第109話 進め
目次
第108話のおさらい
ユウゴとルーカスは、後方から迫るアンドリューから逃げていた。
不自由な左足で逃げ足が鈍るルーカス。
一方アンドリューは今追い立てている二人の敵の手強さに、本当に農園育ちなのかという違和感を覚えていた。
そして、もう既に全滅していたと考えていた15年前のGB脱走者が生き残っていた可能性に思い当たる。
現在戦っている相手が生き残りだと判断したアンドリューは、敵はもうこの二人しかおらず、奇襲は受けないと考えてさらなる攻勢にでるのだった。
もはや奇襲は受けないと攻勢に回るアンドリュー。
部下に指示を飛ばし、ユウゴとルーカスを挟み撃ちにする。
先をアンドリューの部下に塞がれたユウゴとルーカス。
ユウゴは先を行くルーカスを追い抜くと、両手の銃を乱射して突破を図る。
その間、ルーカスは抜群のコンビネーションでユウゴの背中を守っていた。
ユウゴの銃弾が部下の一人を仕留める。
アンドリューの手榴弾が崩した地下通路の瓦礫がルーカスの背中に降り注ぎ、二人は瓦礫の下敷きになってしまう。
止めを刺そうと近づいてきた部下をユウゴは素早くライフルで迎撃し、ルーカスの体を支えながらアンドリューたちからの逃走を再開する。
銃弾の切れた二人は反撃することも叶わず、その背中はアンドリューたちからの銃弾の雨に晒されながらもただひたすら逃げるのだった。
ぐったりとうなだれ、もはや足も動いていないルーカスをユウゴは懸命に励ます。
しかしルーカスは自身の負傷の状態が芳しくないので、格好の的となってしまうであろう自分を置いて行くようにとユウゴに告げる。
お前一人なら生き延びられるとルーカスに逃げるよう促されるユウゴ。
ユウゴはそんなルーカスの言葉を、バカ言え、と一蹴する。
13年前にルーカスを猟場に置いてきたことでどれだけ後悔し、自分を呪ったか、とユウゴは意地でもルーカスから離れない。
「生きるにも死ぬにも俺達は最期まで一緒だ もう二度と一人になんてしない」
ユウゴは、残る敵はあと二人、とルーカスと自分を奮い立たせ、アンドリューたちに向けて拳銃で反撃を開始する。
しかし、それ以上の弾幕がユウゴとルーカスに襲いかかり、二人は背中無数の銃弾を受ける。
うめき声をあげるルーカスに、もう少しだ、頑張れと声をかけるユウゴ。
「あの部屋まで辿り着けば…!」
二人はほぼ倒れこむようにして武器庫に辿り着くのだった。
ユウゴは上体を起こし、ルーカスに生存確認の呼びかけを行う。
しかし床に突っ伏したままルーカスから一切反応がない。
そこに銃を構えたアンドリューがやってくる。
武器庫内にずらりと並ぶ銃器を見て、アンドリューはユウゴが一人で逃げればこれらの武器でまだ戦えたのに、無駄に傷を負ったユウゴには銃を握る力すら残されていない。それは愚かな判断ミスだと断定する。
しかしユウゴはそんなアンドリューの言葉をハッ、と笑い飛ばす。
「バカはてめぇらだ」
「エマたちは今に世界を変える それは俺達を殺しても変わらない」
「てめぇらがどれだけ食用児を見下そうと1000年の秩序は直に終わる… この腐った世界も…! ザマァ見ろだ!」
アンドリューは挑発に乗らず、冷徹にユウゴに告げる。
「お前達は死ぬ 残りも殺す それで終わりだ」
アンドリューの”殺す”という言葉を聞いたユウゴの脳裏にエマたちの笑顔が浮かぶ。
(させるかよ)
ユウゴの合図と同時に、それまで床にうつ伏せになってぐったりとしていたルーカスが拳銃の銃口をアンドリューに向ける。
(行かせねぇ)
「お前達もここで死ぬんだ」
アンドリューは何かが漏れているような音に気づく。
ガスボンベから漏れた可燃ガスが部屋に満たされていくのだった。
ルーカスはすかさず拳銃の引き金を引く。
同時にユウゴが笑う。
(エマ レイ みんな…頑張れよ)
可燃ガスによりユウゴ、ルーカスもろともシェルターが爆発するのだった。
シェルターの入り口からは粉塵が勢いよく舞い上がる。
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第109話 進め
到着
シェルターから脱出したエマたちは、無事、目的地としていた森の地下道へと到着していた。
かつて数日間ではあるが、過ごした場所を懐かしがるGF組。
エマはクリスティをそっと地面に横たえる。
全員に向けて、今日からここが自分たちの棲み処だと宣言するレイ。
ここはシェルターほどの快適性はないものの、ラートリー家にも鬼たちも知らない安全な場所だと言い、交代で外を見張るが細かい決め事は明日だとして今日は休むようにと続ける。
就寝する子供達。
地下道の入口に近いところには銃を持った見張りを配置している。
エマは眠っているクリスティの顔をじっと見つめて、考えていた。
(クリスが撃たれて 2人も死んだ…… 2人も!)
