第163話 反転
目次
第162話 玉座盗りゲームのおさらい
新たな統治者候補
王都の城下町では混乱は収束し始めていた。
ソンジュとムジカは王都を後にし、都の端にある寺院に向かう。
ムジカからその理由を聞かれて、ソンジュは道中でその理由を説明していた。
寺院はかつて民の心の支えとして機能していたが、”約束”以降王政府によって信仰が歪んでしまい、力を失っていた。
しかし民の間には今も寺院への敬意が残っており、とりわけ大僧正と四賢者に関しては身を挺して民に尽くす姿勢が立派だったとソンジュは説明を続ける。
大僧正は人間を食べてはいけないという”約束”が結ばれた直後に、民の命を守るため、自然に生まれた生物ではないが食用児は食べても良いと教義を破ることを民に許していた。
そして自らは民が教義を破るその贖罪として逆に教義を遵守し、民のために祈り続けており、そのおかげで養殖された人肉を食べられると民は感謝していたのだった。
寺院に到着したソンジュはある部屋の扉を開く。
その部屋の中にいたのは五体の鬼だった
鬼は手を合わせた状態で身動き一つせずに祈り続けていた。
(人形? 死体?)
彼らから全く生きている気配を感じないムジカ。
「彼らが大僧正様と四賢者」
「まだ生きているのね?」
ムジカがソンジュに問いかける。
ああ、と肯定するソンジュ。
人間を食べずに1000年も、と驚くムジカに、ソンジュは方法はわからないが生きながら肉体を極限状態として代謝や細胞分裂を停止させた仮死状態だと説明する
「誰にでもできることじゃない…」
ムジカは、信じられないという様子で呟く。
「ああ そして彼らは今も民のために祈り続けている」
ソンジュは中央に鎮座している大僧正をじっと見つめて、幼少期に教えを請うた日々を思い出していた。
ムジカはソンジュの言った”アテ”についてようやく理解し始めていた。
「大僧正様と四賢者を俺達の邪血で復活させる そして大僧正様を王にする」
ソンジュは1000年も経過して復活させられるかはわからないものの、鬼の社会の混乱を鎮めて民を導けるのは大僧正様たちだけだと言い切る。
「だったら急ぎましょう」
笑みを浮かべナイフを取り出すムジカ。
「城下や五摂家領に女王達の死が知れ渡る前に」
「エマ達とも約束したもの これ以上誰も死なせない 暴動も戦争も起こさせない 私達で――」
野心に燃えるピーター
一匹の梟が王都の城の内部、女王のなれの果てを見つめている。
「王都襲撃の続報です」
アジトから子供たちを浚いGFに向かっていたピーターの元に連絡が入る。
「レグラヴァリマ女王が逝去されました」
五摂家も家族ごと殺されており、当初は儀祭を狙った賊徒による反乱かと思われたが、城下で邪血の二人を確認したのに加えて城から出てくる人間の子供も確認していると報告は続く。
「食用児だ」
ピーターは確信していた。
アジトを襲った際、捕えた子供たちの中にエマたちはいなかった。
彼女たちは死んだと子供たちから説明を受けていたが、それが嘘だったと気付き通信端末を壊れんばかりに強く握りしめる。
ピーターの部下たちは食用児が王都を襲い、女王を殺せるはずがないと平静を欠いていた。
「狼狽えるな」
却って好都合だ、と部下たちを諫めるピーター。
「この機を存分に利用してやろうじゃないか」
「今から言う者達へ急ぎ伝えよ!」
そしてピーターは、女王・五摂家の弔い合戦だと部下たちに方針を示す。
「女王らが死んだ? 丁度いい 玉座・政権は我らがいただく」
「今後この世界は我らの統轄下で調停するのだ」
ピーターはエマたちが自分たちの行き先がGFであることを知っているので、そこで待てばよいのだと言って、現在彼女たちを捜索している全ての部隊を引き上げさせるようにと部下に指示を出す。
「奴らは必ず仲間を助けに来る 絶対に見捨てはしない」
「来い食用児ども 永遠の子供達よ ネバーランドは終わらせない」
「片をつけよう GFで」
ママ
GFでは、先に到着した子供たちが全員縛られた状態で鬼に囲まれていた。
「GF…」
「まさかこんな形で戻って来るなんて…」
互いに身を寄せ合う子供たち。
GFに到着したピーターを出迎えに、鉄格子の扉が開く。
中から鬼を引き連れて出てきた人物に声をかけるピーター。
「出迎えご苦労 お久ぶりです」
ピーターを出迎えたのは不敵な笑みを浮かべたイザベラママだった。
「グランマイザベラ」
ピーターが呟く。
「ママ…」
ピーターたちに連行されていた子供たちは顔面蒼白になっていた。
第162話 玉座盗りゲームの振り返り感想
大僧正
ソンジュのアイデアとは、大僧正と四賢者に統治してもらうということだったようだ。
自分達だけは教義を守って即身仏状態になる。凄まじい殉教精神だと思う……。
それだけに、民の敬意を集めて当然だわ。
約束が結ばれて以降、自然に生まれた人間を食べられなくなることは、教義を守ること=形質を保てずに、やがて飢えて死ぬことになる。
そうなってまで教義を守る鬼もいるかもしれないが、それよりは耐えきれずに教義を破って食用児を食べてしまい自らを責め苛む鬼が出ることの方が現実的かな。
そういった鬼を救済するために、自ら教義殉じて民の分まで食を断ち、今もなお祈り続けているとは……。
鉄の意思だと思う。即身仏になったお坊さんみたいな迫力を感じる。
確かにそんな大僧正たちであれば今もなお民たちの敬意を集め続けているだろうし、王として鬼の社会を統治していけるだけの資格、カリスマ性は十分にあると考えたソンジュは決して間違いではないだろう。
果たして邪血の力は大僧正たちを呼び戻すことに成功するのか?
