第159話 ありがとう
目次
第158話 生まれてきた意味のおさらい
憐れみ
ムジカは生まれた時から周りの鬼と違い、形質は変わらず、人肉を食べる必要がなかった。
その稀有な体質から、周りの鬼から「奇跡の子」という扱いを受ける一方、人肉の代わりだと命を狙われることもあった。
一族で飢えに苦しむ村を救ったこともあったが、いつしか自分以外の邪血は殺されてしまい、自分を救い出してくれたソンジュと700年もの間各地を逃げ回っていたのだった。
そんなムジカの脳裏には常に、なぜ自分だけが違うのだろう、そもそも生まれてきても良かったのかという疑問があった。
化物となった女王と対峙するムジカは、自分の大切な人を根こそぎ奪ってきた彼女を前にして、本来ぶつけたかった怒りや憎しみなどの想いではなく、憐れみが自然と湧いてくるのを感じていた。
「あなたはなぜそんなにもひもじく飢えているの?」
女王に槍を振り下ろすソンジュ。
ムジカを守るように彼女の前に立ち、女王と向かい合う。
ムジカは落ち着き払った様子でソンジュに声をかける。
「大丈夫よソンジュ ありがとう」
状況にそぐわないムジカの態度を、不思議に感じるソンジュ。
過剰摂取
「妾が…ひもじい? 飢えている?」
女王の確認するような問いかけに、ムジカは、あなたは飢えている、と再びはっきりと答える。
「いくら食べてもいくら手に入れてもいくら上りつめても満たされない」
「可哀想に 憐れだわ」
ムジカは女王に、足るを知れば別の未来もあったが、際限ない欲望に囚われた結果、自らを破滅に導いてきたことに気付いていないのだと指摘する。
しかしそんなムジカの言葉を、くだらぬ、と一蹴する女王。
「欲望は美徳だ 欲ゆえに皆求め欲ゆえに皆動く 欲は全てを動かす力だ」
女王は自分は生まれた時から周囲とは異なっており、誰よりも特別、怖れるものは何もないという自負を隠さない。
「あなたは既に破滅している もう死んでいるのよ」
ピシャリと言い返すムジカ。
女王は激昂してムジカに襲い掛かるが、その瞬間、身体が内から爆発していく。
悲鳴を上げてその場に倒れ伏す女王。
「過剰摂取よ」
ムジカは女王の細胞が限界を迎えていることを告げる。
第二の核には特別な力などなく、第一の核を潰されて瀕死の状態であまりにも乱雑に毒と大量の肉を一度に取り込み過ぎた結果、食べたものをそのまま引き出せていた時点で、十分にそれらを消化できなかったのだと続ける。
女王の表面に浮かぶのは、これまで取り込んできた命。
それらは皆、女王に対する怨嗟の声を上げていた。
それらの大量の意識、記憶が女王に流れ込み、女王は苦しみ始める。
女王の最期
(「いいわねムジカ あなたはずっとあなただもの」)
ムジカはかつて普通の鬼に言われたことを思い出していた。
形質を変化させる鬼たちは続ける。
自分たちは何者にもなれるが何者でもなく、飢えと退化が恐ろしい。
長く生きていても、どこまでが自分で、自分が何者で、何者になりたいのかがたまにわからなくなる。
ムジカは彼らの言葉を思いつつ、700年もの間、自分の生まれた意味を考えてきた。
そしてエマたちに出会ったことでムジカは一つの答えに達していた。
(かつて鬼は”約束”を結んだ 人間と棲む世界を分け隔てた)
ムジカは女王だった肉塊を前に宣言する。
「私は我ら種を変えるために生まれてきたんだ そして今こそ鬼世界は変わる時なのよ」
悲鳴を上げる女王。
取り込んできた命の意識がどんどん女王に流れ込む。
「私は…私は誰だ」
女王は、ついに自分を見失うのだった。
「あなたは食べた命に食い潰される」
動きを止めた肉塊にムジカが告げる。
「さようなら レグラヴァリマ女王陛下」
第158話 生まれてきた意味の振り返り感想
女王の最期
女王、まさかの自壊……。
第二の核は存在するが、それに特殊な力などなかった。
これまで食べてきた命の持つ記憶など、何もかもをそのまま引き出せる時点で、実は女王は大変な消化不良を起こしていたということらしい。
究極の生命体になっていたわけではなく、あまりにも多くの人格・記憶をその身の内に抱え過ぎて、自我を失ってしまった。
取り込んできた命に逆に食われてしまい、滅ぼされたということだ。
他者を巻き込む際限なき欲望に全くブレーキをかけることなく、完全に身を委ねた結果がこれ……。
女王の最期を見て、どこか教訓めいているなーと感じた。
しかし欲望は大事。
女王の言うように、欲望は美徳とまでは言わないが、その後に続く「欲ゆえに皆動く」「欲は全てを動かす力だ」「果てなき欲は果てなき力」というのは真理だ。
全ての「~したい」という欲望がないと何も動かないし、何も始まらない。
自分の為だけの欲望であれば女王のように自らを滅ぼすが、他者の為というベクトルを持つと素晴らしい影響を周囲に振りまく。
前者が女王、後者が天敵であるはずの鬼という種族も救いたいというエマのことである表現できるだろう。
とかく欲望は否定されがちが概念だが、それを全否定するのは人間性の否定でもある。
欲望は人間の根源であり、全ての原動力。
欲望というキーワードを聞くと未だに、小学生低学年の頃に学校に講演に来た半身不随の人がそんな内容の話をしていたのを未だに思い出すんだよな~。
おそらく当時、アニメとか漫画で「とにかく欲望はダメ!」という主張ばかり見聞きしていたから、その講演を聞いて新鮮に感じたのだと思う。
ムジカが鬼を変える?