(もうじき朝になる ユウゴとルーカスは? どうなってる? 決着は?)
すぐ追いつく、と笑ったユウゴの顔を思い出すエマ。
そしてエマは、ユウゴとルーカスにも何かあった場合、全ては判断を下した自分のせいだと頭を抱える。
次々とエマの脳裏に浮かぶのは、シェルターから脱出する際に考えていた数々の事柄だった。
ぐるぐると取り留めもなくそれら考えて、最終的には選択したことが最善だったと結論しようとする。しかし結局のところその答えは定かではなく、あれ以外にも選択肢があったのではないかと恐怖し、再び頭を抱えるのだった。
(怖い…)
「エマ」
声をかけられ、エマは顔を上げる。
そこにはユウゴが立っていた。
「よかった…! 無事だったんだね」
笑顔で見つめ合う二人。
判断の正誤を思い悩むエマを諭すユウゴ
ルーカスがいないことを指摘するエマにユウゴは、心配ない、と返し、エマたちには怪我人は居ないのかと問いかける。
うん、と肯定するエマ。
クリスの容態を訊ねられるとエマの表情は沈む。
「まだ意識が戻らない…」
治療にあたったザック達曰く、弾はかすめただけであり、出血も止まっているけど、とその表情はクリスティが心配なあまり曇ったままだった。
「エマ お前のせいじゃない」
エマの苦しむ心を察している表情で、ユウゴは静かに、しかしそう断言する。
「でも…!」
それでもエマは自分の選択、決断が間違っていたのではないかと悩み続ける。
(私があの時ああ言わなければ 私があの時目を離さなければ)
(最初からもっとちゃんと警戒していれば…!)
そうしてまたエマは自分の世界に閉じ籠るように自分のズボンをぎゅっと握る。
「俺が前にした話 覚えてるか?」
(「その判断は正しいか?」)
エマが思い出したのは、GPに向かう前、壁に無造作に書かれた文字を前にユウゴがエマに対して問いかけた質問だった。
ユウゴは腕を組み、天を仰いで、あれちげーわ、と否定してみせる。
そしてエマと視線を合わせて、正しい判断を下すことは大事だが、それが全てではないと持論を説き始める。
判断の正誤はその時には誰にもわからないので、大切なのは判断を下した後である。
下した判断を正解にするよう努力する。
下した判断が悪い結果を招いても、そこから何が出来るか、どうあがくかが大切、とし、ユウゴは結論する。
「判断だけで決まるのなら人生は賭け事になっちまう」
エマの肩に手を置くユウゴ。
「自分の判断を信じろエマ そしてそれでどんな結果が出ても前へ進め」
「お前なら お前たちなら世界を変えられる」
「ユウゴ…」
エマは優しい表情を浮かべているユウゴをじっと見つめていた。
しかしすぐに、なんでそんな話をするの? とぽつりと問いかける。
そして、エマはすぐに必死な表情に変わる。
「ユウゴも一緒にいられるんでしょ!? 一緒に世界を変えるんでしょ!?」
「ごめんな」
ユウゴは笑顔を浮かべてはいるものの、同時に悲しそうに眉根を寄せてエマを見つめる。
その表情からエマは、これは夢なんだ、と理解するのだった。
(多分ユウゴは ユウゴ達はもう――)
エマは膝に顔を埋めるようにして眠っていた。
アンナがエマの肩にそっと毛布をかける。
走馬灯
エマ達がシェルターにやってくる前、2046年1月。
外での調達を終えたユウゴはシェルターに無事辿り着いていた。
独りで、何も変わらない毎日を過ごすユウゴの表情は暗く、どんよりと曇っている。
(怖い 苦しい 何も考えたくない)
食堂に向かったユウゴはかつて一緒に過ごした仲間たちの幻影を一瞬見る。
しかしすぐに、自分の食べ残しだけがテーブル上に残っているのを自覚し、同時に自分が直面している現実が襲い掛かって来る。
吐きそうになるユウゴ。
そして、自分が仲間を全員死なせてしまったと頭を抱え、何故生きているのかと自問する。
(「生きてユウゴ」)
ユウゴはダイナの言葉を思い出す。
(生きなきゃ 生きなきゃ 生きなきゃ)
モニター室で、ユウゴは思いつめた表情で立っていた。
テーブルには缶型の入れ物に入ったクッキーがある。