そして復活したとして、統治者としての任を引き受けるのか?
……しかし、教義を守っている鬼というのはあくまで養殖された人間は食わないというだけで、自然に生まれた人間は食うんだよなー。
約束が結ばれる前は彼らも普通に人間を食っていたということ。
もちろん、常に鬼に食われることを恐れているエマたちにとってはソンジュやムジカのような食用児を食べることに執着しない存在はありがたいんだけど、でも本質的には鬼と人間は捕食者と被捕食者の関係でしかないんだよなと思ってしまう。
野心に燃えるピーター
ソンジュたちからしたら民に気付かれる前に大僧正たちを統治者にすることで混乱を避けたかった。
しかし王の座が空位となり、さらに民が女王の死を知らないことはピーターにとっても都合が良かったようだ。
まさか女王の代わりに鬼の社会を牛耳ろうと目論むとは……。
おそらくピーターは、その機を窺っていたのではないだろうか。
女王とは上手く付き合っていくという方針はこれまでのラートリー家の金科玉条だったはずだ。
だがおそらくは権力志向であろうピーターには、いつまでも女王の前に跪くことは内心では面白くなかった。
そう考えれば、確かにピーターにとって女王の死は僥倖でしかない。ただでさえ命懸けで食用児探しをしている最中で、失敗すれば女王に食われていた。
しかしエマたちが女王を倒したことでピーターはその危機を逃れたことに加えて、逆にこの状況は自分に忠実な鬼を統治者に据えれば鬼の社会を掌握できる大チャンスだと察知した。
1000年も続いている盤石極まりない体制で、一生女王に頭を下げ続けて生きなければならないと思っていたところに転がり込んできた千載一遇の機会。
ピーターは本気で王の座を掌握しようとするだろう。
王座を狙うピーターと、大僧正を復活させて王として担ぎ上げようとしているソンジュとムジカが衝突することは避けられないのか?
不敵な表情のイザベラママ
イザベラママ再登場!
悪そうな顔してるなー!(笑)
こういう形でエマたちの前に立ちふさがることになるとは思わなかった。
GF脱出はイザベラにとっては屈辱だっただろう。
しかし実は、エマたちを逃がした時の彼女の心の奥底では、これまで育ててきた子供たちを鬼に捧げずに済んでほっとしているところがあったりするんじゃないか……なんて親心を期待したけど、今回再登場したイザベラの表情の不敵な表情は復讐に燃えている感じがする。
引き連れている鬼がまた何だか異様で不気味な感じ。強そうだ。
鬼の戦闘力にイザベラの頭脳……。
育ての親イザベラと、子供たちを取り返しにやって来るエマたちとの激しい戦いの予感がする。
ピーターからグランマ扱いを受けているのはおそらく彼女が農園の管理者の中でもかなり上位の地位にいることを示しているのではないかと思われる。
普通、非常に重要な施設である高級農園GFの管理者には絶大な信頼を置いている者をあてる。
そう考えると、やはりイザベラはエマたちにとってのみならず、ピーターにとっても重要な人材なのだろう。
とりわけ警備体制が厳しくなっているGFに攻め入ろうとしているエマたち。
そんな中でイザベラたちの手から子供たちを救うのは容易ではない。
果たしてエマたちはイザベラとどのような死闘を演じるのか。
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第163話 反転
復活
ソンジュとムジカは邪血を大僧正に復活させようとしていた。
大量の血を与えて、弱ってしまうソンジュとムジカ。しかしその甲斐あって大僧正は見事賦活を遂げる。
どうして自分を復活させたのか、その理由と経緯をソンジュとムジカから説明された大僧正は、今自分たちが直面している社会の危機は兼ねてから怖れていたことだったと口を開く。
しかしだからムジカやソンジュたちがいるのであり、我々は試されているのだと言って、大僧正は王への即位を了承するのだった。
ソンジュは続けて四賢者の復活にとりかかろうとする。
