第127話 対立
目次
第126話 鼎談のおさらい
戦争の根源
松葉杖で歩く練習を始めたドミニクを仲間たちはもちろん、楽園の住人達が応援している。
順調に回復しているドミニクに対して、クリスは未だに意識が戻らなかった。
エマは眠り続けるクリスの手をそっと握り、不安な表情で見守っていた。
傍らでその様子を見つめていたレイは、特に体に異変はないので、じきに目覚めるとエマを元気づける。
それでもエマは浮かない表情だった。
レイは、それよりもノーマンだ、と話の流れを変える。
エマはノーマンに対して早く全てを打ち明けたいと考えていた。
その脳裏にノーマンの部屋でヴィンセント、バーバラ、シスロから向けられた鬼への強い憎しみを思い出す。
エマは彼らについて、陽気で良い人たちだと感じていた。
しかしその彼らが鬼に関しては憎しみ一色になってしまうことにエマは恐ろしさを感じていたとレイに告白する。
エマは、GPにおけるオリバーたちよりもさらに上の、果てのない憎しみを抱くほどにヴィンセントたちは鬼からどのような責め苦を受けて来たのかと考えていた。
彼らの鬼への憎しみを目の当たりにして、エマの胸にあったのは鬼への同情ではなく、彼らの憎しみの深さだった。
しかしエマはムジカのことや、子供の鬼が何も知らないことを挙げて、鬼は全て滅ぼす対象だという彼らの考えを否定し始める。
レイはそれに同意しつつも、やられた当事者には関係なく、ヴィンセントたちの受けた苦しみは事実であり、憎むなとは誰にも言えないと彼らの気持ちを慮る。
そしてそうやって膨れ上がった憎しみが連鎖していくことが『戦争』なのだろう、とレイは結論する。
一度『憎しみの連鎖』が出来たら戦争は止まらない。
だから人間同士でも何千年と繰り返してきた、というレイの主張に、エマの心はざわついていた。
(どうにもならない…?)
そしてエマがレイに反論を述べようとしたその時、外からにわかに上がる声援から、エマとレイはノーマンの帰還を知る。
二人は早速ノーマンの元へ向かうのだった。
内乱
自室に戻る道中、ノーマンはヴィンセントたちに同盟締結を報告していた。
喜ぶヴィンセントたちに、次の段階へ移る、とノーマン。
そしてノーマンは、ノーマンの部屋の前に立っているエマとレイに気づく。
3人で部屋に入ると、早速会話が始まる。
まず切り出したのはレイだった。
レイは、ノーマンの『誰ひとり失わず鬼を滅ぼす』作戦について訊ね、そしてさらに短く、質問を重ねる。
「”内乱”か?」
ピンときていないエマ。
ノーマンはさらっと、それを肯定し、鬼同士で潰し合いをさせると説明してみせる。
エマは慌てた様子で、先頃まで外出して会いに行っていた『駒』についてノーマンに聞く。
「鬼だよ 同盟を結んできた」
笑顔で答えるノーマン。
そしてノーマンは、鬼の社会構造について解説する。
鬼の社会は一枚岩ではなく、王、貴族、平民、その下と身分があること。
そして特に王家と、それに次ぐ権力を持っている5つの貴族である五摂家が農園の全てを管理していること。
それによって王家と五摂家が人肉の供給や鬼の社会バランスを握っているので、権力と富が集中していること。
そして、年々広がる彼らとの格差に不満を持つ鬼がいるのだという。
「そいつらを使う まずはね」
鬼の旧名門”ギーラン家”
レイはすかさず、その具体的な方法や、利用する鬼がどんな奴らなのかを問う。
「ギーラン家 元貴族だよ」
ノーマンがギーラン家について解説していく。
ギーラン家が700年前に王家と現在の五摂家の謀略によってとり潰された旧名門だった。
追放刑により人肉を食べられない身分となったことでギーラン家は歴史的には野良鬼にまで堕ち、滅びたとされていたが、実は700年間隠れて農園や街から人肉を盗難し続けて人の姿と知能をギリギリのところで保ちつつ復讐の機会を狙っていたのだった。
