった為政者による政治は案外うまくいきそうな気がする。
レウウィス大公からは、王としての権力を私欲を満たすために濫用して民を苦しめるイメージはない。
どうやったら権力を盤石のものにできるかという考えが希薄だから、自然と民の、そして国のためになる治世に考えが及ぶようになるのではないか。
社会が落ち着いたら王座を誰か適当な人物に譲って、また外で遊びまわってそうな感じがする。
追い詰められたピーター
ピーターは完全に追い詰められた。
前回、前々回は追い詰められたピーターが打開策として処刑寸前のソンジュとムジカの命を取引に自分の身の安全を図ろうとするという予想をしていたが、レウウィス大公の登場という全く予測できなかった事態によりその線は完全になくなった。
ピーターが王都からの連絡を受けた時には予想が当たったかと思ったけど、全く逆だった。
王都にいる部下からのピーターへの報告はピーターを救うどころか奈落の底に叩き落とすものだったわけだ。
報告を受けて、…は? という反応をしている様子は、逆転の糸口を掴んだ割にはテンションが低いなと思った。
完全に制圧していたと思っていた王都がレウウィス大公の手により奪取されてしまったことを知ればそんな反応にもなるわ。
勝利を確信していたらあっという間に逆転されてました、とか悪夢でしかないだろうな。
逆にエマたちは大逆転での勝利だ。
ソンジュとムジカを英雄と呼んだレウウィス大公が、今さらエマたちにリベンジマッチを挑むということもないだろうし、大団円は確実に近づいていると思う。物語の終わりが近いことを実感してなんだか寂しいな……。
しかしまだピーターには最後の手があった。
鬼の首領と約束を結んで、まだ保留状態のエマを殺害することで約束の効力を無くしてしまおうという悪役全開のアイデアが……。
まさかこれが成功するなんてそんなバカなことはあるまい。
エマが主要キャラの一人、ドン、ギルダくらいの立ち位置だったらまだその可能性は捨て切れなかった、というかむしろ実現して物語がまた展開するかもしれなかったけど、何しろ彼女は主人公だからね……。まさかここで死ぬとかないでしょ。
でも主人公だけが犠牲になって他のメンバーが無事というエンディングを迎えた作品もあるからなあ……。
パッと思いつくのはダイの大冒険とか、ドラゴンボールの人造人間編も悟空の犠牲があってこそのその後の御飯のカメハメ波という流れだった。
つまりまだまだ予断を許さない展開だということ。次回が楽しみだ。
前回第171話の詳細はこちらをクリックしてくださいね。
第172話 自由
道連れ
ピーターはエマたちに追い詰められ、殺さないでくれと両手を挙げて降参してみせる。
しかしその脳裏では、近づいてきたエマの隙を突いて殺害し、”約束”不履行状態にすることで食用児を道連れにすることを企んでいた。
(パパと一緒に死のう 食用児共よ)
銃を構え、徐々に接近してくるエマをピーターは待ち構える。
「あなたを殺すつもりはない」
突然銃を下ろすエマ。
「私達はあなたと話をしに来たの」
エマの意外な行動に、ピーターは呆気にとられていた。
エマは自分たちがラートリー家に報復を行わない代わりに、食用児に自由を認めて欲しいと主張する。
(バカだ…!! こいつ…バカだ!!!)