ひび割れたティーカップを持つユウゴの脳裏に、クッキーを持って、お茶会しましょう、と笑う仲間の顔が浮かぶ。
(「毎日穴蔵生活じゃ気が滅入るもの 一日の最後にみんなでちょっぴり贅沢するの」)
GPへ行かなければ家族と一緒に食べていたはずのクッキー、とユウゴはクッキーを一つ摘まむ。
(ごめん もう許して 頼む 許してくれ)
ユウゴはクッキーを手放し、変わりに手に取った銃の銃口を自らのこめかみに突きつける。
その表情は精神的に追い詰められ、疲れ切っている。
引金にかけた指を引こうとしたまさにその時、シェルターの入口が開く音がする。
驚き立ち上がるユウゴ。
モニターに映ったのはランタンを持ち、笑顔でシェルター内を進むエマたちだった。
エマたちがやってきたことにより、ユウゴは死にそびれた。
しかしそれによってユウゴはエマたちやルーカスにも会えて、仲間たちを殺した仇を討ち、密猟場を破壊出来た。
(この一年半 楽しかったなぁ)
ガスマスクの下、笑顔を浮かべるユウゴ。
眠っていたエマは遠くから響く音に反応して起き上がる。
(生きてて良かった)
傷つき、もはや立ち上がることさえできず俯せに倒れているユウゴ。
死にたくない、人間の世界も、エマたちの成長も見たかった、と未練ばかりが思い浮かぶ。
そんなユウゴの背後には銃を持ったアンドリューが立っている。
(けど あいつらを守れるなら笑って死ねるぜ)
倒れた状態のまま、アンドリューに顔を向けるユウゴ。
その顔には不敵な浮かんでいる。
ガス漏れに気付いたアンドリュー。
ルーカスがすかさず銃の引金を引く。
(望む未来を叶えろ 頑張れよ エマ)
地上に出たエマは、シェルターの方角から煙が上がっているのを確認し、力なくその場に座り込む。
「嘘だ… 嫌だよ… 嫌だよ… ユウゴ…!」
再会
うつ伏せに倒れているユウゴを起こしたのはルーカスだった。
見ろよ、とルーカスがユウゴの視線を誘導したその先から駆け寄って来る人々。
ユウゴは彼ら、彼女らの姿を見つめる。
(ああ 会いたかった ……ずっと!)
それはかつての仲間たちだった。
皆笑顔でユウゴとルーカスを見つめている。
「みんな…!」
泣きそうな顔で仲間たちを見上げるユウゴ。
その中に、好きだった女の子を見つける。
「ダイナ…!」
「ごめんな…思いの外早く来ちまって…」
涙を流すユウゴ。
ダイナはううん、と言ってユウゴを抱き締める。
「ありがとう がんばったね ユウゴ」
仲間たちに囲まれ、ユウゴはダイナと抱き合うのだった。
感想
自殺する寸前だったユウゴ
泣いた。
ユウゴは仲間たちを自分の判断で失ったのではないかという自責の念に負けて、自殺する寸前だったのか……。
思えば、エマたちとの初対面時にあれだけ荒んでいたもんなぁ……。無理もない。
しかしギリギリで命を拾ったことで、その後いろいろなことを成し遂げて来た。
仇は討てたし、死んでたと思っていたルーカスと再会出来たし、エマたちと暮らすようになって明らかに表情の険がとれた。
1年半楽しかった、エマたちの成長を見守りたいという台詞にも泣かされたわ……。
自分の命を絶とうとして、さらにエマたちを一時期は殺そうと考えるくらいに荒んでいたにも関わらず、最終的には子供たちを守れるなら笑って死ねる、という親みたいな域にまでユウゴの心は変遷していったのか……。
年の離れた兄貴であり、小さな子供たちにとっては親みたいなものだったからなー、ユウゴとルーカスは。
思いの外早く来ちまって、とダイナの胸で泣く様子がもう泣ける。
少なくとも自殺するよりはこの最期の方が万倍も良かった。
やっぱり、その後の人生のあらゆる可能性を強制的に閉ざしてしまう自殺は絶対いかんね。
自殺する人は死んだ方がマシってくらいの状態に陥っているからなんだけど、そこを何とか踏ん張って欲しい……。無責任にこんなこと書いたら傷つく人もいるんだろうけどさ……。
ダイナの言う通り、よく頑張ったんだよなぁ。
仲間たちを失って13年もの間、自責の念に苛まれながら一人で生き延びて、エマたちと出会ってから仲間の仇を討ち、ルーカスと再会し、最期にはエマたちという希望をその命と引き換えに守り切った。