「よく見つけたね……そんな鬼達…」
どこか浮かない表情のエマ。
そもそも人と鬼が組むこと自体に懐疑的なレイは、ギーラン家を同盟の相手としていいのかと訊ねる。
それに対して、うまくやるよ、とノーマン。
自分たちに利用価値がなくなれば食われるというリスクもあるが、自分たちも鬼と鬼との共倒れを狙う以上、それは駆け引きであり、お互い様だと答える。
そしてノーマンは、ギーラン家が復讐を果たすまでは手を出してこないと確信していた。
そして王家と五摂家に復讐を遂げようという強い執念に加え、その時まで手を出せない『もう一つの事情』があるのだと意味深な様子で説明する。
エマとレイは『もう一つの事情』に引っかかっていたが、ノーマンの話の続きを黙って待っていた。
上手くやれば食用児は誰も死なない、とノーマン。
食用児が鬼と全面戦争を起こすより何百倍もリターンは大きいとそのメリットを挙げる。
レイもそれに関しては納得していた。
邪血の少女
「それに化かし合いなら僕は負けない」
覚悟を決めた表情でノーマンが口にする。
「これは驕りでも自信過剰でもない ”覚悟”だ 必ず無血で食用児が勝つ」
エマはここまでノーマンから得た情報を整理していた。
鬼同士を戦わせて漁夫の利を得る作戦であり、さらに王家、五摂家が社会のバランスを握るなら、そこを崩すことは鬼の社会自体が崩れることを意味する。
そうなれば鬼の社会も農園も全て破壊し、鬼の退化を促進させて絶滅に導くことが出来る。
「でも……」
そこまで考えて、エマがノーマンに問いかける。
「そうじゃない鬼もいるんだよ」
エマはムジカとソンジュのことを思い出しながら、鬼の中には人を食べなくても退化せず、そもそも新しく食べた物の影響を受けない種がいることをノーマンに告げる。
そういう鬼がたくさんいたらノーマンの作戦は土台からダメになる、とレイ。
「だから一応聞いておきたかったのと」
それにね、と言ってエマははたと言葉を止める。
それは、目の前に座っているノーマンがかつて見たことがないような鬼気迫る表情をしていたのお目撃したためだった。
ノーマンは軽くショックを受けた様子で、なぜエマとレイがそれを知っているのか、そしてその話をどこで知ったのかと問いかける。
エマとレイはその質問を契機にソンジュとムジカについて説明するのだった。
説明を一通り聞き終えたノーマンの表情は驚愕していた。
「……見た? 会った? エマたちは彼女に会ったの?」
「まさか…信じられない…”邪血の少女”の一族はまだ生きていたのか」
第126話 鼎談の振り返り感想
ノーマンの驚愕
邪血の少女。また新しいキーワードが出てきた。
やはりノーマンは、食べたものの影響を受けない鬼の存在は知っていた。
この流れだと、来週はノーマンが知っている範囲でその概要が知れる感じかな。
想像だけど、多分ノーマンは邪血の少女のことは誰にも言ってこなかったんじゃないかな。
楽園の住人はもちろん、4人の側近にも……。
しかしエマとレイがそれに言及するという思わぬ事態に驚き、狼狽している、という様子に見える。
ノーマンの様子からは、どうやらその存在は知っているものの、会ったことはないらしい。
そしてもはや滅んだと解釈されているほどレアな種族なのかな。
ムジカのような特殊な鬼の存在を既に知っているにもかかわらず、ノーマンのそれに対する態度は既に決定しているという訳でもなさそうに見える。
存在自体がレアだから大したリスクもないとして考えてこなかったのだろうか。
彼の反応を見る限りではあまりポジティブな態度ではないように思える。
レイの言う通り、作戦の根本を揺るがす事態に繋がり兼ねないからか。
仮に先で想像した通り、4人の側近にすら邪血の少女に関しての情報を漏らさなかったのだとしたら、それは彼らを統率するためのカリスマ性を保つため?