ムジカは邪血の力に関して先達から色々と教わって……みたいな特別な環境下にあったのかと思ったら、普通に他の鬼と一緒に過ごしていたらしい。
その特殊な力により崇められる対象だったが、逆に命を狙われたり、一族の仲間を自分以外全て殺されてしまって幽閉されてしまったりと色々と大変な人生だったようだ。
しかし自分の大切な人を奪ってきた女王に対して怒りを感じているはずだったムジカは、女王を前にしてむしろ彼女を”ひもじい”と表現し、憐れんでいた。
何なのこの達観した態度は……。
なんでこんな人格者なんだ。
もっと荒んでいてもおかしくない人生だったはずなのに……。
ムジカみたいな人こそ、人の上に立つべきだ。
順当に考えたら女王と五摂家亡き今、王家の血を引くソンジュが王を継ぐべきだろう。
それでこれまでよりも善政になっていくと思うが、もしもムジカが女王になったらもっと劇的に変わる。
自分の使命を、鬼という種族を変えることだと悟ったムジカが女王になることで食用児のみならず人間界との関係は一気に変わる気がする。
しかし鬼に食用児の摂取を禁じたところで形質を保つ為にはそれは不可能……。
エマたちは人間界へ去るしかないんだろうな。すでに首領と約束をしているし……。
女王を倒し、城下を救ったことで王都にはもう問題はない。
しかしアジトに敵が迫っている。
エマたちは休む間もなく、今度はアジトを防衛しなくてはならない。
果たしてアジトの仲間たちを守り切れるのだろうか。
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第159話 ありがとう
女王の死
女王は地位や名誉、食などあらゆるものを手に入れても満たされなかった。
ムジカの問いかけで、女王は自分が本当に欲しいものは別にあったのか、それが手に入れば満たされたのかと自らに問う。
仮に本当に欲しいものがあって、それが手に入らなくて何が悪いと開き直ろうとしていた女王。
しかしその胸にあるのは虚しさだった。
思考を止めて、エマ、レイ、ノーマンの特上の3人の幻に手を伸ばす女王。
「よこせ 食いたい… 妾の…特上3匹…」
現実では、女王は完全に動きを止めていた。
ムジカは女王の死を宣言する。
ソンジュは女王を倒せたことに驚いていた。
(これでもう追われない……)
肉塊となった女王を見上げ、感慨に浸るムジカ。
(もう誰も殺されない)
その脳裏に邪血の面々を思い浮かべる。
(父さん 母さん みんな)
ソンジュは女王と五摂家の死で確実に鬼の世界は変わると確信していた。
そしてエマやノーマンたち人間がそれを実現したこと、そして首領と”約束”を結び直したエマに心の中で感心するのだった。
(マジでやっちまいやがった 人間…とんでもねぇ…)
しかし同時にソンジュは、それでいいのか? とも考えていた。
エマ達が結んだ新しい”約束”によって、自分は一生人間を食べることができないことにわずかな戸惑いを覚えるのだった。
ソンジュは、笑顔で抱き合うムジカとエマを見つめる。
(我らは我ら種族を変えるために生まれてきたんだ)
そしてソンジュは、女王に対するムジカの主張を思い出していた。
感謝の言葉
ここからどうする?