子供たちをある時は導き、ある時は見守り、そして最期は命を懸けて守り切る。
この仕事っぷりは大人として憧れる。
実は生きてました、という線はこれで消えてしまった。
それでも、ユウゴとルーカスというキャラクターは今後も自分の心に残るキャラとなるだろう……。
短い間だったけどおつかれ。
”判断だけで決まるなら人生は賭け事”
あの時こうすれば、ああすれば、というのは事の大小を問わなければ誰にでもある。
エマたちのように命の危機に直面したことはないけど、人生ある程度年食ってればそれなりに大きな選択を迫られる。で、後から”これでよかったのか”と自身の下した決断の正誤を取り留めもなく考えてしまうことがあると思う。
エマの夢の中のユウゴがエマに言ったことは、そういう状態に陥った時の救いになると思った。
大切なのは判断の後。判断の結果が悪くてもそこから何が出来るか。
判断だけで決まるなら人生は賭け事、というのは中々心に残ったなぁ。全くその通りだわ。語録として心に刻んでおきたい。
エマの夢の中、ということは、エマ自身が潜在的に考えていたことだろう。
判断が良かったのかどうか割り切れずにいるエマは、自分自身でその考えを口にする余裕を失っていた。
だから夢でユウゴにしゃべらせたのだろう。ユウゴにしゃべらせたことは合理的で前向きな考えだった。これは紛れもなくエマ自身の考えなんだけど、彼女自身は気づいているのだろうか……。
判断と聞くと、あってるか間違ってるかはともかく、個人的に思い出すのは、それを行うのであればなるべく早いほうがいいということかな。
たとえ間違いであったとしても、それが素早く下された判断であれば、あとからその判断に基づいてとった方針を翻し、取り返せる時間がある、みたいなことを何かの本で読んだような……。
その時は、なるほどなぁ、と思ったけどエマたちのように間違えば即死、次は無い、みたいな状況ではそれは適用出来ないわな。
エマたちのように生きるか死ぬか、間違ったら一発で終わりの場面ではとりあえず素早く判断する、というのは良い悪いの前で難しい考え方だと思うけど、時間やお金を全部失うなど現代社会における致命的なリスクが無いならば、なるべく早く判断するようにしたいと個人的には思っている。
今後
とりあえず今後は、無事に辿り着いた地下道を生活拠点として、いつもの選抜メンバーで目的地を目指す、という感じになるのかな。
他にもシェルターはあるだろうけど、それらは敵に知れ渡っているからダメなんだよな……。
武器もいくらか持ってきてはいるようだけど、武器の品数や弾数に余裕があるとは思えない。
事前に用意していた逃走用の荷物は生存の為の物資がほとんどなのではないだろうか。
武器を大量に持って来るのはまず無理なはずなので、今後銃器は節約していかないといけないだろう。
これまでと同様、鬼との接敵を減らしつつ、”壁”を目指すわけだ。
シェルターで過ごした安全な暮らしから環境は大幅に変化した。
今は大丈夫であっても、地下道はいつラートリー家や鬼に見つかるかわからない。
それも、エマたちが地下道を出払っている時に、敵に見つかるなんて展開もあるかもしれない。
彼らの日常に以前より緊迫感が生まれたことは確かだ。
そういえば、アンドリューの生死は確認されていない。ユウゴとルーカスは仕留めたのかな……。
もし生きていたとすれば、エマたちの宿敵としてのポジションを確かなものとするだろう。
エマたちの生活拠点であったシェルターを破壊し、仲間を二人撃ち殺し、ユウゴとルーカスを倒した。
彼が齎した被害はエマたちにとっては甚大なものといえる。
アンドリューが仮に生きていたとしたら、エマたちが仇を討つ機会が来るといいなぁと思う。
以上、約束のネバーランド第109話のネタバレを含む感想と考察でした。
第110話に続きます。
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