文字通り全ての鬼を滅ぼす方針じゃないと少なくともヴィンセント、バーバラ、シスロの3人からは信頼を失いそうだ。
鬼の中にも人間を食べなくて良い種がいるなんて話をしたところで、損得でいえば損しかない。
しかし、滅ぼすにせよ無視するにせよ、方針が決まっているのであれば、最後にノーマンが見せた狼狽振りは違和感があるような……。
もし邪血の少女の一族全ても鬼として滅ぼす方針なら、化かし合いが得意だというノーマンであればエマとレイ相手でも冷静でいられるだろう。
ノーマンはギーラン家の棲み処にザジと二人で乗り込んで、互いに互いを出し抜き合う同盟関係を締結するような度胸の持ち主だ。
今回の話のラストで見せたノーマンの態度はイメージに合わない。
やはり邪血の少女の一族の存在はノーマンにとってはまさかここでこういう形で聞くとは思わなかった情報なんだろうな。
生きていたのか、と言ってノーマンが驚いていたけど、それはつまり既に滅んだとされていたということで良いのだろうか。
大穴としては、ノーマンがギーラン家との同盟関係を結ぶために、人間を必要としない鬼の存在が邪魔だったから自ら狩ったとか。いや、それはいくらなんてもひどすぎるか。
やはりその存在を知っていたけど、まさか生きているとは思わなかったということかな。
ギーラン家は700年前は五摂家か、それに近い存在だったのか。
前話でも思ったけど、人間社会と同じような謀略で失脚するとは……。
ますます人間だわ。
権力争いの愚かさはまるっきり人間のそれと変わらない。
そしてそれは人間の知能がそうさせているのか……。
そう思うと何とも言えないバツの悪さを感じた。
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第127話 対立
鬼の退化を防ぐ力
700年前、人肉を食べられずに飢えに苦しんでいた鬼の村に、邪血の少女の一族が姿を現した。
彼女たちは苦しむ鬼に、大丈夫、と救いの手を差し伸べる。
ノーマンは、その邪血の少女の生き残りがいたとエマから聞かされ、呆然としていた。
ノーマンは邪血の少女に実際に会ったことはなく、ただその存在を伝え聞く限りだがと前置きすると、邪血の少女とは生まれてから一度も人を食べることなく、人の形質や知能を保つ超特異個体なのだと説明する。
その詳細はそれ以外には不明とされている。
記録上に初めて出てくるのは700年前、つまり”約束”が成立した後、農園のシステムが出来る前に、飢餓によって滅びかけていた村に出没して村人に血を与えたのだという。
第127話 対立の感想
ノーマンとエマの対立が鮮明に
鬼を生かす理由がないというノーマンと、絶滅させたくないというエマ。
二人の意見が対立するのは当たり前だった。
今のところ、エマの主張の方が遥かに旗色が悪いといえると思う。
ノーマンが言っていたことはいちいち正論であり、エマの主張は登場人物全てに甘い幻想を抱いた甘っちょろい理想論に過ぎない。
認めたくはなくとも、現実を動かしているのは自己都合、利己精神であり、それを変えたければねじ伏せて強いるしかない。
ノーマンが言っていた通り、人間を捕食する側である鬼が、人間と同列の立場で人間を尊重するわけがない。
鬼にそれをする理由がないわけだ。
もし鬼に人間を食べないようにさせたいなら、人間を食べるメリットよりも、はるかに大きなデメリットを作り出さなければならないだろう。
しかしそもそも鬼が人間を食べられなくなることは鬼にとって生か死かくらいの深刻な事態に他ならない。
生きるために人肉を必要としている以上、人間がいくら説得しても聞けるわけがないのだ。
それにノーマンが言っている通り、ムジカや王家、貴族の血で鬼の退化を防ぐことはできても、人間を食べたいという欲求を消せるわけではない。
エマはノーマンの言っていることがよくわかっている。
それでも納得したくないわけだ。
エマにはノーマンを説得できる材料がない。
これ以上の双方の主張のぶつけ合いは意味がない状況といえるだろう。
果たして今後、エマの立場はどうなっていくのか。
少なくとも、こんな状態のエマがノーマンの作戦に手を貸すことはできないだろう。
現状の突破口を探すためにも、とりあえずエマと数名の仲間だけで七つの壁を目指す展開になっていくのか。
次回が楽しみ。
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