レイが切り出す。
鬼の社会は統治者を失い、和平交渉どころか混乱が起こり、最悪戦争に発展するのではないかとレイは危惧していた。
次の王に女王の弟のソンジュが即位できないのかとエマはソンジュとムジカに訊ねる。
ソンジュは、ムリだねとエマの意見を一蹴する。
イヴェルクやバイヨンが残っていれば別だが、自分にはコネも政治力もない。
その上、700年間もの長い時を反逆者として生きてきたので、王兵や民が言うことを聞かないので、混乱を大きくするだけだと答える。
黙ってしまったエマたちに、大丈夫よ、と笑いかけるムジカ。
ムジカは鬼の問題は何とかするので、エマたちはアジトへ急げと促すのだった。
エマはムジカに食い下がろうとするが、人間の存在が見えない方が事態を収めやすいと正論を述べるムジカ。
今回の事は鬼の内乱ということにして、これ以上誰も死なせず、憎しみの炎を大きくさせないことが大切だと続ける。
さらにムジカは自身の感じている嫌な予感を口にする。
「大群の王都兵…万が一にもアジトが襲われてしたら大変よ」
自分達には考えがあるから大丈夫、とムジカはエマたちにアジトへ戻るように促すのだった。
エマはムジカを抱きしめる。
「ありがとうムジカ…! ありがとう…!!」
ソンジュはその光景をじっと見つめていた。
(やはり…このままでは…)
今度はソンジュがエマに抱きしめられる。
「ソンジュもありがとう」
ソンジュのお腹に顔を埋めたままエマは、この2年で自分たちは色々な鬼を見て鬼や食用児、命や死など、様々なことについて考えたと続ける。
そして家族や自分が殺されたり、食べられたりするのは嫌だが、もし自分が死んだらソンジュとムジカには食べられてもいいと思ったとエマは告白する。
エマは、今の自分が在って、なおかつ鬼を絶滅させたくない、殺したくないと思えるようになったのは二人に出会えて助けてもらえたからだとソンジュとムジカに心からの感謝を伝える。
「本当にありがとうございました」
浮上してきたボスの名前
「行っちゃった……」
エマたちを見送ったムジカはソンジュに、いいの? と話を振る。
「もう人間が食べられなくなるわよ」
ソンジュは、あ~、と言いながら頭を抱え、しゃがみこむ。
「よかねぇよ! あ~!! 俺の馬鹿野郎!!」
私好きよソンジュのそういうところ、とあっさりと返すムジカ。
そしてムジカは今回の事態を収めるための考えがあると言ったが、実は本当にそんな考えは何もないのだとソンジュに告げる。
それに対し、ちょっと無茶だがアテがなくもない、とソンジュが返す。
「イチかバチかだ」
一方、エマたちは急いでアジトへ向かうべく、城内を走っていた。
ノーマンは、4000もの王兵や、それが2日前に目撃されたこと、そして女王が言った”あやつ”という情報から、自分たちの状況が決死て良くないことを理解していた。
ノーマンは、女王の言葉で確信した、と言って、エマとレイに結論を述べる。
「今王兵を動かしているのは恐らく…ラートリー家現当主ピーター・ラートリーだ」
第159話 ありがとうの感想
鬼の社会のボスは倒したエマたち。
しかし”約束”の体制を守るもう一つの要である、ラートリー家との対決が待っていた。
ノーマンは、王兵を指揮してアジトを壊滅させようとしているのがピーター・ラートリーだと確信しているようだ。
これまでアジトを見つけられなかった鬼がいきなりアジトの方面に大量に派兵するのはおかしい。
ピーターが直接指揮しているかどうかはわからないけど、ラートリー家が関わっているということなのか。
ソンジュとムジカは鬼の社会をどうにか収められそうな雰囲気があるんだけど、エマたちの本番はこれからということだ。
果たして宿敵ピーターとどういう戦いになるのか……。
当然ノーマンは事前に想定しているわけではないから、王と五摂家を無血で倒したようにはいかない。
まともに戦うことは、つまり犠牲を出すということ。
最低2000はいるであろう敵兵と、真正面から戦って勝つなんて現実的ではない。
果たしてエマたちはアジトの仲間を救えるのか。
緊張感のある展開が続く。次回が楽しみ。
以上、約束のネバーランド第159話のネタバレを含む感想と考察でした。
第160話に続きます。
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