エマの主張を受け、甘いとほくそ笑みつつ、ピーターはエマに自分を許してくれるのかと問う。
許し
GF潜入前。
エマは仲間たちにラートリー家に勝利しても敵を一切殺さない方針を示していた。
それに対して猛烈に反対するのはジリアンだった。
あんな奴らを許せるのかとジリアンに問われて、許せるわけがない、憎い、とエマ。
シェルター襲撃時に殺されたメアリーたち、ユウゴ、ルーカスのこと、ノーマンたちに対して行われた非道な実験、ラートリー家が設立と運営に協力した猟場、そして農園や食用児システムを作ったことなど、全てが許せないとエマは憤る。
そしてエマは、クリスもまだ目覚めていないと頭を抱える。
「僕を…許してくれるのか…? まさか…この僕を…」
「許せない」
ピーターに問われ、エマは怒りを憎しみに歪んだ表情でピーターを睨みつける。
しかし、殺して解決で終わらせたくないとエマは続ける。
「憎んだり恨んだり恐れたり そんなのもう嫌だ!」
自分たちは自由になって、何にも囚われたくないと主張するのだった。
GF潜入前。エマの敵を殺したくないという主張を受けてナイジェルが呟く。
「許せないけど許さないと本当に自由にはなれないんだよなぁ…」
オリバーが続く。
「わかった でも話の通じる相手じゃないと思うぞ」
「それでも対話を…話し合うことを放棄したくない」
ジリアンはエマに、甘ったれの綺麗事だと指摘してから、ニヤリと笑う。
「上等じゃん できるとこまでやってみましょ」
ジリアンの豹変にエマは驚く。
「ここまできたんだもん とことんやりましょ」
仲間たちはジリアンの言葉に無言で賛成の意を示すように、笑顔でエマとジリアンを見守っていた。
「私達の大事な未来だもの 悔いは絶対残したくない」
笑顔で頷くエマ。
(目的はあくまで勝利と対話)
許し
廊下に倒れていた鬼が気が付く。
鬼たちは自分たちが死んでいないことを不思議がっていた。
エマは、鬼は生きるために食べているだけ、ママ達も生きるために自分たちを鬼に差し出していただけ、初代ユリウス・ラートリーも戦争で死ぬ人を見たくなかっただけとそれぞれの立場があったことを主張する。
そして自分たちも他の命を殺して生きており、ママ達やユリウスの恐怖や苦しみも他人事ではない以上、それを”弱さ”だと責めることは自分にはできないと続ける。
そしてエマは、仮に鬼が人間を食べなければ自分たち人間と友達になってくれるのか、仮に自分がラートリー家に生まれたら食用児に対して何かできたのか、仮にピーターがGFに生まれたら自分と友達になれたのかを考えてみた、と前置きして続ける。
「立場が違うから争って貶めて憎しみ合って でもそれぞれの立場を差し引いたら…そうやって考えたら本当は皆憎み合わなくてもいいんじゃないかな」
あなただってあなたの正義で世界を守ってきたんでしょう? というエマの質問に、ピーターは真剣に耳を傾ける。
エマはあくまでピーターは許せないとしつつも、ラートリー家が食用児に犠牲を強いたことで人間の世界が1000年守られたこと、そしてピーターが実の兄ジェイムズの命を奪って”約束”を守ったことなど、ピーター自身にしかわからない苦しみがあったであろうことを指摘する。
「生まれた時から運命を背負わされているのはあなたも同じなんだよ」
自由になろう、とエマ。
「私達は皆囚われている 鬼も人も…そう調停者も食用児も」
「でも世界は変わる もう変えられる」
エマは銃を捨てると、ピーターに向けて手を伸ばす。
「変わろう 1000年の苦しみを今終わらせよう」
「一緒に生きよう ピーター・ラートリー」
ピーターは反撃の機会を窺っていたことも忘れ、徐々に迫ってくるエマに圧倒されていた。
第172話 自由の感想
ピーターはどうする?
これはどうなるんだろう……。この流れだとピーターがエマの主張を受け入れそうな感じだけど、まだピーターが当初の狙い通りにエマにナイフを突き立てないとは言い切れないんだよな。
合理的に考えれば、ピーターがエマを殺して食用児に絶望を与えて他の食用児に殺されるよりも、エマの主張を受け入れて生き直す方が遥かに得だと思う。
ラートリー家の宿命から自由になれるなんて、まさに渡りに船ではないのか?
食用児軍団に完膚なきまでにやられたからこそ、エマの綺麗事はよりピーターの心に響いているように見える。
ピーターはエマが自分はおろか、鬼までも殺していないことを知れば、さらに彼女の綺麗事が真剣なものであることを感じられると思うのだが……。
何よりエマは自分の敵であるはずのピーターの立場に立ち、その苦しみに想いを馳せていた。
これが伝わらないなんて嫌だなぁ……。頑なに食用児を敵視するピーターにエマの心が通じて欲しい。
果たしてピーターは、差し伸べられたエマの手を握るのか。それとも袖のナイフを抜くのか。
以上、約束のネバーランド第172話のネタバレを含む感想と考察でした。
第173話に続きます。
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