しかし外の様子に異変を感じて、一旦全員で外の様子を見に行くのだった。
あまりにも早い新政権樹立
広場に集まった鬼の民衆は、女王や五摂家が賊によって殺害されたことを知り愕然としていた。
声明を発表する鬼は続けて、四大農園と五摂家の各家臣団による合議連合が政治を行うと続ける。
その様子をソンジュたちは建物の影からそっと伺う。
ソンジュは女王の死から政権樹立までの時間があまりにも早過ぎると感じていた。
そもそも各家臣団はバラバラで、まとまるはずもなく、ソンジュにとってこの事態は考えられないことだった。
今回のソンジュには一切予期できなかった事態の裏には、ピーターの存在があった。
ピーターを中心としてが各家臣団まとまり、合議連合へとまとめ上げることに成功していたのだった。
声明を発表している鬼は、賊の正体はギーラン一派と、邪血の二人組だと人相書きを広げる。
その人相書きを見て、自分たちを救ってくれたと抗議し始める民衆たち。
政府の鬼はソンジュとムジカに救われたと主張する民衆たちを全員牢に閉じ込めてしまうのだった。
民衆たちは自分たちが何故閉じ込められたかわからず困惑していた。
そんな彼らに向けて新政府の鬼は続ける。
「お前達は有害な血に汚染されている よって隔離し”処分”する」
暴徒化する民衆
「報復だ」
声明を読み上げていた鬼は、今度は民衆を扇動し始める。
「逃げる汚染分子は迷わず捕えよ!!」
一斉に広場から散る民衆。
ソンジュたち広場の近くから逃げ出していた。
自分たちが王都新政府の敵になったことを思い知り、必死に次の一手を考えるソンジュ。
エマたちのことを思い出し、鬼の社会が変われる千載一遇の好機を逃したことを悔やむ。
エマやソンジュたちによって有利に進んでいた盤面を引っ繰り返していたのはピーターだった。
ピーターは政府の家臣に女王の死を伝え、さらに自分を中心に五摂家の家臣をまとめることで素早く新政権を宣言していた。
(どうする)
ソンジュは必死に逃げながら、まずは身を隠そうと考えるが、大僧正の復活に血を使い過ぎて弱っている自分とムジカ、そして長い眠りから目覚めたばかりの大僧正にも体力の限界が近付いていた。
暴徒化した民衆によりソンジュたちはあっという間に囲まれてしまう。
ムジカと大僧正だけでも逃がそうとして、槍で追手に立ち向かうソンジュ。
しかし戦う力など残っていなかったソンジュは簡単に制圧されてしまう。
「国家転覆罪で逮捕する」
第163話 反転の感想
悪魔の一手
大僧正を復活させたが、その間にピーターは逆転するために的確な行動をとっていた。
いち早く知った女王の死という情報を素早く家臣団に知らせて、自分を中心に彼らを結束させることで新政権を電撃的に宣言してしまう。
元々バラバラだった各家臣団だから、細かい部分では諍いはあるだろう。
しかしとりあえず新政権樹立を行って既成事実を作ってしまえば、あとは時間をかけていけばいい。
ピーターはやり手だったわけだ。
おかげで本来は、大僧正を復活させて新しい鬼の社会体制を作り民衆に感謝される立場だったはずのソンジュとムジカが、逆に国家転覆罪の容疑をかけられて捕まってしまうという事態が起こってしまった。
まだに大逆転。
あと半日くらい女王の死が発覚しなければ、きっと大僧正を中心に据えた政権を樹立できた。
その場合、各家臣団を中心とした合議連合が待ったをかける形で対立して、混乱があったかもしれない。でもソンジュとムジカに救われた民衆たちを中心に、支持の大半は大僧正を中心に据えた新政権に集まったはずだ。
いちはやく政権の名乗りを上げることの重要性を理解していたピーターが勝ったわけだ。
ピーターは勝負強さを併せ持った強敵らしい。
エマたちはそんなピーターの手から仲間を救出しようとしている。
何か作戦を立てているようだが、果たして上手くいくのか?
以上、約束のネバーランド第163話のネタバレを含む感想と考察でした。
第164話に続きます。